9月1日〜4日の4日間にわたって開催されたICC KYOTO 2025。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。このレポートでは、DAY3に京都は大徳寺 玉林院にて開催されたTeaRoom岩本 涼さんによるCo-Creation茶会の模様をお伝えします。ぜひご覧ください。
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に学び合い、交流します。次回ICCサミット FUKUOKA 2026は、2026年3月2日〜3月5日 福岡市での開催を予定しております。詳しくは、公式ページをご覧ください。
茶道の聖地、大徳寺でのCo-Creation茶会
2025年の夏、ICC KYOTO 2025のCo-Creation茶会の舞台となったのは、大徳寺 玉林院。
大徳寺は創建は1603年、歴史が好きならば京都では見逃せないスポット。豊臣秀吉が織田信長の葬儀を大徳寺で営んだことや、応仁の乱で一旦消失したものの、アニメ一休さんでお馴染みの一休和尚が再興して僧侶を務めたことでも知られる。
京都には無数にお寺があるが、この場所は茶道にとって特別な意味がある。だから今回の茶会が、大徳寺と決まった時に、“その筋”の人たちは少なからず驚いた。

茶道を知らなくても、千利休を知っている人は多いだろう。千利休は豊臣秀吉を激怒させたことにより切腹となったが、その原因となったのが、この大徳寺に利休が寄進した山門の2階に置かれた利休の木像であり、利休の墓もここにある。
大徳寺の境内は広いが、利休が秀吉に茶を振る舞った茶室と眺めた庭がそのままに残り、利休が作庭した庭もあり、造った茶室の写しもある。利休をはじめ、その流れを汲む表千家、裏千家、武者小路千家の三千家の菩提寺もある。平たく言うと、茶道の聖地なのである。
そんな事前情報で頭をいっぱいにしながら、大徳寺の一角にある玉林院を訪れた。この日、5席行われる茶会のうちの1席目。猛烈に熱かった2025年の9月だが、この日の玉林院は小雨でしっとりと落ち着いていた。

驚きに満ちたシーズン7茶会
過去にも何度かCo-Creation茶会の取材をしているが、今回の茶会ほど驚かされたことはない。

この特別な空間に、今回岩本さんはどんな想いを込めたのか。すでに様々なヒントを見つけた好奇心いっぱいの客たちは、一つひとつ発見するたびにその意図を探っている。
村上 臣さんと汾陽 祥太さんが向けているカメラの先にあるのは……。

日本画ではなさそうな、目を凝らして見たくなるような絵が掛けられている。

その手前の机には、前回福岡でのCo-Creation茶会で参加者たちが作って名前を付けたた茶杓が並べられている。

写真でご紹介はできないが、これらが飾られた部屋の左右の屏風には、狩野探幽によって1669年に描かれた襖絵を見ることができた。こちら、重要文化財。茶道の聖地で、貴重な文化財に囲まれての茶会、客の全員が揃ったところで、一行は最初の部屋へと移動した。

初座のサプライズ 亭主が外国語で語る
初座では、薄茶とお菓子をいただく。お軸や花入、道具を眺め、写真では厳粛に見えるが、背筋を伸ばしながらも知っている顔も多いメンバーで、リラックスした雰囲気で進む。

お菓子は重陽の節句ならではの菊を模した「着せ綿」。ICCサミットにも参加いただいている菓匠風月の練り切りで、インスタグラムによると、菊に綿を被せ、一晩おいて夜露で湿らせた綿で身を清め、長寿を祈る古来の風習を表現した和菓子だそうである。

皆さん落ち着いているように見えるが、心中は何かが始まりそうな不思議な予感でいっぱいだったかもしれない。この部屋に出入りしてお菓子を並べたのも、お茶を点てはじめたのも、外国の女性だったからである。




「日本らしさ、とは一体何でしょうか?」
いまや他国の文化を嗜むことは珍しいことではない。それなりに作法やマナーがありそうなアフタヌーンティーを日本人も楽しんでいる。日本の伝統文化が、こうして外国の方々にも親しまれているのだな、と眺めていたら、この写真の女性、アルバさんが語りはじめた。

「今日は、外国人からの視点で表千家のわび茶の伝統を踏まえた、質素かつ簡素な席としたいと思います。
私がなぜお茶を学んでいるかをよく尋ねられますが、いつも茶道が私を呼んだ、と答えています。
私がお茶に触れた最初の記憶は、私が小さい頃に父親がアジア文化の本をくれまして、その中の1つに日本の章がありました。そこに茶室でのお手前の写真があり、縁のある畳、居ずまいを正した女性がいました。
理解はできなかったのですが、それを見た私は、何ともいえない感情をかき立てられたのです。
それからというもの、なぜお茶を?と聞かれるときは、whyではなく、feelである。理解する必要のないものもあると答えています。
お茶には、ゴールがありません。修練を重ねる、その道のりに意味があります。
最初は私もわからなかったのですが、何年もお稽古を重ねて、自分がなぜ茶道に引かれたのかわかるようになりました。ヨガや坐禅、絵を描くなども同じかと思いますが、修練することで初めてこの感覚を得ることができます」
アルバさんは英語でそう語った。さすがICCの茶会に集まる方々は皆、理解をしている。
「日本らしさとは何でしょうか? 日本の、とは一体何でしょうか? 日本のもの、というときに、日本人である必要はあるのでしょうか?
若い世代の日本人は外国から学び、外国人は日本から学び、互いに伝統を学び、新しい世代はお互いに学びながらライフスタイルを作り、共創し、文化を混ぜて、過去から学び、現在に対応し、未来を創っていきます。だから、私たちは文化をともに作っていると思うのです」

「掛け軸の『無』について、何もないという意味ですが、ネガティブな無ではありません。器がいっぱいだと何も入りませんが、空っぽであれば新しいものを入れることができます。だから共創のときには、空けないといけませんよね」
この茶席という器も、最初は「無」である。そこへいろんな背景、文化を持つ人たちが一つの部屋に入り、お茶を楽しみながらともに問いかけに考えを巡らせ、話を交わしてそれまでになかった視点を得たりする。文化が様々な要素を含んで創られるとき、日本らしさとは何か? その問いを持ったまま一行は次の座へと移って行った。
後座は文化の共通性、普遍性を伝える「比翼点」
次なる空の器は、 洞雲庵。小雨のなか露地笠を手に渡っていく様子に風情がある。


洞雲庵に入ると驚く一同。部屋の中央に2組の道具が並べられており、客人たちからは「ダブルス…?」と声が上がった。

やがてざわめく一同を制するように襖が開き、一人目が道具の前に座した。

そしてアルバさんが再び登場して対面する位置に着くと、二人は呼吸を合わせて茶を点て始めた。動作も、音も見事にシンクロした動きに、ゲストたちのスマホ撮影にも身が入る。茶道の経験者も「はじめて見る」と感嘆の声を漏らしている。


客人たちに茶が振る舞われると、ようやく亭主の岩本さんが部屋に入ってきた。二人が相対して茶を点てるこの手前は、「比翼点(ひよくだて)」と言うのだそうだ。その茶会の意図を岩本さんはこう説明した。
岩本さんの種明かし

「普段は公開をされていないお茶室でございますので、このお茶会に参加できるということ、ここで開催できるということは、大変な喜びでございます。
私たちが今回持ちたかった問いは、日本の文化というのは、誰のものなのかということです。それをもう一度改めて問うてみたいと思いました。
去る8月14日、惜しくも私たちの千宗室 大宗匠が亡くなられて、その功績を噛みしめながら、自分たちはそれをどうつないでいくのかということを考えました。
▶︎茶の湯の道 生涯願った平和 千玄室さん死去 ゆかりの人たちが悼む(朝日新聞)
それから約1カ月経たないくらいですけれども、その間にさまざまな事案が起きたりして、大宗匠の『一盌(わん)からピースフルネスを』という言葉を受けて、私たちには何ができるだろうかと考えておりました。
昨今は世界中の方々が日本の文化財や、さまざまなものを保有するようになっています。世界各国にて、多くの方々がお茶をするようにもなっています。
日本文化は誰のものなのか。日本文化というと、日本人のもののように見えます。いつの間にかこの思想というのは世界中に広がって、世界中の方々が、まさに同じ思想を持ってもし活動しているとするならば、それも日本文化の立派な担い手ではないか?

それを改めて再評価といいますか、ちゃんと焦点を当てて見つめることはすごく大切だと思い、さまざまな文献をさかのぼって調べました。
そうすると、『比翼点』というのがありました。2人が呼吸を合わせ、所作、振る舞いを合わせて、同じ空間を作っていくという形で、さまざまな国際交流の場面等で一部だけ取り上げられることのある点前で、ウェブで調べてもほぼ出てきません。
ただ、一部の文献に、他国との国際交流や、協調、調和をうたうために、この文化の共通性、普遍性を世の中に伝えるための手段として比翼という、2人がともに相対して点前をすることが記載されておりました。
種明かしもせず大変申し訳なかったと思いますが、一席目は外国の方が日本の文化を愛して学び、そこで点前をする姿というのをそのまま直視いただく。
それはなんだろうという違和感を持ってこのお茶室に来て、比翼という意味を知ることで、ここに流れている普遍的な思想について、ともに共有できたらすごく嬉しいなと思ったのです」
最後の最後に来た種明かしで、今日の茶会の流れが走馬灯のように思い起こされた。茶道にとって特別な場での文化への問いと、岩本さんがその理念に共感して茶道を志すようになった偉大な師への追悼を重ねたものだったのである。岩本さんは続ける。
「日本人と欧州人の二人による室礼は、私たちが意図的に組み上げたものではありません。亭主であるアルバさんと磯川さんの二人がディスカッションをさまざま重ねた中で、こんな話が出てきました。
「日本人は海外に憧れるのですが、海外の方々は日本のわびが好きなので、わび的なものを愛するためにお茶をやっているわけです。なので、一番自分らしいお茶会を開いてくださいというふうにいうと、外国の方々は日本のものを扱って、日本の方々は海外のものを好むと」
結局人というのは、異なる文化からインスピレーションを受けて、それを自分の文化の中で咀嚼をして、一つの新たな文化がそれを伝える。日本の歴史もずっとそうだったんじゃないかと。
海外に憧れながら学び取り入れてともに学んでいくという姿勢が、この日本の文化を創ってきたのではないかと捉えたら、この対照的なお道具組みと点前というのがコントラストのように見えて、意図せず自然にそうなったのがまた面白いところだなと思います。

アルバさんはスペインのご出身、担い手とそれぞれの趣向で、一期一会の空間を作るのがお茶席ですので、それにならって今日はスペインのものを取り揃えています。棗の代わりに使っている茶器もスペインのマヨルカ焼きです。
花入はマラガというスペインの地域で活動をされている作家さんがいらっしゃるのですが、ピカソを模したような作品で、ずっと見つめられているようで面白いなと思いながら、調達してきたものです。
お軸は黄梅院の大鋼和尚が書かれた江戸後期のお軸でございまして、『茶』と書かれております。

しずかなる、志に間と書いて「しずか」なる、世を楽しみて「あまがした」、「天下」ですね、いずくににても宇治の若草、というふうに書いてございます。
この『宇治の若草』というのは、要するにお茶ですが、もともと緑茶と言われるものは、生産地でしか飲めませんでした。
京都に都があった時は宇治で作らせ、幕府が江戸に移ると静岡に移ったと言われています。生産地で新芽が出たら、それを蒸して揉んで、すぐに届けるという形で生産されてきた。なので緑茶というものは生産地でしかできなかったものなのです。
中国は南で作って北に上げますので、熟成茶になるわけです。流通が必要なため、必然的に熟成可能なお茶を作るということになります。
日本が緑茶なのは、生鮮食品としてそれを流通させられるところで作ったからということで考えると、流通の発展によって、お茶も思想も世界に広がるとなったわけです。
お軸の意味は『お茶というものをどこでも、どこにいても楽しめるこの天下、世の中というものは、どれだけ静かで美しいものなんだろう』ということです。
江戸後期に書かれたものですが、今のこの世界も映していると思います。お茶が世界に出ていって、その先にこの思想が広まり、世界中にこの茶道の精神が伝わり、我々もまたそこから学ばせていただく形で、また新たな文化が生まれる、これも一つの共創の姿ではないでしょうか。
今、このタイミングで大宗匠を偲ぶ形で、比翼点を選択し、皆様をお迎えさせていただくのは、いいチャレンジではないかと思いました。本日私は、お道具という趣向よりは、こうした概念の提示が今私たちにできる茶会の姿なのではないかと考え、こういうこうしたお席にさせていただいた次第でございます」
文化とは異なるものとの共創であり、その文化に惹かれる人たちにより創られるという概念を、自分たちもその一部となって体験する茶会、それが今回のCo-Creation茶会であり、その文化は誰のものか、そもそも所属などあるのか、という問いは開かれたまま、客人たちに渡された。
様々な謎が解けて、最初の席で英語で驚いたという話になると、「海外で茶会をする時も、日本語で我々がコミュニケーションしたほうが、向こうが驚いて問いを立てるんですよ」と岩本さんは言った。最近は海外での活躍も多い岩本さん、英語でいうTea Ceremonyの意味を、日本と外国の両側の視点から日々体験し、咀嚼しようとしているのだろう。
この回には茶道を嗜んでいる人が多かったこともあり、アルバさんの「無」を英語で「emptiness」と表現すること、「無」と「空(くう)」の違いをどう表現するのかにも議論が始まっている。エキゾチックなスペインの器にも皆興味津々だ。


茶会の常連、村上さんは「かなり揺さぶられましたので、消化する時間が必要そうです」と興奮した面持ちで語った。非日常の空間で、新たな問いを”体験”する、伝統に則りながら大胆な試みも辞さない岩本さんのCo-Creation茶会は、ICC最終日の”没入型体験アート”と言っても過言ではない。

次回のCo-Creation茶会は3月、福岡での開催となる。アルバさんの言うように、理解しようと身構えるよりも、体験して感じることが、何よりもの価値となるこの茶会。厳かな伝統の雰囲気も残しながら、極めてカジュアルに参加できる茶会でもある。ぜひ次回も、多くの方々にご参加いただきたい。
(終)
編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/小林 弘美/戸田 秀成


