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世の中を変える事業を作る楽しさ。ICC KYOTO 2025で見た、スタートアップが描くポジティブな未来図

9月1日〜4日の4日間にわたって開催されたICC KYOTO 2025。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。このレポートでは、ASTRA FOOD PLAN 加納 千裕さんが優勝を飾ったDAY1の、スタートアップ・カタパルトの模様をお伝えします。ぜひご覧ください。

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に学び合い、交流します。次回ICCサミット FUKUOKA 2026は、2026年3月2日〜3月5日 福岡市での開催を予定しております。参加登録は公式ページのアップデートをお待ちください。


優勝発表でガッツポーズを見せるASTRA FOOD PLAN 加納 千裕さん

こんな笑顔でプレゼンして、優勝した人が過去にいただろうか?

ICC KYOTO 2025の一番最初のカタパルト、スタートアップ・カタパルトで、一番目のプレゼンター。ASTRA FOOD PLAN 加納 千裕さんは、接戦のスタートアップ・カタパルトをあっさり勝ち抜き、優勝を掴み取った。

プレゼンでは、販売や消費などでのいわゆる食べ残しなどのフードロスより、生産加工時の”かくれフードロス”が3倍以上多く産業廃棄物になっている事実を知らせ、父娘の2代に渡るストーリーがあり、わずか10秒で食品ざんさを乾燥・殺菌する「過熱蒸煎機」の開発など技術の話もあった。

新しいのは、かくれフードロスのざんさを引き取り加工するのではなく、機器を廃棄の多い企業にレンタル、製造された調味料を買い取り、販売する。販売には消費者とtoBの2方向があり、同時にアップサイクルの啓蒙も行う。抜け目がなくてすごいのだ。かくれフードロスの市場規模はたとえ0.5%でも1,000億円だという。

しかし、加納さんはあくまでも軽やかに、冒頭からプライベートのネタで会場の空気をつかみ、7分間を一気に聞かせた。いいことをやるのは当たり前、ビジネスとしても当然のように全方向を見る、そんな次の時代に入った流れを感じさせた。

スタートアップ・カタパルトに登壇するのは、まだ世の中に広く知られる前の原石ともいえるスタートアップばかり。この日、伝えたいことが山ほどあるなかで、彼女ら・彼らはリハーサルを重ねて、苦心してそれを7分間に絞り込んだ。そこで、登壇への意気込みと7分間では収まらなかった思いを知りたいと、本番前のチャレンジャーたちに話を聞いた。

▶︎スタートアップ・カタパルトの模様を動画でもぜひご覧ください。

親子2代で開発した機器と仕組みで「食のサーキュラーエコノミー」を描くASTRA FOOD PLAN 加納さん

まずは優勝した加納さん。印象的なのは、その明るさだ。1番目にプレゼンできるのが嬉しいと言う。

「トップバッターで、ICC KYOTO 2025の多分、誰よりも最初にプレゼンテーションをさせていただくので、何も様子が分からないんです(笑)。

参加したこともないので、本当に右も左も分からないまま来たんですけど、逆に早く終わったら、後は楽しめそうだなって。自分の性格的には、最初にやるのはすごく合っているので、良かったなと思ってます」

スタートアップ・カタパルトとまさに同じ時間、別会場では、こちらも参加しているフード & ドリンク アワードのキックオフで仲間がプレゼンをする予定だ。

「そうなんです! 私がいない間は仲間たちがやってくれます。今はちょうど会社も人数が増えて新しいフェーズに入ってきたところなので、ここでご評価をいただければ、その勢いで同志になってくれるかなと思っています」

事業の食品のアップサイクルに着目した理由とは?

「私が長年、食品の仕事をしてきたこともあるのですが、今日のプレゼンの中でも説明するとおり、私の父が長年、食品加工技術の事業をやっていて、夢半ばで事業が失敗に終わってしまったんです。

その技術を活かしたい。今の時代に合っている技術の活かし方っていうのが、アップサイクルではないかということで取り組みをしています」

親孝行ですね、と言うと、「一人娘なんでやばいです、ハハハ(笑)」と笑った。さまざまなものを背負って事業をやっているはずなのに、明るく楽しそうだ。

「そうです! 楽しいですよね。昨日も(ICC代表の小林)雅さんが言ってたんですけど、世の中を変えられるのは大企業でも政府でもなく、やっぱりスタートアップ。経営していて私も本当にそう思うので、頑張りたいと思っています」

プレゼン中、たまねぎの端材由来の調味料「ぐるりこ®」を配布。開封すると、会場は香ばしい香りでいっぱいになった

日本の米から作る乳製品を世界に発信、Kinish橋詰さん

Kinishも、牛乳たんぱくを含むお米から作るアイスクリームでフード & ドリンク アワードに参加している。橋詰 寛也さんは、初参加するICCサミットの印象についてこう語った。

「いわゆる3大カンファレンスのうち、一番真面目なイベントだと聞いていて、実際参加して、本当に真面目という言葉では表しきれないぐらいの熱量を感じます。いかにして起業家を日本からどんどん増やすのか、日本でどうやって目立たせていくのか、そんな気概まで感じますね。カタパルトでも、アワードの準備でも、全ての過程で感じました」

このカタパルトで、一番伝えたいのは日本の美味しさなのだという。

「それがまだ形にはなってないというのが、今の現状だと思います。僕らは日本の皆さんの支援を受けながら、日本の美味しさってこんなにいいんだ、日本だからこそできる新しいフードってこんな形があるんだと、世界をあっと驚かせたい。世界に轟く日本企業が我々であるというのを、審査員の皆さんにお伝えしたいなと思っています」

橋詰さんは、前職がマクドナルドという経歴を持つ。

「ありがたいことにグローバルでいろいろな経験ができました。皆さん、日本のマクドナルドってすごいよ、特別美味しいよね、と言うんです。おそらくクオリティ管理とか含めて、すごくちゃんとやってるんだと思うんです。

日本は、食品に一番向き合ってる国なんじゃないかなって思います。日本だからこそできる、グローバルに広げられるものは何だろうかと色々探したんですけれども、これだと思ったのが、一番身近なお米だったんです。

令和のコメ騒動だけじゃなくて、実はいろいろな食品がどんどん足りなくなっています。そんな中でも独自のアプローチを展開して、安定的に美味しいものを世界中に広げていきたい」

しかし、国内ならともかく、海外で売り出すにあたり、食習慣に馴染まないものを中心に据えるのはリスクだと思わなかったのだろうか。

「それ、僕も思ったんですよ! だから何度も現地に行って、何度もネガティブな質問をしたんです。お米、しかも彼らが大好きなアイスクリームですよ。嫌われそうじゃないですか。

でも、面白かったのが、まず『日本でしょ、あなた』と言われます。日本から来た食べ物という時点で美味しいと思っている。加えて日本のお米は特に美味しいと思っている。

そんなお米からできたアイスは美味しいに決まってる、ということで、むしろ期待がすごかったんですよ。あちらではお米はあまり食べないので、安いものというイメージがあるみたいですが、”日本”と付くだけで逆転するんです。

実際に食べてもらってすごく美味しいという声や、あとはヘルシーさもありますので、まさに期待通りだ、期待を超えるという声を頂いています」

Kinishはアイスを作るだけでなく、甘みの強いコメ品種を開発し、生産しているところにもユニークネスがある。アメリカでは都市部を中心に、健康志向の強い店、ハイエンドなコンビニやホールフーズなどでの販売が始まり、好評を得ているという。18社も出展したアワードでも人気を集め、この翌日、審査員賞3位に入賞した。

▶︎【速報】圧倒的な“あまみ・うまみ”を12時間の氷だしで表現!「八女茶」がフード & ドリンク アワード優勝 (ICC KYOTO 2025)

「番組制作も、廃棄漁具の事業も“伝える”という意味では同じ」amu加藤さん

「廃棄漁具の事業的なポテンシャルを、皆さんに伝えきれるといいなと思ってますね。いいことをして儲けることを、自分たちのピッチを通じて伝えられたら」

海洋プラゴミの約60%は漁具だともいわれている。まったく知らなかったことだが、amuがアップサイクルする廃棄対象の魚網は、1枚すべてを引き取るわけでなく、部分的なものであるらしい。すべてを一度に取り替えるとなると、億単位のお金がかかるそうだ。

「すごく高いんです。だから、分割してメンテナンスしながら使う。キャッシュフロー的にもそうしないといけない理由もあって」

漁師たちにとっては大変な出費であり、廃棄するなら産業廃棄物。もちろん廃棄するほど傷んでいる状態であるが、amuはそれを少しも感じさせないアップサイクル品に仕立てる。そもそもそういう意識やリサイクルに関心が高かったのか。

「そんなに強いわけではなくて。シンプルに漁具とか漁師が使ったものが、燃やされるともったいないなというストーリー性に惹かれて。そこから環境の問題について知り、リサイクル方法について勉強するという流れだったので、海をきれいにしたいとかいうスタートではないんです」

加藤 広大さんはサイバーエージェント出身、ABEMAで番組プロデューサーをしていた。全く違う分野へのチャレンジに見えるが……。

「伝えたいものを伝えるみたいなことではあまり変わっていなくて、まだスポットライトが当たってないところに当てに行くとか、企画でもっと見えやすくするとか、そんなことをやり続けている感覚はありますね」

商品化する前に、アイデアとサンプル生地を見せる形で、ICCサミットのデザイン & イノベーションアワードに参加したことがある。

「知り合いの起業家からは、ICCはピッチしないと、ICCに出たってことにならないよって言われたんです。アワードでもめちゃくちゃプレゼンしたんですが(笑)。

でもちゃんと前に立ってしゃべるのが、やっぱりICCならでは醍醐味だから、形になったら、チャレンジしたらと言ってくれていたので、やっと立てたなという感じで嬉しいです」

投資家やスタートアップ界隈に伝えたいメッセージは明確だという。

「地域や、水産とか廃棄物みたいなものが、スタートアップ的な業界で言うと、どこまで面白い業界なのか、結構懐疑的に思われてる方もいらっしゃるんじゃないかと思っています。

僕たちはその考え方をひっくり返しにいきたい。着眼点によっては十分スタートアップできるビジネスアイデアになりうることを伝えられたらいいなと思います。いわゆる自己実現とかで起業するのもいいけど、カタパルトを見てそう感じてもらえるのなら、意識的にスタートアップを目指すべきだと僕は思います。

ただ起業するだけでは、ベンチャーとかスモールビジネスだとは思うので、ちゃんとリスクを取って戦っていくというのをちゃんと伝えたい。いいことをしているから儲けは二の次にするみたいなことは僕たちは考えていないので」

本番では投影トラブルがあったものの、これからのリサイクル素材に求められることを熱く伝え、それを実装した力強いトラクションを伝えた。いいことは儲からないを終わらせる、という強いメッセージは制限時間を超えるインパクトを残した。

「ペットにとって生きづらい日本を変える」S’more澤嶋 さつきさん

S’more(スモア)の澤嶋 さつきさんは、人間の指紋にあたる犬の鼻紋(びもん)で個体を識別する生体管理DXで、幼い犬の方が売れるからと、虚偽の情報で売買される犬の命とトレーサビリティを守っている。

「ペットって日本ではすごく生きづらいんです。それを人間と同じような戸籍とかそういうものが入手できるものを探していて、目でも肉球でもなくて鼻がよいということで、鼻を研究して」

鼻紋にした理由は、マイクロチップ型管理ではアクセスできる人が限られ、データ改ざんも可能という課題があり、鼻紋ならば人間の指紋のような個別性があるから。今回の登壇の目的は、仲間を見つけることだという。

「本気でこの世界を叶えたいという共感する人に届いてほしくて、登壇の理由は仲間集めなんです」

プレゼンでも紹介されていたが、信頼できるブリーダーやペットショップで導入が進んでおり、悪質業者の淘汰を目指す。愛犬の一気通貫データはしつけから病院のカルテ連携、食事、保険などを含み、健康を守る情報になる。もちろん家族にとっても大切な愛犬の情報を蓄積できるDBになる。

ちなみに猫も同じロジックではあるが、猫の鼻は犬の約1/3くらいの大きさのため、犬よりも少し技術が難しいそうだ。それでも次の段階で取り組むという。ちなみに澤嶋さん自身は犬を飼っていないそうである。

KenRi 西田さん「汎用的なAIはトラブルになり得る。だからこそ日本の専門家による法務AIを、業界一丸で作る」

KenRi 西田 燎平さんはこの日、29歳の誕生日。「今日成果が出なかったらいやだな(笑)」と笑い、スーツ姿が少ないICCサミットの雰囲気に少し緊張していると言うが、プレゼンで法務の業務を助けるリーガルテックの意義を伝えたいと意気込んでいる。

「生成AIが出たタイミングで一番インパクトを受けるのが僕らの業界。ただ本来ちゃんと相談すべきものがChatGPTみたいなものに流れてしまって、トラブルになるケースがすごく多いんです。

きちんとしたリーガルサービスを届けるためにも、業界自体変えていかなきゃいけないっていうことをより強く、メッセージ性を持って伝えたい」

自ら「弁護士は結構情報の非対称性だけで生きてきた職種」と言うが、それを破壊していくという。

「費用やスピード感で結局相談してもらえないケースがすごく多かったので、そこをなんとか変えていくんだっていうことを一番訴求したい」

それを進めると、西田さんのような弁護士たちの「仕事がAIに奪われる」ということにならないのか。

「もちろんそれはあるんですけど、僕らは汎用的な生成AIに飲み込まれてしまうのが一番怖い。自分たちのナレッジをどうAIに染み込ませて、お客様にオリジナリティを届けるか、あとは自分たちがAIの言っていることをレビューする仕組み作りができるかがポイントなので、業界の皆さんと一緒に法務のAI化を進めています」

確認事項や長大な文章も多く、複雑な法務業務でこそAIを頼りたくなるのも確か。しかし現状では、プロの目が入っていないAIだからこそトラブルが増えている。

「全然違うということを、わかってもらわないといけない。それに海外のAIだとやっぱり日本の法務は特殊なので全然合わないんです。法務の人たちにはもちろんですが、法務を軽んじている経営者が多いので、経営者の方々にも伝えたいです」

カサナレ安田さん「ガバナンスを備えたAIエージェントで組織を支える」

企業にAIの導入が進む現在、AIエージェントがより多岐にわたる仕事をするにあたって留意したいのが「ガバナンス爆弾」である、と伝えたカサナレ安田 喬一さんは、エンタープライズ向け生成AIソフトウェアを提供する。

部署や役職によって、出していい情報といけない情報、知っていることと機密事項は異なる。カサナレが提供するのは、学習データをもとに、限られた人しか知り得ない情報までも含めて回答をしてしまうAIに対して、正しい権限管理の仕組みで、立場によって情報を出し分けるAIエージェントだ。

安田さんにはタイミングが合わず、直接お話をうかがえなかったが、自分たちのサービスが大企業の組織戦略をドライブさせるという信念を感じさせるプレゼンだった。

「今までになかった、確かな原因と結果を答えられるAI」 hootfolio笠原さん

AIが出す答えは当然根拠に基づくものだと思っていたが、hootfolio 笠原 健太さんによるとそれができているのは現在、グーグル、Amazonといった大きな資本力があり、大量のデータサイエンティストを抱える企業のみで可能なものだそうだ。いかにもその通り、と思える回答は、実は因果関係を押さえたものではないらしい。

「そうなんですよ。これが原因でこれが結果みたいなのは、割と人間が簡単に分かるところもあるので、じゃあAIとかなら簡単だろうと思いがちなんですけど、実はその原因と結果の関係がどっちが原因でどっちが結果かというのは、今のAIって全く考慮していないんです。

それでも予測などは精度高くできるので、十分便利に使えるところはあるんですけど、その先何をしたら結果を伸ばせるのか、例えばYouTubeの再生数を増やしたらものが売れるのか、または売れるものだから買いたい人が見に来たのか、YouTubeを見たから買うのか、どっちが原因か結果かっていうのは、実は今の分析では分からない」

今の生成AIが人間であるとすると、提出した施策の根拠を求められると正しく答えられない状況だという。データサイエンティストやマーケターが読み解く領域や、その施策の根拠をhootfolioの”因果AI”コーザル・アナリシスが明らかにして、事業に活かすことができる。

「生成AIとかもめちゃくちゃすごいんですけど、でもあれはある種、膨大なデータからそれらしいことを浮かべているだけなので、なぜそうなのかとか、本当に成果が出るのかという根拠に実はなっていない。僕らは”答えられる技術”として、めちゃくちゃそこに懸けています」

しゃもじ土井 良記さん「今度はスポーツ事業で、世界の頂点を目指す」

ゴルフの飛距離が30ヤード伸びるという「ヒップヒンジ」を実演しながらプレゼン

しゃもじ 土井 良記さんは、日焼けして引き締まった体格、見るからにスポーツマンである。怪我が原因で引退した野球選手であることから、事業を着想した。

「野球経験者の約7割が怪我を経験しています。肩・腰・肘に集中する怪我を無くしたいのと、野球界の最高峰のMLB、ワールドシリーズで優勝する、それをプレイヤーではない形で叶えたいという目標があります」

Suportalという怪我なくパフォーマンスを向上させる身体測定とトレーニングのサービスや、球速などの結果だけでなく動作を数値化して、怪我で挫折する選手を減らし、小柄な日本人でもポテンシャルを最大限発揮するプレイヤーを育成する。その先の夢は、ワールドシリーズ制覇だ。

土井さんにヒップヒンジを教わってから、日々熱心に素振りを繰り返しているICC代表の小林 雅がやってきた。

一生懸命素振りをしていたんだけど、実際、全くボールに当たらなくて! 元のフォームに戻したら当たったけど、なんか理屈は分かったんだ。家のキッチンとかでも時々やってるから、不審がられている(笑)」

土井さんは「普段からやっていると活かせますので、ぜひ」と笑顔で答えた。選手としては諦めたスポーツで、再び世界を目指す。そして怪我なく生涯スポーツを楽しめる世界を作る。清々しい宣言とともに、土井さんは4位に入賞した。

SMILE CURVE野口さん「側弯症は一生涯の問題。早く、確実に見つけてあげたい」

側弯(そくわん)症の検査、医者に背中を見せる視触診は、学校検診で経験した人も多いだろう。SMILE CURVE 野口 昌克さんはカタパルトのリハーサルに足繁くオフィスに通い、何度もプレゼンを練り直していた。家族に側弯症の人がいて、その課題は誰よりも切実に感じている。

「必勝カタパルトのワークショップを入れると4回なんですけど、全部スライドを入れ変えました」

思春期に問題なく通り過ぎてしまうと念頭から消えてしまうが、側弯症は現在でも世界で毎年10万人の子どもが手術を受け、患者は大人も含めると3億人いるという。背骨の曲がり方の程度が強くなると、背中を切り開いて金属器具を入れる手術が待っており、そのスライドが表示されたときに会場は凍りついた。

「検診のデジタル化、3DスキャナとAIによる早期発見を普及させたい。視触診は見逃し、見落としだけではなくて、引っ掛けすぎもある。無駄に心配させてX線を受けさせることもある。日本では視触診を行っていますが、世界的には視触診だけで検査するのは良くないと言われています。 

視触診で見つかるのは本当に曲がっているものなので、見つかったとしてもほぼ手術。僕らのはもう少し前の、装具や運動療法でも治るレベルのものを見つけられます。子どもにとっては一生涯の問題なので、早めに見つけてあげたいんです」

視触診を止めたアメリカでは手術が増え、医療費も増えているそうで、このデジタル検診が広がれば大きな削減につながる。子どもたち・医者にとってもストレスの少ない0.5秒の撮影で精度の高い診断ができる。プレゼンでは話さないけれどと、野口さんは続けた。

「側弯症は子どもで3%ですけど、おじいちゃんおばあちゃんを入れると20%から50%が側弯症と言われています。それは放置していてその後悪化したという状態で、その後もずっと曲がっていくことがあるんです」

野口さんはスタートアップとソーシャルグッド、2つのカタパルトでそれぞれ2位、5位に入賞。おそらくICCサミットの会場に来るまで、ほぼ全員が意識していなかった側弯症の課題を大きく印象づけた。

ロボトラック羽賀さん「5年後に高速道路で自動運転トラックを走らせる」

ロボトラック 羽賀 雄介さんは、自動運転トラックという、未来の輸送の事業をしている。約1年前に創業したばかりだが夢は大きい。プレゼンでは、無人の大型トラックが疾走するデモ映像をたっぷり見せた。

「2年後には実証で、大型輸送トラックで、東名とか名神とか高速道路をバシバシ走りたい。3年後にはお客さんに物を届けたいな。無人運転を5年以内に社会実装したい。

登壇の目的は、知名度を高めることです。設立されたばかりで、知名度がないんですよ。1人じゃ絶対実現できないことなので、いろんな仲間を作りたくて、それが登壇の目的であり、メッセージでありみたいな感じです。

自動運転といっても別にドライバーがいらなくなるわけじゃない。小口配送や、個人宅に届けるものは絶対に人が必要ですよね。ドライバー不足が言われていますが、役割分担すれば物流はサステナブルになる。社会的要請はあると信じて、正しいことをやっていると信じてやっています」

審査員たちもそれに応えて、羽賀さんは3位に入賞。終了後に行われたインタビューでは「中途半端だなぁ」と悔しさをにじませていたが、それは事業への自信の裏返し。高速道路を無人の大型トラックが走る日は近づいてきている。

Sinumy 倉内 亮弥さん「改札、決済、ハンズフリーの社会を目指して」

Sinumy 倉内 亮弥さんは、デザイン & イノベーション アワードにも出展。スマホアプリと認証モジュールで、ハンズフリーのスマートゲートや、決済可能なスマートスポットの技術を持つ。鉄道事業者から、タッチレス改札の実証実験の話も進行中だ。

「未来の夢のある技術なので、とにかくそういう技術が日本にあるんだっていうことを知っていただきたいっていうのが一番ですね。

創業者でCTOの足立(安比古さん)が元々関西圏で、私鉄が多くJRで乗り換えというときに、定期券がバラバラなこと、荷物を持っているのにその度にかざして、100m先でまた取り出すみたいなことに課題を感じていたのがきっかけです。

ETCみたいに素通りができないものか、なぜ人の場合できないのかというところから着想して、色々論文を調べたり、自分でも実験をしてみて、1年ぐらいやはり難しいという時期があったんですが、なんとか乗り越えて、これだったらいけるっていう形で、特許を出して」

ちなみにSinumy(シナミー)という会社名の由来は、「Sinum」がラテン語で「ポケット」という意味で、ポケットにスマートフォンを入れたまま認証できるというところからだそうだ。確実に来る未来の技術に票が集まり、倉内さんは5位に入賞した。

MELON橋本 大佑さん「今を幸せに生きる力は、スキルとして身につけることができる」

Melonという名前の由来を聞いたら、橋本 大佑さんはこう答えた。

「マインドフルネスと瞑想の事業です。マインドフルネスというと、一般的にちょっと怪しいとか、とっつきにくいイメージがあるので、誰でも知っているフルーツで、フレッシュなイメージのメロンを。Apple Computerだって、アップルですよね。それとメディテーションサロンの短縮形です。ロゴも脳波とか波をイメージして」

働きざかりの人たちに多い心の不調による休職。昔からあるが、今も減る気配がなく、企業にとっても頭の痛い問題だ。

「全く本質的な課題解決がされていない状態ですが、そこはお金にならないとか、自己責任と言われてしまう。

そういうことではなくて、トレーニングすれば誰でも伸ばせるスキルになることが、科学的にも分かってきているので、それを社会に実装することが全ての人にとって大切なこととしてやっています」

瞑想というのは根本的な課題解決ではなくて、対処療法のようにも見えるが……?

「対処療法でもあるけど、本質的な解決でもあって、自分が何に満たされるかということなんです。いろんなものを追いかけ続けるという今の資本主義が限界を迎えているというのと、人間の欲望は絶対に尽きないもの。例えば環境破壊や過度な競争なども、メンタルヘルスに寄与してしまいます。

外部環境は改善していったほうがいいですけど、大昔から見れば現代は十分幸せな状態になっているはず。幸せになっていないといけないのに、幸せじゃないっていうのは、外部環境のせいじゃないですよね。捉え方の問題なんですよ」

確かに、食べるものにも住む場所にも困ってない現代に、なぜ満たされないのか。

「もうまさにプレゼンのタイトルにあるんですけど、今を幸せに生きる力っていうのはスキルであって、これをみんなが身につけることで世界が変わるっていうことを信じているので、それが今日のメッセージです」

スライドの表示トラブルがあり、登壇順が最後となったプレゼンであったが、途中に短い瞑想が実施された。短かくはあったが、現代社会のスピードに抗う小さな抵抗のようにも感じられた。

「カタパルト優勝で、会社が見える景色が変わった」

スタートアップ・カタパルトは今回20回目を迎えて少しリニューアル。ナビゲーターを荒木 珠里亜さんが務め、続いてICC小林がICCスタンダードを紹介した。この場から、もっと社会に浸透させていきたいと、会場全体で唱和する場面もあった。

そして前回の優勝者、emomeの森山 穂貴さんも登場。優勝後の驚くような変化を伝えた。次の優勝者にはどのような変化が訪れるだろうか?

「僕が何者でもない人から、何者かである可能性を見出してくれた場。採用でも月30人の応募が、毎月150人を超える応募をいただけるように。会社が見える景色が変わり、経営者として作りたい世界が広がるきっかけをくれました」と、森山さんは伝えた。

未来を描くポジティブな力

加納さんが小さくガッツポーズをした冒頭の優勝シーンの前、審査員たちは、AI活用が前提となった世の中と、社会に資する事業が当たり前になった世の中という、今回に顕著だった2つの大きなトレンドを語った。

大きな点差はなかったものの、ASTRA FOOD PLANやSMILE CURVEが優勝・2位となったのは、その中でも、事業を作っている人の信念と熱とが、プレゼンを通して比較的伝わってきやすいものだったように思う。

自分が描いた夢を皆に説明して、納得させるには、自分だけの強い動機と、この日までに乗り越えてきた苦労、折れずにやり続けた心を伝えなければいけない。そしてこれからもやってくる困難も乗り越えるだろうと思わせる、前向きな力も必要だ。未来とのポジティブな約束が叶う条件を揃えてみせたら、その人は必ず応援されるだろう。

壇上では優勝者が賞品総取りの記念撮影が始まっていた。組織が新しいフェーズに入ってきたところというASTRA FOOD PLANにとって、いずれも素晴らしいギフトとなるに違いない。

emome 森山 穂貴さんと
登壇者一同で記念撮影

今回から、カタパルト終了後に始まった”ヒーローインタビュー”的な企画が、会場出たすぐのところにある、特設ステージで行われた。ここでも加納さんは終始笑顔で、しかし抜かりなく自分たちの目指す世界を語っていた。

「フード & ドリンクアワードでもぐるりこを食べる体験を提供しています。食べることが、かくれフードロスの削減の第一歩につながるので、みなさんぜひ食べてにきてください!」

そのアワード会場にいたはずの仲間たちも、いつのまにか駆けつけている。ぜひ一緒に、と記念撮影を行った。生き生きとしたフレッシュな4人に、見ている人たちが笑顔になった。

こんな人たちが食品ざんさをアップサイクルする事業を、一生懸命作っている。機器を導入している吉野家の”かくれフードロス”のタマネギを加工した「たまねぎぐるりこ」を吉野家の牛丼にかけるとめちゃくちゃ美味しいと熱弁をふるっている。

なんだか未来は明るいぞ、と感じられるICC KYOTO 2025のスタートアップ・カタパルトであった。

(終)

編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/小林 弘美/戸田 秀成

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