8月31日〜9月4日に開催されたICC KYOTO 2026。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。このレポートでは、東京バルの筒井玲子さんが優勝を飾ったスタートアップ・カタパルトの模様をお伝えします。ぜひご覧ください。
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回500名以上が登壇し、1,200名以上が参加する。そして参加者同士が真剣に議論し、学び合うためのカンファレンスです。次回ICCサミット FUKUOKA 2027は、2027年3月1日〜3月4日 福岡市での開催を予定しております。参加登録は公式ページのアップデートをお待ちください。
ICCサミットの目玉、スタートアップ・カタパルト

スタートアップ・カタパルトの第1回目は、2016年の京都。今回のICC KYOTO 2026で、カタパルトは10周年となった。10年前も今も、このカタパルトの存在意義は変わらない。起業家の着想と実行力を形にした素晴らしい事業を、世の中に紹介する発射台(カタパルト)であることだ。
前夜は、過去の優勝者や入賞者が集まる記念ディナーが開催された。その顔ぶれの素晴らしさといったらなくて、出席者たちの覇気と意欲で、会場がはち切れそうに感じられた。そこに2026年9月1日、新たな入賞者が加わることになる。

10年前から、業種・業界さまざまなスタートアップが集まるのは変わらないが、その時々の傾向はある。はじめはIT、その後はSaaSのような分野が中心だった(あまりに多いため、一時期SaaS特化のカタパルトもあった)。それらが徐々に社会に定着していくと、新たなトレンドが芽吹いてくる。
2026年現在の傾向は、AIを活用して効率化を図る事業や、環境への配慮を前提とした事業が増えてきた。いずれも10年前には今ほど一般的ではなかったものだ。。つまり、カタパルトはその時代を映す鏡のような存在で、それもアーリーアダプターが集まりやすいICCサミットの性質上、社会を少し先取りする鏡、というのが正しいかもしれない。
カタパルトの冒頭では、今回初めてとなるアンバサダーアワードの表彰式が行われた。

「ともに学び、ともに産業を創る。」という理念に共感し、ICCサミット参加者の増加に寄与してくださった方々である。この場で刺激や学び、新たな出会いを通して、自分たちの会社や産業に貢献する存在となるのは、登壇者だけでなく参加者の皆さんも同じである。記念撮影ではそれぞれの持ち場で新たな価値や産業創出を目指すリーダーたちに、大きな拍手が送られた。
上位5組はすべて1〜2点差の接戦
今回のスタートアップ・カタパルトで優勝したのは、東京バル。栄養豊富な食品残さをアップサイクルして、美味しいお菓子を作る企業である。2位は同率で2組、緊急度の高い人から優先的に救急車を割り当てるQuickと、トイレの自律清掃ロボットinprog。4位に作物の収量を増やす光合成強化剤を作るMINORICA、5位はバイオマスの分散型プラントでエネルギーを作る「ライノフラックス」だった。
業種も事業領域も異なる11組だったが、共通していたのは、切実なニーズや切迫する現場の課題を起点に事業を作っていることだった。
今回のスタートアップは激戦を極め、発表された順位を見ていただくとわかるが、上位5組はすべて1〜2点差。どのスタートアップが優勝してもおかしくない結果だった。上位5組以下も接戦である。

場外のS会場では、アップサイクル、投資、不動産、医療など、登壇者や審査員の業界と近いメンバーが揃い、自身の経験や知見を語りながらも優勝予想を大きく外していた。ちなみに彼らの予想した1位はMINORICA、2位ライノフラックス、3位inprogという予想で、INNFRAを挙げた人も多かった。

どの人も切実なニーズや、切迫する現場の課題解決をもとに事業を作っている。プレゼンも磨き抜いた素晴らしいものばかりだった。それでは何が彼らの勝敗を分けたのか。
それを当日のプレゼンや、登壇前後の話から探ってみよう。
優勝プロダクトに込められた我が子への想い


「一睡もできないほど楽しみにしていた」と始めた東京バルの筒井さんのプレゼンは、ただシンプルに胸を打った。
審査員はオーガニックジュースの搾りかすを使ったお菓子「THIS IS SALAD」を味わいながら、プレゼンに耳を傾けた。発売開始から3年で黒字化し、今年の夏はセブンイレブンにも並んだが、その事業の目指すところは、地産地消で未利用食品を資源化・事業化するOSとなることだと言う。
健康志向が高まる世界の食トレンドで、その機能性やブランドストーリーが評価されているが、筒井さんはアップサイクルを目指してこの事業を立ち上げたのではない。
消化や排便に難がある我が子の体調の良かった日は、必ず食物繊維たっぷりの野菜を食べた日であることから、企業が廃棄にコストをかけている食物繊維の多い野菜の皮や残さに着目し、子どもが喜んで食べるようなお菓子を作った。
少量の食事から、どうしたら栄養を届けられるか。我が子のための問いから始まった事業が、企業の課題を解決し、良い影響が周囲に波及し、大きな価値となる。全米のウォルマートにも並ぶまでになった。
筒井さんが一番熱を込めて語ったのは、我が子が、自分の作ったものを喜んで食べてくれる、もっと食べたいと手を伸ばしてくれる嬉しさだった。
娘が美味しそうに食べる動画を壇上から愛おしそうに眺め、「大切な人に、美味しく、健康に食べてもらいたい」という思いこそが食産業の普遍的な価値だと告げた。その揺るぎない確信が事業を拡大させているのを見て、審査員の心を動かしたのではないだろうか。
ちなみに食関係がこのカタパルトで優勝するのは、「ASTRA FOOD PLAN」「CULTA」と今回で3連続となった。
同率2位の2組「Quick」と「inprog」

Quickの武田 淳宏さんは、医学部在学中、救急医として修行するなかで、逼迫する現場の課題を目の当たりにし、起業した。これほど求められ、説得力のある起業理由はない。
1分の遅れで下がる救命率を救うために、119番通報から緊急度判定をリアルタイムで解析し、適切な医療にマッチングするサービスで、通報から、現場到着までをAIがサポートする。
inprogの宗清さんは、Quickの武田さんと同率2位。優勝した東京バルとはわずか1点差だった。ヒーローインタビューでも「こんなに悔しい2位はない」と語っていたのが印象的だった。登壇前の心境はこうだ。

「トイレ清掃のロボットで、汚れがしっかり落ちるものが出来上がっていて、実際に普及していくこと、そのまま実稼働を代替できるというのを伝えたい。
予想外なことに、事前の公開リハーサルでは1位だったので、それを踏まえてさらにいかによくするか、改善をいかにするか。スライドの引き算も、新しいことも入れたいし、最後まで悩まされました。絶対攻めたいなと思って」

宗清さんがICCサミットに参加しようと決めたのは、友人のSolafune 上地 練さんが登壇していたからだそうだ。

「彼にはいつも刺激を受けてます。 カタパルトに出た頃から、事業に弾みがついていったし、彼自身もすごく成長していく姿を目の当たりにして、僕も絶対そうなりたいと思って応募しました。みなさんすごい企業が揃っていますが、その中でも勝ちたい。優勝して、再会したいです」
それが冒頭のヒーローインタビューにつながる。本当に悔しがる人の「次」は強い。そういう姿は、何度もICCのカタパルトで繰り返されている。
「他のイベントと比べて圧倒的に熱量が大きい」

光合成強化剤で作物の成長を促進するMINORICAは、S会場で実況中継をしていた過去の優勝者たちが優勝候補として名前を挙げていたが、結果は4位。会社を代表してプレゼンする平田 裕也さんは、ICCサミットの多様性を、登壇前にこう語っていた。
「自分と本来なら遠くて交わらないはずの分野の人たちがいるのに、その熱が伝わってきます。
言語化が難しいのですが、過去の優勝したプレゼンを見ると、分野はバラバラだけど共通したものがあって、そういうところが人や事業を引きつけて、成長させていく足がかりになっているのだと思う。その一員になれるよう頑張ります」

5位となったライノフラックス間澤さんは、余裕の面持ち。京大発ベンチャーで、会場から自転車で5分のところに住んでいるためか「実感がわかなくて」と笑う。ディープテック・カタパルトのジャンルだが、スタートアップにと小林さんから指名され、多様な経営者たちと戦うことになった。
「毛色が違うのですが、みなさんに受け止めていただきたいので、技術にこだわりすぎず、言葉に体重を乗せていきたいと思います」
エネルギー問題は資源のない日本の大きな課題であるが、バイオマス発電を低温で実現する技術で、環境に優しい地産地消の電力をつくる。
「他のイベントと比べて圧倒的に熱量が大きいので、それに応えなければというプレッシャーを感じています。とはいえプレゼンは、日々事業を伝えている一番伝わりやすい方法、一番話しやすい方法で伝えます。基本はぶらさず、熱量は大きくいきたい」
その言葉通りプレゼンは、ゆっくりとした口調で難しい技術を丁寧に伝え、会場からも「うまい」と声が上がっていた。間澤さんの自信の源は、積み重ねてきた日々の継続と自分たちの技術への確信なのである。
プレゼンを磨いて、自分と向き合う
惜しくも入賞を逃したチャレンジャーたちも、想いの強さでは負けていない。現場Hub岡田 光正さんは、ピッチコンテストはこれが初めて。事業の基盤が整い、これからグロースを目指すときに自身の言葉で伝えて採用につなげたいと、カタパルトに挑んだ。

「6〜7名の規模で、辛くて辞めたい、給料も上がらないと苦しんでいた企業が、僕らのサービスを導入して20数名に成長した例もあって、そういうのを聞くと嬉しいじゃないですか。社会インフラとして世の中を支えている大切な仕事だし、お客さんとの距離も近いし、僕はこの業界が好きなんです」
誠実で、利他的な精神がある人に来てほしいと岡田さんは言う。過去のICC参加者からも課題が共有されている建設DXだが、どの人にも情熱とアイデアがあり、力強く産業のDXを進めている。岡田さんの愛と熱を込めたポジティブなプレゼンは、業界に明るいパワーを加えるだろう。

メンテルの井上 智樹さんは、自動制御で建物の省エネをする後付けデバイスを作っている。
「データを取得したり、遠隔で制御を送ったりできるので、集めたデータごとにこう動かしてほしいという指示を送って自動で動かせます。
空調は、エアコンに限らず、照明も関係しています。そういったことをトータルで解決します」
新築でなくても電力の最適化ができる仕組みである。その工事を担えるパートナーを見つけるというのが登壇の目的の1つだという。
「大きかれ小さかれ工事は必要なのですが、自分たちだけだと限界があるので、共感してくれるパートナーさんと導入を検討してくださるユーザーさんと一緒に、広げていきたいです」

INNFRA川島さんは、ALGO ARTISの永田 健太郎さんの大学院時代の研究室後輩。水や電気といったインフラのない場所に、それらを整備せずとも暮らせる建物を建て、水は循環、電気は太陽光で作るため、大工事をせずとも人里離れた場所や、風光明媚な場所に暮らすという選択肢を増やす。

「自由に暮らすことを、心の底から思い描いていたんです。2022年にスタートして、実際に自分で住んでみると、すごく豊かだと思いました。自分が豊かになる、こんな新しい暮らしができることを、もっと多くの人に感じていただきたいです」
プレゼンを聞いていた人たちは、新しい住まいの夢が広がったのではないだろうか。誰にでも広く使えることが、インフラの大事なところである、と川島さんは言う。カタパルトの登壇は、自分の情熱や、社会のためになる事業のあり方に改めて向き合えた機会となったと語った。

AI Dockの島原 佑基さんは、検診の分野にAIを導入し、”攻め”の健康促進を提唱する。被ばくしない全身スキャンを定期的に受けることで、わずかな病変を早期に発見したり、体組成計よりも正確な数値が出るため、たとえば筋トレの成果なども数値で確認することができる。
メディカルとAIの親和性は非常に高く、これはまだ序の口に過ぎないのだろう。AIと予防医療の分野は、まだまだブルーオーシャン。これからさらにきっと驚くようなサービスが生まれてくるに違いない。

TIMEWELL濱本 隆太さんが作ったTRAFEEDというAI輸出管理事業は、このご時世、日々、重要性を増している。輸出製品に関する該非判定を自動で行うサービスだ。
「海外に物を輸出する時に、自社の技術が軍事転用されるリスクや軍事背景がある組織を調査する義務が全事業者にあるんですが、それを法律と照らし合わせる自動化をしています」
プレゼン時には、照合する法律のごく一部が分厚い書類として審査員席に配布された。これを担当者は今でも資料と首っ引きで調べているわけだ。
「昨年だけでも日本とアメリカと欧州3カ国だけで 、33回法律が変わっています。 ウクライナ有事が始まってからそういった法改正が多く、誰も対応できないような状況です」
企業だけでなく、先端技術がある大学からもニーズが高く、技術流出を防止したい国の意向もあって業務が強化されたのはいいが、現場は疲弊している。自身も前職のパナソニックでそれを経験済みだ。
「研究デューデリジェンスというんですけど、研究者や研究先、共同研究先の事前調査も必要となり、文科省や経産省の委託事業に応募するときにそれが必要になりました。僕の出身の岡山大学でも年間約5,000件あり、それを4人で担わないといけない」
国内はもちろんのこと、このサービスは海外にも転用が可能だそうで、輸出入額が日本よりも多い台湾や韓国にも可能性を感じている。
「フィジカルAIやAIモデル、ディープテック、ロボティクスなどどんどん進化しているし、全商品が対象になってくる。先日台湾の展示会に行ってリサーチをしてきたんですけど、競合はまだいなかったです」

ハクオウロボティクス塩原さんは、フォークリフトの自動化が、物流の改善に大きく寄与すると信じている。作業の複雑さや正確性を考慮すると、今まで人力に勝るものはなかったが、その自動化技術をついに開発し、物流の肝となる結節点を大きく改善する。
「みなさん、すでに自動化されていたと思ってますよね」
導入することで、どのくらいの効果があるのか。
「今まで人がやっていたことを全て自動フォークリフトに代替してるケースもあります。しかも1人では賄えない量をさばけますし、複数台入れて24時間稼働しているところも。
あまり知られていませんが、フォークリフトでの大きな問題が死傷事故です。労働災害の中でも年間約2000件と多い。自動化を早く進めなければいけないのですが、ずっと人の方が優秀だったので」
VCの紹介で登壇に至った塩原さんだが、登壇前にすでに大きな手応えを感じていた。
「伝えることを非常に学びました。周りの人たちがとてもハイレベルで、こんなにも日本のスタートアップで稼いで、ビジネスをしている人がいることにすごく感動したんですが、ショックも受けて、公開リハーサルの時にしょんぼりして帰ったんです。
本当にいい機会になりました。伝えることの大切さを学んで、これによって事業も変わりますし、社員も変わるし、周りも変わる。それを体現していきたいです」
そんな11名のプレゼンや、審査員のコメントはこちらの動画で見ることができる。接戦を極めた戦いの様子をぜひご覧いただきたい。
スタートアップは個人の切実なニーズから生まれる

優勝した東京バル、2位のQuickなど今回登壇した11組から見えたのは、限られた資源を無駄なく循環させ、社会に良い影響を生み出す事業が増えていることだった。良い目的のためのサービスが、次の人へ、次の場所へと巡っていく。スタートアップの方向性が、日本の社会でそう顕著になってきているように思う。
ヒーローインタビューが終わったあとの、審査員代表コメントで、リブ・コンサルティングの権田 和士さんが語った「スタートアップとは、個人の切実なニーズから生まれるもの」という言葉が、改めて重要に感じられる。その思いが、サービスのすみずみに宿り巡り、事業を動かす原動力となる。
どんな些細な課題でも、個人的な想いでも、突き詰めて磨き抜くと、それは多くの人が共感する価値に変わる。配布された「THIS IS SALAD」が美味しかった、完食したという言葉が審査員数名から上がった。ICCのカタパルトのアップサイクルの商品で、ここまで称賛された食品は記憶にない。それが小さな娘に栄養を摂ってほしくて親が作ったものだなんて、最高である。
社会の大きな課題を解決することも、もちろん重要だ。
しかし世界がなかなか解けない大きな課題に直面し、変化のスピードも速い今、大きな課題を掲げることだけでは、事業の強さにはつながらない。何を軸として考えるのかは多様で、だからこそ優勝の行方を予測するのは難しかったのだと思う。
子を想う親の心や、一人でも多くの命を救うことへの想い。人間の熟練の技を宿したロボティクスによる、困難な作業の代替。今回のカタパルトは、新しい発明というよりも、技術を手にして取り組む普遍的な価値の強さが逆に浮き彫りとなった。そして今や、事業の規模にかかわらず、世界を目指せる時代になった。
スタートアップ・カタパルトの7分のプレゼンで人生が変わったと、過去の優勝者たちは言う。世界にたどり着く方法なら、AIに聞けばいくらでも出てくる。さまざまなツールが手中にある今、問われているのは「どうやって世界へ行くか」ではなく、「自分は何を心から解決したいのか」なのかもしれない。

(終)
編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/戸田 秀成


