3月2日〜5日の4日間にわたって開催されたICC FUKUOKA 2026。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。このレポートでは、前夜祭の夜にRestaurant Solaで47名を招いて開催された、ICC10周年プレミアム・ディナーの模様をお伝えします。ぜひご覧ください。
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に学び合い、交流します。次回ICCサミット FUKUOKA 2026は、2026年8月3日〜8月6日 京都市での開催を予定しております。詳しくは、公式ページのアップデートをお待ちください。
ICC FUKUOKA 2026で、ICCサミットは10周年となる。ICCサミットにとって大切な人たちが集まるのはICCサミットの場。多忙なスケジュールを割いて、福岡まで駆けつけてくださる方々にとって、ここでお集まりいただくのが最も効率がよいだろうとして、3月2日、招待制ディナーの形で、ICC10周年プレミアム・ディナーが開催された。
ICCサミットの前夜祭は、複数の場所で同時多発に開催されている。カタパルトやアワードの登壇者が出席する「チャレンジャーズナイト」、セッション登壇者たちが集まる「スピーカーズナイト」、そして今回はeightのスポンサーによって実現したさまざまな交流を目的とした「デジタル名刺交換ナイト」など。この他、美食プログラムなども一部始まっている。
市街地からもほど近いベイサイドプレイス博多にあるフレンチのRestaurant Solaは、ICCサミットの美食体験として毎年利用しており、才能豊かなシェフ吉武 広樹さんが腕をふるうICCサミットの雰囲気にぴったりの素晴らしいレストランだ。このお店の定員いっぱい、ICC代表の小林 雅を含む48名がこのディナーに集まった。
来場者たちが、自分にとってのICCを語る

翌日からのメイン会場のプログラムに登壇するような、毎回ICCサミットに参加、登壇いただくお馴染みの方々が続々と集まってくる。4、5人のグループカットで写真を見ることは多いが、ICCサミットのレギュラースピーカーたちがこんなに一堂に集まるのは壮観だ。空港から駆けつけたと見える、大きな荷物を持った方も多い。






「半年に一度の同窓会」と称する人も多いICCサミットだが、ICCサミット10年の歴史をともに創ってきてくださった方々の集結は、そのまま歴史を見るようでもある。ICC初回から、その前から小林さんと親交のある方々や、最近ICCサミットに加わった方々も皆、平和酒造の山本山本 典正さんからご提供いただいた平和クラフトを楽しみながら、スピーチが始まった。


まずは、参加前にICC代表の小林 雅から送付されたアンケートに、最長の回答で返した楽天グループ小林 正忠(セイチュウ)さんから。

セイチュウさん「まささん(ICC代表の小林)からのアンケートに回答しないという選択肢はあるのか、そこに心理的安全性はあったのか(笑)? それはともかくとして、ICCのおかげで幸せになっています。ありがとうございます!」

スマートニュース 村上 臣さん「2回目から参加していますが、真剣に議論する場、セッションの面白さで来ていて、以前はいくつかのカンファレンスに登壇していましたが、現在はICCだけです。出会う皆さんとのネットワークと議論の真剣さ、あとは僕にとってはCo-Creation茶会も大切で、ビジネスありつつ、文化的な体験もあるのはここだけだと思っています」

ファンベースカンパニー津田 匡保さん「職業柄どうしても文字数をカウントしてしまい、アンケートの分析をしたら、回答で一番長いのがセイチュウさん、2番目ががくちょ(仲山 進也さん)、3番目が中村 直史さんでした。
回答をテキストマイニングして、一番使われていたワードは『人生』。皆さんの人生にとって、いかにICCが大きいかがたくさん見えるものでした。40代に入ってICCに参加するようになり、今回で8回目。人生の価値観が変わるような出会いをたくさんいただいています」

リブ・コンサルティング権田 和士さん「ICCの影響を受けすぎたことで、13歳になる長男が個人事業主になりました。ココナラでひたすら仕事を受けていて、SOZOWほか、ICCで知ったいろんなサービスを使いまくっています。長男がいつかICCでピッチする日を目指しています。
僕はスタッフと関わらせてもらうことが多くて、以前に参加した沖縄での運営チームのリトリートで、スタッフたちが命を救う現場を見ました。
みんなが夜にバーで楽しんでいたところ、バーのスタッフが一人、急に倒れたんです。
するとそこにいたスタッフのそれぞれが、AED取りに行く人、救急車を呼びに行く人など自律的に動きはじめて、倒れた人をみんなでライトで照らして、1週間前に運転免許講習でAEDを受けたばかりの大学生スタッフが一生懸命に心肺蘇生するのを見守っていました。
倒れた人は心臓が止まってしまっていたのですが、そこへ救急車が来てみんなが協力して、一命をとりとめました。めちゃめちゃホテルの人に感謝されていました。
命を救ったり、起業するとか、すべての奇跡を見て、私のICCへの信念は強くなっています」

中村さん「ICCに関わることは、まさかの連続でした、ということをアンケートに書きました。
僕はクリエイティブ畑の仕事をしてきたので、ビジネスのカンファレンスみたいなことは今まで経験がなく、あまり人が多いところが得意じゃない自覚があったので無理かなと思っていたんですが、ある日突然、齋藤 太郎先輩(dof)から、もう申し込んであるからとにかく来てと関わることになりました。
そうこうしてるうちにICCスタンダードを作ることになり、これは荷が重すぎる、これだけの人が集まっている中で、もし僕が失敗したら、もう一生僕はコピーライターとして生きていけないというのと、小林 雅さんとはそれまでほとんど喋ったことがなくて、今、初めて言うんですけど、多分性格が全然合わないんじゃないかと思って。
(一同笑)
これはもう無理だ、逃げ出したいと思っていたんですけど、その時にまた太郎さんが、いいからやった方がいいよ、雅さんはああ見えて実は優しい人だよと。太郎さんが言うのならと、やってみたら、それが素晴らしい経験になりました。
なぜかというと、(村上)臣さん、永田(暁彦)さん、宮宗(孝光)さんなど、いろんな皆さんにそれぞれインタビューをさせていただいて、そのプロセスを通じて僕は初めてICCにちゃんと関わることができました。本当に感謝をしています。そうやって作ったものが、広がったこともありがたかったです。
そうしてスタッフの皆さんとも仲良くなっていく過程で、今度はICCの皆さんが五島に来てくれて。
その時に来てくれた方たちの話に、僕の娘が泣いてめちゃくちゃ感銘を受けて、それまで娘とすごいギクシャクしてたんですけど、気が付いたら ICCのスタッフになっていて、(CHEERS 白井)智子さんのところでお仕事もお世話になりと本当にまさかの連続で、自分の人生にとっても、すごく大切な方たちとの関わりになりました。
多分これは僕だけに起こったことではなく、いろんな方たちにこの10年間そのことが起こってたんだろうなと考えると本当に素晴らしい場だなと思いますし、これからもますますそうやって発展していったらいいなと思います。僕も少しでも力になれたらと思いますので、これからもどうぞ皆さんよろしくお願いします」

ICC10周年のプレミアム・ディナー

キッチンでは、1店を休みにして集められたという大勢の人たちが46名分のディナーの準備で大忙し。吉武さんは、この日のメイン肉料理である鳩の調理にかかりきりだ。

着席を待つばかりとなったテーブルには、メニューとともにゲストの一人ひとりに向けて、小林さんが書いたメッセージカードが添えられていた。

スクリーンにはICC10周年のロゴが映し出され、特別な雰囲気を演出している。着席したゲストたちはメニューを手に取り、早速メッセージを読んでいる。

このままディスカッションが始まりそうな席次だが、セッションの時のような緊張感はない。もちろんこの日来られなかった方や、お呼びできなかった方もたくさんいるが、初回からの参加者やこの2、3年で参加した方も含め、和やかな、大きな同窓会のような雰囲気である。

「好奇心を忘れず、成長とチャレンジを続ける」
CHEERS 白井 智子さんの司会進行で、ディナーが始まった。まず最初は小林さんの挨拶から。

小林さん「ICC10周年プレミアム・ディナーにご参加いただき、誠にありがとうございます。皆さんに書いたメッセージを、僕自身にも宛てて書いてみました。
『自分にメッセージを書くのは少し照れくさいですが、せっかくの節目なので改めて。ICCサミットも10周年を迎え、ビジネスとして成長することができました。
それは決して自分ひとりの力ではなく、登壇者、参加者、スポンサー企業、そして運営チーム、多くの方々の支えあってこそです。日々の感謝の気持ちを忘れず、努力を続けること。常に好奇心を持ち、新しいチャレンジを恐れないこと。若い世代に成長機会を提供し続けること。その姿勢をこれからも大切にしてほしい。
美食を楽しむのは大い結構。ただし、健康管理を怠らないこと。適度に運動すること。10年後ちゃんと第一線で活躍できる自分でいよう』」

メッセージはここまで。最後の方で会場の笑いを誘いつつ、一呼吸置いて、続けた。
「自分に対しても皆さんに対しても一緒なのですが、成長し続けてチャレンジし続ける。好奇心をもって続けられるというのは、皆さんのような起業家として、生きていくうえで本当に大事なことだと思っています。興味を失ってしまった人生っていうのは、面白くなくなってしまいますよね。
最近久しぶりに(村上)臣さんと食事をする機会があったのですが、僕の知っている臣さんではなくなっていて驚きました。ちょっと会わないだけで、こんなに変わるのかと。ICCはそんな人たちの集まりかなと思っています。
そういった力を結集すれば、日本は、世界はもっとよくなると思いますし、昨今世界では紛争が多く、混沌して不確実性が高くなっていくなかで、アントレプレナーシップや、イノベーション創出、皆さんが活躍し、世界を変えていくことが大事だと思います。これからもICCは進化していくと確信しております。そのためには皆さんのお力が大事です。これからもよろしくお願いいたします!」
「ICCは青春の場であるかもしれない」
続いて、小林さんの盟友のUntroD Capital Japan永田さんが乾杯の挨拶をした。ここに集まった人たちの気持ちを代弁するような、温かくも、自分や仲間を鼓舞するような永田さんらしい言葉で語られた。
▶︎「社会を変えるために、まず目の前を変える」ユーグレナ永田暁彦さんがICCサミットに参加する理由とは【ICC KYOTO 2019レポート#4】

永田さん「10周年おめでとうと言われて、誰がいるんだろうと考えたら、10年間ずっと一緒にいるのはまささんだけかも?と思います。本当にお疲れさまでした。
私は皆さんのアンケートのコメントを読んできて、誰が書いてないかを理解しています(笑)。それと同時に、社名を見てみると、10年前から社名が変わってる人が三分の一以上いらっしゃいました。
そこで思ったのは、ICCって誰がどこで何をやっているかじゃなくて、その空間で何を共有し合ったかという感動でずっと続いてるものだと改めて感じました。
強烈に感じたのは、 2019年に、レノバの千本 倖生さんと登壇した時のことです。

何歳になってもあの内側から湧き出るようなパワーに当てられて、『僕はこうなりたい!』と本当に思ったのを覚えています。今も僕はもう手が震えるぐらい毎日やりたいことで溢れています。
知ってますか? 今年からF1は全て持続可能燃料になりましたね。ついにこの時代が来た!と僕は思ってますし、10年前からやり続けているディープテックの世界に本当になりました。解決したい社会課題だらけで手が止まらないです。
僕は今日、最初に宇佐美(進典)さんに抱きつきたいと思っています。どんな立場になっても、溢れ出した熱量の共感がこの場を作ってるということが一番素晴らしいのかなと思ってます。
今日正直に申しますが、僕は永見(世央)さんや寺田(修輔)君に負けたくないと本当に思っています。コットン(琴坂 将広さん)には、永田はよく頑張ったなと思わせたいし、お母さんみたいな気持ちで、僕はみんなに対して一つひとつ想いがあります。
でも誰ひとり、一緒に働いてない。この空気って何だろうなと考えたら、同じ年の夏の甲子園に出たチームメートみたいな、あの夏、一緒に白球を追いかけたけど、敵同士だったみたいな、同じ空気を吸っていた価値がすごくあるんじゃないかなと思いました。
だからこの10周年はほんの中間地点として、これからも5年先10年先も全員で青春したいなと、ICCは青春の場であるかもしれないと願って、乾杯したいと思っております。
では、皆さん、この同じ時代に、戦い続けてきた仲間と、5年先も10年先も一緒に青春しましょう。乾杯!」

ICCをともに過ごしてきた人たちのスピーチ




食事の合間には、ICCの歴史をともに作ってきた方々からスピーチをいただいた。小林さんを前職時代から知るプロノバの岡島 悦子さんや、カタパルトの優勝者、リージョナルフィッシュの梅川 忠典さんと、ヘラルボニーの松田 文登さんがスピーチした。
岡島さん「2005年11月のNILSの時はボードメンバーをやっていまして、その時はグロービスにまだ在籍しており、まささんがグロービス・キャピタル・パートナーズの時に横で、グロービス・マネジメント・スクールにいたところからICCとのお付き合いが始まっています。
私にとって ICCは一言で言うときっかけ。たくさんのきっかけを私も、皆さんも、もらわれているんじゃないかなと思います。まささんが投資していた企業でインターンをしていた人と結婚しましたし、社外取締役を務めた企業との出会いもそうです。ICCで会った方々といろんなきっかけでお仕事をしてきました。
IVS時代に居酒屋で他の会社の取締役会って何してる?みたいな話をしたのが、ICCの最長セッション、シーズン16となるコーポレートガバナンスのセッションになっています。そこでたくさんの仲間ができて勉強会をしたりスタートアップ業界のバランスをどうしていくのかという話から、これもきっかけをいただいて、いろんなことをやってきています。

私は、ICCは動的なところがすごくいいんだろうなと思っています。つまりどこかに留まっていない。どんどんコミュニティが進化していることが素晴らしいですし、どんどん進化している。何より参加している全員が、おそらく何か自分たちがきっかけを作り出さなければいけない、貢献したいと思ってくれる。だからこその熱いコミュニティだと思います。
さっきもここで今日この場に呼ばれてるのは素晴らしく嬉しいよね。だけど、呼ばれてない人たちは悲しいんだろうねと言っていました。今日ここに集まっている皆さんはICC をどんどん良くしていこうと思って、とても貢献されてきたんじゃないかと思うし、それをまささんが決めてるっていうのが、やっぱりこのコミュニティの良さですよね。
ICCは、あとどれぐらい行きますか? 10 年ぐらいですか?」
小林さん「100年ぐらい」
岡島さん「本当に ICCが100 年続くことを心からお祈りしておりますし、まだまだ私も貢献していきたい。ぜひ呼び続けていただけたら嬉しいです」
松田さん「ICCとの始まりは約5年前。創業した当時に双子で会社をやっていて、まだ会社が5名、本当に小さい時に誰も推薦してくれなかったので、自薦で参りまして、本当にいろんな出会いをいただけました。第1回ソーシャルグッド・カタパルトにチャレンジをして、優勝させてもらえたのが1つのきっかけになっています。
Forbesで出た別冊『ヘラルボニー現象』、この現象の一番最初を作ってくれたのは、この ICCだったんじゃないかと思っていて、本当に多様な人たちの幸せというものを強く作っていけたらと思っています。
いろんな場所に行くと、実はこんなにフラットじゃなかったり、実はこんなに応援される空気がなかったりだとか。本当に境界も偏見も、分断も常識も超えていられるのがICCだと思っているので、そういったものを作っていただいてるまささんにすごく感謝をしています。
ヘラルボニーのボードメンバーも皆、ICCがきっかけで出会い、ICCがなければ成立していないくらいの会社です。本当に感謝しています。ありがとうございます」


梅川さん「まささんからのメッセージを読んだら『どこか自分と似てる』と書いてあって。これはまささんにとってはほめ言葉なんだろうなってところで。はい、あの、嬉しいです(笑)。
スタートアップ・カタパルトとカタパルト・グランプリに出ました。僕としては、地方の京都にあるちょっと変わった人、ぐらいな位置付けだったんですが、優勝して皆さんが応援してくれる流れができて、最近、一人前の経営者になりたいなと思うようになりました。
でも一人前の経営者になって産業を創るには、僕みたいなちょっと変わった人だけではだめで、クレイジーにやる人には、そういう人を支えてくれる人が必要。ユーグレナを支えたのは実は永田さんらしいぞ、みたいになっていかなければ、自動車産業や家電産業のような形になっていかなければいけないと思っています。
そういう意味で、この場のすごく素晴らしいところは、自分が経験したことや失敗した知見を誰かにギブする喜びを与えてくれるところです。そういうことの積み重ねが1つの産業を作っていくことにつながるんだろうなと思います。
カタパルトをやるからには、いつもプロフェショナリズムを持ってやろうと必死にやっています。だけど、毎回『前回に増してレベルが高かったです』と言う審査員がいるんですよ。カタパルト・グランプリで、そんなセリフを絶対言わせないという気持ちを持って、前回のグランプリに出ました。
だから、自分が登壇する時は、それを超えるものがない、と思えるぐらいものをちゃんと発揮して、皆さんは吟味していって、僕も吟味されながら、みんなで一緒に産業を作っていけるみたいな、そういう場がここにはあるんじゃないかと信じています」





再び平和酒造の山本さんがマイクを握り、メイン料理にぴったりの日本酒「無量山」での乾杯を促した。
来年で老舗企業と呼ばれる創業100年を迎える平和酒造、何年もの努力の末、今年、ロサンゼルスに蔵が完成し、酒造りが始まるという。そこで米不足や円安、関税問題という課題に見舞われて、大丈夫と思っていた次の瞬間に暗闇がある恐ろしさや、経営の難しさを赤裸々に語って、応援の拍手が沸き起こった。


さまざまな人たちが自分にとってのICCやICCへの共感を語ってきたが、それは運営を担うスタッフも同じである。デザートが運ばれてきたころ、運営スタッフの中心的存在ともいえる3人が前方に進み出た。




学生時代のインターン先が同じで、現在は違うところで働いているが、ICCでは同じチームで働く3人。荒木さんが代表してスピーチをした。
荒木さん「おめでとうございますと言おうかなと思ったんですが、ちょっと違和感があって。ICC はもう私の内側にあって、皆さん来てくださって、一緒に創ってくださって本当にありがとうございますというのが、正直な気持ちです。
ICCは私にとってかけがえのない場所です。この場に立つために8年間を振り返りました。最初は社会人1年目で、何者でもなかった私に、まささんはたくさんの機会をくださいました。
今も強く印象に残っているのが、カタパルトのナビゲーターという役割です。まささんがいつもやっている役割をやってみるかと突然マイクを渡されまして、本当に心臓がもう口から飛び出るかと思うぐらい緊張しました。何者でもない自分がこんな素晴らしい皆さんの前で何を喋れるんだろうかと。
そのときに、カタパルトにチャレンジしている皆さんに話を聞いていて、皆さんもチャレンジされている、皆さんも最初は何者でもなかったんだっていうことを、スピーチやプレゼンを聞いて感じて、覚悟を持って何かをやると決めて 1 歩踏み出した方々が今の社会を作っていって、こうして産業を一緒に創る仲間になっているとICCを通して、本当に学ばせていただきました。
ICCスタンダードを一緒に作るプロジェクトに関わらせていただいたんですけれども、『あなたの一生懸念さを私たちは笑わない』というフレーズがあって、私はそれを読んだセイチュウさんが大号泣する姿を忘れられませんでした。
最初にその言葉を聞いた時、私はあまり、そこまで大号泣するような気持ちになれなかったんです。
なぜだろうと?思った時に、多分、私は人に笑われるような、そこまでのチャレンジングな目標だったりことを言えてなかった、決められていなかったんだと気づきました。

自分のなかの身の丈の、できそうなことしか目指せてなかったから、笑われるかもしれないけれど怖いけれどそれでも言ってみるという経験がなかったんだなと、それを通して気づきました。
私はこの場にいるからこそ、こんな皆さんの刺激を受けているなら、ICCを通して、やっぱり自分がやらなきゃっていう気持ちがすごく強くなりまして、ちょうど2年半前に地方自治体の組長を目指すということを決めて、そこから縁が繋がって、今は秋田県男鹿市の稲とアガベというところに移住をして転職をして、男鹿市長を目指して頑張っています。
これもまだ本当に夢物語ですし、まだまだ自分ができるかも分からないですけど、もう自分ができるかわからなくても、やらない理由はない。皆さんの挑戦する姿を通して学ばせていただきました。
ICCは皆さんの一人ひとりの挑戦が次の挑戦者を生む場だど感じております。私たちみたいな運営チームは、皆さんの姿からすごく刺激を受けて、次の一歩、次のチャレンジがどんどん生まれていく場だと思っています。
ぜひ運営チームと接するときも。皆さんの言葉1つひとつで、運営チームの人生も変わり、社会も変わり、一緒に産業も前進させていただくものだと一緒に思っていただければと思っております。これからもよろしくお願いします」

まさに青春のど真ん中からのスピーチに、小林さんはナプキンを目に当てて号泣、花嫁の父状態である。登壇者の多くも目を潤ませている。過去の自分と再会したような気持ちになったのか、新たな闘志がわいてきたのか、経営者もスタッフも、挑戦への意欲を新たに強めたに違いない。
どのスピーチも、ICCサミットの核心をそれぞれが捉えた、青臭いといわれようが、今は存在しない夢を実現しようと必死で努力している人たちの言葉だった。たとえ別の場所にいようと、言葉にはそう言わなくても、私たちには真剣に切磋琢磨し、応援しあう仲間がいることが必要で、それがICCサミットという他にはない場が10年続いてきた理由なのである。
調理を終えた吉武さんが挨拶をし、最後に小林さんがクロージングのスピーチをして、ICCサミット前夜とは思えないような高まりを見せたプレミアム・ディナーは終了した。参加者たちの手の形は10の数字をかたどったものである。

帰っていく参加者たちにお土産を手渡すと、自然と記念撮影大会になった。この日を忘れたくないという気持ちと、小林さん、ICCサミットという場への共感や感謝が、言葉にせずとも伝わってくるような温かな夜だった。








(終)
編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/戸田 秀成

