人生行き詰まった36歳の落日(クラウドワークス吉田)【C16-1 #5】 – INDUSTRY CO-CREATION(ICC)

人生行き詰まった36歳の落日(クラウドワークス吉田)【C16-1 #5】

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これまでに配信した、経営に関する議論を総特集いたします。今回は、ICC Connection 2016 から、「俺たちのHARD THINGS」を15回に再編集してお届けします。15回シリーズ(その5)は、クラウドワークス吉田さんが1回目の起業で失敗した際の「HARD THINGS」をお話いただきました。強烈なストーリーです。ぜひ御覧ください。

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「俺たちのHARD THINGS」の配信済み記事一覧

小林 それでは次の「HARD THINGS」へ行きましょう。

またクラウドワークス吉田さんに戻ります。

小林 これは2010年に飛びました。

吉田さん、よろしくお願い致します。

何をやれば良いかわからなかった1回目の起業

吉田 はい。ドリコム役員を解任された当時から、会社が苦しい中で、自分が社長であれば成功できるのではないかという思いがどうしてもありました。

当時はやはりその部分が言い訳になっていました。

そこで自分で社長をすると決めて会社をやってみたのですが、私は営業出身で何を売っていいのかわからない。

先ほどPDCAのDしかやっていないという話をしましたが、プロダクトを作ったことがないので、自分でプログラミングもできないし、何をやれば良いのかわからなかった。

そこで、半分は受託やコンサルタントをやりながら事業を立ち上げる。まあ、いわゆる一般的な起業のやり方をやり始めました。

ZOOEE創業期の窓の無い2席だけのオフィス (写真提供:吉田 浩一郎)

そうすると、やはり収益事業と自社投資事業というような構図になっていきました。そして、当時ベトナムでなぜかアパレルに手を出しました。

日本の余ったアパレルを全部バルクで買い取って、ベトナムでジャパニーズ・ファッションとして売るという流れです。

最初はニーズがあって、1年くらいかけて立ち上げて、3年くらい続けました。

「売れない在庫」を眺める日々

吉田 しかし、そもそも私は在庫を持つビジネスの経験がなかったのです。

たとえば、日本で在庫を買うのは喜ばれます。

そして、お金を払えば輸送してくれる。

向こうでお店を建てるのも喜ばれました。

ベトナム孤児院の子どもたちと (写真提供:吉田 浩一郎)

こうして会社を作るところまでは結構喜んでもらっていたのですが、やってみると10個あるうちの2個くらいしか定価で売れない。

そこでいかに残りの8割を現金化するかということを現地でネットワーク化するべきだったのですが、それがないためどんどん在庫だけが貯まっていきます。

当時、ベトナムにある倉庫がみるみる洋服の在庫でいっぱいになり、売れない在庫を眺める日々でした。

小林 それはなんとなくわかりますね。

吉田 在庫を開けて見ると、「ああ、これはもう誰も着ないのだろうな」という感じがしました。

それらの在庫は結局、受託やコンサルタントで稼いでいたお金で買っており、私はそれをベトナムのアパレル事業に投入していたのです。

累計で1億円くらいでした。

そんなとき当然、日本で収益を立てていた担当役員が「独立します。あの取引先も一緒です」と。

主要取引先を持っていくかたちで独立したんです。周到に準備されていて、言われた時には全部そろっていたという感じでした。

担当役員に「用意周到に」裏切られる

高橋 完全に宣戦布告ですね。背中から刺された感じ。

吉田 ええ。だから結構ひどいところもあったのです。

彼は、私には「ベトナムが大変だと思うので、日本の取引先は僕に任せておいてください」と言っていた。

しかし、日本の取引先には「社長なのに吉田さんが来ないのはおかしいですよね」と言われた時に「大丈夫です、僕がちゃんとやりますから」というような感じで人心掌握を行っていたという話だったのです。

小林 それはなぜ判明したのですか。メールの履歴などでわかったのでしょうか。

吉田 そうです。「取引先を持っていくことが決まっている」と言われて、そんな決まっているわけがないと思い、取引先に確認したら「いや、そういうことになっています」と言われまして、おかしいなと思いました。

吉田 そこでメールを全て確認してみると、半年くらい前から、「会社はこうなのですが、僕はこう思っています」というようなメールを結構送られているのです。

気づいたら向こうは全員彼の言うことしか信じていない。

私が言うことを嘘だと思っている状況になりました。

そして、自社事業もそのクライアントからの受託の収益で成り立っていたので、自社事業も立ち行かなくなって、ベトナム事業の担当役員も辞めて、すると、最終的に一人になっていました。

36歳、心を入れ替えるきっかけとなったお歳暮

小林 ちなみに社員はピークで何人くらいいらっしゃったのですか。

吉田 ベトナム人も結構いたのですが、20人くらいです。

小林 それで最後に一人になって、投資からも撤退した。

吉田 36歳だったので、人生行き詰まったなという感じでした。

マンションの西日の当たるところで毎日預金通帳だけ見て、「3,000万円はあるな」とか「僕に残されたのはお金だけだ」とか思いながら、「本当に俺の人生寒いな」「これしかないのか」と、結構暗い毎日でした。

小林 それは2010年のことですか。

吉田 2010年の年末のことです。

その本当にオフィスで一人の年末に、アクセルマークさんからお歳暮をいただきました。

もうアポイントも何もなくて後は会社を清算するだけという時に、届いたお歳暮がめちゃくちゃ嬉しかった。

覚えていてくれたのだ、と。

その時に少し気持ちが変わりました。

一回目の起業の時は、「内藤さんに対して俺はやってやる」というような俗っぽい思いとか、あるいは自分の自由にお金を使ってみたいとか、社長をやってみたいとか、自分のやりたいことをやってみたいとか、自分の「社長」というものに対する妄想のようなものを全部やってみたいと思っていたわけです。

それが社員に伝わっているから、社員もみんなついてこない。

しかし、やはり本当に欲しいのは、「人からのありがとう」なのだと思いました。

それで結構泣きながら、「俺は人から感謝されるような仕事をやろう」ということで、その時から心を入れ替えました。

小林 ちょうどその次の「HARD THINGS」と似たところがあると思います。

ということで、次へ行ってみましょう。

(続)

編集チーム:小林 雅/榎戸 貴史/戸田 秀成/石川 翔太

続きは 学生起業家よ、起業する前に1度就職しておこう(ナイル高橋) をご覧ください。

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【編集部コメント】

続編(その6)では、ナイル高橋さんが経験した、採用した社員の90%が辞めた「HARD THINGS」をお話しいただきました。仰天するプレスリリースエピソードも飛び出しました。是非ご期待ください。他にも多く記事がございますので、TOPページからぜひご覧ください。

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