「使命感をもって事業に集中すれば絶対にできる」日本M&Aセンター分林さんが語る仕事の極意 | 【ICC】INDUSTRY CO-CREATION

2.「使命感をもって事業に集中すれば絶対にできる」日本M&Aセンター分林さんが語る仕事の極意

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ICCサミット FUKUOKA 2020 レジェンドが語り尽くす! メガべンチャーを創るための経営者の仕事とは?(シーズン2)全文書き起こし記事を全5回シリーズでお届けします。(その2)は、それまでM&Aを1回もしたことがなかったという分林 保弘さんが、日本M&Aセンターを起ち上げた経緯を語ります。ぜひご覧ください!

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ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回250名以上が登壇し、総勢900名以上が参加する。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット FUKUOKA 2021は、2021年2月15日〜2月18日 福岡市での開催を予定しております。参加登録などは公式ページをご覧ください。

本セッションは、ICCサミット FUKUOKA 2020 プレミアム・スポンサーのビズリーチ様にサポートいただきました。


【登壇者情報】
2020年2月18〜20日開催
ICCサミット FUKUOKA 2020
Session 9C
レジェンドが語り尽くす! メガべンチャーを創るための経営者の仕事とは?(シーズン2)
Sponsored by HRMOS(ビズリーチ)

(スピーカー)

千本 倖生
株式会社レノバ
代表取締役会長

分林 保弘
株式会社日本M&Aセンター
代表取締役会長

(質問者)

宇佐美 進典
株式会社CARTA HOLDINGS 代表取締役会長 /
株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役社長兼CEO

丹下 大
株式会社SHIFT
代表取締役社長

南 壮一郎
ビジョナル株式会社
代表取締役社長

(モデレーター)

宮宗 孝光
株式会社ドリームインキュベータ 執行役員 /
DIMENSION株式会社 代表取締役

レジェンドが語り尽くす!メガベンチャーを創るための経営者の仕事とは?(シーズン2)


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1. 若手経営者がレジェンドに問う、大反響セッションのシーズン2!

本編

企画心で渡米費用を捻出した学生時代

分林 保弘さん(以下、分林) 日本M&Aセンターの会長で、創業者の分林と申します。


分林 保弘
株式会社日本M&Aセンター
代表取締役会長

1943年8月生まれ、京都府出身。立命館大学経営学部卒。父は観世流能楽師、母は裏千家茶道教授。自身は3歳で能の初舞台を踏む。大学在学中の1965年、『全米能楽公演ツアー』を企画、実行。全米35州を巡り、20以上の大学で4ヵ月に亘り能楽公演を行う。1966年、外資系コンピューターメーカーの日本オリベッティに入社。全国の中小企業や会計事務所にコンピューターシステムを導入、会計事務所担当マネージャーを務める。会計事務所との交流の中で、企業の「経営権の承継」問題が増加していることを認識。この状況を受けて後継者問題を解決するため、1991年に「株式会社日本M&Aセンター」を設立。1992年代表取締役社長に就任、「会計事務所」「地域金融機関」「商工会議所」などの情報をマッチングするプラットフォームの概念を標榜、中堅・中小企業M&Aの社会的意義も理念として確立。2006年10月に東証マザーズ上場、2007年12月に東証一部上場へと同社を導く。2008年6月より現職。東京商工会議所議員等を歴任。現在、学校法人立命館理事、日本オペラ振興会理事も務める。

私は京都生まれで、父親は観世流の能楽師でした。家は全く商売っ気がありませんでした。

高校時代は山岳部で、凝ると熱心なので部長をしたり、日本中の山を登ったりしました。登山のためのスキーバスを企画して出してみたりと、高校時代からそんなことをしていました。

結果的にたくさん生徒が集まってくれ、いつもお金が残るのでザイルやテントを買っていました。

能楽師の父親と対話したいと思い、大学時代は能楽部に在籍しました。55名ほど部員がいましたが、熱心にやり部長も務めました。

大学3年のときに、東京オリンピックが開催されました。僕は好奇心の塊だったので、アメリカに行きたいと思いました。

当時初任給が2万円の時代に、飛行機代で20~30万円かかるので無理だなと思い、どうしたらアメリカに行けるか1週間ほど考えました。

そして京都市長や大学の学長に推薦状をもらって、演劇学部があるアメリカの大学の学長へ、能楽を紹介した手紙を送ったところ、6割の方からぜひ来てほしいと返事をもらえました。

貨物船で2週間ほどかけてアメリカに渡り、9月から1月まで全米能楽公演ツアーをしました。

当時、「多分アメリカ人でも、全土をバスで回った人はほとんどいない」と言われましたが、そういった面では、世界を知ったことはすごくよかったなと思います。

日本M&Aセンター起ち上げの経緯

分林 僕はサラリーマンになる気はなかったので、外資系のコンピューターメーカー(オリベッティ)に入社し、5~6年で辞めようと思っていました。

成績を上げれば外資系は結構楽だし、面白いところでした。企画も、自分で好きなようにしていいと言われていました。

給与も基本給の倍くらいインセンティブをもらっていたので、好きなことができました。

そしてそろそろ創業しようと思っていた頃、ある人が開発した約1,000万円のシステムが入ったコンピューターを800台ほど、全国の公認会計士、税理士の事務所に販売しました。

私はそれ以前から、(オリベッティが仕事を請け負っていた)TKCの仕事で、公認会計士、税理士の事務所に関与していました。

オリベッティのあとは、日本事業承継コンサルタント協会という組織をつくり、550人の税理士さんを集めました。組織は継続しないと仕組みになりません。

協会には1,000万円のシステムを購入しないと入れない仕組みです。

それから250億円ほど集めて、ベンチャーキャピタルをつくりました。

投資顧問会社で900億円を集めたときは、バブル崩壊後の1991年でしたから、よく集まったなと思います。

後に、それで知り合った縁から、日本M&Aセンターをやることになりました。

小さな8人ぐらいの会社だったのですが、一緒にパートナーとしてやろうと決めたのが出発点でした。

そのころに一緒にやっていた税理士さんから「分林さん、後継者がいない会社が多いんですよ」と相談があったので、それならM&Aの会社をつくろうかと思いました。

そのころまで僕はM&Aを、1回もやったことはないんですけどね(笑)。

社員みんなと喜びを共にするという目標

左から、レノバ千本さん、日本M&Aセンター分林さん、CARTA HOLDINGS / VOYAGE GROUP 宇佐美さん

分林 でも、人ができていることは、集中してやれば絶対にできるという自信があったんです。

実際2期目から8,000万円の利益が出ました。

僕は仕組みをつくるのが好きなので、北海道日本M&Aセンターから南九州日本M&Aセンターまで、税理士さんの会社を母体に会社を50社同時に起ち上げました。

千本さんも含め、他の人も出資したいというので、株主は150人くらいいます。

皆さん配当が出て喜んでくれました。千本さんにも、喜んでいただいたのではないでしょうか(笑)。

今まで僕は一度も赤字にしたことがありません。

非上場ならば毎年10%配当するのは礼儀だと思ってきたので、2期目からそうしました。

そうこうしているうちに、M&Aの会社は守秘義務があるので上場できないと言われたのですが、エイチ・アイ・エスの澤田(秀雄)さんらが、上場を勧めてきました。

上場を決めて、それから3年で上場しました。利益は5倍ぐらいになったのではないでしょうかね。

結果的に、目標を持ってやったらそれは絶対にできるということを申し上げたいということと、上場してからになると、当然株主から「来年利益はいくらですか?」と聞かれるので、今は4カ年計画を立てています。

やはり、経営計画と目標が大切です。特に当社の場合は、社員とそれを共有する形で、4カ年計画とストックオプションを絡めて、4期を3回やっています。

だから社員みんなと喜びを共にするということが1つです。

仕事は使命感でするもの

分林 もう1つ、一番大きなことですが、僕自身は使命感で仕事をしています。

極端に言うと、もうお金はいらないというぐらいに思っているので、最近は大学に寄付をしています。女房からすると、「また寄付するの?」と寄付係のように思われています(笑)。

仕事は使命感でやるものですから、1件でもM&Aできたら社会への貢献になると思っています。

そういったことが、一番大きいのではないかと思います。

宮宗 ありがとうございます。

千本さんからは、巨大な経営者と一緒に仕事をすること、強力なライバルの存在、世界を見ることをお話しいただきました。

一方、分林さんからは、目標値をきちんと持って組織浸透を図れば成し遂げられること、4期ごとというのもポイントではないかと思いましたが、そういった形でスタッフとベクトルを合わせること、そして、使命感についてお話しいただきました。

最初に日本M&Aセンターをやられるときには、そこまで使命感はなかったかもしれません。

途中から使命感を持たれたのかな?と思いながら話を聞いていましたが、いかがでしょうか?

分林 TKCの創業者(故 飯塚毅氏)が「自利利他」という言葉を使っていました。

自利トハ利他ヲイフ」と。

だからお客さんにプラスに与えることを必ずしていました。

1,000万円のコンピューターを800台売ったときは、もちろん1人で売ったわけではありませんが、僕はリーダーだったので使命感でやっていました。

宮宗 ありがとうございます。

宇佐美さんの質問に、丹下さんの質問がつながっているように思いますので、次は丹下さんから質問をお願いします。

(続)

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編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/小林 弘美/戸田 秀成

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