「創業期の苦難をいかに乗り越えるか」【KS16-1A】セッションの書き起し記事をいよいよ公開!本記事では、予告編として、各登壇者の自己紹介をお届けいたします。是非御覧ください。
ICCカンファレンスは新産業のトップリーダー160名以上が登壇する日本最大級の招待制カンファレンスです。次回 ICCカンファレンス KYOTO 2017は2017年9月5〜7日 京都市での開催を予定しております。参加者の募集を開始しました。
登壇者情報
2016年9月6日・7日開催
ICCカンファレンス KYOTO 2016「ICC SARTUP」
Session 1A
「創業期の苦難をいかに乗り越えるか?」
(スピーカー)
上原 仁
株式会社マイネット
代表取締役社長
田中 弦
Fringe81株式会社
代表取締役
内藤 裕紀
株式会社ドリコム
代表取締役社長
吉田 浩一郎
株式会社クラウドワークス
代表取締役社長 CEO
(モデレーター)
琴坂 将広
慶應義塾大学
准教授(SFC・総合政策)
琴坂将広氏(以下、琴坂) 皆さん おはようございます!
創業期の苦難ということで、今回はスタートアップ界隈の生き字引と言われるような経験豊富な起業家の方々に4名お越しいただいています。すでにご紹介の必要も無いほど著名なみなさまですが、まずは一言ずつ自己紹介をいただきたいと思います。
まずはマイネット上原さんからお願いします。
NTTを辞めて起業、事業売却、そして上場
上原仁氏 (以下、上原) おはようございます。
人と人を繋ぐマイネットという会社をやっております上原です。
上原 仁 株式会社マイネット 代表取締役社長 1974年生。神戸大学経営学部卒業後、1998年NTTに入社し同社のインターネット事業開発に従事。2006年7月株式会社マイネット・ジャパン(現マイネット)を創業し同社代表に就任。自社のモバイルCRM事業を国内3万店舗まで育成した後にヤフーへ事業売却。現在はゲームタイトル買収・再生を手がけるゲームサービス業のリーディングカンパニーとして業界を牽引している。
1974年生まれ、41才、京都のおとなりの滋賀県で産まれ、大学は神戸大学にいきまして、最初はNTTという大企業に入りました。
当時の同期の数が2,500人、それだけで大企業ができてしまうという世界で社会人人生を始めまして、丁度インターネットが盛り上がっているタイミングだったので8年ぐらいインターネットを頑張ってやり、10年前に起業しました。
会社を作って一番最初にやったのは、ソーシャルニュースサイトのニューシングというもので、当時国内初のソーシャルニュースサイトといわれました。
ソーシャルニュースといっても誰も分からないと思いますが、今の言葉でいうとニュースキュレーションサービスと呼ばれていて、グノシーやNewsPicks等ですね。
吉田浩一郎氏(以下、吉田) スマニュー(SmartNews)は俺が考えた、と。
上原 そうそう、それや(笑)
冗談はさておき、マイネットがやったニューシングは国内初だったんですが、若干鳴かず飛ばずという感じで終わってしまいました。
意外とユーザー数は多かったのですけどね。
吉田 私は使ってました!
上原 それ言ってくれてましたよね(笑)
大体200万ユーザーぐらいのところで頭を打ちまして、それだけやっていても10人ぐらいしか食えないので次にいこうと思って、O2O(ONLINE TO OFFLINE)の時代が始まると感じて、次に飲食店向け携帯CRM(顧客管理)の「Katy(ケイティ)」というのをやりました。
無料で使えるモバイルCRMというので、全国35,000店舗位の人に使ってもらうようになって、それが結構いい感じに利益も出ていったけれども、時代がスマホに一気にシフトする中でスマホ投資は大手にお任せした方がよいと判断し、それをヤフージャパンさんに売却して、次の事業として現在のゲーム事業をやっています。
現在はスマートフォンゲームのセカンダリー市場(他社が開発したゲームタイトルを買い取ってサービス提供を行うこと)を作って、そこで今21タイトルのゲームサービスを運営しています。
今日はよろしくお願いします。
琴坂 ありがとうございます。
上原さんはまず一旦は大企業に入社され、その後に起業、しかし様々な事業の立ち上げと売却をこれまでに後経験されてきたという事ですね。
ありがとうございました。
次はクラウドワークス、吉田さんお願いします。
パイオニア等を経てドリコム、そして2度目の起業で上場
吉田 クラウドワークスの吉田です。
吉田 浩一郎 株式会社クラウドワークス 代表取締役社長 CEO 1974年兵庫県神戸市生まれ。東京学芸大学卒業後、パイオニア、リードエグジビションジャパンなどを経て、ドリコム執行役員として東証マザーズ上場を経験した後に独立。事業を拡大する中で、ITを活用した時間や場所にこだわらない働き方に着目、2011年11月に株式会社クラウドワークスを創業。翌年3月にクラウドソーシングサービス『クラウドワークス』(http://crowdworks.jp/)を開始し、「"働く"を通して人々に笑顔を」をミッションとして事業を展開。2014年12月東証マザーズ上場。2016年8月現在、登録会員は99万人、利用企業は上場企業をはじめとして14万社にのぼる。2015年には、経済産業省 第1回「日本ベンチャー大賞」審査委員会特別賞を受賞、グッドデザイン・未来づくりデザイン賞受賞。2016年には、一般社団法人新経済連盟理事に就任。著書に『クラウドワーキングで稼ぐ! ―時間と場所にとらわれない新しい働き方(日経新聞出版社)』『クラウドソーシングでビジネスはこう変わる(ダイヤモンド社)』などがある。
私の父が京都大学ですが、私は東京の大学でした。
新卒でパイオニアというメーカーに入りまして、20代はずっとものづくりの業界にいて、インターネット畑では無かったんですが、その中で事業立ち上げ等を経験して会社作りに興味が沸き、29才で飛び込んだIT業界の会社がこちらにいるドリコムの内藤さんのところです。
内藤さんが京都大学の学生ベンチャーとしてやっているところに、私はブログサービスの法人営業担当として事業の拡大期に入りました。
入社してから2年ぐらい経った2006年に上場し、その後1回自分で独立しました。一度失敗して、2回目の起業がクラウドワークスです。 その後、3年でクラウドワークスは(東証マザーズに)上場しました。
今クラウドワークスは14万社のクライアントと100万人の個人の働き手がマッチングしているお仕事のマッチングサイトで、個人で稼げる人は今クラウドワークスだけで年間2,400万円ぐらい稼いでいます。
「働く」を通して人々に笑顔を、というのをミッションにやっています。
よろしくお願いします。
琴坂 吉田さんも一旦は大企業に入社され、その後にドリコムの成長期に関わり、失敗を経験しながらも現在の事業にたどり着いた、というかたちですね。
ありがとうございました。
次に、ドリコムの内藤さんお願いします。
京大在学中に起業、退学して経営し、上場
内藤裕紀氏(以下、内藤) いま吉田社長からご紹介に預かりました内藤です。
ドリコムという会社をやっていまして、僕はここの京都大学の学生の時に会社を作って、そのまま会社が順調に進んだので退学し、その1年後に上場して、今上場してから11年ぐらい経ちます。
メインの事業は他社版権をはじめいろんなゲームを作っています。
ゲームの会社を作りたかったわけではなくて、新しいものをどんどん作っていこうということで、今はどちらかというとゲーム以外のことも色々やっています。
よろしくお願いします。
琴坂 内藤さんは学生時代から現在の会社を立ち上げられ、その後上場の後に様々な事業を立ち上げる中で現在の主力のゲーム事業にたどり着いたということですね。
ありがとうございました。
次はFringe81の田中さんお願いします。
ソフトバンク、ネットイヤー、ネットエイジ、そしてMBOで独立
田中弦氏(以下、田中) 僕は1976年生まれなので、おっさんの部類です。実はちょっと年齢は下なんですが、全然下に見えないという感じですかね。
Fringe81株式会社 代表取締役 田中 弦 1999年にソフトバンク株式会社のインターネット部門採用第一期生としてインターネット産業に関わるようになる。新卒2日目からブロードキャスト・コム(現Yahoo!動画)の立ち上げに参加。その後半年でソフトバンクを退社し、ネットイヤーグループ創業に参加。2005年ネットエイジグループ(現UNITED)執行役員。モバイル広告代理店事業の立ち上げにかかわる。2005年Fringe81社創業後、様々な事業の立ち上げを行う。2013年3月マネジメントバイアウトにより独立。
うちの会社はB to Bなのであまり目立たないんですが、「パラダイムシフトを起こすグロースパートナー」というふうにこの間決めました。、今日初めて言うんですが(笑)、広げようかなと思っています。
今はソーシャルアプリやゲームを含めてどんどんサービスが立ち上がってくるんですが、その時に必ずマーケティングが必要です。
その時にメディアも含めて黒子でお手伝いをずっとしていて、パラダイムシフトを仕掛けたいよね、という人のお手伝いをテクノロジー面も含めて行っている会社であると思っています。
僕はもともとソフトバンクにいたんですが半年で辞めて、そのあと3人でネットイヤーという会社を作り、その後ネットエイジという会社の執行役員をやった後に子会社としてこのFringe81を作りました。
2013年にその子会社をまるごとマネージメントバイアウト(MBO)で独立した、という感じなので、3人で頑張って作ったというよりも、子会社を作ってその後独立する、というちょっと変わった感じの経歴です。
よろしくお願いします。
琴坂 田中さんは、少しだけ大企業を経験された後に、二つの会社の創業に関わり、ご自身が新規事業として立ち上げられた事業を経営者として買収したというご経歴ですね。
ありがとうございました。モデレーターは琴坂です。宜しくお願い致します。
琴坂将広(コトサカマサヒロ) 慶応義塾大学 准教授(SFC・総合政策) 慶応義塾大学准教授(SFC・総合政策)。数社の起業を経験の後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本およびドイツを拠点に主に海外企業の経営支援に従事。その後、オックスフォード大学に移籍し、経営学の優等修士号と博士号を取得。立命館大学経営学部を経て、2016年より現職。フランス国立社会科学高等研究院アソシエイト・フェロー、(株)アピリッツ社外取締役、(株)ユーザベース社外監査役を兼務。専門は、国際経営における経営戦略、および、制度と組織の関係。著書に『領域を超える経営学-グローバル経営の本質を知の系譜で読み解く』(ダイヤモンド社)、共編著に『マッキンゼーITの本質 情報システムを活かした「業務改革」で利益を創出する』(ダイヤモンド社)、分担著に『East Asian Capitalism: Diversity, Continuity, and Change』(オックスフォード大学出版局)などがある。
さて、私はこの数年、スタートアップの創業と国際化の研究をしています。この3年で100社ぐらいの創業と国際化のストーリーを調査してきました。それに照らしても、今回登壇いただいた4名の経営者の皆さまは、本当に難しい時期に起業され、それを乗り越えてこられた歴戦の猛者の方々かと感じています。
まず、最初の質問をさせていただきたいのですが、1回頭をリセットしていただいて、今のご自身の能力があった場合、今皆さん22才、大学卒業した後にお金も人脈もないという前提でゼロから起業するという状況だとしたら、まず何しますか。
まだ会社もできていなくて、アイディアもほわほわしている状態で、どういうふうに事業を作っていくか、皆さんの発想をお聞きしたいと思います。
(続)
編集チーム:小林 雅/榎戸 貴史/戸田 秀成/城山 ゆかり
続きは 「いま私が22歳ならインドで起業する」成長企業の起業家たちが大学生に戻ったら【KS16-1A #1】 をご覧ください。【公式LINE@はじめました】友達申請はこちらから!
【編集部コメント】
続編(その1)では、是非ご期待ください。他にも多く記事がございますので、TOPページからぜひご覧ください。
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