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75分間で27作品に言及! 本を愛してやまない6人が語り倒す「意味を求めない読書」のススメ【ICC FUKUOKA 2020レポート#18】

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2月17日~20日の4日間にわたって開催されたICCサミット FUKUOKA 2020。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。今回は自身も本屋を経営する博報堂ケトル嶋さんをホストに、5人の本読みによるセッション「新・大人の教養シリーズ『読書』〜ビジネスパーソンこそ本を読め!」の模様をお伝えします。初企画のこのセッションは、登壇者すら想像できなかった熱い展開に……。ぜひご覧ください。

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回200名以上が登壇し、総勢900名以上が参加する。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット KYOTO 2020は、2020年8月31日〜9月3日 京都市での開催を予定しております。参加登録などは公式ページのアップデートをご覧ください。

ICCサミット FUKUOKA 2020 開催レポートの配信済み記事一覧


6人が、自分の読書をプレゼンテーション

今回初企画のセッション「新・大人の教養シリーズ『読書』〜ビジネスパーソンこそ本を読め!」は、読書という、ICCにしては「普通」なテーマ、参加者も減ってくる最終日の朝イチというハンデを背負ったスロットながら、今回のICCサミットですこぶる面白かったセッションの一つ。最初は空席が目立った会場も、終わるころにはかなり埋まっていた。

登場人物の6人を、それぞれの読書スタイルやビジネスパーソンにおすすめの本を挙げた、「読書プレゼンテーション」からご紹介しよう。

ヤフー 井上 大輔さん

【本の読み方】
・知識を仕入れる
・内容を楽しむ
・ひらめきを待つ
・ただ活字に酔いしれる

【この1冊】『フィネガンズ・ウェイク 1』 ジェイムズ・ジョイス


井上 大輔
ヤフー株式会社
マーケティングソリューションズ統括本部 マーケティング本部長(肩書は登壇時当時のものです)

ニュージーランド航空にてオンラインセールス部長、ユニリーバにてeコマース&デジタルマ
ーケティングマネージャー、アウディジャパンにてメディア&クリエイティブマネージャーを
経て2019年2月より現職。Advertimesにて「マーケティングを別名保存する」、週刊東洋経済
にて「マーケティング神話の崩壊」連載中。著書に「デジタルマーケティングの実務ガイド
」「たとえる力で人生は変わる」。

井上 僕もまだ一度も最後まで読んだことないのですが、おそらく僕は一生この本が読めない、来世も読めないだろうというくらい、読みにくい本です。

元々のこのジェイムス・ジョイスはアイルランドのダブリン出身の作家ですが、もちろん原書は英語です。英語なのですが、原文の大半がこの作者の勝手に作った単語なのです。

教養やアートがどのようにビジネスに役立つのかという議論がありますよね。私の持論を言わせていただくと、芸術というのは何の役にも立ってはいけないと思っています。

英語のArtには「芸術」と「技術」の両方の意味がありますが、フランス語もドイツ語も同様です。「art for art’s sake(技術のための技術)」という言葉もありますが、、目的を持たない、「純粋な技術のための技術」であるということが、芸術の定義だと考えています。

何かの役に立つとか、人を楽しませるとか、人に知識を与えるとか、ビジネスをうまくいかせるといったような目的を持った時点で、その技術は芸術ではなくなると思うのです。

この本はまさにこれを体現していて、言葉を使った芸術である文学というものは、そのための技術でしかない、ということがこの本に凝縮されている、と思います。平たくいうと、この本はまったく面白くもなく、一切ためにもなりません。しかし、言葉を使った小説表現、をとことんまで研ぎ澄ませているのです。

エアークローゼット 天沼 聰さん

【本の読み方】
・自分との向き合い
・天沼塾

【この1冊】『生き方』 稲盛和夫


天沼 聰
株式会社エアークローゼット
代表取締役社長 兼 CEO

1979年生まれ、千葉県出身。ロンドン大学にて情報・経営を学び、帰国後アビームコンサルティング株式会社にてIT・戦略コンサルタントを約9年間従事。2011年、楽天株式会社に移籍し、 UI/UXに特化したWebのグローバルマネージャーを務める。 2014年7月、“発想とITで人々の日常に新しいワクワクを創造する”を理念に株式会社エアークローゼットを創業。2015年2月、新感覚オンラインファッション レンタルサービス“airCloset”を立ち上げる。GOOD DESIGN AWARD 2015やEY Entrepreneur Of The Year 2017、JapanVentureAwards2018など数々の受賞歴あり。

天沼 本は「一人の人の考え方を集約しているある種の塊である」と考えたときに、読み方は2つあると思っていて、まず1つは、それに対して自分はどういう意見を持っているのか、自分の考えを整理する内省の種だな、と思っています。

2つ目の社内の「天沼塾」では、私が課題図書を渡して、それについて3時間くらい徹底的に議論します。本をテーマにすると、考え方が中心となって自分自身が何を発信するのかという価値観の共有にもつながります。

ただ何もなしに議論しましょうと言って議論すると、お互いの価値観をぶつけ合ってしまうタイミングがあるじゃないですか。本があると、それを本に対してぶつけるようになりますので、すごく和やかなんですよね。

『生き方』という稲盛和夫さんの本は、自分の考え方や経営の方法、そもそもの生き様などを考えさせてもらったきっかけとなったり、非常に共感して自分自身の生き方を作っていく源にもなった、パワーをすごくもらった本だったので選ばせていただきました。

リブライトパートナーズ 蛯原 健さん

【本の読み方】
・「ファンダメンタルズを鍛えるフィクション」vs.「仕事直結型ノンフィクション」

【この1冊】『シーシュポスの神話』 カミュ


蛯原 健
リブライトパートナーズ株式会社
代表パートナー

1994年 横浜国立大学 経済卒、同年 ㈱ジャフコに入社。以来20年以上にわたり一貫しITスタートアップの投資及び経営・創業に携わる。2008年 独立系ベンチャーキャピタルファームとして、リブライトパートナーズ㈱を創業。2010年 シンガポールに事業拠点を移し、東南アジア投資を開始。2014年 インド・バンガロールに常設チームを設置し、インド投資を本格開始。現在はシンガポールをベースにアジア各国にてテクノロジー・スタートアップへの投資育成を行うベンチャーキャピタルファンドを運用している。日本証券アナリスト協会検定会員 CMA。

蛯原 なんとなく私の仮説なのですが、若いときほど読書も含めた文化に対する感度、感性が高くて、年を取ると鈍ってきます。はっきり言うと私くらいの年になると、同じ本を読んでも面白くなくなる、感動も減るということがあるんです。

だから最近は正直ノンフィクションで、実益のために読むことがほとんどです。

とはいえリベラルアーツは、人間の基礎体力というかファンダメンタルズ、感性や、コンテクストを読み解く力のようなものが鍛えられるのではないかという感じがしています。

それは仕事もそうですし、夫婦関係でも「なぜこの人はこんなことを言っているのだろう」という事象のコンテクストを紐解くと、「ああこういうことか」と分かることがあるのではと思います。

そこでこの1冊ですが、僕はとにかくアルベール・カミュが大好きで、学生の頃に全部読みました。

「フレーズがかっこいい」とか、「美しい」とかいう読み方が僕は結構好きで、そういった意味でアルベール・カミュは本当に大好きです。

『異邦人』も大好きで、「今日ママンが死んだ」という一言から始まるのですが、なんじゃこりゃと強烈に頭を殴られたような体験がありました。

「なんであなたは人を殺したんだ」と言ったら、「それは太陽のせいだ」と答えたりとか、なんだかすごくかっこいいじゃないですか。とにかくかっこいいんです。

HAiK 山内 宏隆さん

【本の読み方】
・3000=10 × 300
・アルゴリズム強化

【この1冊】『詳説世界史研究』 木村 靖二 、『詳説日本史研究』 佐藤 信


山内 宏隆
株式会社HAiK
代表取締役社長

1975年大阪にて自営業の家に生まれる。東京大学法学部卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)入社。2000年ドリームインキュベータ(DI)の創業に参画、2006年東証一部上場。執行役員として、IT・通信・メディア・コンテンツ・金融・商社・流通等の業界を中心に戦略コンサルティング・実行支援を行うと共に、スタートアップ企業へのプリンシパル投資・戦略構築・組織構築を手掛け8社のIPOを達成。15年以上に渡り一貫して「競争優位性の構築と成長の実現」を追求してきた。投資先であるアイペット損害保険株式会社代表取締役社長(日本損害保険協会理事を兼任)を経て、2016年株式会社HAiKを設立、現在に至る。

山内 コンサルタント時代は、さまざまな分野を体系化して知るために10冊×300分野、3,000冊を15年かけて読みました。そこで1つだけ最強の分野は何か、とよく言われるんですね。

様々諸説、諸流派あるのですが、僕の感覚だと歴史です。おそらく歴史が最強で、事実(ファクト)を縦に取って、時系列に読んでいくというのが重要です。

何故かというと、経営者の悩みというのはほとんど時系列に関するものなのです。

「来期下方修正したらどうしよう」とか、「5年後に当たるベンチャービジネスは何だ」とか、「うちの10年後を見据えてビジョンを」とか、そんな話ばかりです。

なので、時間軸に関するものは重視した方がよくて、めちゃくちゃベタなのですが、おそらく皆さんが高校卒業とともに捨てたと思われるこの”山川の世界史”『詳説世界史研究』ですね。あと「詳説日本史研究」。世界史と日本史はセットで読んだほうが、理解が3倍、4倍になるはずです。

読むときに気をつけていただきたいのは、こういった日本の歴史の教科書は政治史に偏っているのです。江戸幕府が出来てとか、あとは軍事史のようなものですよね。それに寄っています。

本当は経済史や思想史、科学史などの別の歴史、蛯原さんの「テクノロジー思考」は必読だと思っているのですが、そういったものも合わせて、ぜひ縦に読んでいってほしいです。

そうやって特にこの直近数百年分ほど読むと、今後数百年はだいたいこんな感じになるんだろうなというのがだいたい分かってきます。

Takram 渡邉 康太郎さん

【本の読み方】
・本とは「完成された形式」
・本とは「未完成の作品」
・本とは「演奏を待つ楽譜」

【この1冊】『茶の本 』 岡倉 覚三


渡邉 康太郎
Takram コンテクストデザイナー /
慶應義塾大学SFC 特別招聘教授

東京・ロンドン・ニューヨークを拠点にするデザイン・イノベーション・ファームTakramにて、事業開発から企業ブランディングまで手がける。「ひとつのデザインから多様なコンテクストが花開く」ことを目指し活動。主な仕事にISSEY MIYAKEの花と手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」、一冊だけの書店「森岡書店」、FM放送局J-WAVEや日本経済新聞社のブランディングなど。新刊『コンテクストデザイン』は一般には流通させず、トークイベントを行った場所や書店のみで販売している。趣味はお酒と香水の蒐集。茶名は仙康宗達。番組ナビゲーターを務めるTakram Radioは木曜日26:30~にJ-WAVEで毎週放送中。

渡邉 本とはフォーマットとしては歴史の蓄積もあり「完成」されている。でも作品としてはあくまで「未完成」である、と考えています。本を読む人それぞれによって投影されるビジョンが異なってくるという、当たり前の出来事を楽しむためにあるものですよね。

だから僕は本に書き込みをしますし、線も引きます。本がアイデア帳になる。それによって初めて完成します。

「皆本を読むことに100%に近いエネルギーを使っているけれども、それは間違っている。本を読むエネルギーは20%でよく、その後本と向き合うために80%のエネルギーをかけなければいけない」と『ビジネス書図鑑』の著者である荒木 博行さんが言っています。

20%のリソースで読み、80%のリソースでそれについて考えたり、自分の中で意味を結んだりする時間に使う。そうしないと読む意味がない、とおっしゃるんです。それは正しい、これだ、と。

アメリカの哲学者、ネルソン・グッドマンは、芸術には「自筆的作品」と「他筆的作品」があると言っています。自分で筆を執る類いの作品か、他人の筆を執るタイプの作品か。

つまりゴッホの絵はゴッホが自分で描いているから自筆的作品ですが、バッハの音楽はグールドなどが演奏して作品となるから、他の人の筆を執る=他筆的であると、そう言うのです。

よく考えると、実は本も他筆的なのかもしれません。読む人によって全く意味が変わってしまう可能性があるし、それ自体が楽しい。だから、本とは「演奏を待つ楽譜」である、としています。自分なりに演奏してその余韻に浸っていければいい。

博報堂ケトル 嶋 浩一郎さん

【本の読み方】
・あさっての情報
・異分子を取り入れる

【この1冊】『フォークの歯はなぜ四本になったか―実用品の進化論』 ヘンリー ペトロスキー


嶋 浩一郎
株式会社博報堂 執行役員 /
株式会社博報堂ケトル エグゼクティブクリエイティブディレクター

1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。2001年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。2002年から2004年に博報堂刊『広告』編集長。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。2006年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」設立。カルチャー誌『ケトル』などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎と本屋B&Bを開業。2019年から株式会社博報堂執行役員も兼任。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『欲望することば 社会記号とマーケティング』(集英社)など。

 読書は、今は一見意味がない情報に会える方法としては一番有効な手段で、僕はそれを「あさっての方向からの情報」をとにかくいっぱい身体の中に入れ込むこと、つまり異分子を取り入れるということだと思っています。

皆が持っている情報だけで積み上げるのは、正解かもしれないけど面白くないですよね。

良いクリエイティブや良いアイディアは意外に、何なのその情報というくらい全く関係ない情報と組み合わされたときの方が、化学爆発すると思うんです。

僕はバイオミミクリ(※)が大好きで、バイオミミクリは「あさって情報」ですよね。

▶編集注:自然界、生物の仕組みから、社会課題の解決につながる技術開発を行う概念。

新幹線のパンタグラフの騒音がうるさいという課題がある時に、パンタグラフのことだけ考えていたら解決は出来ません。フクロウは獲物に気づかれないためにすごく静かに飛ぶ、何故早いのに静かに飛べるのかというのを研究して、そのフクロウの羽のギザギザを新幹線のパンタグラフにそのままつけたら、音がしなくなったそうです。

あさっての方向から来た情報が課題を解決することって多いんですよ。読書はそういう「あさっての情報」の宝庫。一見無駄だけど、それって重要なんです。

おすすめの1冊に選んだ本について、フォークの形というのは、今の形が当たり前であると皆思っているけれど、当たり前だと思っているモノほどその形にたどり着くまで非常に多くの紆余曲折、イノベーションの歴史を繰り返しています。

日常の中で皆あまり大事にしていなくて、日常風景に埋もれているものの中にこそ、実はBig story、イノベーションの歴史があると同時に、フォークの今の形は、もしかしたらそれは進化の途中にしかすぎなくて、まだまだイノベーションが起きる可能性があるということも、この本から教えてもらえるのです。

読書体験をさらに豊かにする視点

各自の読書プレゼンでは、6人それぞれの志向が明らかになったが、そのプレゼン中も質疑応答、笑いやポエトリー・リーディングまであって、大いに盛り上がった。全員の発表が終わったところで、なんと残り時間5分となってしまったたほどである。

ガルシア・ロルカの詩を朗読する井上さん

山内さんによる読むだけではない活用法、主に嶋さんと渡邉さんによる、あらゆる話題を網羅する引用や知識がふんだんに披露され、古典からAIまで、議論は知的好奇心を非常に刺激する内容だったが、中でも読書体験をさらに豊かにするような、登壇者たちの視点を抜粋してご紹介したい。

音がきれいではない文章は不快、その理由とは

蛯原 当たり前なのですが、本を読むときは黙読ですよね? 音読はしないですよね。でも頭の中で音を出しますか? 僕はすごく出します。読んでいて音が汚い文章というのは、僕は嫌いなんです。

一同 ああ、それは分かりますね。

蛯原 詩の楽しみ方というのは半分くらいそれかなと、僕は感じますね。

渡邉 僕もそう思います。

 読書の歴史の中で、17世紀までは「本を読む」ということは「音読する」ということで、ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を作るまでは、本はほぼ音読されていたという話があります。

渡邉 ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』に、修道士達が皆大きな聖書を開いて、一蘭のラーメン屋のようなブースの中で読むというのがあります。読書の声で隣の人の邪魔をしないためなんですよね。みんな必ず声を出していたから。

 本当に声を出して読むと、古事記や日本書紀に出てくる神様の名前もすごく発音しづらいじゃないですか。ホノニニギ(ホノニニギノミコト)とか。

でも音読してみると、なんとなく意味が分かるときがあります。「あ、この神様は植物の神様だからこういう名前がついているんだ」とか、音読をする意味があるかなと思います。

井上 詩はポール・ヴァレリー(フランスの著作家 1945年没)までずっと韻文だったわけじゃないですか。

世界最古の文学の一つであるホメロスの「オデュッセイア」は全て韻文の叙事詩ですよね。

韻文の方が覚えやすいから、それを口頭伝承して伝えていった結果そうなった、ということで、もともとはすべての文章が詩だった。詩として音読される文章の方に、人類はより長い間親しんできたということなんですね。

価値を規定できない情報は、クリエイティビティを刺激する

井上 意味が分からないものを、意味が分からないからとパッと捨ててしまうのではなく、そこにどういった解釈を加えるかという楽しみ方をすることは、人文科学やアートの世界では一般的です。ビジネスの世界でも、そういった本の読み方があってもいいのかもしれないですね。

「意味が分からない」というのをネガティブに捉えるより、「意味が分からないもののほうが、これから価値が生まれるに違いない」ということです。

既に誰かが分類しているものは、それに誰かが価値があると思っているということ。でも、今まだ価値が分かっていないものは分類できないわけです。

ポラロイドという会社に、Miscellaneous Laboratory(分類不能研究所)というのが昔ありました。

ここは「何のジャンルか分からないけれども、とにかく研究しよう」ということをやっていて、そこからポラロイドカメラや色々なものが生まれました。「分かりやすさ」を今の人達は求めるけれども、「なんだか分からない」というものをどんどん身体の中に取り込んだ方が、人はクリエイティブになれると思います。

渡邉 確かに、「あ、分かる」と思った時点でそれはリスクですよね。

分かりたいと思うことは人間にとって当然の欲望ですが、周囲のものがすべて「分かる」という生活は、実はとても貧弱です。分からないものに埋もれていないと、新しいところに入っていけない。パターン認識的に分かろうとせず、判断を保留することも大事です。

 インターネットの検索というのは、既にその言葉に価値があると思っているから検索するわけじゃないですか。

それに対して読書は、読むまで何があるか分からないという状況でコンテンツと接するので、そういう、最初から価値を規定しないで身体の中に入れられる情報というのは、すごく価値があると思うんですよね。

異質のインプットで、自分のアルゴリズムを鍛える

山内 私は先ほど、ひたすら本を読んで自分のアルゴリズムを鍛えて下さいという話をしたのですが、これには続きがあるのです。

一定以上を読んで超えた後に、ある程度忘れないといけないのです。

国語教育の研究家、難波 博孝さんの言葉だと、「Unlearn(アンラーン)」ですね。

AIもほとんど一緒で、アルゴリズムをずっと鍛えていくと「過学習」という事態が起きます。「過学習」しすぎたアルゴリズムというのは多様性に弱く、違う環境に適用しようとすると精度がガツーンと落ちるのです。

これは日本の組織にも言えることで、内部的なロジックで固まった会社というのは、環境が変化すると一気に崩壊したりするのです。だから今ダイバーシティとか、オープンイノベーションといったような、そんな文脈のことが語られるのでしょう。

どこかまで行ったら、一度「Unlearn」して、AIの精度を上げるテクニックで「ドロップアウト」というのですが、ドロップアウトして新しい異質なものを取り入れないと、一定以上のレベルにそのアルゴリズムがいかないのです。

すると「どういう情報を入れれば良いですか」と聞かれますが、そこにはおそらく答えはなくて、手当たり次第に意味がないと思われることでも、情報をインプットしてみろ、というのにかなり近いのではないかと思います。

AIのアルゴリズムを鍛えるときも、全く関係ない情報「ノイズ」をを一定数入れます。そうすると、堅牢なアルゴリズムになって、汎用性が上がるんですね。

つまり違う状況でも使えるようになります。

井上 異分子という意味でいうと、それこそGAFAの全ての創業者が異結合といえますよね。

例えば、Googleでいうとラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンですが、サーゲイ・ブリンはロシア人。Appleのスティーブ・ジョブズのお父さんはシリア人、Amazonのジェフ・ベゾスのお父さんもパナマ人なんですよ。

テスラのイーロン・マスクも南アフリカ共和国出身で、移住してきていたりとか、異なる文化の結合点に、ものすごく大きなイノベーションが生まれるというのは、世の常なのではないかと思います。

 この「異分子を取り入れる」というのは、本当によく分かりますね。

博報堂の社是に近いもので「粒ぞろい、より、粒違い」というものがありまして、僕はそれが本当に大好きなんですが、それは粒違いの人達がいた方が、クリエイティブなアイディアが生まれやすいという。

相対的な情報を把握するなら「森」のリアル書店

山内 10冊×300分野と言いましたが、その10冊にどういうものを選んだらいいかというときに、きちんと基本書のようなものは読んだほうがいいが、全然違うことを言っている異端なものも読め、と当時の上司に言われました。きちんとマルクスも読んで、あとは新説ということです。

天沼 それは見つけ方がすごく難しいですよね。

山内 そうなんですよね。なので、本屋へ行けと言われました。

Amazonなどネット書店で調べていると、売れ筋は出てくるのですが、その位置関係が分からないんです。

リアル書店へ行くと、そうした異端なものは一番隅に置かれていたりするので、物理的に分かるんですよね。あ、これあんまり売れていないな、というのが。そういうのも手に取ってみましょう、ということです。

 それは本屋をやっていると、本当にすごく分かります。

ネット書店では木を一本しか見られないけれど、リアル書店では森を見ることが出来ます。森の中で「ああ、この本はこのくらいのポジションね」や、「原発に対してのスタンスは、色々な意見のグラデーションがある」など、相対的に情報が得られます。そこは、リアル書店はネット書店よりも優れていると思いますね。

「本に正解を求める」に陥るべからず

天沼 読書の会の天沼塾で一番最初からうまくいったかというと、だいぶうまくいかなかったんです。

何故かというのを先日考えて気づいたのですが、本に対する我々の理解というのは、本には書き手がいて、その書き手の時代があって、そのときの心情があって生まれているものなので、当たり前なのですが、そのときの情報の集約でしかないわけですよね。

しかし、私がメンバーとある本の読み合わせをしたときに気づいたのは、メンバーはどうしても「本には正解がある」と、「何かの知識の集約であって、それは正解である」という捉え方をしているので、そもそも反論という考えもないのです。

一同 おぉ~。

天沼 そのときに私が思ったのは、日本の教育のあり方などもかなり教科書に寄っていますよね。

私は高校、大学と海外で教育を受けたのですが、反論ではないですが、ディベートの授業などで「正解がないかもしれないけど皆で意見を出し合う」というスタイルが正とされていました。

人類皆なのかもしれないですが、特に日本の教育は「何かしらの正解を探しに行く」というように作られています。読み合わせをすると「本に書いてある正解」がある前提で、「私は何を学んだ」というような感想が最初は出ていました。そこで、必ずしも正解ではないし、間違っているかもしれないという話をしていきました。

先日、渋沢栄一さんの『論語と算盤』を読み合わせをした時に、「読み終わった後に渋沢さんの生い立ちを調べて、時代背景で何があったのかというのをすごく考えました」という感想があり、とても嬉しく思いました。

僕も同じで、読みながら色々な違和感があったので、渋沢さんが資本社会を日本に持ってくるときの方法が、何故株式だったのか、銀行の仕組みだったのかという背景を調べました。

当時、もともと反政府側だった渋沢さんは、徳川慶喜の弟さんと一緒にフランスに渡りました。フランスでナポレオン一世が当時の資本主義社会を作り始めたのが、ちょうどその頃で、フランスの資本主義の状態が、そのときたまたま極めてよかったのです。

それをそのまま日本に持ってきて、資本主義を作っていったというのを読んだ時に、今度はフランスの歴史に興味がわき、フランスの当時の資本主義というのはどうして生まれたのかという本を読んでいく、というふうに広がりました。

かなり余談になってしまいましたが、立ち返ると、そのときに『論語と算盤』が正解ではなくて、そのときにあった状態なのであるということを考えないと、反論がしづらくなります。

「自分は本を書けないし」とか、結構皆さん思ってしまっていて、自分の意見がすごく弱いものに感じているのですが、でも人間全員、意見は全く同じ強さだと思うのです。

「作者の死」で、読者は純粋に作品と対峙できる

渡邉 思想家のロラン・バルトは「作者の死」という概念を唱えました。

それまでは、チャイコフスキーを論じるのであれば、彼の悪癖のことを考え、ボードレールを論じるならば、彼の詩ではなく挫折を考えるものだった。ゴッホについては絵ではなく、彼の狂気を考える、という約束事がありました。作品よりも作者を分析する、という姿勢です。

しかし、答えは実は作者の中ではなく、作品そのものの中に潜っていく解釈にこそあるのだ、と唱えた。それが「作者の死」です。

作者というのは、英語でAuthorですよね。

Authorという語は、Authority=権威と語源を共有しています。Authorという言葉の中に、あらかじめ権威主義が埋め込まれてしまっている。だから、Death of the Author、作者の死、と言ったときには、作者の権威を否定する、という意味を持ちます。

これは弱い文脈の礼賛でもあります。読み自体を主にしていい、自分を主語にしていい、誤読が中心でいいということにも繋がるのかなと思います。

井上 いや、いいですね。めちゃくちゃ共感します。

それこそ、敢えて天沼塾で、私が最初に紹介させていただいたような「絶対意味が分からない本」をお題にしてみることはどうですか?

天沼 やってみましょうか(笑)。相当チャレンジングですけれどもね。色々僕に問われるんでしょうね、なんでこれ選んだのか、と (笑)。

渡邉 「尚、俺も意味は分からない」という流れに (笑)。

前夜のCo-Creation Nightで「読書の部屋」を担当した武田純人さんも見学に訪れた

「読書セッション」シーズン2決定!

読書を好きな人は多いが、ここまで特化して議論を進めると、改めて登壇者の方々の思考やスタンスが浮き彫りになって非常に興味深かったのと、その視点をかりて、言及された本を読んでみたくなる気持ちになったのは、私だけではないだろう。75分間の間に、言及された書名や作品の数は、実に27タイトルに及んだ。

セッション最後のほうで、天沼さんが「始まる前はとても不安だったのですが、広がりますね。最も内省のセッションではないでしょうか。受け取っていることは全てバラバラなのですが、何かを受け取っている」と感想を述べていたが、壇上の5人も、客席もそれに深く同意していた。

ここでご紹介した内容は、これでもセッションの3分の1程度。紹介したい内容はまだまだあったものの、前後の文脈も含めて読んでいただきたいため、今回はコンパクトにお伝えできるものだけとした。さらに読書熱が高まること請け合いの全編書き起こし記事は、後日、ぜひ楽しみにお待ちいただきたい。

(終)

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編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/戸田 秀成

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