ICC KYOTO 2021特別プログラムで訪問する「鹿猿狐ビルヂング」で、中川政七商店が取り組むまちづくり・産業観光を学ぶ【 事前レポート】 | 【ICC】INDUSTRY CO-CREATION

ICC KYOTO 2021特別プログラムで訪問する「鹿猿狐ビルヂング」で、中川政七商店が取り組むまちづくり・産業観光を学ぶ【 事前レポート】

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6月某日、ICC一行は、ICC KYOTO 2021本番の9月9日に開催される特別体験プログラム「中川政七商店の複合商業施設・まちづくりの拠点 『鹿猿狐ビルヂング』と酒の神が鎮まる地 奈良 三輪で360有余年醸す酒『みむろ杉』の酒蔵を巡る奈良ツアー」の開催に向けて下見に行ってきました。今回のレポートでは、鹿猿狐ビルヂングの見学の模様をお伝えします。ぜひご覧ください!

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット KYOTO 2021は、2021年9月6日〜9月9日 京都市での開催を予定しております。参加登録は公式ページのアップデートをお待ちください。


今回は、ICC KYOTO 2021の9月9日に開催される「奈良ツアー」で、ツアーガイドを担当するICC運営チーム朴理沙よりレポートをお届けします。

私たちは中川政七商店創業の地に、2021年4月14日にオープンしたばかりの複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング」へと向かいました。

中川政七商店の第13代目中川政七さんよりにお迎えいただき、直接ご案内いただきました。

中川 政七
株式会社中川政七商店
代表取締役会長

1974年生まれ。京都大学卒業後、2000年富士通株式会社入社。
2002年に中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任、2018年より会長を務める。
業界初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、経営コンサルティング事業を開始。初クライアントである長崎県波佐見焼の陶磁器メーカー、有限会社マルヒロでは新ブランド「HASAMI」を立ち上げ空前の大ヒットに。現在は奈良に多くのスモールビジネスを生み出し、街を元気にする「N.PARK PROJECT」を提唱。産業観光によりビジョンの実現を目指している。
2015年に「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。著書に『経営とデザインの幸せな関係』(日経BP 社)、『日本の工芸を元気にする!』(東洋経済新報社)等。

鹿猿狐ビルヂングとは

鹿猿狐ビルヂング/中川政七商店

1716年創業した中川政七商店は、2021年4月14日、同社初の複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング(しかさるきつねびるぢんぐ)」を奈良市元林院町、創業の地に開業しました。

約126坪の敷地面積に3階建ての同施設を設計するのは、日本を代表する建築家の一人、内藤廣氏。

内藤廣建築設計事務所

鹿猿狐ビルヂング施設内には、創業の地に満を持して構える2フロアに渡る「中川政七商店 奈良本店」、関西初出店となるスペシャルティコーヒー店「猿田彦珈琲」、ミシュラン一つ星掲載店による初のすき焼き店「㐂つね(きつね)」、まちづくりの拠点となるコワーキングスペース「JIRIN(じりん)」があります。

鹿猿狐ビルヂング入口で出迎えてくれる芸術家ステファニー・クエールの作品

ステファニー・クエール|英国・マン島に生まれ、育ち、暮らすアーティストが示す、クマとヒトとの優しい関係。

中川政七商店の鹿、猿田彦珈琲の猿、㐂つねの狐。3匹が集うこの建物は「鹿猿狐ビルヂング」と名付けられています。

鹿猿狐ビルヂングから中庭を通じて繋がる旧「遊 中川 本店」

敷地内には、築100余年の町家の蔵を改装した“手績み手織りの麻”のものづくりに触れられる「布蔵」と、中川政七商店の300年の歴史がアーカイブされる「時蔵」があります。旧「遊 中川 本店」である中川政七商店もリニューアルされ、併設された「茶論 奈良町店」では茶道の新しい楽しみ方・学び方を提案しています。

手績み手織りの哲学(中川政七商店)

それでは、鹿猿狐ビルヂングの見どころをご紹介していきます。

見どころその① 歴史を感じる中川政七商店(旧「遊 中川 本店」)

この写真の奥が中庭につながっています

中川政七商店(旧「遊 中川 本店」)を紹介します。以前は旧「遊 中川 本店」でしたが、鹿猿狐ビルヂングとつながったため、屋号を中川政七商店に揃えることになったそうです。

こちらは創業地に建つ直営店で、 中川政七商店の原点である手績み手織りの麻布をはじめ、日本の染織技術に支えられた服や服飾小物が並びます。

築130年の町家の佇まいを活かした内装とともに、中川政七商店の原点や歴史を感じる空間です。

天井には、織り上がった麻布をかけるために使われていた竹竿が梁のように使われています

そもそも中川政七商店は、この地で1716年江戸時代中期に麻織物の卸問屋として商いをはじめました。当時、麻布の最高級品、奈良晒(ならざらし)を扱っていました。

現在の中川さんは13代目にあたり、12代目の中川さんの父親のころは家内制手工業の仕事場として利用していたそうです。

手狭になり仕事場を引っ越しすることになった際に、せっかくのこの場所で商売やろうか、と始まったのが麻小物事業の始まりで、1985年のことでした。

中川さんが、この仕事を始めたのは2002年。そのときには、雑貨事業で、本店とJR奈良駅と恵比寿の路面店で3店舗は既にあり、それ以外は基本は卸の商売の事業モデルでした。

中川政七商店は、1925年のパリ万博に出展しています。関東大震災が1923年にあり、その2年後ですが、日本からは震災復興の意味合いを込めて、有田焼を始めとして日本の工芸が数多く出品されました。日本の工芸が力強かったことを世界にアピールする目的だったそうです。

店内には1925年のパリ万博での審査員賞受賞の賞状と、鳥草木紋を手刺繍で施した麻のハンカチーフ現品が飾ってありました。

電話室は現在、試着室として使用。電話番号がドアに書かれているのも注目

ふと店内を見渡すと時代を感じさせるような電話ボックスのドアがありました。

「電話が一家に1台ない時代に、本当かどうかはわかりませんが、奈良市内でうちが2番目に電話をつけたと言われています」

見どころその② 茶道の新しい楽しみ方を提案する「茶論 奈良町店」

店の中には、ほっと一息つける「茶論(さろん)」があります。庭を眺めながら、お茶や季節のお菓子を楽しむことができます。

茶論のコンセプトは「以茶論美」(茶を以て美を論ず)という言葉とのこと。喫茶はもちろん、気軽に茶道の文化に触れていただける「茶道体験のワークショップ」を定期開催しているそうです。

ICC一行は、季節を感じる主菓子や濃茶アフォガートと、飲物をセットでいただきました。今回の主菓子は、3種類、地元の名産である吉野葛の葛やき、七夕(たなばた)、白あんから選ぶことができました。もちろん飲み物はお抹茶です。

見どころその③ とある語源の由来は、手工業にあり!? 布蔵

布蔵には、中川政七商店が創業以来扱ってきた、奈良晒(ならざらし)の原点である“麻”に関わる道具や布が保管されています。ここでは機織り機などの道具に実際にふれながら、“手績み手織り麻”のものづくりを体験できます(事前予約制)。

中川さんが機織り機を紹介しながら、私たちにクイズを出しました。

「綣(へそ)とは機織り機に装着する麻糸のことですが、この『へそ』は、今の時代も使われる、ある言葉の語源になっています。それは何でしょう」

考え込むICCスタッフたち。へそくりですか?と一人のスタッフが答えました。

「はい、正解です。農家の貴重な現金収入が、へそを1個繰ると何銭、といったかたちだからです。それがへそくりの語源になったと言われています」

布蔵の入り口に置いてある下駄箱

「曽祖父の代は30名くらい工員がいましたが、祖父の代には少なくなって1桁台になったようです。

私の父親が久々の直系男子だったので、曽祖父にかわいがられて、この下駄箱をもう一度満杯にするために一生懸命頑張ったと言っていました。1983年に本社を移して、1985年に雑貨事業である『遊 中川』を父親が始めた。この下駄箱は無造作に置かれていますが、こういうストーリーがあるので残しています」

見どころその④ 300余年の「中川政七商店」の歴史を感じられる「時蔵(ときぐら)」

時蔵には、中川政七商店の300年の歴代の資料や箱が展示・収納されています。

時蔵の床

蔵に入ったICC一同の目を引いたのが、独特な形状の床です。

1万3000ピースの9cm角の合板を貼り合わせて敷き詰めているこの床は「長い歴史も小さなことの積み重ね」という意味が込められており、貼り合わせる作業は社員の皆さんも手伝ったそうです。

デザイン事務所 ABOUTの佛願忠洋がデザインを手掛けた、中川政七商店のアーカイブを保存するための空間「時蔵」

次に驚いたのは、壁一面に並ぶ桐箱。1階と2階に渡って積み上げられています。

年ごとの成果を一つの桐箱に入れて保管

「2016年の中川政七商店300周年の時に、過去の資料を探そうとしたところ散在していて大変でした。

400周年にはそういうことがないように整理していこうと、創業時から現在、120年くらい先までその年の資料を収納する桐箱を用意して、そのときのトップが何を残すべきかを決めて保存していくことにしました。何のためにこれを残す必要があるのかという意図も合わせて残しています。

桐箱屋ではこんなに大きいものは作れないと言われて、桐たんす屋さんにお願いして作りました」

蔵の1階には、創業年の1716年から始まり2階には400周年目を超えて2137年までの箱が並んでいます。

2階には、印象的な二体の鹿のオブジェがあります。

中川政七商店の歴史をつなぐ「二体の鹿」

「右側が伝統工芸である一刀彫など、奈良の工芸を集めて作った鹿です。左側は、彫刻家の名和晃平さんが、右側の鹿を3Dスキャンでトレースして対になるようなものを創ってくれました。そうしてくださいとお願いしたわけではないんです。

私たちのロゴの鹿が一対になっていますが、期せずしてリンクするようになりました。2頭の鹿が古いものを学びながら、現代の生活で使えるものを創っていくという、私たちの思想を表す象徴になりました」

鹿が二体描かれているロゴ

2階で目を引く展示は、細かく描かれた金屏風です。

「300周年のときに始めたものですが、編集工学研究所所長の松岡正剛さんと『工芸クロニクル』という取り組みがあります。日本の工芸がどのように生み出されてきたのかという歴史背景を解説するとともに、ビジネスモデルという視点で、工芸の新たな可能性を探り、展望することを目指しています。

僕らの工芸の定義は、生活に必要な道具を手で作るものを工芸と言っています。時代が進む中で起こったことは、特に江戸時代以降、商売が儲かるようになると、間に人がどんどん入っていきます。産地問屋、流通問屋、百貨店が入り、作る人と使う人が離れていった結果として工芸が廃れていっています。

ここでは、時代ごとの工芸を描いていますが、私たちは未来どうあらなければならないか、というところまで描いています」

未来に描く工芸のビジネスモデルは「作る人と使う人の距離を近づける産業観光モデル」という中川さん。その絵はぜひ、現地でご覧ください。絵は、江戸時代の生活の研究をされている方が、時代考証をしながら描いており、各時代に描かれている人の衣服に麻の紋様が隠れているそうなので、ぜひ皆さんも探してみてくださいね。

見どころその⑤ 2フロアに広がる中川政七商店 奈良本店

創業の地の奈良本店は、2フロアに広がっています。 300年の歴史が紡いできた、いまの生活に寄り添う暮らしの道具とともに、本店でしか購入できない限定品など奈良を訪れた際の記念となるような商品があり、奈良という土地から生まれた価値観や美意識が伝わってくる空間でした。

例えばこちらの靴下は、2&9(ニトキュー)シリーズ。ネーミングは、奈良の県番号が29であることに由来しているそうです。そもそも奈良は靴下生産量全国1位だったのですが、有名なブランドがなく、下請けの工場が多かったそうです。現場にも不満があり、高い技術を活かした「自分のブランド」と伝えられるプロダクトを作ることにしたそうです。

蛇年生まれの社長の工場が作った靴下

どの工場が作ったものかわかるようにそれぞれの工場の社長の干支、例えば社長の干支が蛇年であれば、蛇の絵が商品タグに入っています。それによって「工場のみんなが、これは自分の作った靴下」と伝えられるものになり、ものづくりの面白さ感じてもらうようにしているそうです。

見どころその⑥ 興福寺を拝むことができるワーキングスペースJIRIN

窓の外には興福寺が見えます

JIRINは、奈良に魅力的なスモールビジネスを生み出すN.PARK PROJECTの拠点として誕生した、共に働き、共に学ぶ場とのことです。 興福寺を望む3階のワークスペースは、窓が広く心地よい空間です。実際に私は翌日こちらで仕事をさせていただきましたが、集中しやすい環境でした。

BACH代表のブックディレクター幅允孝氏が選書したライブラリがあり、また中川政七商店が企画する学びのプログラム、そのほか様々なイベントを通じて、奈良での創造的な活動を支援しています。

この見どころ満載の「鹿猿狐ビルヂング」を作った背景について、中川さんよりお聞きしました。

中川政七商店が手掛ける産業観光

「私たちは2007年から”日本の工芸を元気にする!”をビジョンとして掲げています。

産地に一番星をつくることが、産地を元気にする一番の方法ではないか、と思い、中小企業を対象に経営のコンサルティングをしてきました。長崎県波佐見町の産地問屋のマルヒロさんの再生に始まり、数々いろんなところを手掛けてきて順調なのですが、産地の衰退スピードがそれを上回るくらいに早くなってきています。

コンサルティング事例 有限会社 マルヒロ 倒産寸前から、波佐見焼大躍進の立役者へ(中川政七商店)

その結果何が起こるかというと、工芸は分業で行っていることが多いのですが、サプライチェーンが崩壊するのです。例えばマルヒロさんだと、例えば窯元のようなもので、前工程の型屋さん、生地屋さんがいます。型屋さんは3件しか無くて、跡継ぎがいません。1つの工程がなくなると、製造が成り立たなくなります。こういう現状が日本の産地、工芸の世界で様々起きています。

これを解決するためには、サプライチェーンを垂直統合するしか無い状況です。しかしこの儲からない工芸の世界で、誰が垂直統合に投資するの?と言われると非常に難しい。垂直統合するとしても、プラスアルファの価値を創らないと厳しい。そこで出てきたのが産業観光です。

その産地の魅力を活かした木造平屋の良い環境で、いつでも見学できるような統合の仕方で、そこに人も呼び込めれば、投資するにも意味があると考えています」

「私たちは別に観光事業をやりたいわけではありません。ですが、工芸を元気にするには産業観光をまでやらなければいけない、と考えています。

とはいえ、ど田舎にあるため、見られる環境を作ったからといって人が来てくれるわけでもありません。地元の野菜を使った美味しいレストランと良い宿があってこそ、初めて人が来てくれると考えています。

2016年の中川政七商店が300周年のときに、そこまでやります、と宣言しました。中川政七商店として産業観光まで守備範囲としてやります。

工芸の世界でいうと、例えば燕三条に私たちが立ち上げ時に関わっている「工場の祭典」という4日間のイベントがあります。このイベントには、4日間で合計5万人が訪れます。

数万人を集める産業観光イベントも少しずつ増えてきています。そういう取り組みを各産地で起こしていこうと伝え、そのために一般社団法人日本工芸産地協会という業界団体を創りました。こちらは、産地が自立して存続していくことを目指すための団体です」

“奈良を元気にする”ことにした理由

「呼びかけるだけではなくて、自分たちでもやらなければ、ということで、奈良を手掛けることにしました。

奈良は難しい側面があります。例えば、輪島だと塗り物や有田だと焼き物などだと一産地一産品なのですが、奈良や京都、金沢あたりは街場の工芸で多産品。そのため業界団体がなく、みなバラバラでやっており、結果として難しくなります。町の中にあるため、私たちの考える産業観光に持っていきにくいところもあります。

そこで私たちは、”奈良という街自体を元気にする”と、拡大解釈することにしました。取り組み始めた当時、観光としての奈良は人が増えてきていました。そもそも元気というか、人は来ている街です。ただ良い街なのかというとどうなのか?と考えました。

そもそもうちの社員の9割は、県外出身です。奈良は県外就職率が全国で一番高くて、埼玉より高いのです。普通はみんな県外に働きに行くのに、うちの会社は特殊で県外から就職で来ています。

最初は喜んで奈良で働くのですが、3年ぐらいたつと怪しくなる。それはなぜかというと退屈してしまうから。美味しいパン屋がなく、夜遅くまでやっているカフェもありません。そういう意味で生活のクオリティが低い状況です。良い街というのは、良い店がある街です。そういう視点で奈良を良い街にする、変えていこう、と動き始めました。

奈良県経済の成長には、「大仏商法」との決別がカギ(事業構想)

ちなみに統計をみると、訪日外国人で県別で訪れる場所で奈良県は6位です。その一方で一人あたりが県別に落とすお金では47位でした。この結果は、どれだけ良い店がないかを物語っています。歴史遺産があるために人は来てくれます。しかし現代で僕らが提供できるものが何もないということ表しています。

ホテルの客室数もこの間まで最下位でした。私たちもさすがに京都・大阪に宿泊するのはわかっていましたが、それでも47位とは思わず衝撃的な結果でした」

スモールビジネスをたくさん生み出すN.PARK PROJECT

「僕らの奈良を良くするというのは、奈良の地に数多くのスモールビジネスを生み出し、街を元気にすることです。それをN.PARK PROJECTと呼んでいます。

今は工芸とか関係なく、奈良であれば何でも受けていて、1件目に手掛けたのが25歳の子が脱サラしてカレー屋を作ることのお手伝いです。その際に、投資計画、事業計画、税理士の紹介、レジの選定、ECの立ち上げまでサポートをしました。現在は無事に黒字で推移しています。

「買う」から「作る」へ。カレー人生を変えた日(N.PARK PROJECT)

2件目は、学生起業した子たちでラーメン屋をやっている近畿大学の学生の子たちのサポートです。彼らはラーメン屋がやりたいわけではありません。しかし普通に就職するのは違和感があり、彼らの想いとしては既定路線ではない生き方をしたい、ということ。その想いをビジョンとして言語化しそれを実現するための事業計画の策定までお手伝いして、終わったところです。

コロナ禍でオープンしたラーメン店、店主と料理長は大学生。彼らはなぜ学生起業の道を選んだのか(N.PARK PROJECT)

N.PARK PROJECTでは、スモールビジネスにおいても、2007年に中川政七商店が「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げたことにより成長したように、ビジョンをしっかり持つことが重要なので『ビジョン講座』なども開催しています」

コンサル案件の堀内果実園の直営店も見学、ならまち歩き

鹿猿狐ビルヂングの見学を終えた後に、中川さんに鹿猿狐ビルヂング周辺を案内していただきました。歩いてみると、三条通沿いには、中川政七商店さんの土産物ブランドの「日本市 奈良三条店」もありました。

N.PARK PROJECTのひとつ、奈良県の堀内果実園の直営店である奈良三条店も鹿猿狐ビルヂングより徒歩5分もかからないところにありました。堀内果実園は、中川さんがコンサルティングを手掛けたことによって、安定しない生果事業から脱したそうです。当時のことも中川さんよりお聞きしました

「堀内果実園は、元々は生果事業で柿を手掛けていました。しかし生果だったため、台風が来たら大打撃で、保険で食いつなぐような生活でした。加えて生果の場合、どこかのスーパーで誰々さんが作った柿と紹介されたとしても、どこのスーパーで買った柿が美味しかった、といった記憶のされ方になってしまいます」

堀内果実園#03 志を持ち、ブランドを育てる(N.PARK PROJECT)

「人の記憶に残るには、生果ではなく、パッケージでちゃんと名前が残るものにするべきと思い、ドライフルーツという選択肢にしました。当時の国産ドライフルーツは、まだそんなにありませんでした。高級スーパーで出したところ全然売れませんでしたが、雑貨ルートで非常に反応がよく、どんどん大きくなっていき、現在では飲食も併設した直営店で大成功しています」

現在は堀内果実園は、農園ブランド確立のため、 国産ドライフルーツブランドを立ち上げています。併せて、社名変更、法人化も行っているそうです。 販売開始から、数々のメディアでも取り上げられ大ヒットし、コンサルティング期間終了後も積極的な営業活動で高級外資系ホテルへの導入に繋がっています。

2017年には直営店である奈良三条店をオープン、2019年にはグランフロント大阪へ出展するなど、人気店となっています。今では渋谷や東京スカイツリーにも店舗があり4店舗あります。コロナ前は常に大行列の人気店で、こちらの奈良三条店も休日は非常に賑わっているそうです。

鹿猿狐ビルヂング前にて。中川さんが触れているのは、鹿の角から建物を守る柵とのこと

街歩きをしながら、中川政七商店の「日本の工芸を元気にする」ための産業観光への挑戦が、少しずつ形になってきていることが伝わってきました。カレー屋やラーメン屋の案件もそうですが、きっと鹿猿狐ビルヂング、JIRINを発信地として、より一層スモールビジネスが増えていくのだと思います。

それが奈良の地域活性にもつながり、産地を元気にしていくのだと思いました。産業観光として、他の産地のロールモデルとなっていく姿をこれからより一層応援したいと思います。

中川さんは、Session 5D「末永く愛されるブランドを作るには? – 『モノづくり』と『モノがたり』を語り尽くす」、Session 6C 「アート x ビジネス について語り尽くす」とSession 7E「地域の魅力を最大化する街づくりの取り組みとは?(シーズン2)」の登壇と、特別プログラムのこちらのツアーの開催でICC KYOTO 2021にご参加いただく予定です。ぜひご期待ください。

続いて、ICC一行は、「酒の神が鎮まる地 奈良 三輪で360有余年醸す酒『みむろ杉』」の酒蔵へ向かいます。乞うご期待ください!

(終)

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編集チーム:小林 雅/朴理沙/浅郷 浩子/戸田 秀成

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