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消える円相に平和を重ねて——重いテーマすら軽やかに変える、茶会の力

3月2日〜5日の4日間にわたって開催されたICC FUKUOKA 2026。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。このレポートでは、現在、世界的な抹茶ブームのなかで世界初の抹茶国際団体設立にも参画した茶道家、岩本 涼さん(TeaRoom)が開いた、第8回Co-Creation茶会の模様をお伝えします。ぜひご覧ください。

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回500名以上が登壇し、1,200名以上が参加する。そして参加者同士が真剣に議論し、学び合うためのカンファレンスです。次回ICCサミット KYOTO 2026は、2026年8月31日〜9月3日 京都市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。


半年前の京都の茶会は、客にとっては興味深いものである一方、亭主を務めた岩本 涼さんにとってはさまざまな意味を重ねたものだった。茶道を愛する外国人が点てる茶から、日本らしさとは何で、誰のものかを問いながら、茶道の道を切り拓いた先達への追悼を兼ねたものだった。

<前回のレポート>

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2025年の8月に逝去した裏千家の第15代家元、鵬雲斎(ほううんさい)は、『一盌からピースフルネスを』を掲げ、茶道に新たな意味を加えた人物である。

その志に深く敬意を抱き、自身の実践の中で大切にしている岩本さんは、今回の茶会シーズン8で挑戦的なテーマを提示した。重い内容でありながら、参加した直後の印象は拍子抜けするほど軽やかな体験であった。今、録音を聞き直してみると「そんな重いことを繰り返し表現していたのか」と驚くほどである。

個人的な解釈であるが、今回の茶会のテーマは「平和とは思想ではなく、間断ない人々の努力によって保つ状態」であり、それを茶会で体験する設計になっていた。サブテーマとして、過去に対して後世ができること、という問いもあったと思う。

それがどういうことだったのか、3箇所に分かれた席からお伝えしたい。

第8回目のCo-Creation茶会

昨年の大濠公園の茶会より1カ月、開催が遅いためか、3月の日本庭園はすっかり春めいている。

訪れたのはICC最終日に5回開かれる茶会の最終回で、新しいインプットや刺激でいっぱいになった頭を休めに、もしくはさらなる学びや刺激を求めてこの座に集まった方々と同席した。

茶会は、ただ小さな茶室に入って抹茶をいただくのではなく、広々とした座敷でカジュアルに話をしてお酒や吸物・八寸などを楽しんだあと、茶室に移動して抹茶をいただく2部形式が過去多かった。狭い茶室へ移動するときには、いつも現代から昔の世界へワープするような、現実から非現実へ移動するような感覚がある。

今回は現代と昔の世界の間に、もう一部屋、薄茶席があって、そこで抹茶をいただいた。最後の狭い茶室では台湾茶だった。形式を重んじるイメージがある茶道だが、何回か体験してみるとさまざまな形があることに気づく。今回は約1時間の間に、3つの場所に移動しながら、会話とお茶を楽しんだ。

せわしない、と思うかもしれない。しかし時間の流れの速い世の中で、普段行かない場所へ行き、ただお茶を飲み語らうというのは、動いているわりには、むしろ時間を止めるような、時の流れが変わる体験である。

集合してから初座に入り、ご一緒する方々と語らっているうちに、一人の男性が現れて掛け軸に水筆で円を描き、去っていった。

初座(最初の席)

「産業を創っていくうえでも平和というものが非常に大事です。我々は裏千家のお茶ですが、去年102歳でご逝去された先代のお家元、鵬雲斎(ほううんさい)は、ずっと『一盌からピースフルネスを』という言葉を理念にされていました。

この時代が大きく変革するタイミングで、今日は戦争と平和に向き合ってみようという機会を設けました。とはいえ、急に重たい話も何ですので、まずはお酒を飲んでいただいてから、本日のスペシャルゲストである東條 英機(1884~1948)の曾孫の東條 英利さんに登場していただこうと思います」

この茶会の数日前に始まったイラン戦争に、出口が見えないウクライナ侵攻。今回はTeaRoom文化事業部のメンバーにより、冒頭からテーマが明かされた。きな臭い世の中に、東條 英機という名前を聞いて心が少しざわついたのは否定できない。

茶会で出てくるもの、目にするものには必ず意味がある。この初座では、ICC SAKE AWARDにも出場した福岡の酒蔵、 LIBROM の美しい赤紫色のお酒が振る舞われた。

住吉酒販庄島 健泰さんのセレクトで LIBROM の巨峰×日本酒で造ったクラフトサケをしゅわんグラスにて

「今回はもう1つのテーマとして、過去から見て未来をどうしていくのかを考えるということで、2つのものの調和を意識してお酒を選びました」

ブドウの甘い香りのするお酒をいただいていると、襖が静かに開いて、そこにいる人物が自己紹介をした。

東條 英利さん「皆様はじめまして。私は東條 英利と申します。岩本さんから今回のお話を頂いたとき、私はお茶のような風情な場所に行く人間ではないので、どうしたものかと思ったのですが、お役に立てることがあればということで、今回参加させていただくことになりました。

私の活動は大きく3つありまして、1つが神社神道の研究です。2008年から『神社人』という神社を検索できる仕組み作りをしております。

海外でも働いた経験がありまして、日本的な価値観と西洋的な価値観の違いを自分なりに検証して、勉強会を開いたり、講演でお話をさせていただいています」

戦争と平和がテーマの茶会に、東條 英機の曾孫が登場するという驚き。ストレートにこのテーマを語るのか、そもそも英利さんとはどういう人なのか、話は続く。

英利さん「2つめは、しめ縄プロジェクトというのをやっています。

実は私の曾祖父が東條 英機です。今はだいぶいろんな目で見ていただける方が増えましたが、私が若い頃の東條 英機の枕言葉は大極悪人ですから、表立ってこの東條という名前を語れる状況にはありませんでした。

今53歳ですが、この名前と向き合うのに30年かかりました。私は日本の文化のことをよく知らなかったし、曾祖父が出てくるのが嫌だったので学校でも世界史を選択して、日本の歴史はよく分からなかったんです。

大学を出てから、10年ほどサラリーマンをして、そのうちの4年間香港で駐在をしました。私は喜び勇んで海外に行ったんですけど、今度は外国人という立場になります。そうするとどこから来たのか聞かれ、日本からと言うと日本の質問をされるんです。

その時に、いかに自分が不勉強だったのかを身に染みて理解できまして、自分のことをちゃんと話せないと信用されないということにも気がついて、国際教養振興協会という団体を立ち上げて、そこでやっているのが、しめ縄プロジェクトです。

お正月を皆さん迎えるにあたって、正月習慣の意味を忘れてしまっている方が増えています。

門松、しめ飾り、鏡餅を飾りますが、年神様という農耕、穀物豊作の神様をお迎えするために飾るのです。しめ縄は稲藁でできていますが、安いしめ飾りの大半は海外産の水草で雑草なので、それは失礼だろうというところから、正月の意味を学んで、しめ縄を作る活動を10年以上行なっています。

地元の小学校10校が授業の一環で採用してくれたり、去年は大体5,000人ぐらい参加していて、変わったところだと海外、アメリカやメキシコ、タイでもやりました。企業研修としても、某大手外資系企業などでやっています。

2025年のHOPE 80というプロジェクトでは、私とアメリカのトルーマン大統領のお孫さん、チャーチルの曾孫さん、ガンジーの曾孫さん、アウシュビッツの生存者のお孫さんにアーモン・ゲートというナチスの高官のお孫さんの6人で和解と平和の宣言をしようと、バチカンに行って、ローマ教皇にも謁見しました」

実はこの先も話があって、今年の5月にトルーマンの孫と東條さんで、日本が降伏調印式をした戦艦ミズーリの上で和解の調印式をするという話があった。日米の和解に少しでも役立ちたいと東條さんは活動を続けている。そうなったのにはこんな理由があった。

「曾祖父と向き合っていく中で、いわゆるA級戦犯とされた人たちが最後どう亡くなっていったかを語り部として語っている花山 信勝先生という教誨師の、東大の名誉教授で浄土真宗の住職だった方から、東條 英機が最後にどう亡くなったかを知りました。

7人が処刑台に臨むとき、曾祖父は先行のAチームで、あとは土肥原(賢二)さん、松井(石根)さん、武藤(章)さんという計4名が1階から降りていきます。死刑執行3分前です、という時の、私は肉声の音声を頂きました。

それを聞くと、最初、絶筆という形で、手錠がかけられて腕が上に上がらないような状態で一人ひとりが名前を書きます。その後、万歳三唱で、『天皇陛下万歳、大日本帝国万歳』を三唱して、ブドウ酒を飲み、いよいよ次の部屋に移動するという時に、この4人があることをしたんです。

どういうことをしたと思いますか?

それまでこういう場ではお祈りなどが多かったのに、この時4人は、一番背の高いアメリカの米兵の看守のところに行って『ご苦労さん、今までどうもありがとう』と、感謝と労いの言葉を言ったんです。するとそれに感動したのか、後ろに控えていた中尉とか大尉や上官の方が後ろから出てきて、その4人の手を握ったのです。

花山先生も驚かれたそうで、そんな囚人と看守が握手し合っている光景に、『これぞ真の極楽浄土姿で平和の象徴である、これは世界に語り継いでいかなければ』とおっしゃっていました。

最後に恨みつらみではなくて和解で亡くなっている。私がやるべきことは、その和解を進めることだということで、今こんなことをやらせていただいています」

すると、岩本さんが襖を開けて出てきた。

岩本さん「もう4年弱、この茶会を開催させていただいており、今回は重いテーマではございますけれども、このストーリーと戦争と平和のお話をさせていただいております。

前回のICC茶会のシーズン7は茶の湯と関わりの深い、本山とも言われる大徳寺で行ったわけですが、裏千家15代の鵬雲斎宗匠がご逝去されたことを受けて、それを偲ぶお茶会というのを実行いたしました。

今、世界で茶道という調和の精神がこれだけ広がったのは、鵬雲斎宗匠が世界中に茶室を開かれ、支部を開かれ、その普及をしたからとも言われています。一碗から平和な世の中を作るということをお伝えし続けるそばから、多くの戦争が始まっています。

私たちは常に、平和というものに貢献をしていかなければならないという感覚でおります。

なぜ ICCという場で、こんな重たいテーマを扱うのかと言うと、産業の前にそもそも平和があり、平和がなければ産業は成り立たず、競争も発生しないと考えると、平和というものは誰がどのように作るのかという問いに、ちゃんと回答しなければなりません。

これは経済人でも文化人でも、誰もが向き合わなければいけない問いだろうと考えています。

この茶会は2025年9月の後、すぐに企画を始めましたが、先週のイランへの攻撃から始まり、世界はより混沌に包まれています。

さきほど水筆で東條さんが最初にお軸を描かれたと思います。茶室における軸というのは、ソフトウェアの役割、OSの役割を持っていまして、畳や部屋がハードウェア、軸がソフトウェアということで、ソフトが変わればシステムも変わり、アプリケーションも変わるということで、軸によって基本的にテーマを示すということをいたします。

今回のお軸には円相が描かれていますが、水というのは一瞬で蒸発しますので、まさにこの円は、この茶会が終わる頃には、消えてなくなっていまいます。この平和というものも、そんなものなんだろうと思っています。

茶会というのは、お客様も亭主も共に一碗の茶をどう調和的に楽しめるかを理念とした文化です。

この二者が、道具、空間や雰囲気、空気も含めて共にするからこそ、そこに調和が生まれていきます。ですので、わざわざ蒸発する水で軸を描き、その調和的な時間にのみ、円相が浮かび上がるという設計にしております。それはやがて消えてしまうけれども、記憶には残ります。

このくらいのスピードで基本的に世の中っていうのはすぐに混沌のほうに流れてしまう。だからこそ、一人一人の行動が大切であるということを、このお軸に込めております」

絶えず続ける努力がないと、調和や平和というものはすぐ消えてしまうというメタファーを岩本さんは語り、ブドウを副原料とした酒を選んだ理由にも触れた。あのクラフトサケで、私たちは今際の際に飲んだブドウ酒を追体験したが、それは別れの酒ではなく調和の酒だった。

岩本さん「この後、八寸、薄茶、台湾茶という形で続きます。最後の席は台湾茶をじっくり楽しんでいただければと思います。台湾茶は美味しい、香りがいい印象だと思うんですが、実は日本の技術も入っている、戦中、戦後のカルチャーです。

戦争が起きている現状に対して、それは当たり前ではないことを改めて実感をして、行動するような会にできたらと思っております」

立礼(二番目の席)

少し重くなった雰囲気を落としながら移動した先はテーブルに椅子の立礼席。大濠公園の茶室は、表や裏など流派によらない特徴があるそうで、そういった流派間の争いを嫌って、公的な建築として作ったものだそうである。

岩本さん「茶席で『夢』というテーマは、扱わないことが多いですが、夢のようで現実であり、現実のようで夢であるという、こういった間をどう捉えるかを描いた荘子の胡蝶の夢のお話がございます。

例えば今回侵攻されたイランでも、実際にミサイルが降ってくる場所にいたらそれは現実ですけれども、遠い彼方から見ると、現実味がなくて、夢のようだと思ってしまいます。

夢のようなことが今現実に起きてしまっている。一方、現実ということは知っていても、私たちから見ると夢のようでもあるし、そういったまさに間(あわい)の中で、平和的概念を持っていなければいけないんじゃないでしょうか」

そこで私たちは、夢のように柔らかなお菓子をいただき、抹茶を飲んだ。一口噛むと、幻のように甘く溶けてしまうが、抹茶の苦さで現実に戻り、「甘かった幻」を思い返す。

岩本さん「今までのICC茶会で、一番企画に苦労した、あまりにも重たいテーマです」

再び、岩本さんは「平和にどう向き合うか、その平和はなぜ生まれるのか根本的なことを考えなければ」と繰り返した。しかし平和な茶室の中で、平和の成り立ちも、戦火の苛烈さと同じくらい想像が及ばない。いくら鮮明な映像で戦争の現実を見ることができても、これが戦火から遠い場の現実でもある。

この二番目の部屋では、個性豊かな器たちが集められていた。ビニール袋を膨らませた形を模した、3Dプリンタで作られた水指に、8つの節がある茶杓。目を凝らして見ると夜桜が浮かび上がる黒棗(茶入)は、どこか夢幻な趣がある。

向かって左が水指、中央が棗、その上に乗っているのが茶杓

岩本さん「有事になった場合には平時の価値は必ずあるけれど、大震災が起きたら家族に電話するのと同じで、有事では平時の当たり前が価値になってくる。これが世の中の原理原則だと思うんですね。

平時に茶道が世の中に必要とされていたかというと、日常的なお茶一服のために4時間もかけるこの儀式を大切にすることはない。ある種、有事でなければできないんじゃないでしょうか。

ですから調和を祈るこの儀式は、有事であればあるほど価値が上がり、その普及速度も上がることになる。そうしてこの世の中は関係して動いているのだなと感じるばかりです。

お茶の儀式化は、戦国時代、人災と天災が2つ重なった時代の最も苦しかった、最も死の確率が高かった時代に成立しています。それは明確に時代の背景に理由があったのだろうなと感じます」

たとえば近い未来に有事となれば、こんな茶会を幻のように懐かしむことになるだろう。平和を維持するのが難しい時代に生きた人たちは、平穏な茶室の中で何を考えたのだろうか? 今、紛争が起こっている世界に、茶室のような場はあるのだろうか?

茶道からビジネスへの学び。茶入はビットコイン!?

茶会ではいろんな話題が出る。スタートアップ・カタパルトに登壇したaiESGの関 大和さんは、千 利休のビジネスセンスに注目し、岩本さんもそれに応じた。岩本さんの頭の中は、常に過去の茶人を現代に置き換える装置がついているようである。

関さん「一経営者としては、千 利休さんもある種、商人だったということが気になります。あの大波乱の時代に商人たちがそこまで頂点に上り詰めたことから、まだまだ学べることがたくさんあるんじゃないでしょうか」

岩本さん「そうですね。個人的には利休さんの動きは、ビットコインの話と同義だと思っています。

世の中で一番高いと言われる道具は、茶道具の中でも小さい茶入です。個人的には理由があると思っています。その時の将軍の気持ちを想像してみると、自分がいなくなったら城が壊れる、城が壊れたら財産を全部没収されてしまいます。

当時のお金は小判や金銀財宝で、紙幣ではないから、夜襲にあっても持ち出せません。すると、金銀財宝よりも価値のある何かしらのアセットを作らないと、財産を持って逃げられないですよね。

軽くて持ちやすく、着物の袂とかに入れたらすぐ持ち出せるものというと、茶入が軽くて小さいんです。それはうまいなって思いますね。

商売やビジネス上の学びが多いと思うのは、理念として精神をそこに付与し、茶の湯というものが社会に受け入れられる素地を作り、有事の中の平時の有難さがある種の贅沢であるという発想を世界に伝える、それを体系化したことだと思うんです。

茶会は会記(元々は茶会で出た懐石や道具の内容を個人的に記録していたが、形式化されていった)が残され、誰がどういう道具で設えてもてなしたかが可視化されます。現代でも、例えばこの茶碗をイーロン・マスクや大谷 翔平が使ったと、写真やその証拠があれば高く買う人はいるわけで、作り手じゃなくて、信長、秀吉など使用者によって価値をつけることをしたわけです。

そして、作家に何かを作らせて大名たちや将軍にそれを使わせ、会記を残し、価値を生み出すのが利休さんの動きだったので、さすがにやりすぎだよということもあったと思うんです。もはやミームコインみたいですよね」

(一同笑)

Moonshot菅原 健一さん「ちょうど厚利少売のCo-Creation Nightで、そんな話題になっていました。日本からラグジュアリーブランドはなぜ生まれないんですか?とか聞かれたんですけど、すでにその頃にあったんですね。

▶︎「価値があるものは高く売る」ーー時給30万円の経営アドバイザー直伝、初開催「厚利少売」ワークショップレポート

物に寄りすぎるとラグジュアリーになってこないんですけど、ステータスの表明ができるアイテムだと、まさにラグジュアリーブランドとして成立しますよね」

岩本さん「おっしゃる通りですね。まさに金融とネットワーク、名誉、地位みたいな感じ、記号化です。大衆におけるファッション化でもあります」

菅原さん「意味を売るみたいなものですね」

岩本さん「そうですね。需給のギャップを作って、という」

小間(三番目の席)

最後の茶室では、一席目の女性が再び私たちを迎えてくれた。「ふわふわした気持ちでお帰りいただけたらと、抹茶ではなくて台湾茶に」と香りを嗅ぐために、文山包種茶という茶葉を回した。

次に、温めた蓋碗に入れて再び香りを聞く。足を崩して、自由な雑談を進めながら、岩本さんを以前から知る彼女は、最近父親になった岩本さんの変化を語った。

蓋を開けると香りが立ち上がる

「元々『対立のない優しい世界を目指して』という理念で会社を立ち上げているものの、今後、残していく世界ということに、考えがよりシフトしていっているのかなと、こちらも肌で感じるようになりました」

今回のテーマに、ハラハラした場面もあったという。この空間で現実的な話は無粋ということで、茶室の中では政治と金と嫁姑話は基本的に禁止だそうだ。今回は挑戦的なテーマ設定ともいえる。

床の間は先ほどのお席は山をイメージし、床の間に桃の花を飾っていました。この席では水辺をイメージして、趣向を凝らしました。水盤には山から風で流れてきた桃の花びらを入れて」

ここでは中国茶の茶器の一式が整えられており、茶碗は古い船の舟板の上に並べられている。これも春の夢の連想が続き、幽玄という意味を込めて、水墨画の中に現れるあの世とこの世を行き来する笠をかぶった船頭をイメージしている。その舟に乗って台湾茶が運ばれてくるという趣向だ。

しばらく台湾茶や発酵茶について話が弾み、レトロな台湾の山楂のお菓子とともに、すっかりサロンのような雰囲気になったころ、再び岩本さんがやってきた。

透明な茶托はなんと、メガネレンズだそう

話は自然と今回のテーマに戻っていく。そもそもなぜこの設定になったのか。

岩本さん「前回の茶会はカテゴリーで言えば、国際平和みたいなものでした。文化を通じた国際協調や平和というテーマだったんですけども、今回はもう一歩踏み込んで、戦争というもっと直接的なものにどう触れるか。これは今、避けられないテーマだと感じました」

とはいえ、戦地にいない人間として語っても重みも出ないために、つながりのあった東條さんに参加をお願いしたとのことである。

岩本さん「講話や討論をしたいわけではなくて、物語の中で、どう感じたかをシェアいただいて、それがある種、次のストーリーになってつながれていくのがいいかなと。戦争について直接的に意見をするとか反対するとかいうことでは始まらない。

誰かと共に笑い合い対話することが結局、その平和というものに通ずるみたいな話もされるんですよね。

同じ茶を飲んで囲んでいるというこの景色自体も平和の一つなんじゃないかと、最初は重たいですけど、後半は美味しいお茶をみんなで飲むというのを、季節も感じながら行うのが、我々がやるべきことじゃないでしょうか。

本当は、最初にみんなに問いを立てるためにも、ブドウ酒を飲んでいただこうとしたんです。でもチームに反対されて」

と、岩本さんは不服そうに言い、みんなを笑わせた。ブドウを使った酒ではあるけれど、ブドウと日本酒が調和した酒だった。

岩本さん「過去の認識を過去のまま止め、これらのストーリーから当時と同じ気持ちを感じてくださいというのではなくて、過去の認識を私たちは後世の人間としてどう解釈をし、それをプロダクト、サービスに展開をし、広げているのかを残せればいいかなと」

その問いかけはまさに、茶会に集まった新たな産業を創ろうとする人たちに、既存の産業をさらに良い商品、新しいサービスに転換しようというメッセージであり、戦争が起こっている事実を、理解と行動によっていかに転換できるかを一人ひとりが考えようという問いでもあった。

重いテーマも軽くする、茶会の力

茶会が終わった後は、東條さんを中心とした話でひとしきり盛り上がった。いわゆる”戦犯”の子孫たちでオーストラリアのテレビ番組に出て紛糾した後のSNS投稿で、東條さんに感謝のコメントが集まった話、大きなものを背負いながらも続けている活動など、東條さんのお人柄もあり、楽しく、普通には聞けない話ばかりをうかがった。

こうして振り返ってみると、内容はひたすら重いのだが、不思議とその場はふわふわとした、軽く楽しい雰囲気であった。大仕事を終えたという表情の岩本さんに感想を聞かれて、「今までで一番ポップでした!」と私は即答した。真面目に考える瞬間が何度もあったことすら忘れてしまっていた。

「強い常連組のお客さんに鍛えられて、毎回の期待を超えられるように企画をしております。今までに見たことないものを、織り交ぜるようにしています。道具も含めてどこかにあるものでは、もう対応できない域にいるので、毎回守破離ですけど新しい道具も作って」

確かに、今回の3Dプリンタで作られた水指しかり、岩本さんはいつも、不思議な絵や器や道具を茶室に持ち込んでいる。

茶室は古いものと最新のものを共存させたり、和洋折衷、異なるものの取り合わせを楽しんだり、いわばなんでもありの空間である。普通の空間ならば、テーマが散ってまとまらないものたちが、狭い茶室ではなぜかまとまる。そこに1つの正解はないが、その場を理解しようとする心は1つで、受け取る側の自由な解釈が許される。

「基本的にはどんな重たいテーマだとしても、茶会は楽しくお茶を飲むことで成立をしているので、そこに最終着地させないと何も生まれません」

つまり、ポップに終われた理由は、岩本さんの注意深い設計によるものだった。戦争と平和というテーマのわりに、今、振り返って後悔してしまうほど私は気軽に、楽しくお茶を飲んで終わった。

「説教しているわけではないし、現代アートのように問いを投げかけて、思考を変化させるものでもない。ちゃんとこの身体の延長線上にある楽しみの中で、自分が気づくタイミングで気づいていくっていうのを、日常行為の延長線上にポンと置いてあげる。

どこかで、何かのその点と点がシナプスのようにつながって、その人が新たな視点を持てれば」

茶会から時間が過ぎた今になって、さまざまに置かれた点がつながって、今回の茶会はこういうことだったのかと思い当たった。

楽しく終わったとはいえ、水が蒸発するスピードで平和は消えていくから、絶えず円相を描き続ける必要がある、という感覚は残っている。描くことはそれこそ簡単な日常茶飯事だが、平和な場所では、それは軽視されてしまう。それを体験する装置として、今回の茶会は設計されたのではないか。

岩本さんは型を破る存在であるとも感じ、タブーも辞さないのだろうか?と聞いた。

「茶道の前提は踏まえて、それは崩さないようにしています。今、生きている現状は、平和というもので支えられている。 100年の基盤となっている見えないものに、ちゃんと向き合おうよという話の一環です。それに茶会の基本は交流ですから。

それでも今の状況は茶の湯に携わる人間としては避けがたくて、もう無視はできないですよね」

戦争と平和というテーマを掲げても楽しく終われる茶会のような場は、他にない。終わった直後と振り返ってみたときの後味はまったく違っていて、3つの部屋で話した様々なことが頭を回って離れない。未来の行いから過去は変えられるのか? 平和なときに平和について本当に考えられるのか? 茶会の録音を聞き返すと、ひたすら真剣な岩本さんの声に、今でも問いが続いている。

しかし、こんなに重いテーマでも軽々と受け止められる茶会の許容力に驚かされた、というのが一番の印象である。亭主の力量にもよるのだろうが、さまざまなヒントを散りばめながらも直接的ではなく、じわじわと考えさせられる場となる。

起業家が重く難しいテーマを考えたいとき、岩本さんに相談して一席設けてもらうのはどうだろうか? 戦国武将が求めたのも、この茶会の力なのだろう。そんなことを考えた今回の茶会であった。

編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/戸田 秀成

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