「イノベーションを牽引するチームの特徴として大事だと思っているのは、『越境性』と『超越性』です。越境性とは、分野を軽々とまたいで仕事をしていくこと。自分自身の専門性がデザインだろうが、マーケティングだろうが、技術だろうが関係無い。必要なことはその場その場で学んでいく。そんなメンタリティの持ち主たちのことです。一方、超越性とは、物事を超俯瞰視点で観察することのできる人たちのこと。自分自身の行いをスケールを変えて把握する感覚は、自らの振る舞いを随時変更しなければならない現代にはとても重要な感覚のように思います。」とtakram design engineering 田川さんは語ります。 ICCカンファレンス TOKYO 2016に登壇したtakram田川さんとファクトリエ山田さんの対談の(その3/最終)をご覧ください。
2016年3月16日開催 「モノづくりとデザインで切り開く日本の未来」 (スピーカー) 田川 欣哉 takram design engineering 代表 山田 敏夫 ライフスタイルアクセント株式会社 代表取締役
Part 1はこちらをご覧ください:「ビジネス」「テクノロジー」「デザイン」の三要素の結合からイノベーションが生まれる
Part 2はこちらをご覧ください:第5世代(ハードウェア・エレクトロニクス・ソフトウェア・ネットワーク・サービス)の次はデータとAIの時代
「dOCUMENTA」のアイデアに至る思考プロセス
山田 その領域といいうのは、先ほどのdOCUMENTAのような事例でしょうか? 100年後の未来で使われる水筒という話をもっと詳しく教えていただけないでしょうか?
田川 5年に1度開かれるアートフェスティバルです。カッセルという街が、アートフェスティバルにジャックされて、世界中からファインアートのレベルの高い人たちが集められるイベントです。ベネチアのビエンナーレも有名なんだけど、それと双璧をなすものですね。
dOCUMENTA(ドクメンタ)の中のメイン展示の一つにグループ展があって、そこに作家として招かれました。与えられたテーマが、「100年後の人類のための究極の水筒を提案する」というテーマでした。
100年後というところには、展覧会のディレクターから更に文脈が設定されていて、現在から100年の間に、大規模な災害なり戦争などが起こり、地球上の飲める水が激減しましたというストーリーになっています。そして地球上の人口が、1億人くらいまで、人が減ってしまった。そういう世界設定になっていました。
山田 すごい世界ですね!
田川 大半の陸地が海面上昇によって消失していて、人間は巨大なタンカーのような船で移動生活している設定でした。
山田 それはお題で提示されているんですか?
田川 お題です。そのときに、人間が生きていく上で、水というものがとても大切になってきます。船に乗っていれば、船の中には水の浄化施設があって、一応飲めると。でも、資源を色々探したりしないといけないから、陸地に入っていかないといけない人たちがいる、と。そういう人たちが、探索中にサバイブするために、水を持ち歩かないといけない。そのための水筒を考えて下さいっていうお題だったんです。
僕らは、プロジェクトの初期には、とにかくハイテクな水筒を考えていたんですよ。例えば、杖と水筒が一体化しているプロダクトで、杖の先から、土中の微量な水分をつかまえてきて、杖の棒の中に多段に組み込まれたフィルダーで浄化を行い、杖の握りの部分に内臓された水筒状の容器に貯めていくものなんかを考えていたりしました。
だけれども、その手のアイデアは、展覧会のディレクターから許してもらえなかったんですね。100年後の話なので、もっと飛躍が欲しいと。
山田 それは誰に言われたんですか?
田川 展覧会のディレクターですね。そういう話をしていたときに、これは相当の飛躍が必要だな、と思って。なぜ水筒なのか、それは、水筒を持っていないと人間が生きていけないから。なぜかというと、人間の身体から水分が一定量減ってしまうと、脱水症状が出てしまうから。そんなことをを読み解いていくうちに、「仮に人間が水飲まなくていいんだったら、水筒っていらなくなるよね」という仮説に至って。そこまで問題を上流した後、「じゃあ人間が水を飲まなくても生きていける身体を考えてしまおう」と。そうすると、水筒の発明というテーマ自体が無意味になります。そういうものを作ってみようと。
山田 なんかちょっと面倒くさい人ですね(笑)。
田川 僕らが考えたのは、体内に水分を極力留めるような人工臓器のシステムを体内にビルドインするということです。ここをよく見ていくと…
山田 入っているんですね。
田川 人間の身体から水が出ていく排出路を研究していくと、いくつかの主だった経路を見つけることができます。
山田 鼻水とかですか。
田川 この鼻に入っている臓器は、鼻水を回収するのではなくて、肺から出る水蒸気をカットするためのものです。肺からの水蒸気も10%弱あるんですよ。
山田 そんなにあるんですか!
田川 あと、結構大きいのが、体表からの汗なんです。この首に装着されているのは発汗を止める機能を持っています。あと当然、尿と便。これで80%程度の水の排出を遮断します。
山田 これは出さないっていうコンセプトでしたよね?
田川 出さない。かなり特異なアイデアに聞こえるかもしれませんが、たとえば砂漠に住んでいる動物とかって似たような機能を持っているんです。
鼻に埋め込む臓器は、マイクロポーラスチタニウムっていう、穴がメッシュ状に開いたチタンのブロックを、副鼻腔に入れます。それで何が起きるかというと、肺から出てくる水蒸気が一度そこで液化されるんです。
そうすると体外に水分が逃げません。逆に大気中の乾燥した空気を吸うと、その液化した水分が気化して肺に入ります。砂漠には、こういうメカニズムを鼻の中に剛毛という形で実現している動物がいます。
服鼻腔に密集する剛毛を備えていて、それで水蒸気を遮断しています。
山田 本当にいるんですね。
田川 そうなんです。さて、これは発汗を制御する工夫です。なんで人間が汗かくかというと、それは大脳が発熱するからなんです。大脳は人間の体幹に比べて、常に2度くらい温度が高い。脳のタンパク質は高温に弱いので、とにかく熱を下げないといけないんですよね。
どうしているかというと血液で水冷している形になっています。血液は、酸素や栄養を身体中に巡らせる循環系であるとともに、熱のサイクルを司る循環系でもあります。
そこに発汗が重要な役割を果たしています。発汗による冷却効果で冷たくなった血液を心臓のポンプで頭に送って、大脳を水冷しているんです。
犬は汗をかけないから、ベロを出してハーハーやっているでしょ。彼らは、ベロと動脈の間に毛細血管が走っていて、血管の熱を捕まえて、ベロで気化させて体温調節するんです。
犬はほとんど汗をかけないので。同じような効果を人間の身体で実現するにはどうすればいいかというと、静脈と動脈の熱差でマイクロ発電して、それを首の後ろに付けたベンチレーターに伝え、輻射熱として外界に放出する仕組みを考えました。そうすれば汗をかかなくて済むと。
尿についても、これはカンガルーかな、腎臓で水をこし出して体内でリサイクルしている動物がいます。これらを組み合わせることで、人間が擬似進化してしまえば、水がなくても生きていけるんじゃないかということで、検討を進めていった結果、水の排出を2リットルから、165ミリリットルくらいまで絞ることが出来るという数字が出てきたんです。
山田 単純に、これやりましたっていうことじゃなくて、そこまで緻密にやるんですね。
田川 特に工業製品のデザインの場合は、多かれ少なかれ、こういうプロセスを踏んでいきます。仮説を立てて、プロトタイプをつくって、デザインしながら検証してみて、分からなかったら専門家のところに聞きにいって。だから、僕らは企業のクライアントワークでも同じようなプロセスで仕事をしています。
山田 これは、結局何10ページの資料になりますよね?
田川 結局80ページの論文の形になりました。その論文とプロトタイプを一緒に展示しました。この論文には、各臓器の設計にまつわるロジックや計算式、図面などが書いてあります。また合わせて、これを装着しなければいけなくなった1人の男の独白という形式で物語が進行します。
この二つの文章が、交互に出てくる80ページのドキュメントとして仕上げました。結果として、ドイツでも高い評価を受けました。後日談ですが、展示の後、世界のいろんなところがかれ連絡が来るようになったんです。
たとえば、アルゼンチンとかから連絡が来るんですよ。その人は、自分の息子が汗のかけない病気にかかっていて、だから外で走り回ることが出来ない、と。
日本のクレイジーなメディカル系リサーチャーが、汗をかかなくてすむデバイスを発明した、とニュースで見た、と。もし被験者が必要だったら、うちの息子をぜひ使って欲しい、という問い合わせでした。
僕らの方からは、丁寧にこれは展覧会向けのコンセプトで、医療の現場ですぐに使えるものではないと、説明しました。僕らはいつも夢と現実のちょうど重なるすれすれの場所に、プロジェクトをつくっていこうと思うのですが、それが見る人にも自然に伝わっていたのかもしれません。
山田 誰かがやりたいとて言ったら、そのまま論文を提供したら、開発できるるんですよね。
田川 そうですね、つくってもらえればいいんですよね、一応ロジックはあるので。
山田 すごいですね。田川さんが言っていた積み上げでありながら、プロブレムリフレーミング、問題再設定みたいなことですよね。頭の切り替えって、プロブレムリフレーミング、問題再設定みたいな話じゃないですか。
僕らは縫製工場を回っていると、みんな手書きなんですよね、それをウェブで繋いだときに、彼らの生産効率って一気に上がり始めるんですよね。
彼らに聞いていると、積み上げ式だと、積み上がらないんですよ。シャーペンの芯を細くしてもう少し書きやすくしましょうというのはあんまり意味がないじゃないですか。
でも、それをインターネットでつないだらどうなるんだろう。田川さんが書いていた書籍を読んだときに、似ているなって思ったんですよね。
このプロブレムリフレーミングのこと、やるときのコツとかはありますか。
「プロトタイピング」「ストーリーウィーヴィング」「プロブレムリフレーミング」
田川 そうだね。takramが持っている方法論はこの3つで、プロトタイピング、ストーリーウィーヴィング、プロブレムリフレーミングです。プロトタイピングは、皆さんもよくご存知だと思うんですが、作ることと考えることをいったりきたりするっていうことですね。
これは僕らが持っている振り子のメタファーなんですが、AかBかの二択ではなくて、両方やる、という話です。
デザインかエンジニアリングじゃなくて、どちらもやる。この手の話をするときに、ポイントが一つあって、デザインが白でエンジニアリングが黒だとするときに、よく間違えるのはこれらを安直に混ぜないこと。
混ぜちゃうとグレーになって中途半端になるんです。そうではなくて、僕らがやろうとしているのは、白は純白、黒は漆黒を目指すということ。で、その白と黒の間をいったりきたりするんです。
デザイナーとして考えているときは、超一流のデザイナーと議論しても負けないくらいの純白さを持つ。その次の瞬間に、エンジニアと技術の議論をしても負けない漆黒さをちゃんと持つっていう。2つをちゃんと持っておいて。振り子を振っていくと、指でやってみると、途中で指が両方にあるように見えるんでしょ。指は実際は1本なんだけど。
質問者(小林氏) 実際にはどういう事例になるのでしょうか?
田川 プロトタイプを作っている事例は全てそうです。作ってみて、それを観察して、さらに考える。どっちがいいではなくて、両方やる、ということですね。
もう一つの手法である、「ストーリーウィービング」というのは「昔むかしあるところに…」ということではなくて、具体的なことと抽象的なことを両方いっぺんにやるということです。これはベンチャーにとっては、すごく大事なことだと思っています。
普通はプランニングをガチっとやったあとに、プロダクトをつくるじゃないですか、プロダクトが仕上がった瞬間に、それがダメであることに気づくんですよね。だからプロジェクトの初期にプロトタイプを出来るだけ早く作って、それとビジネス感覚を右手と左手に持ちながら、議論する。それを繰り返していく、振り子を振っていく中で、ちぐはぐだった具体と抽象がピタッと合っていくみたいなことがあるんですね。なので、企画をつくって、実装をやるんではなくて、企画も実装も最初からやる、みたいなことですね。その方がいいんじゃないかな、と。
プロブレムリフレーミングは、問題設定と問題解決は表裏一体ということを認識するところから始まります。ソリューションでブレイクスルーが出てこないとき、実は問題の設定が間違っていたり、解像度が甘いパターンがよくあります。
上司から、これを解決すべき、とテーマが降ってくるじゃないですか。不思議なんだけど、問題を解くのにかけている時間の100分の1くらいしか、問題の設定に使われていないんですよ。で、課題が間違っているとか、課題の記述が粗すぎるとか、いろいろとあるわけです。
このような場合、ちょっと問題設定をずらすとソリューションがすごく楽に考えられるようになったりすることがあります。その問題再設定のことをプロブレムリフレーミングと呼んでいます。
例えば企業の命令系統の中でいうと、問題を設定する人は上にいて、解決を考える人は下にいて、課題として「このマーケットを攻略せよ」というようなことが設定されたとします。それが無理ゲーだったりすることもあるんですよ。
でも、問題設定をちょっとずらすとそれが可能になったりする。それがテーマを決めたんだから、とにかくやれっ!みたいに硬直化してしまうと、それは非効率だと思うんですよね。
だから、僕は問題を設定する人と解く人は一緒にやるっていうのがいいんじゃないかな、と思っています。
さっきの水筒の話も典型で、水筒って考えていたら、あのコンセプトは出ないですね。水筒じゃなくていいんじゃないか、とか、水筒って言っているお前が間違っている、とかいうところまで、自分たちの想像力を応用していいんだって風に思えるかどうかで。
ベンチャーの仕事ってほとんどそうだと思うんですよね。そこってやっていいんだって気づいた人たちは、問題の設定をずらしているんですよね。それに思いついた瞬間にソリューションも思いついているはずで。
Factelie(ファクトリエ)もそうだと思います。非効率なサプライチェーンの中で、そこを問題だと思いついた瞬間に、それを超えていくソリューションも多分考えついているはずなんだけど、つくってみたらうまくいかなかったこともあるでしょ。そしたら、問題設定を少し調整する。
問題の設定と解答を、相互にいったりきたりすることで、プロジェクトの質が高まっていくんです。
山田 仮説検証の連続ということですね。
田川 プロトタイプを作っている事例は全てそうです。作ってみて、それを観察して、さらに考える。どっちがいいではなくて、両方やる、ということですね。
もう一つの手法である、ストーリーウィービングというのは「昔むかしあるところに…」ということではなくて、具体的なことと抽象的なことを両方いっぺんにやるということです。これはベンチャーにとっては、すごく大事なことだと思っています。
普通はプランニングをガチっとやったあとに、プロダクトをつくるじゃないですか、プロダクトが仕上がった瞬間に、それがダメであることに気づくんですよね。
だからプロジェクトの初期にプロトタイプを出来るだけ早く作って、それとビジネス感覚を右手と左手に持ちながら、議論する。それを繰り返していく、振り子を振っていく中で、ちぐはぐだった具体と抽象がピタッと合っていくみたいなことがあるんですね。
なので、企画をつくって、実装をやるんではなくて、企画も実装も最初からやる、みたいなことですね。その方がいいんじゃないかな、と。
山田 なるほどな~
田川 そういう部分で、メタ視点をどれだけ持てるかが、ビジネスをピボットする瞬間の判断を決めると思います。
時代としてはここ数年はとても面白い時期に入っていて、ITが世界の隅々にまで浸透する仮定で、これまでの常識になかったようなビジネスやイノベーションが次々を我々は目にすることになると思います。
そのような時代にあって、僕がイノベーションを牽引するチームの特徴として大事だと思っているのは、「越境性」と「超越性」です。越境性とは、分野を軽々とまたいで仕事をしていくこと。自分自身の専門性がデザインだろうが、マーケティングだろうが、技術だろうが関係無い。必要なことはその場その場で学んでいく。そんなメンタリティの持ち主たちのことです。
一方、超越性とは、物事を超俯瞰視点で観察することのできる人たちのこと。自分自身の行いをスケールを変えて把握する感覚は、自らの振る舞いを随時変更しなければならない現代にはとても重要な感覚のように思います。
こういう人たちと一緒に新しい時代を作っていきたいですよね!
山田 視座を上げて視野を広げて見るとこと大切だということですね。
今回は貴重なお話をいただき、どうも有難うございました!
(完)
編集チーム:小林 雅/藤田 温乃
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