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ICC FUKUOKA 2021の特別プログラムとして、博多人形の工房「中村人形」の訪問を予定しています。なぜICCサミットに参加いただく皆様に、人形の工房を見ていただきたいのか、4代目となる中村 弘峰さんが挑む革新、受け継ぐ伝統とは何か、お話をうかがってきました。ぜひご覧ください!
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回200名以上が登壇し、総勢900名以上が参加する。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット FUKUOKA 2021は、2021年2月15日〜2月18日 福岡市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。
博多人形、と聞くと、みなさんはどんなものを想像しますか? 素焼きのしっとりした白肌に、なよやかな和装の女性の人形や、博多祇園山笠祭りの山車につけられた人形を想像する人もいるかもしれません。しかし「人形」といっても、幼いころに遊んだぬいぐるなどのほうが身近で、博多人形のように眺める人形は、少し縁遠く感じるのではないでしょうか。
ところが、ICCで九州といえばこの人、住吉酒販の庄島 健泰さんの強い推薦で、私たちは博多人形を作る中村人形の4代目、中村弘峰さんに会うことになりました。
この庄島さんが、いくら地元産業とはいえ、人形……?
CRAFTED カタパルトの文脈で、この1年はさまざまな人にお会いしていますが、人形師とICCは初めてです。強い推薦にはきっと理由があるに違いないと思い、福岡の町中にある、中村人形の工房を訪ねました。
「人形」と書かれたのれんをくぐると、壁には整然と、人形を作るための道具と思われるさまざまな道具が取り付けられており、目を奪われます。手作りの人形には、こんなに多くの道具が必要なのでしょう。
ふと視線を感じて見上げてみると……。
神棚にぎっしりと並んだ人形。
長押の上には、小さな人形がずらりと並んでいます。どうやら干支の人形のようです。
そんないろいろなものに見守られながら、4代目の中村 弘峰さんに、まずは人形の歴史からお話をうかがいました。
博多はずっと人形が変わり続ける土地
中村 弘峰さん「1900年のパリ万博の時に、日本全国から人形が出展されたので差別化が必要となり、『博多人形』という名前が付きました。それまでは博多でも『人形』としか呼んでいませんでした。
博多人形は、ガラスケースに入っていて舞妓さん、というステレオタイプができたのが、1975年に博多駅に新幹線が開通してからです。
人間は遠くに行くと、特に日本人は、人の形をしたものを買ってくるという習性があります。
高度成長期に博多駅ができたときに、日本人が簡単に九州に来られるようになりました。それで何を買って帰る?となったときに、人の形をしたものを買って帰る。それが舞妓さんの形をした人形で、『博多人形』が広がりました。
日本の人形は、さかのぼると一番最初が土偶です。それからてるてる坊主みたいなものもあって、お雛様のような古典人形が生まれたのは江戸中期以降、社会が安定してからです。
『講』(こう)ってありますよね。江戸時代の富士講(※)とか。村でお金を集めて代表者が、飢饉がないようにとか、平和を願って、名のある神社や富士山にお参りをするのです。それでお伊勢参りなどが流行ります。
そうすると神社の横に人形屋ができる。それで伏見稲荷の隣に伏見人形ができ、全国各地に土地の名前を冠した古典人形ができていきました。旅して買って帰ると自慢にもなるし、村の代表に選ばれたという証にもなる。それが人の形をしていて、道徳的な意味があるとよりよいとされました。
そういったもののなかに、江戸時代に流行って、今でも作られている伏見人形の「饅頭喰い人形」があります。
その中で、博多だけ系譜が違っています。歴史的にも饅頭やうどんなど、粉もの文化を入れてきた玄関であり、土人形の祖の地でもあります。
そんな土壌があって、平安後期や室町時代に、大陸から織物や粘土の塑像の技術が入ってきました。常に新しいものが入ってくる場所なので、人形のタイプも新しいもの好き。ずっと人形が変わり続ける土地なのです。
本来の博多人形の作り手たちは、腕がいいだけの、時勢を切り取る集団です。こだわりがないというか、何でも作ります。3ヵ月出張して、長崎くんちの龍船(じゃぶね)の龍を作ったりする。フィギュアの原型師みたいな集団です。
本来は何でも作る集団だから、うちは何でも作ります。他の人形屋さんの中には、同じ人形を作り続けて変化できず、技術が衰退してしまったところもあります。
僕たちは理念が違っていて、原点に立ち戻って何でも作ります。その時代を記述するようなものが本来の職能なんですよね」
人形とは「人の祈りを形にしたもの」
話を伺っている部屋には、さまざまな人形が並んでいます。ずんぐりむっくりした愛らしい五月人形の本体と思しきもの、コミカルな表情が見飽きない干支の人形、リアルな動きのある人形や、架空の動物まで。何でも作るといいますが、何を思って作っているのでしょうか。
中村さん「人形とはなんぞやと、人形屋としては考え続けないといけない。これは人にもよく聞かれます。
父の代から練り上げて、最近言葉に落とし込んだのは、『人の祈りを形にしたもの』を、短くして人形だと。だから人形師は、人の祈りを形にする仕事です。
五月人形やお雛様は、その最たるもので、おじいちゃんおばあちゃんに孫が生まれたときに、注文をいただきます。
どんなお金持ちでも、心の中に必ず不安があります。ランドセルや服を買ってあげたり、机、お祝い、防犯ブザー……いろいろなものを孫に買ってあげるけど、不安は消えません。自分たちの命が短くなってきたときに、自分たちが孫を大切に思ってきた証を残したい、と思うのです。
それで人形を頼んできたりして、箱の裏に送り主の名前を記したりするのですが、これはまさに祈りを形にしたものだと、仕事をしながら感じます。まさに日本人の根幹にあるもので、人形のコンセプトだなと思っています」
五月人形を「大谷 翔平」に再解釈した理由
そして中村さんは自身の子どもが生まれたときに、五月人形を制作します。京都の御所人形という江戸時代に完成した古いスタイルを用い、五月人形を再解釈することから生まれたといいます。
中村さん「大学では、周りが現代アートの友達ばかり(※中村さんは東京芸術大学 大学院美術研究科彫刻専攻)でした。僕だけが卒業後に伝統の世界に帰ってきたのですが、そういう人たちと対等に話したい、そういう世界でも活躍したいというジレンマがありました。
一番最初に現代アートの世界に、博多人形で殴り込むことができたきっかけが、桃太郎のキャッチャーの人形です。これは自分の息子の五月人形として作ったものです。
五月人形を再解釈して、人形は人の祈りを込めた形にするものというのを、ビジュアル的にもわからせたら、家業と現代アートの両立ができるなと思いました。
桃太郎とか秀吉の人形は注文で多かったのですが、自分の子どもに秀吉とか贈って、こんなふうになれよとか、歴史的にもいろいろあるし、ちょっとナンセンスかなと思ったんです。
でも、その人形に込められているのは、強くたくましくなってほしいという想い。礼儀正しくて、頭もよい。立身出世の気持が込められている。
それを現代で体現しているのを考えると……『大谷 翔平』じゃないか!と思いました。早寝早起き、よく食べて、たくましく。これは桃太郎じゃないですか。アスリートは現代の武者、ヒーロー像じゃないかと。
桃太郎が野球しているところがハイブリッドで、人間の顔、生身に関しては古典人形そのままです。
人間は今も見た目は変わっていないのですが、身につけているものや、していることは違う、でも本質は一緒という作品を作りました」
中村さんインスタグラム「hirominator2.0」より
第3回金沢・世界工芸トリエンナーレで優秀賞を受賞したこの「The Otogi League Allstars: Momotaro」は、絢爛豪華な野球のユニフォームを着た野球選手が、りりしい表情でしっかりと指を指す姿がユーモラスでありながら、のびのびと強く育ってほしいという想いが伝わる、見るだけで明るい気持ちになる人形です。
中村さん「これが、国際コンペで入賞したんです。表彰式で、アメリカ人のキュレーターが、彼はどこを指差しているのですか?と質問するので僕は『ファーストです』と答えました(笑)。
そうしたらそのキュレーターが『私には工芸の未来を指し示しているようにしか見えない』というので、それもらおう、と思いました(笑)。
それも祈りの形象化というか、抽象概念に形を与えたということに違いないと思うのです」
人形を通して考える、五体満足とは何か
ケースの中には車椅子に乗ったパラ卓球のナショナルチームもいました。これについてもお話を聞いてみましょう。
ディテールまで再現。選手紹介の写真とぜひ見比べてみてください
中村さん「みんなそれぞれモデルがいます。僕の友だちで、お兄さんが立石アルファ裕一選手という人がパラ卓球のナショナルチームのコーチ兼広報をしています。広報の一環で、アーティストとコラボして展示会をしてパラリンピックを盛り上げたい、という企画があって作りました。
この人形は、先程の桃太郎のように、抽象的な誰でもないスポーツ選手ではありません。
なぜならパラ選手の作品のコアのコンセプトは、代わりがいないことだからです。
その障害はその人にしかない。まったく同じ障害がある人はほとんどいない。抽象的な障害を抽出しても、欺瞞になる。義足がかっこいいからと、それを作っても、日本に義足の選手はほとんどいない。義足の選手は戦争で失くしている元軍人が多くて、リアリティが全然違うのです。
パラ卓球の人形化にしては、完全に一人一作品、完全にモデルにして作らないとだめだと思いました。
御所人形は、天皇家の御子、皇太子が生まれたときに作ります。災いが人形に行き、本人に行かないための、身代わりなのです。
白くてむちむちしていて、きりっとした顔をしてただ座っている。江戸時代の銘品はかなり技術的に難しいものです。
それが何を表しているかというと、五体満足の象徴としての人形なのです。“桃太郎の大谷 翔平”もその系譜に入ります。
僕がパラ卓球のナショナルチームの練習を見学に行ったときに衝撃を受けたのが、彼らの手足がどんな状態であっても、圧倒的にすごい身体能力を持っていることでした。
それを見て、五体満足って何だっけ?と、五体満足の定義は、手足がきちんとあることではないなと思いました。
そこで、五体満足の象徴である古典人形のボディを使って、五体不満足な人を作ることで、今の五体満足の概念を揺さぶることができるんじゃないかと考えました。
たぶん五体満足とは、心の持ちようだと思うのです」
本質を掘り下げ、それを再解釈して高い技術で形象化して、世の中に提示する姿勢はアーティストそのもの。お話をうかがったあとは、その人形が実際に作られている2階にある工房を見せていただきました。
人形の制作現場を見学
工房へ上がる階段沿いの書棚にびっしり収められている考証用資料。「古典の装束の人形を作るとき、後ろ姿とかググっても出てこないので、すべての時代の衣装の資料があります」
ICC一行が最初に案内されたのは、人形のパーツを作る最初の工程。小部屋に人形を作る職人さんがいて、粘土を手に取っている。
中村さん「博多人形はよく木と思われますが、土、粘土の素焼きです。石膏型で作り、複製をします。手だけ、頭だけなどいくつもパーツが分割されていて、それを組み合わせます。複雑な形が作れるので、博多人形は発展しています。
2枚でたいやきのように出てきて、それをつなぎ合わせて作ります。パーツを細かく分けて作る博多人形と違って、全国的には全身の半分が一度で出るのが多かったりします。
作り方は、石膏型に、粘土の跳ね返りを感じながら7mmの厚さに押し付けます。水で溶いたドベを接着剤にして、2つ合わせてくっつけて、時間がたつと、型は石膏でできているので水を吸います。一方、中の人形はきゅっと小さくなる。そこで叩くと隙間ができて、中が空洞の粘土の形ができます。
焼くと中が膨張するので、爆発しないように空気穴を開けて、電気釜で焼きます。粘土を無駄なく使うためと、重量を軽くするために人形の中は空洞です」
型があるものは注文から1週間程度で完成、型がないものは全体の姿を作ってから、型が取れるよう分割していきます。絵をモデルに木彫りして作るものもあるのだそう。
人形を焼く電気釜。通常の焼き物の1200℃よりやや低く、900℃で1回焼くと、絵の具が載る
動物、七福神、平安貴族にエヴァまで…素焼き状態で色が違うのは、土に含まれる鉄分の違い
次に彩色を行なう工房は、中村さんの父親であり、3代目の中村 信喬さんも含め3人で作業を行っていました。
中村さん「注文が入ると僕らが見本を作り、それを手元に置いて、作ってもらいます。
絵の具に関しては、なるべく天然素材に戻していきたいと思っています。干支の人形など大量に作るものはしょうがないですが、この工房で使うものは天然物。そのほうが、長持ちもするし落ち着きがあっていいのです。
天然の絵の具は、宝石、岩石、鉱物を原料に、その色の物体を砕いたものです。白色は基本で、風化した淡水の牡蠣の殻。胡粉(ごふん)といいます。要はカルシウムです。それをニカワ(ゼラチン)で温めながら溶いて使うので、作業する手元にコンロがあります。
1週間も続けると、絵の具は匂いや使った感じが悪くなるので、常に鮮度を感じながら使います」
驚いたのは、すべすべとした人形の肌の彩色です。素焼きですでに十分きれいに見えますが、こういった人形の肌を、何度塗っていると思いますか?
中村さん「白い肌に見せるのに、粒子を変えながら12回〜15回塗ります。ボウルの中でさまざまな大きさの粒子の溶いた絵の具がぐるぐる回っているとしたら、最初は上澄みを、次はさらに沈殿させた絵の具の上澄を筆ですくって塗る。そうやって段階的に細かい粒子の絵具を塗っていき、サンドペーパーをかけずに鏡面仕上げにします。
これはうちの技法ではなくて、日本の古典の技法です」
2021年の干支の丑。年間で作るものは変わり、11月は個展用の制作や、干支の人形作り
人形の顔はすべて、3代目の中村 信喬さん(写真奥)と4代目 弘峰さんが入れているそう。
博多人形を地元から知ってもらうための試みとして、絵付けのできる素焼きの人形を福岡市美術館のショップやオリジナルショップで販売中。水彩絵の具やマジックでも塗ることができ、気軽に博多人形の彩色を体験することができます。
地元の幼稚園や老人ホームにも提案しているそうで、最終的には学校の図工の時間に入ればいいなと中村さんは夢見ています。過去に世界石油連携機構という、中東の石油の幹部候補生たちが研修先の一つとして訪れ、博多人形の彩色体験をして、喜ばれたそうです。
こちらのレポートでもご紹介しましたが、太宰府天満宮にて期間限定公開の「登龍門」になぞらえた「飛竜天神ねぶた」をランタンアーティストの三上 真輝さんとコラボ制作するなど、地元と世界、伝統と革新を行き来しながら、中村さんは日々、人形作りを続けています。
ICC FUKUOKA 2021では、特別プログラムとして、この中村人形の工房を見学するツアーを予定しています。現場では精緻なものづくりや、博多人形の魅力を発見するツアーになると思います。ぜひお楽しみに!
中村 弘峰さん、見学を快く受け入れてくださった中村人形の皆様、ご紹介いただいた庄島さん、どうもありがとうございました! 以上、現場より浅郷がお送りしました。
(終)
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編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/戸田 秀成
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