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20代にどれだけチャレンジできたかで人生は大きく変わる

「20代にどれだけチャレンジできたかで人生は大きく変わる」

急成長を続ける企業を率いる若手経営者の集ったセッション。大学生活の有意義な過ごし方を含めた20代へのアドバイス、挑戦の大切さ、仕事への向き合い方について真剣なディスカッションが展開された。前編をご覧ください。

登壇者情報
 2016年2月17日開催
 ICCカンファレンス STARTUP 2016
 Session 1「 20代にどれだけチャレンジできるか?」

(スピーカー)
 宇佐美進典 株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役CEO
 小泉 文明 株式会社メルカリ取締役
 玉川 憲 株式会社ソラコム 代表取締役社長
 平尾 丈 株式会社じげん 代表取締役社長
 溝口 勇児 株式会社FiNC 代表取締役社長CEO  

(モデレーター)
 小林 雅 ICCパートナーズ株式会社 代表取締役

小林雅氏(以下、小林) 第一回目となるICC Industry Co-Creationカンファレンスを始めたいと思います。よろしくお願いいたします。本日、モデレーターを務めます主催者の小林です。それでは、早速始めたいと思います。今回は「20代にどれだけチャレンジできるか?」というテーマです。

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それでは、スピーカーの方には自己紹介では20代にやって良かったことと、失敗したことを一言ずつ話してもらおうと思います。それでは、じげん平尾さんからお願いします。平尾さんが一番若いのかな。溝口さんかな。左から順番にお願いしましょう。

じげん代表 平尾 氏の自己紹介

平尾丈氏(以下、平尾) 次元を超える事業家集団じげんの愛情、友情、平尾丈です。今日はよろしくお願いいたします。

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平尾 丈
株式会社じげん 代表取締役社長 

1982年生まれ。2005年、慶應義塾大学環境情報学部卒業。
大学在学中に2社を創業し、1社を経営したまま、2005年4月にリクルート入社。人事部門・インターネットマーケティング局・事業開発室などを経て、リクルートグループ最年少の23歳でじげんの前身となる企業の取締役となる。25歳で代表取締役社長に就任し、27歳でMBOを経て独立、2013年11月、30歳で東証マザーズ上場を果たす。「2013Entrepreneur Of The Year Japan」チャレンジングスピリット部門大賞、「2013 Red Herring Top 100 Global Winners」、「Deloitte Technology Fast500 Asia Pacific」など数々の賞を受賞。Great Place To Work「働きがいのある会社」ランキングでも4年連続ベストカンパニーに選出されている。

(会場から呼びかけ)

は〜い。

小林 仕込みがあるんですね(笑)。

平尾 今日は20代の挑戦というお話ですが、私は大学がひとつのターニングポイントでした。その後に就職もして、33歳になりまして、13年間ですね、今年14年目で起業家をやっております。
大学は慶応のSFCなのですが、大学時代に2回起業をしております。2回目の起業をした後に、リクルートという会社に入って、そこで社内起業をさせて頂いて、そこからもう一度独立をして、30歳のときに上場をしました。上場をしてからは2年と少し経ちました。

今日はおそらく学生時代の修行の話であったりとか、その後の社会人のときにどういうところに気をつけていたかであったりとか、再度起業をしたときにどんなことにつまずいたか、とか失敗経験も多いですけれども、螺旋構造のような進化をしながら、非連続に成長した瞬間がありましたので、どう成長していけばいいのか、とか、今日は実りのあるお時間にして頂ければと思っております。今日はよろしくお願いいたします。

小林 ありがとうございます。今回は登壇者の中で、過激派と真面目派に別れておりまして、真面目派ということで、東京大学出身のソラコム玉川さん、お願いします。

ソラコム代表 玉川 氏の自己紹介

玉川憲氏(以下、玉川) 皆さん、おはようございます。真面目派のソラコム玉川です。私はですね、ここに並んでいる起業家の方は皆さん天才型で、若い内から起業に取り組まれているんですが、僕は典型的な努力型で、ある意味大きい会社に入って、2、3年ごとに失敗を続け、その中でキャリアをちょっとずつちょっとずつ上げてきました。

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玉川 憲
 株式会社ソラコム 代表取締役社長

株式会社ソラコムを創業し、IoT プラットフォームのスタートアップに挑戦中。1976年大阪府生まれ。東京大学工学系大学院機械情報工学科修了。米国カーネギーメロン大学MBA(経営学修士)修了、同大学MSE(ソフトウェア工学修士)修了。AWSの可能性に魅せられ、2010年に日本市場の立ち上げにエバンジェリストとして参画。2012年より、アーキテクト、トレーニング、コンサル部隊を統括。CDPの発起人。普段の趣味は子育て、テニス、フットサル。 『Amazon Web Services クラウドデザインパターン 設計ガイド』『同 実装ガイド』『Amazon Web Servicesガイドブック』『アジャイル開発の本質とスケールアップ』他、著作翻訳多数。

 

今年40歳になったんですけど、40歳にして惑わずというか、惑いまくってスタートアップをやっているんですけれども、そういう形で、おっさんスタートアップ、40歳前にして起業する、という日本にしてはめずらしいキャリアを過ごしてきました。

20代のときにして良かったことは、海外留学したことですね。アメリカに留学しました。「純ドメ」(「純粋ドメスティック」の略)というか、日本に育ち、英語に慣れておらず、外国人に会ったことがなかったのですが、2年ぐらい歯をくいしばって英語を勉強して、留学したんですけれども、本当に良かったな、と思います。

ソラコムという会社は、ソフトウェアエンジニアを主体とした会社で、1日10円〜使えるモノ向けのモバイル通信サービスをやっている会社なんですが、いまグローバル市場にいこうと思っています。これは海外留学していなくて英語をやっていなかったら、挑戦できなかったと思うので、若い時に海外留学して良かったな、と思います。

失敗したことというと、私のキャリアは失敗の連続で、最初の10年間は、2年ごと3年ごとに与えられた職責を全うしようと頑張っていたんですけれども、ことごとくチームが解散したり、事業がうまくいかなくて、失敗ばっかりでした。そのときは悔しかったですが、長期的にみると、結果的に、今につながっているのかな、と思いますので、全然後悔はしていないです。天才型の方ばかりではないと思います。努力型の方もいらっしゃると思いますので、その方にとって有益なアドバイスが出来ればいいな、と思います。

小林 ありがとうございます。それでは、最近大物感の漂ってきた努力型の溝口さん、お願いします。

FiNC代表 溝口氏の自己紹介

溝口勇児氏(以下、溝口) 初めまして、株式会社FiNCの溝口と申します。ちなみにFiNCという会社を知っているという方はいますか?

(会場挙手)

本当ですか、ありがとうございます。(小林)雅さんと2年前に、東京理科大学の生徒が4,50人くらい集まる場所で、クラウドワークスの吉田浩一郎さんやfreeeの佐々木大輔さんといった会社の社長と登壇したときに、「FiNC知っていますか?」と小林 雅さんが聞いたら、会場でひとりも手が挙がらなくて。あれ大変でしたよね(笑)。

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溝口 勇児
 株式会社FiNC 代表取締役社長CEO

1984年生まれ。高校在学中からトレーナーとして活動。今日までプロ野球選手やプロバスケットボール選手、芸能人等、延べ数百人を超えるトップアスリート及び著名人のカラダ作りに携わる。トレーナーとしてのみならず、フィットネス、ヘルスケア業界最年少コンサルタントとして、数多の新規事業の立ち上げや数々の業績不振企業の再建を担い、業界内において「日本一の再生ノウハウ」と称される実績を残す。2012年4月にFiNCを創業。一般社団法人アンチエイジング学会理事他、日経ビジネス「若手社長が選ぶベスト社長」に選出、ビジネスチャンス「2015年注目の100人」に選出

インターンシップのイベントだったんですけど、雅さんが、「freeeに行きたい人?」「クラウドワークスに行きたい人?」と聞いたら、みんな手を挙げるんですけど、「FiNCに行きたい人?」と聞いたら1人も手を挙げなかったんですよね(笑)。

小林 ちなみに、FiNCにインターン行きたい人どのくらいいますか?

(会場挙手)

溝口 もうちょい空気読もうよ(笑)。

小林 終わったあと、ビフォーアフターで聞きましょう(笑)。

溝口 FiNCは、モバイルヘルスケアに特化したテクノロジーベンチャーを標榜している会社で、社内には常勤で医者や薬剤師、栄養士、トレーナー、遺伝子や微生物の研究をしていた人といったヘルスケアがバックグランドの人材と、エンジニアやデータサイエンティストで構成された非常にユニークな集団です。

僕の会社は代表取締役3人でやっているんですが、2人副社長がいまして、1人が66歳で、もともと みずほ銀行 で常務をやっていたり、協和発酵フーズや協和発酵キリンなどの名だたる会社のトップマネジメントをやっていたりした「乗松文夫」で、左脇にいます。右脇には、ゴールドマン・サックスでマネージングディレクターの更に上の公共セクターや資本市場セクターのトップだった「小泉泰郎」という52歳の人間がいます。私の母が50歳なので、親父とおじいちゃんと一緒に会社を経営しているようなユニークな会社です。

僕は、20代にやって良かったな、と思うことは、ここにいる方は勉強ができる方ばかりだと思うのですが、僕は大学に行っていないんですよね。高校生のときから働いていて、もっといえば小学生のときは新聞配達、中学生のときは友だちのお父さんの運送業の手伝いをやっていて、家庭が極めて変な環境だったので、むちゃくちゃ働いていました。20代も無心で働き続けて、結果としてそれが良かったな、と思っています。

多分、ここにいる人たち(登壇者)はみんなそうだと思うんですけど、人生食いっぱぐれないというかお金に困ることはもうないな、と思っています。はっきり言えば、嫌な言い方をすれば(笑)、20代の蓄積で、残りの人生を、仮に惰性で生きたとしても、普通に過ごせるな、と。今の時点でお金を持っているということではなくて、この登壇者であれば、コンサルティングとか顧問とか社外取締役とか、色々とやれると思うんですけど、そういう意味で20代を一生懸命頑張れば、残りの人生を惰性で生きる、という選択もある種持てるというか。20代の積み重ねが人生そのものを決めると思うので、そういう意味では、一生懸命働き続けたのが結果として良かったな、と思います。今日はよろしくお願いいたします。

VOYAGE GROUP代表 宇佐美氏の自己紹介

小林 それでは、VOYGAGE GROUPの宇佐美さんお願いします。お子さん が東京大学を卒業したばかりなんですよね。

宇佐美進典氏(以下、宇佐美) まだ卒業してないです(笑)。今は休学して起業しているのですが、このまま退学するんじゃないか、と危惧しているんですけど。VOYAGE GROUPの宇佐美と申します。よろしくお願いいたします。

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宇佐美 進典
株式会社VOYAGE GROUP 代表取締役社長 兼 CEO
 
1972年生まれ。早稲田大学卒業後、トーマツコンサルティング(現Deloitte Tohmatsu Consulting Co.,Ltd.)にて、業務改善プロジェクト等に携わる。その後数社を経て1999年10月にアクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)を創業。2001年にサイバーエージェントの連結子会社となり、2005年から2010年の5年間サイバーエージェント取締役も兼務。2012年にサイバーエージェントから独立し、2014年7月マザーズ上場し、2015年9月東証一部上場。現在、ネット分野に特化した事業開発会社としてポイントを活用した「ECナビ」「PeX」等のメディア事業と、国内最大級のSSP「Fluct」等のアドテクノロジー事業、新卒採用支援事業「サポーターズ」等を展開。インプレスジャパンにて『新・データベースメディア戦略』(共著)、『SNSビジネス・ガイド』 (共著)。

僕はですね、子どもの話が出ましたけど、大学1年生の19歳のときに学生結婚をして、20歳のときには、23年前の今日が息子の誕生日なんですけど、子どもが生まれました。

小林 おめでとうございます。

(会場拍手)

宇佐美 20代の前半は、いわゆる普通に大学生になって、社会人になって、という人に比べると少し違う時間を過ごしたかな、と思います。

今は、VOYAGE GROUPという会社を経営しています。VOYAGE GROUP では、事業を開発していくことを事業内容としていて、今ではネットの中で、メディアのビジネスと、アドテクノロジーといって広告配信のプラットフォームを提供することを行っています。どんどん自分たちで事業を創っていくという中で、事業領域を広げて、今では2つの事業以外にも、サポーターズという新卒採用を支援する事業であったりとか、ベンチャーキャピタルの事業であったりとか、色々な事業を自分たちで創り出していこう、ということで、0から1を創って、1を10にして、10を100にして、ということを会社として行っています。

個人としてのキャリアでお話すると、19歳で結婚して、一応大学はちゃんと卒業して、最初に新卒でコンサルティング会社に入社をして2年間働いて、1年間のベンチャーに転職をして、その会社が潰れそうになってやばい、というところで、しょうがなく1回目の起業をしました。
1回目の起業は実はうまくいかなくて、99年の頃ですね。会社を立ち上げてうまくいかなくて、もう1回どうしようかな、というときに友人と会って、もう1回会社を創ろうというので、出来たのが今のVOYAGE GROUP です。

そういう意味では、今出来ているキャリアから見ると順調にいっているように見えますけど、決して順調に来た人生ではなくて、おそらく人から見ると「お前、失敗しちゃったな~」と言われている中で、それをどう乗り越えて前に進んでいこうか、ということを繰り返してきたら、結果として今の状況になってきたかな、と思います。

僕自身、振り返ってみて20代の内にやって良かった、と思うことのひとつは、学生結婚なんですよ。

小林 参加者の中で学生結婚している人いますか?

(会場挙手なし)

小林 さすがにいないですね。

宇佐美 簡単ですよ(笑)。紙にサインするだけで学生結婚はできるので(笑)。ぜひですね、一度やってみるといいかな、と(笑)。学生結婚は何が良かったかというと、皆さんも例えばテレビのドラマを見たり、映画を見たりするじゃないですか。例えば、映画で「ミッション・インポッシブル」を見ると超面白いですよね。

不可能なことに挑戦をして、それを成し遂げる。人って他の人がチャレンジしているのを見るのは、すごく楽しいし面白いのに、いざ自分の人生の中で自分が主人公なのに、チャレンジをしているか、というと意外にあまり大きいことにチャレンジしていなかったり、出来ることにしかチャレンジしていなかったりということが、結構多いな~と思っていて。

そういう意味では、僕が19歳のときに学生結婚するっていうのに、みんなが反対したんですよね。「絶対うまくいかないよ」「やめたほうがいい」と。でも、それでも一歩踏み出してやってみたら、なんとかなったという。

小林 すごく説得力ありますね(笑)。お子さんも東京大学の通っていますしね。。

宇佐美 僕が思うのは、成功体験というのは、やったことがないことにチャレンジして、「なんとかなった」という経験ですね。先ほど溝口さんがお話したように、今の日本は結構ぬるい世の中で、実は最低限の生活ラインは、それなりになんとかなる世の中で、それより下に下がることはそうそうないんですよね。そうすると、下限のリスクが限定されているのであれば、アップサイドにチャレンジしていくというのをもっとやっていった方がいいんじゃないかなと思っています。

僕としては、人生において「ミッション・ポッシブル」をやるのではなくて、「ミッション・インポッシブル」をいかにやっていくのか、をやってきていて、ぜひみなさんもそういう感じでやってもらえればいいんじゃないかな、と思います。

小林 ありがとうございます。

メルカリ取締役 小泉 氏による自己紹介

小泉文明氏(以下、小泉)  皆さん、おはようございます。朝早くからどうもありがとうございます。僕、学生だったら9時に絶対起きていないです(笑)。私は、大学卒業してから、いわゆる大企業の大和証券SMBCという企業に入りまして、その中で投資銀行本部という、硬めの職業から始めています。

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小泉 文明
株式会社メルカリ 取締役
 
早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBCにてミクシィやDeNAなどのネット企業のIPOを担当。2007年よりミクシィにジョインし、取締役執行役員CFOとしてコーポレート部門全体を統轄する。2012年に退任後はいくつかのスタートアップを支援し、2013年12月株式会社メルカリに参画。2014年3月取締役就任。

僕自身はですね、就職活動をするときに何を思ったかというと、自らの手で事業をやりたいな、と思ったんですね。ただですね、あまりに学生時代に勉強をしていなかったんですよ、ほとんど大学に行っていなかったので。僕は早稲田大学の中で、かなり大きいテニスサークルの代表をやっていたので、ずっと飲んでいるか、テニスをしているかで、ペンとマウスを触っていないんですよ。なので、事業をやりたかったんですけど、勉強をしていなかったので、ちょっとお金の勉強をしようと思って、投資銀行の業務に入りました。

その中で、自分の担当した会社が、非常に運が良くて、一発目で担当した会社が、サイバーエージェントグループのネットプライスなんですよ。そこからスタートしまして、2年目にDeNAを担当させて頂いて、3年目にミクシィをやって、それ以外にもいくつかの今を代表するネット企業のIPOのコンサルティングをずっとやっていました。上場するまでは、企業価値があれば、コンサルティングとしては何をしてもいいんですね。なので、組織の話から、営業の話から、経営会議に一緒に出て議論をして。

そういう中で26歳のときに、ミクシィが時価総額1千億円以上でIPOをした過程で、(ミクシィ創業者の)笠原さんから、「一緒にやろう」という話をもらったんですね。その頃、会社で郵政民営化のプロジェクト・チームに平社員で唯一選ばれ、出世コースにのってしまいました。「君は10年かけて10兆円プロジェクトをやるんだ」と言われて、その瞬間に血の気が引いて「俺の人生を何でお前に決められるんだ」と思いました。未来を敷かれるんじゃなくて、未来を敷きにいく仕事をしたいな、と思って、「多少後悔するかもしれないけれど、あのときにあの選択をしてよかったな」と思える人生を送りたい、と思って、笠原さんに、「一緒にやりましょう」と伝えて、入りました。

27歳のときにですね、役員をやらせてもらいました。社会人経験4年くらいなんですが、当時ミクシィは上場企業で時価総額3千億円くらいあったんですよね。なんのこっちゃわかっていないという感じだったんですけれども、必死にもがきながら、(ソーシャル・ネットワーキング・サービスの)「mixi」というサービスを大きくしていきました。20代ではないんですけれども、32歳にもう1回チャレンジしたいと思っていたのですが、どうしても上場企業の役員は無責任に辞めることはできないので、役員になって3年くらいの30歳の頃に、笠原さんにもう辞めたいという話をしました。30歳を一回の区切りにして、もう1回人生をリセットしたいということで、1年前から、「辞めたい」という話をして、きっちりと後任を決めてプロセスを踏んで、32歳で辞めて、その後1年半くらいいわゆるニートみたいな生活をしていました。

そのニートの頃に、社外取締役やエンジェル(個人の少額ベンチャー投資)で入った会社が、去年上場したフリークアウトであったりとか、いま成功しているベンチャーになっているラクスル、先週上場承認したアカツキであるとか、あとは非常に若い会社だとトリッピースであったりとか、そういう若い経営者と一緒に事業を創り始めて、2013年の12月に、今のメルカリですね、山田(進太郎)が創業して少し経ったときに、もう一回ジョインをして新しく創っている、と。

僕自身は、mixiもメルカリも、広く多くの大衆層に伝えるサービスかな、と思っていまして。基本的にみんなに使ってもらえるサービスを創るのが好きでして、1人では当然作れないので、人間1人だと限界があると思っていまして。起業のイベントによく呼ばれるんですけど、僕自身は社長ではなくて、起業家と一緒に二人三脚で、ともすると起業家以上に出しゃばり、起業家のけつをたたき、一緒に事業を創ってきているという自負があります。トップに立つキャラの方もこの中にいると思うんですけど、僕は典型的なナンバー2のどちらかというと裏で糸を引いたり戦略を書いたりするタイプなんですけれども、そういうタイプの方々にキャリアのアドバイスが出来ればいいのかな、という風に思っています。

(続)

編集チーム:小林 雅/小林 泰/城山 ゆかり/藤田 功博

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