「直感に従うことは自分を信じること」ジャパンハート吉岡医師の生き方【K16-1D #2】 – INDUSTRY CO-CREATION(ICC)

「直感に従うことは自分を信じること」ジャパンハート吉岡医師の生き方【K16-1D #2】

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「何のために生きるのか?使命感とは何か?」【K16-1D】セッションの書き起し記事をいよいよ公開!7回シリーズ(その2)は、ジャパンハート吉岡さんに、医師になった理由についてお話し頂きました。「自分の個性にあったことしか続かない」というメッセージが印象的です。是非御覧ください。

ICCカンファレンスは新産業のトップリーダー160名以上が登壇する日本最大級のイノベーション・カンファレンスです。次回 ICCカンファレンス KYOTO 2017は2017年9月5〜7日 京都市での開催を予定しております


登壇者情報
2016年9月6日・7日開催
ICCカンファレンス KYOTO 2016「ICC SUMMIT」
Session 1D
「何のために生きるのか?使命感とは何か?」

(スピーカー)
吉岡 秀人
特定非営利活動法人ジャパンハート
代表

山田 敏夫
ライフスタイルアクセント株式会社(ファクトリエ)
代表取締役

吉川 雄介
特定非営利活動法人e-Education
海外事業統括

(モデレーター)
南 章行
株式会社ココナラ
代表取締役

▶ 「何のために生きるのか?使命感とは何か?」の配信済み記事一覧

【前の記事】

【本編】

ジャパンハート吉岡さんが医者になった理由

吉岡 僕がもともと医者になった動機がありまして、僕は1965年生まれで51才になったんですが、大阪の吹田出身で、大阪の吹田は昔国鉄(JR)の改札を抜けると暗くて湿った地下道だったんです。

子どもの時に、昭和39年に東京オリンピックが終わり、大阪万博が吹田でありまして、大阪万博でものすごく盛り上がっているその時に、JRの駅を降りて改札を出たら、物乞いですよ、昔は「乞食」といいましたが物乞いの人がぶわっと座ってるんです。

みんな同じ恰好なんです。

どんな恰好だったかというと、日本軍の軍服です。

旧日本軍の軍服を着た人達がみんな缶々を置いて座ってるんですが、みんな手足が無いんです。傷痍軍人です。

戦争が終わって20年以上経ってるのに、日本はまだ大阪の町に近い所でそんな状態だったんですね。

僕が生まれた1965年という年は、中国で文化大革命が始まった年で、その後数千万人が餓死したと言われています。

その頃アメリカはベトナム戦争で爆弾を降らしまくってましたし、それから数年後ポルポトがカンボジアで国民の何分の1かを虐殺しています。

隣の韓国は1980年代まで軍事政権で、言論報道の自由がありませんでした。

僕は10代の初めの頃でしたが感じたんです。

わずか飛行機で1時間、同じ国でも時間でいうと、たったの20年、このわずかな時空のズレが僕を幸せにしている、僕の幸せを規定しているものだということに気付いたんです。

わずかの時空のズレによって自分の幸せがあって、僕からしたら、これはたまたま、偶然なんです。

ところが20年前の日本のように、今の時代でも本当に不遇な人たちがいて、この人達の為になんかちょっとぐらいしないと申し訳ないんじゃないか、と思い始めたんです。

10代の終わりに自分の人生の方向を決める時、医者になろうと思ったんです。

当時はインターネットとかありませんから、何をしたらそういう人の為になるかなんてちんぷんかんぷんで分からなかったんです。

ですから、勉強も全然してなかったんですが、医者になろうとある日忽然と思って医者を目指し始めました。

医療を受けられない人のための医者になる

吉岡 医者になろうと思った時に、1つだけ誓ったことがありまして、それは何かというと、どうせ医者になるんだったら絶対に医療を受けられない人のためになろうと思ったんです。

それは日本のように皆 保険があって少しぐらいどんなに貧しくてもサービスが受けられるという国ではなくて、絶対に受けられない国、人たちが世の中に存在していて、医療を受けられない人たちが山のようにいますから、そういう人のために医者になろうと思いました。

今から先程動画に出ていた人たちをお見せします。

さっき出てましたね、こういう子ども達です。

この火傷の子どもたちがまだたくさんいます。

これは口唇口蓋裂です、これは13才の女の子です。

これも女の子ですね、このまま生きてますからね、このまま生きてるんですよ。

このまま一生終わっていくんです。

腫瘍が破裂した子どもで、これは死にかけの頃ですが、この子は日本に連れてきて手術することに成功し、今は元気にしています。

これは悪性腫瘍が口から出ていて、産まれてまだ20数日です。

ミルクが飲めないってやって来たんです。

これも顔にできた悪性腫瘍です。

この子は前にも出しましたが、13才で向こうで化け物と言われて生きてきました。

こういう子ども達の為に僕は医者になろうと思ったんです。

そして僕は向こう(ミャンマー)に行き、今でも手術を続けています。

少しお話しましたように、結果人生なんて、後になってみないとどうしてそう決断したか分からないじゃないですか。

自分の個性にあったことしか続かない

吉岡 でも自分の才能に触れないようなこと、或いは自分の個性に触れないようなことなら絶対に自分の人生に残りません。

子どもにたくさんの習い事をさせても続くのは1つか2つで、続くものというのは恐らく子ども達の個性に合ったもので、それ以外は続かないんです。

ですから多くの人たちが、医者は素晴らしい、起業家が素晴らしい、政治家が素晴らしいと言ってなったとしても、個性に合ってなければ続きません。

やがて辞めることになるんです。

それは全て無駄ではないですが、やがて通過していくことになります。

今から見ると、何故あの時こう決断したかというと、それは自分の個性に合っているからというのは自分の中では分かるわけです。

僕は小さい頃から身体が弱かったので、恐らくそれが原因になって自分の存在価値に気づき、そしてそれを解消するために医療の道を忽然と選んだのは偶然じゃないんですね。

忽然と選ぶ決断というのは直感に従った決断ですが、それは実は僕の人生をかけて、生まれた時から、恐らく物心ない頃からの全ての経験が蓄積されたものが脳の中にしまい込まれていて、それが一瞬にして発露したものだと僕は認識しています。

僕の人生をかけた最高の決断を今出したと思っているんです。

だから僕は直感の声には従って今まで生きてきました。

理性の声には従っていないのです。

理性の声は、医者を目指す時にもやめろといいましたし、こういうところに行く時だって、こういう子ども達をこういう所で手術するのはやめろと、絶対できないと。

そしてたった1人で始め、理性の声はやめろと常にブレーキをかけてましたが、直感の声が進めと言ってきたんです。

その声に従ってひたすら生きてきた、というのが今の状態です。

それは後になってみないと分かりません。

後になってみないと僕の個性に合っていたか合っていないか分からなくて、でも今ミャンマーだけで年間2,000件ぐらいの手術をしていますし、カンボジアやラオス等、色んなところでやっています。

それは恐らくその直感に従った結果として与えられたものだと思います。

ただこの直感に従った決断というのは今の僕が出せる最高の決断ではありますが、その時点で正しい結果をもたらすとは限らないんです。

直感に従うことは今の自分を信じること

吉岡 でもこれを拒否したら恐らく僕は将来上手くいかなくなる、何故かと言うとそれは今の自分を信じないということを決断したということになるからです。

今失敗しても今の自分を信じ続ける、その延長線上で自分のことを信頼して未来にまた大きなチャレンジが出来るということです。

自分の決断を信じ続けてきた結果、今僕の現状があるということだと思います。

 ありがとうございます。

(続)

編集チーム:小林 雅/榎戸 貴史/戸田 秀成/城山 ゆかり

続きは 「自分のために生きている」ミャンマーで多くの命を救う吉岡医師のモチベーション をご覧ください。

【編集部コメント】

続編(その3)では、各登壇者とともに、ジャパンハート吉岡さんが、人生と生きるモチベーションの源泉について語りました。是非ご期待ください。他にも多く記事がございますので、TOPページからぜひご覧ください。

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