数度のピボットを乗り越えたマイネットの「合衆国」型組織マネジメント – INDUSTRY CO-CREATION

数度のピボットを乗り越えたマイネットの「合衆国」型組織マネジメント

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ビジネス・ブレイクスルー大学大学院の「アントレプレナーコース」が2016年4月に開講しました。ICCパートナーズ小林雅が担当した「スタートアップ企業のビジネスプラン研究」全12回の映像講義について、許諾を頂きまして書き起し及び編集を行った内容を掲載致します。今回の講義は、株式会社マイネット 代表取締役社長 上原 仁 氏にゲストスピーカーとしてお話し頂きました。60分の講義を2回に分けてお届けします。

(その2)は、事業転換(ピボット)に対する考え方と、それに伴う組織マネジメント、そして現在スマホゲームのリビルド事業を行う上で構築された「合衆国」型の組織体制について語って頂きました。ぜひご覧ください。

登壇者情報
2016年1月29日収録
ブレイクスルー大学大学院「アントレプレナーコース」
スタートアップ企業のビジネスプラン研究
「マイネット」
(講師)
小林 雅
ICCパートナーズ株式会社 代表取締役
ビジネス・ブレークスルー大学大学院 教授 
(ゲストスピーカー)
上原 仁
株式会社マイネット 代表取締役社長
(アシスタント)
小泉 陽以

前編はこちらをご覧ください:スマホゲームセカンダリ市場No.1企業マイネット上原 氏の「起業理念」


マイネットの事業のピボットの歴史

次いきましょう。

小泉氏 続きまして、事業の変遷にいきましょう。

小林氏 軸がぶれないと先程解説しましたが、そもそも何をやってたんですかというと、事業はぶれまくっていて、固まってきた今に至るまでに結構転換をしてきていますね。

上原氏 ずっと変わらないのは、オンラインサービスっていうところに根ざしているということと、人と人とを結びつけるということにこだわり続けているというところ、これは変わらないです。

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ただ、プラットフォームの変遷ですね、PCインターネットの時代、ガラケーの時代、そしてスマートフォンの時代、3つの時代をめぐる中で、プラットフォームの転換ごとに事業を転換するということを選んできました。

小林氏 同じ事業をやっていないというのが面白いですね。

小泉氏 一番最初はニュースだったんですよね。

小林氏 元々ブロガーで、その当時WEB2.0と言ってる時代があって、ソーシャル◯◯というのがキーワードだったんですよね。

昔ソーシャルニュースとかソーシャルブックマーク、というのが多かったんです。

その中でニュースはまだやっていなかったので、ブログをやっていて結構信用性が高いということでやられたんだと思います。

上原氏 その後にソーシャルゲーム市場を作っていった、SNSのオープン化がまだ行われていない時代だったのですが、当時からmixiの笠原さんと仲良くしているなかで、「必ずソーシャルグラフのオープン化という時代がきます。そうなった時に上位レイヤーのアプリケーションが必ず必要になってくるので、私は先にソーシャルニュースを立ち上げるので、頼むから早くソーシャルグラフをオープンにしてください」という話をしていたのですが、待ちきれませんでした。

実際、2009年にソーシャルグラフのオープン化をなさいましたが、私がソーシャルニュースに注力したのは2008年の途中までぐらい、丁度リーマン・ショックの前ぐらいでした。

小林氏 「はてなブックマーク」とどっちが早かったんですか?

上原氏 早かったのは「はてな」さんです。

ただ当時は、その名の通りソーシャルブックマークサービスとしてお使いになっている方々が多くて、それを束ねた面である「はてブトップ」に該当するところでさほど彼らもフィーチャしていない時期だったんです。

我々の「newsing」は反対に、最初からこれはニュースサイトです、

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皆さんの知恵と投票が集まったニュースランキングですよ、という打ち出し方をしていました。

国内初のソーシャルニュースサイトのスタートということでした。

ユーザーさんが作るニュースサイトというコンセプトでしたが、ソーシャルのムーブメントに乗って最大200万ユニークユーザーぐらいいました。

小林氏 当時の200万UUというのは多いですよね、今はキュレーションメディアを作るとすぐに達成しそうな数字ですが。

上原氏 多かったですね。

特にPC中心でこの数字は、まずまず良いと言われる値でした。

その後、特にリーマン・ショックがくる手前のサブプライムショックが2007年の夏・秋頃にきて、その頃からだんだん大手企業さんの広告出稿ニーズや研究開発の方向にかける予算がだんだん縮減していく時期に入っていきました。

当時newsingの事業をしながら、当社は大手企業の研究開発費を頂戴するような受託開発を中心にやっていたのですが、このままの事業構造でやっていると多分クラッシュくるぞ、ということを2007年夏ぐらいに感じ取って、より足場の固い事業に注力するべきではないか、ということを考えました。

それが次の「Katy」という事業ですが、丁度newsingと重ねて後を追うようにスタートしていたんですが、このKatyの方が飲食店に送客をする、即ちそこには売上が生まれるわけです。

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明確に顧客に対して収入が立つような事業に注力するべきであろうと考え、同時に世の中のプラットフォームがガラケー中心に動いている時期でもあったので、よりKatyの方に注力しようと決めました。

小泉氏 newsingからKatyに転換する決断をお一人でされたわけでは無いと思いますが、どういう形で判断されていったんですか。

上原氏 この決断は1人でしました。

特に事業の転換に関しては誰かと一緒に考えるのではなくて、ほぼ自分自身が決めきるところまで考え尽くすことです。

企業で言うと代表者ですよね、代表者というのがベンチャー企業の小さいうち、100人ぐらいまでのうちは、代表者がいつ潰れるか分からない会社のケツ持ちなわけです。

ケツ持ちできるのは代表者しかいなくて、その代表がこの会社が伸びるか潰れるかが分かれるような判断をやるのは当然で、逆にいうと代表しか本当の決断はできないと思っています。

企業の趨勢を分けるような事業転換の意思決定というのは自分、代表がやるという考えでやってきています。

小泉氏 それに従業員の方々はちゃんとついてこられたんですか。

上原氏 はい、決めてからのコミュニケーションはすごく大事にします。

決めた上でいかにそれが合理的でみんなの未来にとってポジティブなことなのか、というのを順に伝えます。

「決めたから」というような伝え方はしません。

自分がまず決める、これからは必ずマーケットのクラッシュは来る、それに合わせて固いビジネスをやる、ガラケーのプラットフォームの時代になるからそちら寄りの事業にする、決める。

決めたところで順に、「今ガラケー流行ってるよな」、「最近株価やばいと思わない?」と、こんな感じで、従業員から「確かに」や「なるほど」を引き出していき、要は自分自身が踏んだ思考のプロセスと同じようなものを最短で順に周りの幹部やメンバーに辿っていってもらいます。

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ICCカンファレンス KYOTO 2016に登壇するマイネット上原 氏

小林氏 不確実で「俺も迷ってるんだよ、どうしよう」という相談をするとどうなるかというと、この社長頼りないと大体が思うんです。

あと、どこにいくかはものすごく選択肢が広いですよね。

極論を言うとモバイルでゲームを作ってもいいし、占いコンテンツを作ってもいいし、あらゆる選択肢があるわけです。

そこに絞り切るというのは、よほど考えて責任持った人がやらないと難しいということですね。

「占い好きなので占いやります」みたいな若者がいたら、議論しても「占いか?」とかそんな話しにしかならないですよね。

なので決めきってやるということと、決めたら説得しやすくなると思います。

上原氏 おっしゃるとおりです。

小林氏 マクドナルド理論ではないですが、「今日ランチ何食べる?」「何でもいい」という会話ではなくて、「マクドナルドに行く?」「マクドナルドは食べたくないよね」といった話になった時に、「じゃあ和食にしよう」「僕は和食が好きだから、最近この店ができたからいこうよ」という話しになって決まるわけです。

考え方を具体化するということと、YES/NOではないですが、それぐらいのレベルにしないと人間は本当の意味での判断はできないとは思います。

当然売却する時も自分で決断されたんですか。

上原氏 これは完全にそうでした。

Katy事業の事業譲渡は結果的に2013年にヤフージャパンさんに行いました。

ヤフージャパンの受け側になってくださる方、これも本当に小林さん達のおかげで接点を持てた人たちでした。

小林氏 津幡さんでしたっけ?

上原氏 津幡さんだったり宮澤 弦さんだったりします。

その方々との対話というのは事前にしっかりとやっていた上で、おおよそこれはこの方向でいけるな、というふうになったところで自分の中での決断をしました。

その上でおおよその金額を設定できたところでメンバーたちに、いかにそれが全員にとって、あなた達にも我々にもユーザーさんにもハッピーなことなのかを伝えていく、ということをしました。

小林氏 ちなみにソーシャルニュースサイトは2015年3月までやっていましたよね。

あれはなぜ譲渡しなかったんですか?

上原氏 あれに関しては、直球で言うと譲渡を考えたんですが、さほどの値もつかなかったですし、やはり創業サービスということで、そこは縁が切れなかったというのが若干あります。

newsingに最初に入ってくださったユーザーさん、ユーザーコミュニティを作って下さった方々は、起業前の私と個人的なお付き合いがあるような方々が沢山集まってくださった場であったこともあって、newsingはなかなか売るという決断にはいきませんでした。

これは今思えばどちらがよかったのかはまだ分からないです。

小泉氏 また話が戻ってしまいますが、Katyの時は事業を売却する時にその事業についていた人はどういう形だったんですか。

上原氏 Katyの事業は実際35人ぐらいで運営して35,000店舗が利用しているサービスとなり、利益が出る状態になったんですが、事業として頭打ちが見えてきた時期があり、この時点で譲渡のことを考え始めました。

それ故に利益出しを考えて、まず35人だったものを15人ぐらいで運営できるところまでスマートにしていきました、今のリビルド事業に近いことですね。

タスクをぎゅっと圧縮して、事業を15人でできる状態にしました。

15人でやってると、かなり利益がでる状態になっていました。

元々の20人については次に新規事業として準備していたゲームの事業や他の事業にあたってもらいました。

この15人が結果的に売却時にKaty事業に関わっていましたが、15人のうちどうしても飲食系のことをやってたスタッフ3人はヤフーさんに行ってもらいました。

残る12人はマイネットに新卒で入っていたり、マイネットが好きでいてくれてるスタッフ達だったので、この12人はマイネット側に残しました。

これは、起業してからこれまでの10年間の中で一番大きな判断ミスだったと思っています。

もちろん1人1人の意思も確認しながら、次の事業、ゲームの事業での活躍のフィールドを渡したりしました。

ただこれは、完全に間違いだったと思っています。

結果的にこの12人のメンバーは、そこから1年ぐらいの間に皆マイネットからいなくなっていました。

これはその皆さんが辞めてしまったという部分での後悔の話ではないんです。

本当だったらこの12人はKatyという事業の中で、この領域ではNo1サービスだったので、誇りをもってこの事業を作ってくれました。

そのKatyというフィールドにおいてでしたら、自分の成功体験、キャリアを積み上げていくことが出来る状態にあったわけです。

にも関わらず、会社を選んでくれというような表現をして、「会社に残りなよ」と、事業と離れて会社を選ぶという選択を促していきました。

もし彼らがKatyとともにヤフー側にいっていたら、間違いなくKatyはもっと成長したでしょうし、何よりも個々人のキャリアがより成功体験を重ねていく状態を作ることができた。

しかし彼らを会社(マイネット)側に残してゲームでのフィールドにあたらせたことによって、結果的に自分のキャリアがゼロリセットになり、新しいことをやって上手くいくかいかないか分からず、でも自分の中では輝かしい成功体験が前にある、という中で悶々としながら別のキャリアを選ばせてしまったのです。

どれだけ鬼だ、畜生だと言われようとも、合理的な理由で事業を譲渡する時には、その事業とともにメンバーが動いていくというふうにした方が、1人1人のキャリアにとって必ずハッピーになる、と今は思います。

もし、3年前、4年前に戻れるなら、間違いなくそれを選びます。

小林氏 今リビルド事業で買い取りをやってる時に、その経験が生きていると思いますか?

上原氏 そうですね、Katyの時は事業を売る側でしたが、その中で起こる人のキャリアの動きというのが自分事としてありました。

その経験のおかげで、今リビルド事業でゲームタイトルを買収するのと一緒にメンバーさんに合流してもらうことは結構あります。

こういう時に、いかに1人1人のキャリアがよりポジティブになるような流れを作っていくか、そもそも交渉する相手様に、特に事業を撤退する上でゲームをマイネットに売るという人に対して、「1人1人のメンバーさんのキャリアを考えたら、ゲームに想いを持ってる人はゲーム事業であり続けるのが一番いいです、なぜなら私はこういう失敗をしました」というお話をしっかりして、メンバーさんに合流してもらい、彼らが成功体験を積み重ねてきたゲームにおけるキャリアを継続できる状態をつくっていく、ということを行っています。

小泉氏 今、社員がどんどん増えてきていますよね。

そうするとどういう形で組織をマネジメントしえいるのか?というお話をお伺いしたいのですが。

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上原氏 当社の「グローススタジオ体制」の図を見ていただくと分かるとおり、当社の取っている組織構造は大きくみると逆三角形になっています。

一番上にユーザーさんがいて、そのすぐ下にチームがあります。

マイネットでは現在、19タイトル運営してますので、そのタイトルごとのプロジェクトチームがあり、10人から25人ぐらいの規模感のチームがタイトル数分並んでいる感じです。

このチームがユーザーさんに一番近いので、体制図上の一番上です。

こことの間では、利益額をしっかりと各プロジェクトごとで握っていて、握っている利益の範囲では責任と権限を完全に委譲するという方式を取っています。

経営用語で言うとストラテジックビジネスユニット(SBU)の方式を取っていて、京セラさんやリクルートさんに近い状況です。

ユニットごとに利益を完全に明確にする管理会計をしています。

このように責任、権限が委譲されている状態になっていると、上司の方とかハイパークリエーターの方を見て仕事をするのではなく、メンバー1人1人がしっかりとユーザーさんの方を向いて、ユーザーさんのバリューを高くすることだけを考えて仕事することができます。

しかも、スマホゲームの領域は、ユーザーさんの行動のデータは全て取得することができます。

つまりユーザーさんのご意見は数値で見ることができるので、合理的な判断をして、「ユーザーが求めているのはこうである、なぜならこういうデータが出ているから」というアクションの取り方ができます。

そしてその仮説をユーザーさんにあててみて、実際に仮説が合ってたか間違ってたかというのは、全部ユーザーさんがデータで答えてくれます。

このサイクルを現場が責任、権限を持って意思決定をしていくということができるように、この体制を敷いています。

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それ故に、現在19ものタイトルを回すことができています。

小泉氏 タイトルごとに、仕事の仕方自体が全然違ったりするんでしょうか。

上原氏 基礎構造は一貫させています。

職種としてはプランナー、エンジニア、デザイナーがいて、だいたいこの3職種が均等に分かれて運営をしています。
ディレクターというチームのリーダーがいるのですが、チームリーダーが完全にユーザーの方を向いて、ゲームに関する意思決定者となります。

ゲームタイトルを国に見立てると、そこの国の総理大臣みたいな感じです。

このディレクターには、入社2年目のスタッフがなる場合もありますし、ベテランの人もいて、大変混合でつくことができるポジションです。

そこの中で行ってく仕事は、基本的にはユーザーさんに向けて毎週の施策を考えて実行していくということなので、基本的な仕事の仕方は各タイトル同じです。

しかし、それぞれのゲームのタイトルごとにユーザーさんの特性もゲームの特性も違うので、ゲームごとに行う施策に関しては、責任、権限を完全に渡しています。

小林氏 難しい話しをしているかもしれませんが、イメージが近いものでいうと飛行機と一緒で、それぞれが飛行機で、機長がいます。

客室乗務員やパイロットがいるチームですが、機長は何かあったら自分で判断しなきゃいけません。

地上にいたら同じチームとして意見交換をしますので、それはプランナーとか企画をする人と同じ様なものです。

それぞれが飛んで行ったり、整備したりする本社部門があり、チームとして働いているということですね。

上原氏 そうです。

マイネットの今のゲーム作りのコンセプトは、ゲーム作りは国作りという考え方です。

ゲームはユーザーさんにとっての大事な居場所ですし、そこには社会があるので、各チームがそれぞれの国を統治、運営をしている国家運営者みたいなものです。

その国家運営者1人1人が独立国家、独立州で、丁度アメリカ合衆国の州に似ており、それぞれの州における統治は国家運営チームが意思決定をできるようにしています。

ただ大事なところ、例えばキャラクターを新たに生み出していくノウハウやデータ分析など19タイトル全体で蓄積できるノウハウに関しては、横串で行っていったほうが良いです。

ここの部分を担うのが合衆国政府、マイネットでは「競争力チーム」と表現しています。

一定のパーセンテージのスタッフがこの競争力ミッションにあたって、合衆国政府のように各州がユーザーさん、国民に対して提供するサービスがより最大のバリューとなるように、横串の価値供給を果たします。

しかし実際各タイトルごとのチームは、自分たちの受け持っているユーザーさん達に向けたバリューの出し方の意思決定、自分達の独立での意思決定を行う、そういう構造をとっている感じです。

小泉氏 すごく上手くいくところとそうでもないところの差が出てくるようなことはないんでしょうか。

上原氏 10チームあると、何かしら問題が噴出しているチームが1チーム、2チームあります。

そういうチームのところにも、競争力チームが問題解決部隊として入っていきます。

競争力チームには経験豊富なスタッフを多く置いていますので、問題解決能力が高いです。

問題といっても様々で、技術的な問題や企画上の問題であることもあれば、人間関係の問題やチーム組成に関する問題の時もあります。

問題が起きていると数字に表れてきますので、問題を察知したら専門の問題解決人材があたりにいって解決し、安定したらまた次の問題を解決しに行く、というサイクルを作っています。

小泉氏 報酬体系はどのようになっているんですか、タイトルごとに報酬が違うということになるんですか。

上原氏 一定の業績評価に合わせた給料がありますが、それは全体の割合の4分の1位です。

全部を業績評価にしてタイトルごとの成果がそのまま自分の給料になってしまうと、タイトルごとの組織が固定化せざるを得なくなります。

この事業の場合、現在 月に1タイトルぐらい買収させていただいていますので、月に1チームの組成が行われます。

新しいチームを作る時に、全部 新たに採用してチームを作るわけではなく、各チームから次のキャリアステップに入ろうとするメンバーを集めて新たなチームを組成します。

となると、人事が固定化する状態は一番避けるべきなんです。

絶えずみんなが引き継いで、次のキャリアチャンスを掴んでいけるような状態を作るためにも、ディレクターがコミットし、メンバーも目標に向かっている状態にするために、一定の割合でチームの業績を報酬にも反映します。

しかし、全体として見た時にそこだけに拘泥するのではなく、その人の責任能力や技能といったものをしっかりと報酬のなかのポーションで置くようにして、責任レベルが上がったら次のプロジェクトではチーフになれるというようなことをしながら、合衆国全体として更にスムーズに発展、成長できるように構造作りをしています。

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ICCカンファレンス KYOTO 2016に登壇するマイネット上原 氏

小林氏 正に国税の仕組みみたいですね。

会社として利益が貯まるわけですから、それを分配していくことによって各タイトルごとにやっていくと。

1つのタイトルだけ儲かっていても会社全体が潤わないと意味が無いという形ですよね、非常に国造りの仕組みになっているなと思います。

上原氏 今マイネットは別の意味でも合衆国のようになっています。

1年半前は60人位で、それが今300人になっていますが、300人になる上では様々な企業さんから20人とか40人とか束で、皆さん我が社の社員としてマイネットに合流しに来てもらっています。

今や1年半以上前のマイネットを知ってる人はマイノリティ(少数派)で、皆それぞれ会社の由来を持って来てくれています。

このメンバーの皆んなには、元いた会社のことを忘れる必要は無い、むしろ派閥があるなら派閥は良いじゃないか、と言ったりしてます。

というのは、私はよく学校をメタファーにしてお話するのですが、大体会社の組織が30人、40人ぐらいの時はすごく居心地がいいんです。

なぜなら学校の1クラスと同じぐらいのサイズなわけです。

これくらいサイズであれば1人1人の特性も知ってるし、相性も分かるし、顔と名前も一致して1つの輪として動くことができる、これはベンチャーのある意味すごく楽しい時期です。

そこが50人超えてくるとだんだんとコミュニケーションの希薄化等、色んなことを言い始めたりします。これは会社が1クラスの規模を超えてきてるから当然のことなのです。

100人超えるといよいよ3クラス4クラスある1学年のようになってきます。

この1学年をまとめようとする時に大事になってくるのは、各クラスの塊を横に繋ぐ部分、横串の情報流通です。

横串の情報流通というのは、例えば中学校の学年の中で良く起きることは、部活の横のつながりとか、何小学校出身かというのでクラスをまたいで横に繋がって、その繋がりの中で情報交換をしたりします。

例えばプロジェクトAで1つまとまっている中で、プロジェクトのメンバーであるエンジニアが悩みを持っているとしたら、「俺の出身の会社の◯◯というエンジニアがこの辺はよく知ってるよ」という感じで別のクラス、別のチームの人を引っ張ってきてここを繋ぎ合わせることで問題解決していく、ということが起きることがあります。

元の出自というのは、コミュニケーションのラインとしてすごく機能しやすいと思います。

ですから、出元のことも大事にしてもらいたいですし、そもそも今4社さんぐらいからのメンバーさんを多く束ねて合流してもらっていますが、恐らくこれからも5社、6社、10社というように加わってもらう予定です。

そういう方々がどんどん来るのを前提にして考えると、全員をマイネットカラーにするのはかえって合理的ではなく、それぞれが出自を持っていて、それぞれのキャリアの中で今このように合衆国、1つの事業構造の中で1つの方向に向かえるのだからハッピーじゃないか、という考えのもと、出元のことも尊重しながら、出元が様々であることを活かした組織構造にしてるというのが今の姿です。

小泉氏 そろそろお時間になりましたので、最後に今後の展望をお聞かせください。

上原氏 現在スマートフォンゲームのセカンダリ市場というものを当社が切り出して生み出していくことができました。

このマーケットは2年で5倍成長すると予測されていますが、起業家としてこんなに恵まれた状態は滅多に味わうことができないと思っています。

急成長するマーケットでNo.1シェアを取れている、こんなに恵まれた状態を絶対に逃すことなく、アクセルベタ踏みでこのマーケットの圧倒的No.1になること、これをまずここからの1、2年の間でしっかりと行い、そこから先に変化していくオンライン社会の流れに合わせて、人と人とを結びつけるようなサービスを次に、次にと展開していきたいと考えています。

小泉氏 それでは最後に小林さんまとめをお願いします。

小林氏 色んな事業の変遷を伺いましたが、やはり上原さんがリビルド事業にかける意気込みは非常に熱いものがあったと思います。

やはり市場でNo.1まで伸びるというのがこれほど人間を変えるものなのか、と思うわけです。

手堅く事業をやっていても、やはりそれが長く続かないと求心力やモチベーションにも影響すると思うんですが、今は「これからずっとやっていくぞ!」という感じで、辞めるとか売るとかは考えていないですよね。

そういうポジションが経営者のマインドを大きく変えますし、事業についてくるもんだな、と改めて感じました。

小泉氏 ありがとうございました。

さてお送りしてまいりました、ビジネス・ブレークスルー大学大学院アントレプレナーコース、スタートアップ企業のビジネスプラン、いかがでしたでしょうか。

今回はゲストに、株式会社マイネット 代表取締役社長の上原仁さんにお越しいただきました。

上原さん、小林さん、ありがとうございました。

(完)

編集チーム:小林 雅/城山 ゆかり/榎戸 貴史/戸田 秀成

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ICCパートナーズ(ICC Partners Inc.)は産業を共に創る経営者・経営幹部のためのコミュニティ型カンフ ァレンス「Industry Co-Creation(ICC) カンファレンス」の企画・運営および新規事業創出・アライアンスなどのアドバイザー業務を行っています。