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ICC FUKUOKA 2023のセッション「世界の偉人伝 (シーズン5)」、全5回の最終回は、慶應義塾大学の琴坂 将広さんが紹介する「カルロス・ゴーン」。経営学の研究者の視点で見たときに、近年の出来事がありながらも、ポジティブに学べることが多いといいます。最後は、4人のプレゼンで、観客にはどの“偉人”が刺さったかも紹介します。ぜひご覧ください!
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。次回ICCサミット KYOTO 2023は、2023年9月4日〜 9月7日 京都市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。
本セッションのオフィシャルサポーターは ノバセル です。
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【登壇者情報】
2023年2月13〜16日開催
ICC FUKUOKA 2023
Session 5F 世界の偉人伝 (シーズン5)
Supported by ノバセル
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カルロス・ゴーンが残した足跡を振り返る
井上 ではラストバッター、琴坂さん。
琴坂 はい、ちゃんと時間が残っていて良かったです(笑)。
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琴坂 将広
慶應義塾大学准教授(SFC・総合政策)
オックスフォード大学サィードビジネススクール アソシエイト・フェロー
数社の起業を経験の後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本およびドイツを拠点に主に海外企業の経営支援に従事。その後、オックスフォード大学に移籍し、経営学の優等修士号と博士号を取得。立命館大学経営学部を経て、2016年より現職。専門は、経営戦略、国際経営、および、制度と組織の関係。オックスフォード大学サィードビジネススクールのアソシエイトフェロー、上場企業を含む複数のスタートアップの社外役員を兼務。著書に『STARTUP』、『経営戦略原論』、『領域を超える経営学』、監訳書に『VUCA時代のグローバル戦略』、分担著に『Japanese Management in Evolution』などがある。
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カルロス・ゴーン(1954年3月9日〜)について話したいと思います。
ここに書いているように、彼はUp and Downなのですよね。
彼の国際的な経営者としてのキャリアは最後にとても残念な事態になってしまいましたので、もはやこの人の名前を語ることも憚られる感じになってしまっています。「偉人」か、と問われると、もはや、Noと判断する要素のほうが多いように思えることは否定しません。
▶[カルロス・ゴーン逮捕劇]経緯を過去記事を元に振り返る(日経ビジネス)
とはいえ、私は20世紀の終わりに日本の経営の世界に対して彼が残したインパクトは素晴らしいものがあったと今でも思っています。ネガティブなことはもちろんですが、逆にポジティブに学べるところは研究者としてはしっかりと後世に伝えていくべきだろうと思います。
結局、世界のだれもが「偉人」とする人たちの多くも、最後は残念な終わり方をしていたり、一面で闇に包まれた部分があることも多いと思います。
ですので、今日はこの様々な意味で歴史に残る経営者を、ロールモデルというよりも、リファレンスモデルとして、取り上げさせていただきたいと思っています。
まず、カルロス・ゴーンがこんな風に影響力を持つに至ったかについて、ある程度触れたほうがいいと思います。
こちらのスライド、彼の略歴をまとめたものです。いくつかラーニングポイントがあると思っています。彼はR&Dのエンジニアリングのバックグラウンドを持っていたので、最初のキャリアとして、研究開発の第一線、グランゼコールの学生が普通に進むような部署で働いた方がいいだろうと勧められていたのですが、彼はものづくりの最先端で実践がしたいと、工場の現場に赴いたんですね。
そして、最初の2週間の研修で、既に彼は世間一般が想像する「グランゼコール出身のエリート」とは違うスタイルで仕事に臨んでいます。
普通、特に当時はグランゼコール出身のエンジニアは、工場の作業員の方々とはほとんど交流がなかったんです。彼は彼自身のバックグラウンドがマイノリティであることもあり、あまり気負うところがなかったのかもしれません。彼は彼自身の自伝でもフランス社会で相当苦労した背景があると語っていますが、彼は工場の作業員の方々ともしっかり対話し、対話を通じて、業務の現状や作業員の方々の実態を理解することができたのです。
それが最初の転機だったんですね。それを見ていた上司が、「彼はこの工場を良くすることができるかもしれない」と考えて、彼は26歳で700人が働く工場の責任者になったのです。
しかも、これはこれまでのエリートがそうであったような、単なるお飾りではありませんでした。
彼は、現場の人々の声を聞いて、それを運営に反映することを実直に繰り返したと言います。
そうすると実績が出る、つまり経営数値が改善していくいくわけで、これが次のキャリアのジャンプにつながりました。
もともと彼が採用されたのは、将来的に南アメリカのマネジメントを任せたいと思われていたからであり、彼以外にもブラジルなどのバックグラウンドを持つ人材は採用されていました。
でも、彼は入社して早期からわかりやすい実績を出していたので、彼が成長するのを待たずとも、ブラジルに行けるのではないかということになったといいます。
幸か不幸か、当時のブラジルは状況が悪すぎて、彼よりも経験豊富な人材もいたのですが、明らかな困難が予測されるブラジルの経営職には、当時は誰も就きたがらなかったのです。
当時のブラジルは、経済危機に直面しており、事業のオペレーションもぐちゃぐちゃで、行っても単に混乱の責任を取らされるだけだろうと思われていたといいます。
だけど彼は、これはチャンスだと考え、弱冠30歳で、9,000人の従業員を抱える南アメリカ、主にブラジルのマネジメントに取り組み始めました。
そこで何をしたかというと、同じことをしたのです。
オペレーションに携わる現場、現地の人の話をひたすら聞いて、彼らが何をしたいのか、何が問題なのかを丹念に聞いて反映させ続けました。
相当苦労したらしいのですが、3、4年くらいの期間で実績を出しました。
与えられたものから学んで実績を出し、実績を出してからまた果敢に挑戦したのです。
両者の間で融和したカルチャーを作り、実績を出す
琴坂 次に、彼は34歳の時、北米のミシュランに行きましたが、これもかなり難しかったのです。誰もが飛びつきたくなるような魅力的なポジションではなかったんですね。
何が難しかったかと言うと、ミシュランはユニロイヤル・グッドリッチを買収したばかりで、つまりアメリカのカルチャーとフランスのカルチャーが完全に衝突し、何も進んでいないという状況だったのです。ここでも、いわゆる火中の栗を拾いに行っています。
彼がそれまでのミシュランのマネジメントと違っていたのは、押し付けるのではなく、日本的な概念でもありますが、両者の間をとっていくマネジメントスタイルを作るという点で、それによってしっかり融和したカルチャーを作りました。これは彼が最初から実践していたことです。
例えば、着任時に彼が残した言葉は、「ミシュランのフランスのカルチャーを植え付けに来たわけではない、ミシュランノースアメリカとユニロイヤル・グッドリッチが融合した新しいカルチャーを作りに来た」です。
派遣された人間であっても、その現地の考えや文化を尊重して経営し、実績を出した、この後にも関わってくるのですが、この点がとても重要です。
駒崎 剛腕というイメージがありましたが、そうではないのですね。
琴坂 そう、彼が驚異的な実績を出していた時代は特に、トップダウンではないんですよ。
彼はガンガン、トップダウンで行っていたというよりも、ボトムに入り込んでから意思決定していくことをひたすら実践するキャラクターです。確かに最後は決めるのですが、取り組みの源泉、実行の細部は大きく権限委譲して任せる。行動力をもって現場を回り、絶えず情報の最前線にいました。
ただ、ここでまた彼に転機が訪れます。彼曰く、ミシュランには創業家がいるので、上がったとしても経営幹部までにしかなれないと思った時、ルノーから将来のトップの地位も含めて、EVPとして入らないかという誘いが来たといいます。
駒崎 EVPって何ですか?
琴坂 Executive Vice Presidentですね。日本語だと上級副社長、かなり社長に近い立場です。
それで彼はルノーに入社、42歳でEVPになりました。
これも驚異的なことです。
ルノーは、日本でいうトヨタ自動車みたいな会社です。そこのNo.2ともいえるポジションです。
北川 資本は、半分くらいフランス政府が持っているのですよね。
琴坂 フランス政府が持っていますし、フランス工業のアイコンみたいな企業です。
北川 そうですよね。
琴坂 フランスのプライドですし、その会社に、マイノリティバックグラウンドを持つ人が、こんなに若くして入ったところで何もできないだろう……と思いきや!なんですね。
これまでの企業変革のペースが遅いと感じた彼は、入社直後からかなりの時間と労力をかけて、3カ月で30億ドルくらいのコスト削減プランを作ります。そしてそれを実行し、成功させました。
ここは、ミシュランという自動車産業においてはサプライヤー側の立ち位置も経験していたことは役立っていると思います。ルノー以外の世界中の自動車メーカーの調達の仕方に関して、少なくともタイヤの経験を通じてですが熟知していたわけですからね。
企業の眠っている力を引き出し、立て直しに成功
琴坂 だんだん時間が無くなってきましたので、飛ばしていきますね。そして、ついに日産にという話になります。当時のルノーの社長、ルイ・シュバイツァーは、「ゴーンさんが引き受けるならこの取引をする、彼が引き受けないなら取引はしないと明確に決めていた」と言っています。
北川 すごいな。
宇佐美 この時、46歳なのですね。
琴坂 そうなんです!
北川 めちゃくちゃ若い。
宇佐美 年下!
一同 (笑)。
北川 宇佐美さん、年下になるんですね。
琴坂 ルノーはこの時点でグローバル企業ですから。
北川 やばいなあ。
井上 モウリーニョのような、めちゃくちゃすごい経歴の監督が日本代表の監督に就任したみたいな。
琴坂 そんな感じですよね。
でも、きちんと理由があります。
自分自身のバックグラウンドをチャンスに活かして果敢に挑戦し続け、実績を出し続けたからこそ完成した一つのマネジメントスタイルではないかと思うのです。
北川 これぞキャリアという感じですよね。
琴坂 そうなんですよね。この事実は、我々が参考にする価値があると思ったのです。
これを背景に行ったのが、いわゆるNissan Revival Planです。
‘The people know the strength and weakness and can point out the possibilities. The answers are on the ground,’ これは、彼が著書『ルネッサンス』で残した言葉です。
北川 へー、こんなことを言っていたんだ。
琴坂 これが、日本企業をどうすれば建て直せるかについての、一つの金字塔だったと私は思います。現場が強みも弱みも知っている。現場が可能性を提示できる。現場に答えは埋まっている。この考え方であったからこそ、驚異的なV字回復ができたのだと思います。
多くの会社において、欧米の価値観を得て、それを元に実行して大失敗したという例はたくさんありますが、少なくとも当時の前後20年ほどの間で、なぜ日産が一段違う回復を、一時期とはいえ達成できたかというと、彼が、日産の中に眠っている力を引き出すことに成功したからだと思うのです。
北川 すごいなあ。
琴坂 この言葉は23年前のものですが、今でもなお使えるというか、我々が学ぶべきアプローチだと私は本当に思っています。
日産での足跡に学ぶべきことはたくさんある
琴坂 もう少し具体的に、彼が何をしたかをお話しすると、まず、コミュニケーションスタイルがすごくフレキシブルです。
取締役会や経営会議では数字とロジック。効率的で端的、妥協を許さない経営者です。しかし現場に出ると、スーツを脱いで、作業服を着て、笑顔を絶やさないんですね。表現も砕けたかたちになり、一人一人の目を見て、対話を心がけていました。アイコンとしての自分の役割を理解していたのだと思います。
もう一つのポイントは、彼はセブンイレブンと言われるほどハードワーカーだったことです。
つまり朝7時から夜11時まで、全身全霊で自分がやるべきことをして働いていたといいます。
また、意思決定においては、ファクトとロジックで優先順位をつけることを心がけていたそうです。多様なバックグラウンドを持つ人々の組織の中でも、誰もが合意できるような基準で、ぶれない姿勢で、トップが優先順位を明確にして進めなければならないと考え、明確に実行していたということです。
そして、今では当たり前のことですが、目標を達成した人にそれに見合った報酬を払う、コミットメント・アンド・ターゲットと呼ばれる精度も全面的に導入しましたし、積極的に可能性のある人材を要職に付けて試していくことを継続するなど、これまでの日本企業とは全然違うアプローチを段階的に導入していき、会社の形を大きく変えたのです。
北川 なるほど。
琴坂 ここまでは良いのです。が、彼のスタイルは明確なコミット、全集中が必要なんですね。最初の数年が黄金期とすると、その後次第に、彼の神通力に陰りが見えてきます。当初の変革とそのインパクトがあまりに強くて、その衰退はしばらくは目に見えていなかったのですが、ある時点で一気に副作用が表出してしまったのだと思います。
なぜ、スライドの右の写真のようなものに入らなければいけなかったかですが……。
これは楽器ケースですね。彼は最後、楽器ケースに隠れて、プライベートジェットで日本から去っていきました。これは明確な違法行為です。なぜこのような最後となってしまったのか、もちろん色々な理由があるのだと思います。
ただ、一つ明確なことがあります。ウォールストリートジャーナルの記事は、Can a person run two Fortune 500 companies at the same time?と書きました。つまり、一人の人間が、2つのフォーチュン500に採択されるような巨大グローバル企業を同時に経営できるのか、という問いです。
2005年以降、彼はルノーと日産のCEOを兼任しています。
つまり、フォーチュン500に載るような世界的な巨大企業、しかもオペレーションや文化の全く違う2つの会社両方のCEOを務めていたわけです。たしかにアライアンスという枠組みは存在しましたが、あまりにも複雑で、相互の独立性を重んじたこの構造は、一体的に経営することが至極難しかったと想像します。
こうなると、それまでワークしていたマネジメントスタイルでは、もう無理なのです。
将来を担う人材を発掘して登用、育てるであるとか、経営会議で一つ一つの報告や提案に対して丁寧にフィードバックを重ねていき、自主性を重んじながらも一定の方向性や厳格性を担保して経営を押し進めていくのは、やはり現場とのレゾナンス、一体感がなければワークしないのです。
それまで彼がやってきたように、自分自身の時間をかなり使って、現場感覚を持った状態で経営を主導していくのであればうまくいきますが、過去に育てた経営人材に過度に権限を委譲して、自分自身の解像度が低い状態が継続していた結果、だんだん様々な問題が積み重なっていきました。
井上 すごくハンズオンスタイルの経営者だったということですね。
琴坂 元々は、そうなんです。
井上 彼は、望んでこのポジションに就いたのでしょうか?
琴坂 望んでいました。
ルイ・シュバイツァーは、「ルノーに戻ったら、日産は誰か他の人に任せるという約束だった」と言っています。
だけど彼は、それはできないと言ったのです。
なぜそれはできないと言ったのかは私も分かりませんが、結果として非常にアンバランスな状態のマネジメントを続けてしまったことが、その後の難しい状況につながったのではないかと思います。
もう時間が全然ないのでまとめていくと、彼が1999年に日産に来てその後の6年間で行ったことは、私はいま現在でも学ぶべき点が大量にあると思います。
現代においても日本企業を再生することができると思いますし、それまで誰もしなかったこと、できなかったことを彼だけができました、そしてそれによって一つの産業が救われましたので、大きな足跡を残したと思います。
そういう意味で私は、彼は偉人だと思います。
その一方で、彼からは悪い面に関しても学ぶことがたくさんあると思います。
例えば、日産自動車にはNRP以後、すなわち20年以上前からOKRなど欧米型の色々なマネジメントシステムやグローバル経営の考え方が導入されていますが、その利点のみならず、その副作用が組織にどう出るかに関しても大きな学びが得られると思います。
スライドの右側、「うまくいかなかったこと」に、Delivery or outとありますが、成果を出さなければクビになる、という厳しさです。これは過剰に運用すると誰もが手堅い打ち手や近視眼的な方策しかしなくなってしまいます。また、デリゲート(移譲)することが出来ず、ディクテート(支配)するようなマネジメントになれば、メンバーの自発性や創造性は次第にしぼんでいきます。
経営者の十分なアテンションが当たらなかった結果として、経営システムがその設計思想通りに動かくなってしまい、競争がすごく激しくなってしまい、スタッフ間の連携が阻害される、心理的安全性がなくなる、不確実な挑戦を避ける文化になってしまうなど、全て我々の今後の未来に活かしていけるのではないかと思います。
北川 面白い。
琴坂 私は車が大好きで、これは日産グローバルギャラリーで新しいZを試乗した時の写真です。
日産は今、新しい方向に向かっているかなと思っており、こういう過去の遺産を活かしながらも、負の遺産を清算するために頑張っています。
多くの日本企業が新しい未来に進めるように、このリファレンスモデルから多くを学べると良いのではないかと思います。
ありがとうございました。
シーズン5に登場した4人で一番の偉人は?
井上 ということで、ちょうど総括の時間になりました。
琴坂 モデレーターマインドが高いので、最後はかなり巻いて説明しました(笑)。
▶編集注:琴坂さんはICCサミットの複数のセッションでモデレーターを務めています。
井上 琴坂さんは、モデレーター心を一番分かっていますから(笑)。
北川 時間きっちりですね。
井上 素晴らしい。
では最初の約束通り、この質問を聞いて良いですか?
宇佐美さんの紹介した、カエサルと思う人?(挙手を促す)
まあ、もともと知られている人物ですからね。
北川 帝国を作りましたからね。
宇佐美 帝国ですから。
井上 梅屋庄吉が良かった、という人?(挙手を促す)
4人ですね。
井上 ヴィタリックが良かった、という人?(挙手を促す)
多いですね。ありがとうございます。
カルロス・ゴーンが良かった、という人?(挙手を促す)
学びは深かったですよね。
北川 僕もゴーンは好きなんですよね。
井上 ということで、ヴィタリックが一番偉人ということになりました。
でも、知らない人を選ぶというのが結構…。
北川 受けるポイントですね(笑)、意外感があるので。
カエサルは知られすぎていますからね。
宇佐美 確かに。
琴坂 でも4人の共通点は、誰もが帝国を作っていたと。
北川 そうですね、それぞれが。
駒崎 でもヴィタリックは分散を重視しているから、帝国ではないんですよね?
北川 帝国ではないですね。
琴坂 なるほど、そういう…。
駒崎 逆帝国ですね。
本日の学びを総括
井上 では最後に、本日の学びということで、皆さんからそれぞれ一言ずつ頂いて総括としましょうか。
順番に行きましょうか、宇佐美さん、お願いします。
宇佐美 今までは「帝国の作り方」セッションに登壇させていただいて、今回は偉人についてお伝えしたわけですが、今までのことを反芻しながら、帝国を作ってきた人をこの場で紹介できました。
カエサルから学ぶ部分がたくさんあったと思いますし、他の偉人からも学びが多かったと思います。
ありがとうございました。
駒崎 今回は、この4人のテイストを皆さんに味わっていただけたと思います。
個人的に、偉人について学ぶことで、自分はどんな人になりたいか、どんな生を生きたいかについて、逆照射してくれると思います。
北川 確かに。
駒崎 そういう意味で、歴史を学ぶことは自らを学ぶことでもあると思います。
ぜひ、歴史の世界を共に楽しみましょう。
これからもよろしくお願いします。
北川 偉人には、ビジネスを創る人もいれば、産業そのものを創る人もいるのだなと思いました。
カエサルがそうですし、ゴーンも、目指したのはそこではないかと思っています。
今の駒崎さんのコメントも含めて、改めて僕は、産業を作ることに興味があるのではないかと気付かされました。
ありがとうございました。
琴坂 ヴィタリックが行っていることを知って、学者として、探求者として初めて、リファレンスモデルを見つけてしまいました。
北川 それは僕も同じです。
琴坂 かなり精力的にものを作りながらも、それが直接的に社会へのアクションにつながっていく…これは私、目指したいと思いました。
北川さん、紹介ありがとうございました。
北川 しびれますよね。
井上 偉人について学ぶことで自分自身のことを反芻し、どういう自分を目指すのかを考える良いきっかけになるとしたら、非常に良いセッションだと思っています。
またシーズン6以降も……。
北川 やりましょう!
井上 最後に、登壇者の皆様に大きな拍手を頂いて、幕を下ろします。
ありがとうございます。
(終)
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編集チーム:小林 雅/星野 由香里/浅郷 浩子/戸田 秀成