「問」を考えることの意味 – INDUSTRY CO-CREATION

「問」を考えることの意味

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「『問』に興味を持ち出すと、本とか論文とかを読んでいても、この人はどういう『問』を立てたのだろうかということがすごく気になる。僕は本に線を引くのですが、線の引かれているところはだいたいその人が考えた『問』ですね。答えはむしろ興味がない。答えはみんなで力を合わせれば解けるから。だから、僕は常に『問』のコレクションをしているのです。『問』とは何かという『問』ももっている。」

予防医学者である石川 善樹さんと質問家であるマツダミヒロさんをお迎えし、「問」の本質とは何か?を深く議論しました。後篇は「『問』とは何かという『問』」の議論が展開されました。「問」を考えながらICCカンファレンス TOKYO 2016  異分野対談 「予防医学者  X  質問家」(後編)をご覧ください。

登壇者情報
2016年3月24日開催
ICCカンファレンス TOKYO 2016
Session 2E 異分野対談「予防医学者 X 質問家」
(スピーカー)
石川 善樹 株式会社Campus for H 共同創業者
松田 充弘 マツダミヒロ事務所 代表取締役

前編はこちらをご覧ください:「問」の本質とは何か?


司会者 松田さんは質問家になられて身の回りのことについての関心度合いが向上したということはありますか?

松田 それはとてもあります。

司会者 それは何が変ったのでしょう?

松田 視点が変ったのだと思いますよ。

どんなポイントから見るのかというところです。多分同じものをずっと同じところから見ていても同じにしか見えないが、少し違う角度から、違う方向から見てみると、何でこういう形をしているのか、こういうアプローチになっているのか、という見方が変ってきたのではないかと思うのです。

司会者 何故変ったのでしょうか。やはりベンチャーをやられていたところから、少しフリーになってというところからなのでしょうか?

自分との対話を繰り返すことの意味

松田 しかし、質問をし始めた頃は、そうではなかったのです。

質問を始めた頃は、質問を作るのが大変だった。そして、作っていくうちにどういうプロセスがあったかと言うと、自分とたくさん対話をするわけです。

そして、その対話が増えれば増えるほど、先ほど出たような「何で僕たち生きているのだろう」というような問も出てくるわけです。

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石川 先ほどそれが顕著だった。最初に「自己紹介してください」と言われた時です。自己紹介など、僕らは多分死ぬほどやってきている。

でも、「自己紹介ってね……」というふうになる。おそらく、その度に毎回ゼロから考えているのです。パターンでやっていない。

松田 そう。パターンでやらない。

石川 その自己紹介と言われて「ウっ」と止まるというのが質問家の本質なのだと思います。

だから、面倒くさいけれど毎回ゼロから考えるというのがあるのではないでしょうか。

松田 それはすごくあります。たとえば講演なども、多い時だと月25回くらいやっていたのです。

それくらいやっているともうパターン化できるわけです。最初これを話して、次これを話して、と作った方が絶対に効率は良いのですが、毎回、今日は何を話そうかということを考える。

結果的には同じになるのですが、毎回それをするというのはありました。

石川 それは多分すごく面倒くさいのですよね。

例えば自己紹介とは何かということをいちいち考え始めると生きていくのがすごく大変なのです。いちいち躓いているから。いいから進めよと自分でも思うのですが。

松田 しかし、生きづらいと感じますか?

石川 はい、めちゃくちゃ面倒くさいです(笑)ただ、最初は面倒くさいと思うけれど、結果楽しかったりする。

だから、プレゼンも同じなのです。毎回ゼロから考える。そして、結局一緒になるのですが、納得感はありますよね。

松田 そうですね。納得感があります。

司会者 異分野対談ということで私、ハっと思ったことがあります。

ずっと経営コンサルティングの仕事をしていたのですが、(元GEのCEOだった)ジャック・ウェルチの言葉で「経営の最大の過ちは、間違った問に答えることである」というものがあるのですね。

そして、経営というのは正しい問を立てることが最も重要である。ああ、なるほどなと思う。

みなさんおっしゃられることと言うのは、研究者として、あるいは人生としてというのもあるかもしれないが、ビジネスをやっている方々にとってもすごく重要なポイントなのではないかと思うのです。

「正しい」とは何か?

松田 僕は今のを聞いて、「正しい」とは何を言っているのかというところにまず疑問を持ちます。

石川 スウェーデンの専門の大学でウプサラ大学というところがあるのですが、そこに教育憲章というのがあって、こう言っているのです。「自由に考えることは素晴らしい、しかし正しく考えることはもっと素晴らしい」と言っているのです。

そして、正しく考えるというのはある程度「型」なのですね。つまり、自由に考えるより先にまず型を身につける必要がある。

良い問とか正しい「問」というのはまず型があるのです。そして、今の時代はあまり型を学ばずに、面倒くさいことを放っておいて、いきなり我流でやる人が多いのではないでしょうか。

だから、ジャック・ウェルチなどもきっとそうだと思うのですが、「正しさ」の型とかが絶対にあると思うのです。それは多分ご著書に書かれているのではないでしょうか。

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松田 そこでどこまでベースを取り入れるかによると思うのですが、多分経営に正解というものはないと思うのです。

でも、その経営者の中の正解はあると思うのです。だから、その経営者なりの正しさとは何かということをまずアウトプットというか自分の中で再現した上で、その正しいということを常にしていくのがすごく重要だと思います。

司会者 逆はものすごく考え得るのです。誰もこれが本当に正しいか、考えたこともないのだけれども、仕事として、ビジネスとして、もう走っているものだから、プロセスとしてもとりあえずこれをやるということで、満足している。自分の反省も含めて、そういうことってすごくあるのではないでしょうか?

「問」は立ち止まらないと作れない

松田 僕、「問」を作るというのは立ち止まらないと作れないと思うのです。

でも、経営者にせよ忙しい人は走り続けようとしますね。そうすると、自分に問うこと、何かを問うことはできなくて、だから僕は問うことイコール立ち止まることなのではないかと思うのです。

石川 いつ問うのかというのも重要な問題だと思います。ほとんどの人は上手く行っていない時に問うのです。

問い直すというか。難しいのは、上手く行っている時です。上手く行っている時に、そもそも正しさとは何だとか、そういう視点レベルでガラっと変えられるかというのが一番難しい。

視点と局面みたいなものがあった時、日々一生懸命やるというのは、この局面を何とかしようとしているわけです。

上手く行かない時などは、この局面を何とかしようとする。そういう目先の対応をするのか、それとももっと深い視点レベルで視野を広げるのか。多分、この視点レベルでコンサルに入るというのが、まさに経営コンサルタントでしょう。

中にいると見にくいのです。そして、これが上手く行っている時、もしくは普通の時に、視点レベルで次々に変えながらできる人というのはやはり強い。

これが難しいのです。本質的なことを考えざるをない。何が自分にとっての正しさなのか、正義なのか。

司会者 まさに立ち止まるというようなことを意識してできるものでしょうか。何かアドヴァイスはありますでしょうか?立ち止まるという具体的なアクションとして。

松田 僕はまず肉体的に立ち止まってみると良いと思うのです。その後に意識を止めることは大事だと思うのですが、肉体が止まっていないと、意識を止めるのは少し難しいでしょう。石川さんはどう思われますか?

石川 「間」をもつことですかね。物理的にも、携帯電話を持たずに世の中を歩いてみるとか。研究者は、最初に研究内容を深ます時に、昔はよく徒歩旅行というものをやった。

例えば先生と学生の二人で3日4日ずっとただ歩くのです。歩いていく中で、いろいろな話をします。メインは研究の話がほとんどなのですが、家族がどうでどういう生い立ちだとか。このように3日4日徒歩旅行をすると、お互いすごくよくわかるし、研究内容が揉まれて、「ではやろうか」ということになる。

それも多分、良い意味で立ち止まっているのだと思います。

松田 そういう意味では、質問というのはどこで答えるかが重要なのですね。場所によって答えというのは変ると思うのです。

例えば、今日のような場で答えるのか、山の中で答えるのか。同じ「問」でも多分答えというのは変ってくるでしょう。どうですか。

石川 たしかにそうですね。

松田 だから、答える場所も意識すると、僕は良いと思います。

司会者 みなさんにとって、答えの正しさというのはどうでも良いことなのでしょうか?

松田 僕の中では、答えはタイミングとか場所とかによって、必ず変るのです。でも、「問」は変らなくて良い。だから、答えはその都度、瞬間のベストな答えを出せば良いでしょう。

石川 (ハンマー投げの)室伏さんがその考えに近いですね。最善の身体の動きというのが、今日と明日で違うという考えかたなのです。

最善の動きがあるはずで、理想の動きというのがあるはずだから、そこをピタっと求めていく人は弱く脆い。移ろっていく人の方が強い。身体とか心とか感情というのは常に変化しますから。

逆に言うと、何故そんなに正解というものにこだわったのでしょうか。

司会者 やはりそういうところがないのですね。

だから、問を今普通に流れている時間の中で当たり前と思っていることに対してしっかり立てて、その答えが出なくても良いのですが、考えるということとその時間を持つというのが、すごく大事なのだろうということについて40歳を前にして気づきました。

石川 でも、これもやはりチームなのだと思います。

問うのが得意な人というのがいますから。欧米の経営者の周りに必ずエグゼクティブ・コーチがつくというのは正しい気がするのです。

エグゼクティブ・コーチがついて、彼らが普段考えない視点で問を立ててくれるので。自分ひとりで問を立てて、解いて、プレゼンしてなどというのは、無理です。どこかで特化をした方がいいですね。

司会者 なるほど。そういう部分もありますね。

松田 僕は、問を持った瞬間に答えを探し出すと思っているのですね。ということは、意識的に答えを探す時と、問いを立ててしまって無意識に答えを探すことがある。

そして、僕は無意識でも十分機能するのではないかと思うのです。石川さんはこれについてはどう思われますか?

石川 僕は「人が良く生きるとは何なのか」という根本的な問を持っているので、その観点からいろいろなことがピンっと引っかかるのです。

無意識でピンっと引っかかるようになるためには、「問」というものを深めておく必要がある。

研究の世界でよく言われるのは、「解を急ぐよりも問を深めよ」ということです。

松田 そうですね。それはまさにそうです。

石川 最初に興味を持つことと言うのは、身の回りの現象に何か興味を持つのですが、それは「問」としては大して深くもない。

それをずっと深めていくという作業をしておかないと、灯りが広がらない気はします。

松田 「問」を持って生きていると、意識的に考えようとしなくても、答えがやってくるような気がします。

「問」を考えるとは何か?

石川 「問」に興味を持ち出すと、本とか論文とかを読んでいても、この人はどういう「問」を立てたのだろうかということがすごく気になる。

僕は本に線を引くのですが、線の引かれているところはだいたいその人が考えた「問」ですね。

答えはむしろ興味がない。答えはみんなで力を合わせれば解けるから。だから、僕は常に「問」のコレクションをしているのです。「問」とは何かという「問」ももっている。

松田 以前に作ったものの中で、「賢人たちからの運命を変える質問」というものを作ったのですが、いろいろ調べていったらあまり残っていないのです。

答えは残っているけれど、質問として残っているのがない。でも、その名言があるのならきっと問があるに違いないと思って、その問は想像して作ったというプロセスなのです。

石川 それはめちゃくちゃ面白いですね。

松田 作業している方も面白いのですけれどね。ですから、きっと何か「問」があるはずで、そちらの方に興味があります。

石川 それはとても良い訓練になりますよね。人がこういうことを言っているのだけれども、どういう「問」を立て、どういうプロセスを経てそこへ来たのかというのを想像してみるということですから。

例えば、松下幸之助さんがこういう名言を言っています。

「雨が降ったら、傘を差しなはれ」と。これが名言だと人は思っている。僕はびっくりして、他のところを見ると、「転んだら、起きなはれ」と書いてある。深すぎるなと思ったのです。

僕らは、そういうものを聞く時に、幸之助さんが言ったことだからというのでそうやって聞けるという面もあると思うのですが、結果の部分だけをスッと受け入れてしまうのですね。

そこでこの人はどういう考えでこれに至ったのだろうかとか、何があったのだろうと考える。それを結構考えているのは、小説家などかもしれません。

例えば、ある絵を描いた人がいて、それをどういうプロセスで書いたのだろうとかを考えれば一つの本になりますでしょう。

そういう意味で、僕はそういう視点で小説を読むのです。例えば、自分だったらゴッホという人をどういうプロセスで辿るかなあとか。

ピカソの14歳の絵と、ピカソの60歳の時の絵があって、どう考えるとこうなるのかとか。一回自分で考えた上で勉強すると、なるほどと思う。

松田 でも、そのプロセスがすごく重要です。みんな答えをただ知るためだけに学んでいる。すると先ほど出たように、吸収できにくいですね。

石川 ですから、問が浮かんだ瞬間に知りたくなってしまうというのをどう我慢するのかというのも結構ある気がするのです。「問」がきちんと深まるまでは情報を探し始めない。

司会者 受験勉強をやってきた普通の人というのは結構答えは何かとすぐに聞きたくなってしまいますものね。

すると、「問」を深めるということはなかなかできないですよね。すみません。お時間なのでまとめをしていただきたく思います。そこで、この記事をお読みになる方に何か質問をしていただいたらどうでしょう?

一応ご覧になる方は、我々のような30代、40代の男性の、ビジネスパーソンが多いようなのですが。

松田 このセッションを読んで答えて欲しいのは「身の回りにある普通ではないことは何か?」です。

それによって、改めて違う目で周りを見てみると、気づくことだったり、ビジネスのヒントだったりがたくさんあるのではないかと思います。そこから新しいビジネスに繋がっていくかもしれない。

石川 僕はやはり、自分というものを考える上で、自己紹介というものを定義しなおすというのがすごく良い訓練だと思うのです。

所属とか、資格とか、職歴とか、学歴というものを一切言わずに自分というものを表現するとしたらどうなるのだろうかと。

いろいろなものを剥ぎ取った時に、自分というのは何なのだろうと考えると、今日最初にやったこととして「自己紹介をしない」というところだったのです。

松田 ただ、僕は今日、石川さんにしたい質問があったのでした。別に答えはどうでも良い。

ただ「問」をしたいだけなのですが「石川さんの本当の職業は何ですか」という「問」をしたかった。それが今のまとめに繋がっているような気がします。

石川 本当の職業というのも、人と言うのは一言で自分を表現したがるのですね。

そして、本当の職業と聞かれた時に人は一個のものを期待するのでしょう。

「本当の職業はいくつあるのですか」という質問にはなかなかならない。

研究者の人やお医者さんでも、「ご専門は何ですか」と聞くのです。「ご専門は何個おありですか」という質問にはなかなかならない。

松田 石川さんの発想などを伺っていると、今までにある職業には当てはまらないというのはわかりました。何なのだろうなというふうに興味を持ちつつ、この一時間お話させていただきました。

司会者 大変貴重な時間をありがとうございました。

石川 ありがとうございました。

松田 ありがとうございました。

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(完)

編集チーム:石川 翔太/井上真吾/小林 雅/渡辺 裕介

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ICCパートナーズ(ICC Partners Inc.)は産業を共に創る経営者・経営幹部のためのコミュニティ型カンフ ァレンス「Industry Co-Creation(ICC) カンファレンス」の企画・運営および新規事業創出・アライアンスなどのアドバイザー業務を行っています。