HLAB 高田さんが紹介するのは“母校の大先輩”「田邉 朔郎博士」 | 【ICC】INDUSTRY CO-CREATION

3.HLAB 高田さんが紹介するのは“母校の大先輩”「田邉 朔郎博士」

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トップリーダーたちが、尊敬する”MY偉人”についてプレゼンする「世界の偉人伝」、前回の大好評を得て、シーズン2の書き起こし記事の登場です。全8回シリーズの(その3)のプレゼンターは、HLAB高田 修太さん。母校東京大学の大先輩である「田邉 朔郎」博士は、なんと卒論で京都のインフラに大きなインパクトを与えた偉人です。1890年に完成した琵琶湖疏水ができたいきさつを、高田さんのガイドでぜひご覧ください!

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット FUKUOKA 2022は、2022年2月14日〜2月17日 福岡市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。

本セッションは、ICCサミット KYOTO 2021 ダイアモンド・スポンサーの<ノバセルにサポート頂きました。


【登壇者情報】
2021年9月6〜9日開催
ICCサミット KYOTO 2021
Session 10C
世界の偉人伝 (シーズン2)
Supported by ノバセル

(スピーカー)

朝倉 祐介
シニフィアン株式会社
共同代表

石川 善樹
公益財団法人Well-being for Planet Earth
代表理事

出雲 充
株式会社ユーグレナ
代表取締役社長

高田 修太
一般社団法人HLAB/株式会社エイチラボ
共同創設者COO / プロマジシャン

丸 幸弘
株式会社リバネス
代表取締役 グループCEO

(モデレーター)

井上 真吾
ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン
パートナー

「 世界の偉人伝 (シーズン2)」の配信済み記事一覧


連載を最初から読みたい方はこちら

最初の記事
1. 経営者が「偉人」を語る好評シリーズ第2弾!

1つ前の記事
2.リバネス丸さんが選ぶ偉人は、ノーベル化学賞を唯一2回受賞した「フレデリック・サンガー」

井上 では続いて、先ほど、「知っている」という手が誰からも挙がらなかった、田邉 朔郎(1861~1944)さんを、高田さん、お願いします。

でも、非常に身近な人なんですよね。

一般社団法人HLAB/株式会社エイチラボ 共同創設者COO / プロマジシャン 高田 修太さん

高田 実はそうなんですよ。

皆さん知らなかったのですが、実はICCサミット KYOTOにおいては一番身近な偉人です。

それを(ICCの小林)雅さんに話すと、是非話してほしいということだったので、今回売り込みとして持ってきました。

田邉 朔郎博士は“母校の大先輩”

高田 改めまして、高田と申します。

私は今、教育の会社(HLAB)を経営していますが、東大の工学系研究科社会基盤学専攻を修了しています。

実は社会基盤学科の前身は土木学科で、田邉 朔郎先生はその学科の大先輩にあたります。

東大社会基盤とは?(東京大学社会基盤学科/社会基盤学専攻)

この方ですが、今回のために調べていたら、Googleの検索ワード予測で、「田邉朔郎 イケメン」と出ていました(笑)。

確かにちょっとかっこいいかなと思います。

井上 偉人はイケメンなんでしょうか?

▶編集注:前Partで、丸さんが解説した偉人、フレデリック・サンガーもイケメンと紹介されました。

高田 (笑)明治維新直前に生まれ、昭和19年まで生きていた方です。

京都近代化の父でありイノベーター

高田 田邉 朔郎のことは知らなくても、皆さん、これは知っていますか?(挙手を促す)

あ、でも知っている方は少ないですね。

知らないのは非常にもったいないです。

これは水路閣と呼ばれる史跡で、このICCサミットの会場であるウェスティン京都から徒歩10分で行ける場所にあります。

井上 南禅寺のところにあるのですね。

高田 はい、南禅寺の境内の中にあります。

さっき行ってきたのですが、インスタ映えする場所でもあるので、着物の方たちがたくさんいて写真を撮っていました。

会場から徒歩10分くらいで行けるところですが、南禅寺の真ん中にドーンと、ローマ時代の水道橋のような橋があるのです。

井上 これは何なのですか?

高田 この上に水が流れているのですが、これは琵琶湖疏水の一部なのです。

京都市上下水道局:琵琶湖疏水のご紹介(京都市上下水道局)

琵琶湖疏水は、琵琶湖から京都に水を引くために作った水道のようなもので、その一部が水路閣といわれる橋になっています。

田邉 朔郎は京都近代化の父であり、イノベーターだと僕は思っていますが、琵琶湖疏水を設計し、最後までやりきった、土木のエンジニアです。

井上 田邉さんがいなければ、今の京都はないということですね。

高田 その通りです。

ICCサミットのイベントで京都の庭園を見に行くツアーもありますが、琵琶湖疏水があったからこそ水が引けて、庭園の中に池が造れたわけです。

京都は盆地なので川が比較的細く、鴨川も水が少なくて水量が足りなかったので、琵琶湖から京都に水を引くことは、古くは平 清盛や豊臣 秀吉などの念願の大仕事でした。

しかし誰もできず、最終的に明治維新直後に、田邉 朔郎がエンジニアとしてやりきったというわけです。

井上 何でも知っている善樹さん、この田邉さんのことは知っていましたか?

石川 全然知らなかったですね。

土木の分野は身近で当たり前すぎますが、でもその背景にはこんな偉人がたくさんいたということですね。

高田 そうですね、このような人たちの努力の積み重ねです。

実は田邉賞受賞者の高田さん

高田 今日僕が田邉 朔郎について語っているのは、実は「田邉賞」という賞を受賞していまして…。

石川 田邉賞、獲っているんですね(笑)。自慢ですか(笑)。

高田 これは東大の土木分野において、卒業論文が優秀だったりすると、学科で3人くらいもらえる賞です。

井上 田邉賞の賞状に写真が入っているの、面白いですね(笑)。

高田 そう、田邉 朔郎先生の写真が入っているのです。

これは卒業論文で優秀だともらえるのですが、卒業論文というのが肝で、修士論文や大学院の論文ではもらえず、別の人にちなんだ賞になるのです。

なぜかと言うと、実は田邉 朔郎は当時、東大工学部の前身である工部大学校の卒業論文で、琵琶湖疏水の計画を発表したからです。

彼はその後、実際にそれを実現したわけです。

つまり、田邉賞には、「卒業論文を書いたら世の中にインパクトを与えなさい」というメッセージがあるのです。

石川 それで、高田さんの卒論のテーマは何ですか?

高田 高速道路の費用分析みたいなテーマです。

ニューヨークでも高速道路がたくさん通っていますが、それと首都高速の比較分析などもしていました。

▶編集注:『都市内高速道路の維持管理費用に関する調査研究-首都高速とニューヨークを例として-』で受賞。

今は教育の会社を経営しているので、田邉先生には申し訳ないのですが(笑)。

 怒られますよ(笑)。

卒論で執筆した「琵琶湖疏水工事計画」によって大抜擢

朝倉 琵琶湖疏水は、1890年に完成したのですね。

高田 そうですね。

田邉先生は、卒業論文の執筆時に、当時の京都府知事であった北垣 国道(1836~1916)に引き合わせてもらい、琵琶湖疏水工事計画を卒業論文で書いていることを伝えると、プロジェクトリーダーに任命されたのです。

21歳で知事に出会って、23歳で京都に引っ越し、プロジェクトにとりかかりました。

京都を蘇らせた琵琶湖疎水(渡辺パイプ株式会社)

朝倉 23歳でそういう計画を考え、かつその若者に大事業を任せようという社会の懐の深さがまた、すごいですよね。

 社会自体が、イノベーションの原点を知っていた時期ですよね。

石川 知事がすごいですね。

高田 本当にすごいんですよ。

完成まで6年ほどかかっていますが、この歳でこれを造りきったことが本当にすごいです。

写真左から、ユーグレナ出雲さん、HLAB高田さん、リバネス丸さん

 出雲さんも、確かユーグレナを立ち上げたのが23歳の時ですよね?

出雲 立ち上げたのは25歳ですが、近いですね。

 近いですよね、その年齢で実現するのはすごいですね。

石川 いずれ出雲賞を、農学部に作らないといけないですね。

▶編集注:出雲さんは、東京大学農学部ご卒業です。

高田 確かに。

 死してなお、ですから…(Part1参照)。

高田 ここにまとめていますが、京都は水が少なく、大政奉還(1867)後に人口も減ってしまったので、知事が何とかしたいと、それで水を引きたいと思い、琵琶湖疏水を彼に任せたということです。

枚挙にいとまがない偉人エピソード

高田 何がすごかったかについて色々書いたのですが…。

まず、当時の大学はイギリスのエンジニアを雇って習っていたので、授業も卒業論文も英語です。

研究中に右手を怪我したので、全て左手で英語論文を書ききったそうです。

これは気合いですが(笑)、国の年間土木予算が100万円という時代に、この年齢で126万円予算のプロジェクトをやりきりました。

あと、京都の蹴上(※京都市の東部、東山区の一地区)を上がったところと、大津の高低差は4mしかないらしいのですが、自然の高さだけで水を引いたようです。

井上 4m、それはすごい。

高田 手計算とそろばんと測量だけで、水を引いたようです。

36mの高低差のある疏水上流の蹴上船溜と下流の南禅寺船溜に船を往来させる必要があり、インクラインというアイデアを出して乗りきったのですが、ちょうどこのホテルの横に線路跡があって、そこを台車が通っていたようです。

蹴上インクライン(日本遺産 琵琶湖疏水)
タイムスリップ蹴上インクラインVR(VRで魅せる琵琶湖疎水)

また、彼はアメリカで世界初の水力発電所を見て、「これを日本でもやりたい」と、蹴上の高低差を利用して、日本に世界で2番目に事業用水力発電所(蹴上発電所)を造りました。

それをやりたいと進言し、それをやりきったのがすごいなと思っています。

電力を確保できたので路面電車が通りました。

また、東山に工場群を作る予定でしたが、東山ではなく違う場所に造っても電気を送れるようになったため、東山にあった別荘も守られました。

田邉に一任しサポートした北垣 国道知事

高田 「能力ある若者に思い切って任せる」という気概が知事にあったことが本当にすごいですし、このおじさんが議会に説明していたようです(笑)。

 このおじさんが偉人じゃないですか?

高田 このおじさんも相当すごいです(笑)。

井上 この方、当時年齢は45歳くらいなんですよね。つまり、知事としても若いんですよね。

石川 ついているあだ名が最悪ですね(笑)。

写真左から、シニフィアン朝倉さん、石川 善樹さん、ユーグレナ出雲さん

高田 北垣 国道さんという方ですが、京都府民に税金の負担をかけるので、「来た餓鬼極道」というあだ名で揶揄されました。

本当に色々な反対があったらしく、福沢諭吉からも「南禅寺の中にあんなものを作るとは何事か」と批判され、すごく大変だったようです。

ちなみにこの人は完成させた年に、田邉 朔郎と自分の娘を結婚させています。

 やっぱり、この人が偉人じゃないの? 立役者(笑)。

高田 天皇の遺骨が埋まっている等で、宮内庁をはじめ、何度も路線変更があったようです。

それで蹴上を通らなければいけなくなり、インクラインや、技術的難易度の高い水力発電所を造りました。

大学を辞し、北海道の鉄道建設に尽力

高田 京都の後は、北垣さんとのペアで、北海道の鉄道を開拓しています。

卒業設計で京都を救済した技師(季刊大林)

井上 このコンビで。

高田 当時はお抱えエンジニアを海外から雇っていましたが、それらには一切頼らず、日本人だけでやり切ったのは本当にすごいです。

井上 田邉さんには、東大教授就任の話があったのですよね?

高田 そうです。

少しだけ教授として教え、北海道での仕事に誘われたので、辞めて北海道に行きました。

日本にとって何がベストかを考え続けて、行動したということです。

写真左から、リバネス丸さん、ベイン・アンド・カンパニー井上さん

井上 これは偉人じゃないですか、丸さん?

 すごいね、僕だったら東大教授を選ぶだろうなあ。

高田 当時から英語で論文を書いていたので、後々、イギリスの土木学会から賞(テルフォード賞)をもらっています。

ということで皆さん、すぐそこなので、水路閣だけでもいいので、明日にでも是非見に行ってください!

水路閣も田邉 朔郎の設計です。

以上です。

石川 素晴らしい。

井上 朝の散歩にすごく良いですよね、南禅寺自体も良いですし。

ありがとうございました。

高田 ありがとうございました。

石川 「来た餓鬼極道」のほうが強烈に覚えている(笑)。

 彼も偉人ですよね。

高田 矢面に立ってくれたのが彼ですね。

井上 では、次の偉人にまいりましょう。

(続)

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続きは 4.シニフィアン 朝倉さんが解説する「渋沢 栄一」3つの魅力 をご覧ください。

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編集チーム:小林 雅/小林 弘美/浅郷 浩子/戸田 秀成/大塚 幸

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