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2月17日~20日の4日間にわたって開催されたICCサミット FUKUOKA 2020。そのレポートを連続シリーズでお届けします。今回はICCサミット初登場のアーティスト、土佐尚子さんをメイン・スピーカーに迎えた異色のセッション「新しい価値を創造しよう! 『アート・イノベーション〜リーダーに必要なアート力を身につける』」の模様をお送りします。67分にわたるプレゼンと作品鑑賞の末に見た、アートと経営、アートとイノベーションの分かち難い関係とは? ぜひご覧ください。
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回200名以上が登壇し、総勢900名以上が参加する。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット KYOTO 2020は、2020年8月31日〜9月3日 京都市での開催を予定しております。参加登録などは公式ページをご覧ください。
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【開催情報】
2020年2月18日〜20日開催
ICCサミット FUKUOKA 2020
Session 10C
新しい価値を創造しよう!
「アート・イノベーション〜リーダーに必要なアート力を身につける」(90分拡大版)
Supported by ストックマーク
(メイン・スピーカー)
土佐 尚子
京都大学
総合生存学館/凸版印刷アートイノベーション産学共同講座(産学共同)/特定教授
(スピーカー)
千葉 功太郎
Drone Fund 代表パートナー / 千葉道場ファンド ジェネラルパートナー / 慶應義塾大学SFC 特別招聘教授
丸 幸弘
株式会社リバネス
代表取締役 グループCEO
(モデレーター)
各務 亮
株式会社 電通
プロデューサー
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▶ICCサミット FUKUOKA 2020 開催レポートの配信済み記事一覧
アートは、その面白さや価値が、前もって予測できないうえに見たところで人それぞれで、あいまいなことで損をしている。正解を求める人には肩透かしであり、小難しそうな作品の前を素通りするのは簡単だ。忙しい日々の中で、それについて考えてみようとするのはなかなか難しい。
加えて、最近ではアートを学ぶ、教養として学ぶというアプローチが出てきていて、それは必然的な流れでもあるのだが、それが敷居の高さを生んでいる面も否めない。
絵を描くのが下手だから、センスがないからといった学生時代の貧弱な体験から、私たちは自分とアートを切り離してしまいがちだし、時間的余裕のある人が楽しむイメージもあることから、わざわざ時間を作って”アートする”ことが、一種の贅沢になっていたりもする。
たしかに贅沢な体験ではある。すると、アートは嗜好するものであって、必須ではないのでは?という問いもあるだろう。
その答えは明らかに否。経営者にとって、アートはむしろ必須であるということが、体験しつつ理解できたのがこのセッション「アート・イノベーション〜リーダーに必要なアート力を身につける」(90分拡大版) 」である。
今回ICCサミット初参加となる、アーティストであり、京都大学総合生存学館/凸版印刷 アートイノベーション産学共同講座 特定教授の土佐 尚子さんをメイン・スピーカーとして迎えたこのセッションは、ICCきっての論客であるDrone Fund 千葉 功太郎さんとリバネス丸 幸弘さんを黙らせ、うならせ、すっかり感動させてしまった。
▶「歴史に残るクリエイティビティは、当時の最先端技術とつながっている」アーティスト土佐 尚子さんが考える、アートとイノベーションの密接な関係
前半1時間は土佐さんのプレゼンを聞き、作品をひたすら鑑賞という異色のセッション。土佐さんの経歴は、すべてが疑問と発見で連綿とつながっていき、ダ・ヴィンチの時代から産業の未来へ繋がる。少々長くなるが、それを追体験していただくべくレポートでお伝えしよう。
うまくいかないときに、チャンスが訪れる
土佐さん「京都五山の建仁寺は、禅寺の中でももっとも格式が高い寺と言われていますが、有名な風神雷神図の両側に、私の作品が飾られています。1つは『静寂』という作品です。
約10年前に創った作品です。そのころの私は、これから人生をどうしようか? どうやって作品を作って生きるか?と考えて悩み、あせりだけを感じていました。そこでひとまず、週末、京都のお寺の写真を撮ってみることを決めました。
そこで撮ったのがこの写真です。枝を浮かせて背景を消し、デジタルアートにしてタイトルをつけて、ずっとしまっていました。
それから6年がたち、ふと、建仁寺で撮影したので建仁寺に置きたいと思い、奉納を申し入れました。これは自分にとってイノベーションだったのですが、とても敷居の高いところだから、果たして受け入れてもらえるだろうか?と心配しました。
そこで作品を見せると、この木は建仁寺代々の館長が大切にしてきたモチの木で、200年生きたあと、数年前に倒れて切り株だけになったというのです。遺影ではないですが、この写真が残ったのです。
もう1つの『雲の上の山水』という作品は、これも自分がうまくいかないと感じていたときに創ったものです。うまくいかないときは、何かが生まれるチャンスかもしれないです。
飛行機に乗ると窓から雲が見えますが、いつも見上げているのに、雲が真横にある。面白いなと思って、写真を1,000枚ぐらい撮り、デジタルの山水画にしました。
山水画は、東洋独特の三遠という画法で描かれており、西洋の遠近法とは違います。
下から高いところを見上げる”高遠”、前方から後方を見渡す”平遠”、頂上から見下ろす”深遠”、要はパノラマ的になっていて、その画法を踏襲してデジタルで創りました。本当はふすまにしたかったのですが、かさばるので掛け軸にして奉納しました。
新しいことが、一番厳しい所で認められるのは、様々なイノベーションで大事だと思うのです。
そして、これは原理だと思うのですが、一番敷居の高い所は、新しいことを決める力を持っています。
自分を追い込んで、高い所に挑むのが大事なのではと思っています」
後半の部分で、多少頷き始めた千葉さん、丸さん。しかしまだ探り探り聞いているような表情だ。そんなふたりと会場に、土佐さんは問いを投げかけた。
「人生を豊かにする技とは何か?」
「私は、それはアートであると思います。
人は生まれてから、笑ったり、泣いたり、怒ったりしますよね。それは最初の表現でアートです。すべての人に関わることです。
やがて学校に入り勉強しなさいと言われるようになって、アートはそこから外れ、大人になるにつれ段々と遠ざかってしまいます。
そしてみなさんのように、若い経営者の方々の前に突然、教養としてのアートとなって登場するのは、違うのではないか?と思います。元々誰にでもあったことで、それを思い出すのが、重要なのです。
なぜならアートは、私たちの人生をノンバーバルコミュニケーションで伝える、すごい力をもっているからです。
アートは、人生を描き出すものなのです。これを使わないで、一生懸命難しい言葉で説明していても伝わらないと、私はよく思います。
アーティストと呼ばれる人は、それを可視化して、表現できる人です。心理、美学、政治、科学、情念的な断片などすべての思考や、外界からの大量の情報の意味に形を与え、具体イメージで表せる人のことです。だからアートは、単なる自己表現ではないのです。
アーティストは、おかしなものや、不思議なものを造形する変人ではありません。
自分を客観的に見て、何が好きで、どんなインプットをして考えているのか、自分を通すと何が出てくるのかを、アーティストになる人は考えなければなりません。
アーティストとして私が特に注目しているのは、たとえばエジプトのピラミッドや奈良の大仏など、時を越えて残っている文化芸術遺産の多くには、芸術と最先端のテクノロジーが使われているということです。ダ・ヴィンチの時代、その2つは同じだったのですが、西洋の教育が分けてしまいました。
私はこの芸術と科学の間のエッジのところにさまざまな面白いものがあるのではと思い、どのくらい深いかはわかりませんが、知見と知識を得ながら飛び込んでいます」
土佐さんの作品紹介:An Expression1985年のビデオアート作品
An Expression by NAOKO TOSA (1985年のビデオアート作品)
「これは、私が25歳のときに創った作品で、今はニューヨークの近代美術館(MOMA)のコレクションになっています。当時の先人が開発したスペシャルエフェクトなど、使ってはいけない、いい作品ができない、と忠告された効果を、思う存分に使ってみました。
すると、自分でも発見がありました。画像を並べて画像の明るさから音をリアルタイムで生成するシステムが生まれてきたのです。
この経験から学べたことは、先人のタブーを破らなければいけない。破ることは成功の近道であるということ。これはどの分野でも言えることです。
その次に取り組んだ仕事が、感情認識です。私は、AIによる感情認識で博士号を取っています。不特定話者の声の抑揚から感情を認識するのですが、吉本興業との共同研究で、”ツッコミコンピューター”というものを創ったりもしました。
すると、関西と関東では笑いに差があると気づきました。科学技術と、芸術の間には文化があるのです。それで文化をコンピューターにすることを始めました」
日本文化をコンピューターで表現する
「私は日本がかっこ悪く見えていた世代で、アメリカに行かないと大きな仕事ができないと思い、MITの建築学部にある、1968年に設立のデジタルになる前のアートサイエンスのセンターに入りました。それはもう努力して勉強しました。有名な人だと、ナム・ジュン・パイク(※)などが卒業生です。
そしてアーティスト・フェローになり、アメリカ人になれると思っていたのですが、なれないのです(笑)。生まれ育ったのはずっと日本だし、自分は日本人なのです。
そこで、雪舟の山水画を誰もVRでやっていないなと考え、禅を勉強し始めました。
山水画を構造的に見て、12のアイコンを配置するだけで山水画を描けるようにしました。置くだけなので、上手な人でも下手な人でも描くことができます。
Zenetic Computer
コンピューターが人を助けてくれるのが、快適なシチュエーションであると私は考えています。
山水画を描いたように見えますが、3次元のグラフィクスなので、描いた後は絵の中に入っていけます。そこで山や川に近づくと、禅問答が出てくるという仕掛けにしました。30分のインタラクティブシステムです。
今考えると、よくこんなに面倒くさいものを創ったなという感じですが、それが評価してもらえました。
海外ばかりでやっても意味がないなと思い、リスクを負って新しいことをしてみようと、日本の禅寺にこれを置いてみないかと、提案してみることにしました。
最初は追い出されるのではと思うくらい緊張しました。すると、日本の若い人は禅をやらないから、間にコンピューターが入ることで、さまざまな新しい禅の形を提案できるかもしれないということで、受け入れられたのです。
そこから自分の考えが本当に変わりました。
そこから『日本文化とは、私達が創るもの』という考えになりました」
肉眼では見えない美の発見
「人間は、3つの段階で美を発見すると思っています。
上のスライドを補足すると、1はつまり、裸眼で美しいなと思うことですね。
今は3の時代、数式、原理原則やビッグデータが全盛の時代だから、私は1が価値があるのではないかと思ったんです。そこで”Invisible Beauty”という試みを始めました。『裸眼で見えない美しさを、先端技術を使って見る』というコンセプトです。
北斎の『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』をご覧ください。波がこういうふうに北斎には見えたんですね。すごい動体視力です。ハイスピードカメラで2000分の1で撮ったものと同じ形が見えています。
そこで私は考えました。日本文化にはいろいろな型があります。その中の一つである生け花を題材にし、音の振動で生け花を創ってSound of IKEBANAと名づけました。スライドの右側がそれです。生け花のように、人・天・地というアンシンメトリーな三角形になっています。
これは高速度カメラで見える世界で、2000分の1秒の世界です。
ウーハーを上向きに置いて、液体とハイスピードカメラと強い光量を使って撮影します。正弦波で周波数を変えたらどんなものが出るだろうと試し、20〜70ヘルツの間に、だいたい形は隠れていることがわかりました」
2000分の1秒の世界、Sound of IKEBANA
「このSound of IKEBANAで、海外の展覧会もしました。シンガポールでのプロジェクトマッピングは、当初マリーナベイサンズの屋内で行っていましいたが、周囲があまりに魅力的なので、外も使ってやりました」
シンガポールは南国のため、四季はない。そこで日本の四季の花を表現する作品を作成したという。土佐さん、千葉さん、丸さんの感想とともに、その一部をぜひご覧いただきたい。
Naoko Tosa’s Projection Mapping: Sound of IKEBANA (Short video)
土佐さん「ここで見られるのは、数式になっていない一種のカオス現象です。二度と出ない形もあって、お気に入りの形があります」
千葉さん「この飛んでいる液体は何ですか?」
土佐さん「不透明水性ポスターカラーのような絵の具やオイルです。粘性を変えると、全く変わります。音の振動を与えることによって色が融合しつつ飛び上がりますが、ウーハーも様々なものを用いています。
25年ぐらいコンピューターグラフィクスをやっているのですが、これを見て、自然の中や物理現象の中には、まだまだ不思議がいっぱいあるなと思いました。我々の内臓器官に似て見えたりもします」
丸さん「生命にすごく似ていますね」
千葉さん「夢に出てきそうですね。創るときは一日中ですか?」
土佐さん「いえいえ、日に3時間ぐらいです。疲れたらいいもの出ませんから」
この作品は、シンガポール以外にも、ニューヨークのタイムズスクエアで、ビルボードを60台以上使用して、毎夜23:57〜3分間、1ヵ月間にわたって投影されたという。
土佐さん「1980年代に、昼間でも治安が非常に悪かったニューヨークを、当時のジュリアーニ市長がアートをもって街を一掃しようとしました。
タイムズスクエアでカウントダウンのときに有名な時計がありますよね、最初は、その時計のある建物の一番上の小さな1つのビルボードだけだったそうですが、今やスポンサーが増えて60台です。
こういうことを日本でやろうとすると、できそうで意外とできないんですよね。これもパブリックアートを使った、アート・イノベーションといえるのではと思います」
無重力アート、Invisible Beauty:Genesis「UTSUROI」
次に「無重力アート」として土佐さんが紹介したのが、この作品。ゆっくりとカキツバタに向かって液体状のものが上がっていき、花が割れていく。この作品には、ICCサミット KYOTO 2018でLEXUSとコラボレーションした展示を作ってくださった、未生流笹岡隆甫さんが関わっている。
▶LEXUSと華道の“CRAFTED”な出会い。美が生み出す奇跡と、美を生む遊び心とは【ICCサミットKYOTO 2018レポート#4 特別鼎談】
NAOKO TOSA Art うつろひ
土佐さん「これは、液体窒素に花をつけると、約15秒で固形になって、物を当てるとガラスのように割れるという、”UTSUROI”という作品です。液体窒素に何秒つけるかは、京大の低温物理学の先生が決めてくれます。つけすぎると、ぽろりと折れてしまうのです。
京都は温故知新で新しいもの好き。家元がそういうのが好きなんです。新しいものに挑んで行かなければいけません。なんと家元が、自分の生けた花を割る。だから伝統は残るのだと思います。
別の時間を感じてもらいたかったのです。忙しい事象ではない、私たちと一緒に物理的に存在している時間を」
千葉さんと丸さん、モデレーターを務める各務さんは、目の前で繰り広げられる神秘的な現象に、食い入るように見入っている。
次の作品もInvisibleBeauty: Genesisで、建仁寺でのエキシビジョンの作品だ。
土佐さん「ゲル状の液体の中に、絵の具を入れると普通は混ざるのですが、混ざらない温度を見つけました。この白いのはドライアイスのエアーなんです。それが動き、この世界を描いてくれるのです。ゆったりした世界が面白いなと思い、作品にしました。
『スポーツ・文化・ワールド・フォーラム』という、オリンピック関係の京都でのプレイベント用に創ったもので、京都市交響楽団と、尺八が藤原 道山さん、ゲル状のものの中にお花を生けたのは、再び笹岡さんです」
文部科学省 スポーツ文化ワールドフォーラム オープニング2016
土佐さん「インタラクティブ・アートをやっているときに、小難しいことを説明すると、それはやらないと言われてしまう。それを何度も経験して、とても悔しいと思って、説明しなくても老若男女惹きつけられるものを目指そうとしたら、こうなりました」
千葉さん「見ていて気持ちがいいですね。ずっと見ていられる。CGにはない気持ちよさがあります」
土佐さん「自然だからですかね。ちょっとでも合成とかを入れると、人って判ってしまうのです」
その後、この作品の制作現場の舞台裏写真も紹介され、美しい作品とのあまりの落差に会場一同がどっと沸くという場面もあったが、それが逆にアーティストの地道な作業に親近感を覚えることにもなっていた。
土佐さん「見てください!こんなアナログなことをやっているんです」
12cm大のアクリルボックスの中を、マクロレンズで一部だけを拡大して撮っているのだそうだ。
土佐さん「ちょっとカメラを引いてみますね」
絵の具やウォーターガンを持った人たちが周りを囲んでいる。
千葉さん「小さいんだ……!」
千葉さん・丸さん「! 見ちゃいけないやつですね……(笑)」
土佐さん「一人でもチームワークが乱れるとやり直しですね。でもこういうアナログが作り出す世界っていいなと思うのです」
千葉さん、丸さん、猛省
土佐さん「もう一つ見せよう。これは宇宙です」
縦サイズの映像に、すかさず壇上の現代っ子は反応した。
千葉さん「これはなぜ縦の画面なのですか?」
土佐さん「縦で創りたかったから」
千葉さん・丸さん「! 凄いなぁ! そこにロジックはなかったのか!」
土佐さん「ロジックじゃないほうがいいでしょうね」
千葉さん「スマホマーケティングとかするのかな、と思った自分が間違っていた!」
会場はみんな笑ったが、半分以上はスマホ向けと思ったに違いない。映像は最初に現れた花が「宇宙」を想わせるものに変容していた。神妙な面持ちになった丸さんが言った。
丸さん「……僕ら今日、心を洗いに来たんです。見てて反省してしまいました。最近の自分、大丈夫かな?って」
千葉さん「本当にだめだね。ちゃんと生きたほうがいい」
丸さん「今日反省会しよう」
千葉さん「うん」
反省を始めるふたりを面白そうに見つめる土佐さん。最後は「ちょっと毛色の変わったものを」と、エンターテイメント性さえある、歌舞伎役者の顔面の上中心に繰り広げられる不思議なアートを見ることになった。
KABUKI 連獅子 two lions by Naoko Tosa
千葉さん「いくらでも見られるなぁ!」
お囃子のサウンドとともに、異世界に誘われたように見入るふたり。いつの間にか1時間7分が経過していた。
作品の中に入って「無」になる禅体験
ここからがディスカッション本編。といっても残り時間は20分強だ。
各務さん「経営者のアート力というテーマのセッションですが、いまうかがった土佐さんのお話、アーティストの姿勢から、いろいろ学びになるフレーズが出てきたと思います。それを議論する前に、おふたりから率直な感想をうかがいましょう」
千葉さん「(丸さんと顔を見合わせ頷きながら)素晴らしい。皆さんもきっと同じだと思います。ずっと見ていられると思いました」
丸さん「不思議だよね」
千葉さん「うん、不思議。最初はただきれいだなと思っていたけれど、後半は『無』になり、仕事を忘れて見ていました。これだけ無になるのは珍しいです。
アート作品は、インスピレーションを受けたいとか、受けようとか思って見てしまいますが、土佐さんの作品は入っていってしまいました。自分と対話しているような感じでした」
土佐さん「それは、私がそうしたいと思って創っているからでしょうか」
丸さん「完全にはまってますね」
土佐さん「あとは、禅ですね。この作品を見て宗派の違うお坊さんが、禅的だと言ったことがあり、驚いたことがあります」
丸さん「だから僕、反省しました。みなさんも反省してください!」
各務さん「丸さん、何を反省なさったのですか?」
丸さん「僕ら、小さい話をしているなと。こんな右肩上がりのグラフを書いたりしてさ。数字積み上げてさ」
千葉さん「いやいや、それは失礼でしょ(笑)」
(会場笑)
土佐さん「(笑いながら)私も、今朝は京都で9時から11時まで、教授会に出てきましたよ。それから福岡に来ました。でもああいうのがあるからいいんですよ」
丸さん「それもわかる気がします。だからこういう時間が必要です。インターネットですべてが速く進む中で、たった1時間でも禅をやっている感覚になりました。スピードカメラは、物理的に相当速いじゃないですか。その動いている世界観があるという事実が見られる。これは面白いですよね」
土佐さん「私もそこに引かれました。昔はレントゲンとかCTなどなくて、体の中は見えなかったけど、先端技術でもって見えるようになったわけです」
丸さん「僕は生命科学の専門で、自分が撮った電子顕微鏡の写真がすごくきれいで飾っていました。でも写真だと、あの動きは撮れません。生きている生き物を、これならば見られるじゃないですか。体の中の動きをもし撮れれば、同じような動きが体にあるのではと思います」
土佐さん「あると思います。脳みたいだなと思うこともあります」
千葉さんの告白
そこへ、各務さんが議論の内容から抜粋した、「うまくいかないときに、インスピレーションが生まれる」「アートは自分の人生を描き出すもの」「時を経て残っているものは、当時の最新技術が使われたもの」「データになっていない美の発見」など、10本のフレーズを画面に映し出した。
千葉さん「アートは自分たちの人生を描き出すもの、経営そのものだなと思います。皆さんにお伝えしたことはないのですが、僕はデザイナー出身の経営者で投資家なのです。経歴書にも書いていませんが、ICCでは珍しいのではないでしょうか。
両親がフラワーデザイナーで、僕は一人っ子です。日々花とデザインに囲まれて暮らしていて、僕もデザインへ行くのだろうと思い、大学もメディア・アートを専攻しました。写真を中心に絵も描いたりして作品を作っていて、最初の仕事はPhotoshopでUIの設計。ずっとデザインでした。
その中から、デザイン、アートは経営なのではないかと、ある日ふっと出てきたのです。
自分の創りたい未来は、まずビジョンで出てきます。それをグラフなどに落として経営があります。
こういう世界、ビジュアルを実現したい、それをどうやって皆さんに伝えるかで、数字やストーリーができ、それに共感してくれる人やエンジニアが集まるというのをずっとやってきました。
デザイン、アートと経営は表裏一体だと思っています。あまりICCでこういう話をする機会がなかったので、今日は感動しています」
感情と論理は経営に不可欠なもの
丸さん「デザインとアートって違いますよね。アートは価値創造で…」
土佐さん「デザインは目標があって、その山にどう登るかという感じですね」
丸さん「潜在的な内なるものの表現系の力と、デザインする力は違うものだけど、両方もたなければ実現はしません」
土佐さん「そのとおりです。だからアート&テクノロジーという、感情と論理をうまく使うんです」
丸さん「僕は直感系の人間だから説明ができなくて、やりたかったから、こうだったからとすぐ言ってしまいます」
土佐さん「でも、自分の心から出たものが一番伝わりますよね」
丸さん「それを片方だけでやるのではなく、デザインとアートを融合させてやると、何か前に進む気がします。
僕が今日、何か忘れていた、と言ったのは、自分との対話をするタイミングがなかったことです。いろいろな情報があふれていて、なんとなくの情報を拾って形が作れて器用になってしまったから、自分の心を置いて、手っ取り早い方に行ってしまう。やばい経営者になりそうだなというのを反省しました。
もう一度、自分の直感や内側と対話するのが大事な時期に来ているんじゃないのかなと思います」
ジョブズに悔しがる土佐さん
土佐さん「おふたりに聞いてみたいのですが、スティーブ・ジョブズについてどう思いますか?」
千葉さん「羨ましい(笑)」
丸さん「知り合いではないです(笑)」
唐突な土佐さんからの質問に、意図を読みきれない様子がありありのふたり。しかしこれは、土佐さんが長年考えてきたことのようだ。
土佐さん「彼はソニーの盛田 昭夫さんに興味があって会いにまで行って、京都を訪れ、苔寺を見て、禅に引かれ、シンプル・イズ・ベストでこれ(と手元のiPhoneを指差す)になっちゃった。商品にできたわけです。
何でできたんでしょうね? アート・イノベーションって、そこだと思うのです」
丸さん「理由はないんですよ、たぶん」
土佐さん「言語化できない何かですよね。私は、なんか持っていかれちゃったな〜と思っています。なぜ日本がやらなかったんだろうと」
丸さん「彼がとってもやりたかったから。結局はそこだと思います。世界が振り向かなくても、内側に情熱があって、誰かがやらなくても自分がやるという、内側の熱、一人の熱が、世界を作り出したり、表現していると思っています。
その熱量が何に起因するものかはわからないけれど、熱を持った人の周りに人が集まってくる。そういういろいろなものがバーンとぶつかったときに、たまたま完成した、というのが正しい表現ではないかと思います」
まさに、土佐さんが先に説明した「美の発見」の3段階のプロセスを追って、イノベーションが生まれたということではないだろうか。その話の奥底をさらに千葉さんが掘り進める。
ひらめきや直感は、自らのインプットから生まれるもの
千葉さん「アートは自己表現ではないと土佐さんが冒頭で言っていましたが、本当にそのとおりだと思います。
人間のひらめきや直感は、本当に直感なのではなく、人生を通じた多次元のインプットから低次元に照射したときに、何かが出てくるだけではないか。偶然神が降りてきたのではないと思います」
丸さん「だって土佐さんは、苦労されていたときこそ、内側に蓄積されていたものが出てきたんですよね」
土佐さん「そう。だからそういうときはチャンスなのです」
丸さん「それを花開かせるときのために蓄積をしてきて、苦しんだときこそ内側を見るから爆発力が出てくる。
今日はみなさん、このセッションが見られてラッキーですよ!
普通にICC来たら、こういうの(と右肩上がりのグラフのジェスチャー)ばかりじゃない? それに組織とか……」
千葉さん「でもそれも大切よ(笑)」
丸さん「ここに来た時点で、セレンディピティがあって、インプットされていくのです!」
土佐さん「今日は、どういう方々が見に来てくださるか、どう反応するか全くわからなかったので、自分が一番うまくいかなかったときの作品を一番最初に見せたのです」
千葉さん・丸さん「(口々に)僕もわからなった!」
(会場笑)
千葉さん「結構僕ら、パネラーとしてしゃべる方だもんね。それを最初の1時間黙っていろと言われ…(笑)」
丸さん「禅だったからね! 大成功ですよ!」
経営と作品創りは同じ
千葉さん「今日は(感動して)震えています」
丸さん「『データになっていない美の発見』っていいですよね。今風の言い方で」
千葉さん「その美がデータになっていくんじゃないですかね」
土佐さん「流体力学の先生にいわせると、複雑すぎて無理だといいます。でも量子コンピューターの時代になれば、できるのでは?」
丸さん「僕は、人間のことは人間では解明できないと思っちゃうタイプです。サイエンスのことは、
生命の不思議は、永遠に見えなくて永遠の不思議である。それを探求し続けるというのが、僕のサイエンティストとしての考えです。
サイエンスとアートって、離れているようで近いですよね」
土佐さん「一緒ですよ! 私たちは星屑から成り立っているんですから」
この発言を聞いて我が意を得たりと、丸さんが千葉さんに向かってニヤリと笑った。土佐さんと完全に気が合うと確信した表情だ。空や宇宙は千葉さんの得意分野でもあり、この日も着ているジャケットには航空機のバッジが光っている。
千葉さん「僕は宇宙が大好きで、中高と天文部で写真を撮り続けていました。まさに見えない芸術が宇宙にあります。
星雲は、波長的に肉眼では見えません。夜空の真っ暗なところに望遠鏡を合わせて、カメラをぶらせないようにして10分、20分と待っていると、パーッと赤い花のようなものが咲くのが見えるのです。
これが感動で。宇宙にはたくさんの色の花が咲いているのです。それをお花摘みしているような感覚で、とらえようとしていました。1枚の写真に1時間かけて撮るのですが、マイナス20度ぐらいで一晩中、非常に辛いのですが(笑)」
丸さん「それは経営に似てますね。キラキラきれいに見える裏では大変だし、必死です」
土佐さん「経営って、作品を作っているのと同じですよね。
今の時代は、意味の報酬にシフトしていると思います。モノからコトへの時代を過ぎ、今は生きがいにシフトしています。そことアート・イノベーションはリンクしていると思います」
作品も、会社も独り歩きできるのが一番いい
すっかりインスピレーションを受けたふたりは、壇上で自分の内側を見つめ始めている。
千葉さん「人間の幸せって何だろう? 見ながら考えちゃった」
丸さん「みんなだまされているんだよ。幸せじゃないんだよ!」
千葉さん「数字が上がった先には、もっときつい数字が待ってますからね。昨対200%でも、もう1回くるんじゃないか、株式市場からプレッシャーくるかと思うと、素直に喜べません」
丸さん「僕らは何をやっているんだろうか」
千葉さん「何を求めているんだろうか。でも作品、会社という作品はできてきます。そして法人格という人格をもって、自分が死んでも意思をもって生き続けていきます」
丸さん「僕ら、会社を創るのが大好きじゃない?1つずつ、情熱をもって創っていくだけだよ」
土佐さん「自分の手から離れないと、独り立ちしないとだめというのが、作品も会社も似ていますね」
丸さん「本当にそうですね」
千葉さん「作品がお寺に奉納されると、またそこで作品は進化していくじゃないですか。そういうことを、土佐さんは創りながら想像するのですか?」
ICCサミットでも、議論したいテーマとして挙がる「事業承継」や「後継者問題」のアーティスト&作品版といった問いが千葉さんから投げかけられた。情熱とインプットのすべてを注ぎ込んで創った作品について、土佐さんは、即答であっさりとこう応えた。
土佐さん「ある程度は。そうなってほしいみたいな、というくらいですね」
丸さん「それはパブリックに出すということでIPOですよ。それでまた独自の進化をする」
土佐さん「独り歩きする作品が一番いいんですよ」
千葉さん・丸さん「わかる! 独り歩きする会社がいいんだよ。創業者がいなくなっても、独り歩きできる」
土佐さん「残るということは、その会社が存在する必然性があるということですからね」
丸さん「日本は禅があるからかもしれませんが、創業家が継ぐ会社が世界で一番多いのです。しかも100年以上続いている会社が多い。これは禅の精神かもしれませんね。独り歩きしてどんどんつながっていく、と今思いました」
各務さん「めちゃくちゃ盛り上がっていて、ずっと聞いていられそうなのですが……そろそろ……」
丸さん「終わりにしないよ? 僕ら、今始まったところだよ! ここから1時間ですよ!」
千葉さん「『あと5分』のボードには負けませんよ!」
ふたりの断固とした主張に会場は大いに沸くが、残り時間はあと5分。最後に3人からの感想を聞くことになった。
イノベーションとしてアートを用いる
丸さん「サイエンスだけでもだめだし、アートだけでもだめで、それだけでは世の中うまく回っていきません。
それを融合させていくリーダーが必要で、ロジックだけでゴリゴリやる時代は終わっていると思っています。リーダーとして、人の幸せやアート、感覚・感性で、人を引っ張っていく力が試される時代になってきたかなと思っています。
そのためには自分と向き合う時間をどう作っていくか、その時間を作っていかないとこれからのリーダーは成り立たないなと思いました」
千葉さん「ICCを持ち上げるわけではないですが、このセッションは非常にICCぽいな、と思いました。ICCは、完全なる異文化と強制的に出会わされる場です。丸さんと出会ったのもICCだし、今日土佐さんと出会ったのもそうです。
実は今日、これは何のセッションなのだろうかと途中まで思っていたのです(笑)。
後半まで観ていて、黙っていた時間のなかで、ああこれだ!と思いました」
丸さん「久々に僕ら、黙ったよね(笑)」
千葉さん「黙った(笑)。みなさんもそうだったと思います。まさに入り込んで自分と向き合って、まさにアートってこういうものだと、言語化できないものが入ってきました。
受け止め方は違っていいと思うのですが、この非言語化されたものをどう経営に取り入れていくか。
これからの組織やモチベーションで、いろいろなテクニックはあると思うのですが、共感、アート、エモーション、人間の根っこのところに訴える共感によって、すごく強い組織が作れるのではないかと思いました。
そうすれば日本の得意な、100年企業を作る礎ができる。そこにテクノロジーは絶対に必要で、未来に残る作品は最先端のテクノロジーを使っている。
我々のいる、ITとかテクノロジーの世界にアートを取り入れていけば、100年、200年続く法人格になるのではと思いました」
土佐さん「このような機会を与えていただき、どうもありがとうございました。
今日のきっかけは、もともとHARTI の社長の吉田さんが登壇するはずが、私を紹介してくださって機会をいただくことになり、ICCの小林さんが京大にある私の実験室まで訪ねてこらたのです。
会ってなぜか5分で、登壇すると返事してしまいました。それはノンバーバル・コミュニケーションです。
人間のバーバルとノンバーバルの対面コミュニケーションで、9対1がノンバーバルが強かったという実験があります(※)。人の話を聞いていないし、気にしていないのです。
▶編集注:メラビアンの法則(コトバンク)
ノンバーバルが記憶に残る。今の時代だからこそ、データになっていないことを、文字化していったり、自分の価値にしていくことに、ものすごく意味があるのではと思います。
そういうことが皆さんの心の中に何か残っていれば、このセッションは成功だと思います。
Art as Innovationなのです。それを記憶にとどめていただければと思います」
イノベーションにはアートが必要
壇上から降りた登壇者たちは、もっと続けたいと言っていた通りに話を続けている。土佐さんには、寺田倉庫の寺田 航平さんやLEXUSの方々が集まっている。
ひとしきり話が終わったあと、丸さんに話を聞いた。しきりと反省を口にしていたその真意とは。
「反省したね。経営者は忙しさにかまけてしまって、自分と向き合うよりスマホ見ちゃったり、相手の情報見ちゃったりする。でも、結局人と戦っているのではなくて、自分が表現すればいいというのが原点なんです。
会社創るときは、インターネットで情報を見たりするよりも、自分はこれをやりたいという情熱で進めるじゃないですか。
アートってそうですよね。土佐さんがそうじゃないですか。自分と向き合って苦しいときに出てきた本当の自分の作品を表現しただけにすぎない。それがいろんなところで取り上げられて、たまたま新しい分野を創っていった。ベンチャーと同じだと思いました。
そういうときは、すごくパワーがいる。熱がないとできません。ジョブスも表現者だし、今の経営者も表現者。自分がなくなっても残り続けるものを創っています。
もしかすると昔の大企業を創った人たちも、表現者だったのかもしれない。一番最初の創業者というのは表現者ですよね。何のためにやっているの? といいうロジックはない。やりたいからやる。
どちらかというと、僕と千葉さんは直感でやるタイプです。ドローン前提社会とか、技術をこれから世の中に広げていくという気持ちから始まっている。他の経営者に比べれば、アーティスト寄りなのです。
最前線の表現者のつもりだったけど、もっとやらなければと、本当のアーティストに比べればまだまだだなと思いました。今日は勉強になりました」
最後に、丸さんは本音を少しだけ漏らした。
「観客も入れずに、3人だけで話したかった(笑)。ひたすら土佐さんの作品を見て、すじりもじり運動(※)が見えています!とか話したかったです(笑)。
▶編集注:ミドリムシのユーグレナ運動(すじりもじり運動)(日本生物物理学会)
サイエンスと街を融合させたり、生活の中にサイエンスを投入したり、コミュニケーションするというのが僕の仕事です。サイエンス・アート・プロデューサーという肩書を持って、プロデュースをしています」
肩書にある「アート」が、一層重要で、自分の核になるものと再認識できた時間だったようだ。
一方、初登壇を終えた土佐さんは、大仕事を終えたという表情で、安堵を口にしていた。
「ありがたかったです! 一緒に登壇された方々は感覚がほぼ同じで、驚きました。本当に率直に受け取ってくださる方たちばかりでした。制作の舞台裏の写真は、あんなに受けると思いませんでしたが(笑)」
アートとテクノロジーは、エモーションと論理の関係。この2つが揃って人が集まれば、イノベーションは加速する。すべての生みの親となる原点、アートは、経営者がイノベーターとなりうるためにこんなにも必要なものだったのかと腑に落ち、驚嘆せずにはいられないセッションであった。
(終)
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編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/戸田 秀成
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