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5. 過去の人との間をもつことで、未来と対話する視座を持つことができる【終】

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ICC FUKUOKA 2025のセッション「大人の教養シリーズ 人間を理解するとは何か? (シーズン13)」、全5回の最終回は、「墓参り推し」の中村 直史さんが登場。図らずも前パートで先人を祭ることと呼応して、過去と「間」を持つこと、その未来への意義を語ります。最後までぜひご覧ください!

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に学び合い、交流します。次回ICCサミット KYOTO 2025は、2025年9月1日〜9月4日 京都市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。

本セッションのオフィシャルサポーターは EVeM です。


【登壇者情報】
2025年2月17〜20日開催
ICC FUKUOKA 2025
Session 2E
大人の教養シリーズ 人間を理解するとは何か? (シーズン13)
Supported by EVeM

(スピーカー)
青木 俊介
チューリング
共同創業者 / 取締役CHRO

石川 善樹
公益財団法人Well-being for Planet Earth
代表理事

井上 浄
リバネス
代表取締役社長 CCO

中村 直史
五島列島なかむらただし社
代表 / クリエーティブディレクター

(モデレーター)

村上 臣
スマートニュース
VP of JP Product

「大人の教養シリーズ 人間を理解するとは何か? (シーズン13)」の配信済み記事一覧


村上 ありがとうございます。

祭りの語源の話も面白いですが、間に存在する共通のもの、体験がすごく大事ですね。

そう考えると、昭和の日本企業は、新入社員を集めて社歌を歌ってゴールデンウィークにバーベキューをして、つまり歌い、踊って、祭っている感じがするので、オンボーディングプロセスとしては最適ですよね。

その後にルールが導入されて、夏頃に配属されます。

石川 しかも昭和だったら、毛づくろいもしていたかもしれない。組織としては最強ですね(笑)。

村上 それが日本の高度経済成長期を支えたと言っても、過言ではないと思いますね。

井上 それが失われつつあると。

村上 さて、冒頭に申し上げた通り、事前打ち合わせはゼロですので、登壇者同士はお互いの資料は見ていない状態で参加しているわけです。

発表順も僕が決めています。

でも今の善樹さんの話に、何とシンクロが起こっておりまして、中村 直史さんのプレゼンがこちらです。

石川 本当ですか(笑)?

中村 今、びっくりしています。

臣さんにもコソコソ、「これ、すごくないですか?」と言ったくらい。

村上 私もプレゼン資料をもらった時、鳥肌が立ちました。

井上 すごいね。

村上 というわけで、直史さん、プレゼンをお願いします。

前回に続き、石川さんとシンクロする中村さん

中村 コピーライターをしている中村と申します。


中村 直史
株式会社五島列島なかむらただし社
代表 / クリエーティブディレクター

五島列島福江島出身。筑波大学卒業。カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校修士課程修了。2000年電通入社。以来コピーライターとして多数の広告コミュニケーションに携わってきました。2019年「五島列島なかむらただし社」設立。各地の企業や自治体の方たちと対話を続け「価値を再発見し、関わるみんなの言動一致をつくる」ことを目指しています。これまでの仕事に、RIZAP「結果にコミットする」シリーズ/エビオス錠「弱るもんか!」キャンペーン/YAMAP「地球とつながるよろこび/BORDERLESS JAPAN「SWITCH TO HOPE」/LORANS 「みんなみんなみんな咲け」/五島つばき蒸溜所「西の果て、祈りの島より。GOTOGIN」/ ICCスタンダード/Ocean Network Express「AS ONE, WE CAN.」など。東京コピーライターズクラブ会員。長崎潜伏キリシタン巡礼ガイド・筑波大学非常勤講師。

「墓参り行こうぜ」という話をさせていただきたいと思います。

善樹さんの話は全然知らなかったので、つながっているなと思いながら聞いていました。

僕はよく、墓参りに行きます。

最近行ったのは、去年の暮れに訪れた柳田 國男先生の墓です。

▶︎柳田國男について(成城大学)

川崎にあります。

柳田 國男先生の名前は聞いたことがあると思いますが、『遠野物語』などを書いた、昭和初期を生きた民俗学者です。

なぜ柳田 國男先生の墓参りに行くことになったかと言うと、教育に関わることがあり、教育について調べていくうちにふと気になったことがあったからです。

日本で一番使われている教科書会社が出版している教科書には全て、「新しい」という言葉がついています。

これは、僕らが子どもの頃からずっとで、なぜ「新しい」がついているのか周りに聞いて回ったのですが、きちんと答えてくれる人がいなくて、何なのだろうと。

しかも、真ん中の算数の教科書を見てください、「新編 新しい算数」と書いています。

(会場笑)

村上 ダブル新しい(笑)。

石川 新しさも、さらに新しいと(笑)。

中村 社会もそうなっていて、何なんだこれはと。

井上 新しすぎますね。

教科書に「新しい」とついたいきさつ

中村 僕は個人的に、特に公教育は「新しければいい」というものではないと思うので、この言葉はおかしいのではないかと疑問に思い始めました。

何で新しいのか、何が新しいのか。

調べてみたら、分かったことがあります。

第二次世界大戦後、敗戦国となった日本ではすぐに学校が再開されますが、その時は教科書がなかったので、軍国主義に関することを黒塗りにした教科書を使いました。

人間を理解するとは_25福岡中村直史 (1) 6

日本が独自で教科書を発行したのが、その数年後です。

ようやく自分たちの手で教科書を出せるとなった時、自分たちの手で、民主的な教育の未来を作らなければ。新しい時代の、新しい人たちのための学びを支えなければ。という思いから、「新しい」という言葉をつけたらしいです。

という話を聞いてしまうと、そんな願いがあったのか、という思いになります。

当時、教科書作りを一生懸命頑張ったのが、柳田 國男先生だったのです。

彼は民俗学者でしたが、柳田三原則というルールも作り、公教育として、子どもたちみんなが等しく、民主的で自由な学びを得るために頑張ったのです。

教育に携わるにあたり、学校教育は批判されがちだと思います。

色々な改革をしなければいけないという波の中で教育に関わる際、この時に込められた願いを知らぬまま改革をするのはどうなのかなと思い、一度、柳田先生と話をしなければいけないかなと考え、墓参りに行ったわけです。

関係性自体が人である

中村 人間は、人と人の間を生きるものであり、関係性自体が人であるというのが、人間という字の考え方だと思います。

今を生きている人たちとの関係性、つながりがあって、その中で人というものを捉えています。

一方で、次の図は、真ん中に自分がいて、後ろにいるのは死んでいった人たちを表しています。

今生きている人との間だけでなく、本当は、この過去を生きた人たちとの関係性も、人と人の「間」ではないかと思います。

過去に切実に問われたことで今も切実に問いであるならば、この先にとってもずっと大切な問いのはずです。

そういう、ずっと続く永遠の問いを持ったままで何かを新しくしていかないといけないのではないか、といつも感じています。

死んだ人たちとの間、距離感や問いかけみたいなものを見つめることで、右側にいる未来の人たちの持つ視座を持てるのではないかと思います。

ちなみに僕はブランディングの仕事をメインでしていますが、この図の「人」を「会社」に置き換えるとブランディングの話になるのではないかと思っています。

普通はたいてい、今の関係性と、未来にどうなりたいかということを考えますが、そうではなくて、死んでいった人たちの持っていた過去の問いと願いを受け止め、その上で未来に向けた視座を持つことが、会社のブランディングということではないかなと考えながら、いつも仕事をしています。

昨日、ICC主催の、獺祭の見学ツアーがありました。

それが山口県での開催だったので、どうしても行きたかった墓参りにも行ってきました。

人と人の間を生きた人

山口県の周防王島にある、山口県が生んだ旅する巨人と呼ばれている宮本 常一先生の墓です。

▶︎宮本常一情報サイト(NPO法人周防大島郷土大学 のホームページ)

忘れられた日本人』という本を書いた民俗学者で、僕がめちゃくちゃリスペクトしている人です。

日本中をとにかく歩き続けて、人々の話を聞き続けて、生活や民具を記録し、普通の人々の暮らしがどのようなもので、どのように変わっていったかを記述し続けた人です。

ものすごい量の著作を残していますが、有名なのは『忘れられた日本人』です。

宮本 常一は、日本中の、偉い人ではなく普通の人たちの話を延々と聞き続けて、まさに人と人の間を生きた人だったと思います。

ちなみに、宮本 常一には渋沢 敬三という、戦後に大蔵大臣だったパトロンがいました。

彼は、戦前は日銀総裁だった人で、渋沢 栄一の孫ですね。

彼が宮本 常一のパトロンになったのは、彼は日本が戦争に負けることを予測していて、ズタズタになるだろう国を建て直す時、日本人がどのように暮らし、田畑をつくり、共同体を運営したかを知っている人が必要だと考えていたからです。

そこで宮本 常一に、「お願いだから、学者にはならないでくれ」と言い、人の中に入って、学者としての目でではなく、人の目で、人のことを見続けてほしいとお願いしたのです。

それで、宮本 常一はずっと貧乏なまま、人を観察し続けたのです。

スライドの左の写真、真ん中が宮本 常一の墓です。

他の墓よりも小さいのです。

旅する巨人と言われた人ですが、墓は周りの人よりも小さくて目立たず、墓標も何とか読めるくらいの質素なものです。

まさに、人と人との間を生きた人に相応しい墓だなと思いながら、墓参りをしてきました。

墓参りとは、過去の人との間を持つこと

中村 日本中を歩きに歩き、人々の話を聞き続け、暮らしの移り変わりを記録し、そして農業振興や離島振興に尽力した宮本 常一の、晩年の最後の問いは何だったか。

それは、「進歩とはいったい何だろう」です。

これも、切実な問いなのだろうと思います。

今日、自動運転の最高に面白い技術の話を聞いて、人に対する喜びや幸せにおいての進歩とは何だろうという問いをずっと持った上で、技術を考えていくことが大事なのではと思いました。

墓参りというものは、過去の人との間を持つことで、それはずっと変わらない大事な問いを受け取るということではないかと思います。

その人はもう存在しないのに、墓参りをすることで、対話ができる。

死んだ人たちとの対話は、おのずと未来との対話になるのではないかと思っています。

僕らは、今生きている人たちの間ばかりを考えますが、それだけではなく、過去と未来をつなぐ人の間もあるはずです。

墓参りというものは、人の間を、空間だけでなく、時間的な広がりにもすることで、より人の間にしてくれるものなのではないかと思います。

ちなみに、宮本 常一記念館に行くと、カメラや水筒、そろばんなど、彼がずっと持ち歩いていた愛用品が展示されていました。

その中に本が2冊だけあって、それは『万葉集』と『風土記』でした。

万葉集も風土記も、古を生きた人たちの声です。

宮本 常一も、死んだ人たちとずっと対話していたのだなと感じて、僕はめちゃくちゃ感動しました。

というわけで・・・「さあ、墓参りだ!」

(一同笑)

すみません、浄さん、真似させていただきました。

井上 いやいや、ここまで広がったんですね(笑)。

中村 以上です。

村上 ありがとうございました。

すごいですね。

打ち合わせなしでこれらの資料が来たので、震えました。

これを共有したくて、早くセッションをしたくて仕方なかったですね。

今回は間というテーマで、人間を理解する試みをしてみました。

シーズン13のまとめ

村上 最後に簡単にまとめますね。

最初は、AIがブームになっている中で、人間の知性とは何か、知識と知性は違うという話をしました。

知性は過去の経験をベースに何かを新しく生み出すことだと僕の師匠の安宅(和人)さんが言っていましたが、外形的に見ると、AIも知性を持っているのではないかと思える出力が出ています。

▶︎安宅 和人さんのICC登壇セッションなど書き起こし記事一覧

そうなると、人間とは何か、機械とは何かを理解するのが難しくなり、その議論はもっと続くだろうと思います。

その後、浄さんから、間というテーマにおいて、アカデミックな、科学的な視点から、tape-stripped、つまり間抜けにしたらどうなるかという点を明らかにしつつ、境目があるからこそ間が存在しているという意見を頂きました。

間を作るのも壊すのもエネルギーが必要で、そうすることで、人と人とがコミュニケーションをとるための良い感じの距離感ができるのだろうという話でした。

そして、祭りです。

「間を吊る」というのが祭りの語源の一つだというのは僕も初めて知りましたが、ChatGPTがそう言っているのであればそうなのかなと。

人類が、直接触れずにエンドルフィンを獲得するにあたり、ステップを踏んでその方法を獲得してきました。

一足飛びに距離を詰めようとしても、それは間抜けであると浄さんが言っていましたが、2人以上のコミュニティにおいては、一緒に歌ったり踊ったりの物理的な体験を共有することが必要になります。

コミュニティが大きくなって村になると、真ん中に祭りを行う場所ができ、かつ、そこが過去と繋がっていることが重要だと縄文時代の人は気づいていました。

直史さんからは、我々は人間という関係性を考える時、今の関係性にのみ注目し、先祖や歴史など、過去の時間軸を忘れがちだという、良い投げ込みを頂きました。

私は茶道を習っていますが、今年、師匠に弟子入りし、能の囃子としての太鼓も、真剣に習い始めました。

室町時代頃から進化してきた歴史や、道とつくものにはよくある、「守る型」と「壊す型」があることをを学んでいるので、自分のことを考えながら聞いていました。

時間軸を意識しつつ、その中で今の関係性、未来に何を残すかを考える、その場がこのICCであるべきだと強く思った次第です。

皆さんも、今日の話の中で自分に響いた部分を、ぜひ持って帰っていただき、引き続きCo-Creationをしていきたいなと思います。

石川 今日、すごく楽しかったのですが、このセッションは次回も見られるのでしょうか?

村上 それは良い質問ですね!

実はそれは、皆さんにかかっているのです。

(会場笑)

石川 間ができたかどうか(笑)。

村上 実は、ICCにはアンケートというものがございまして、次回のシーズン14があるかないかについては、皆様の素直な声をもとに、(小林)雅さんの独断により決まります。

(一同笑)

そういうシステムになっておりますので、今日の感想をぜひ……。

井上 皆さん、良い間をまとっていらっしゃいますね。

石川 皆さん、本当に素晴らしい(笑)!

村上 望むらくは、高評価を…(笑)!

お後がよろしいようなので、これにてお開きとしたいと思います。

(終)

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編集チーム:小林 雅/小林 弘美/浅郷 浩子/戸田 秀成

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