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未来は過去の延長線上にしかないことを知ってしまう40歳の絶望

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「僕今40歳なんですよね。30歳の不安と40歳の不安はまるで種類が違うという話で、30歳の頃の不安は、何者かになれない不安というか、まだ可能性はいろいろあるけれども、やりたいこととか夢とか何となくあって、10年後にどこで何をしているか分からない。でも今の自分はまだまだちっぽけであると。俺は何者かのひとかどの人間になれるんだろうかみたいなのが30歳で結構不安かなと思っていて、30代みんな結構頑張るわけじゃないですか、必死で。40歳の不安は全然質が違っていて、未来は過去の延長線上にしかないことを知ってしまう絶望なんですね。」

「生きるとは何か? 働く喜びとは何か?」をテーマに様々な経験をした3名の方をお迎えし、深く議論しました。特別対談(その3/最終)の「未来は過去の延長線上にしかないことを知ってしまう40歳の絶望」 を是非ご覧ください。

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登壇者情報
2016年3月24日開催
ICCカンファレンス TOKYO 2016
Session 5E 特別対談「生きるとは何か? 働く喜びとは?」

(スピーカー)

平栗 遵宜 freee株式会社 執行役員開発本部長
南 章行 株式会社ココナラ 代表取締役 
水島 淳 西村あさひ法律事務所 パートナー

その1はこちらをご覧ください:働く喜びやモチベーションとは何か?
その2はこちらをご覧ください:自分にとってカッコいい生き方とは何か?


 本当に何もなくなった感じがすると、一番近くにいてくれた人をまず大事にするという発想にいきそうですよね。

僕なんて逆にそんなに苦労してないから、だからこそより多くの人へという発想になるわけですけれど。

そこが、ベースになっているのは身近な人が助けてくれてるからという、ここを離れて外だけ遠くだけになっちゃうとまた崩れていくんですよね。

結局、一番近い人が大切だということを礎としながらもだと思うので。常にそこの近しい人達への感謝というのはすごくありますよね。

でも、どうなんだろう、バランスでいくと少ないのかなあ、多いのかなあ。考えたこと、あんまり人と比べたことがないからよく分からないけど。

平栗 結局はみんな身近な家族を幸せにというのは思っているんですけれどね。あまり普段意識はしないというか。

 そこが崩れちゃうと自分のバランスが崩れるので、外に対してもそんなにいいことできないですからね。あんまり自分を不幸にすることはしたくないんですよね。

質問者 「生きるとは?働くとは?」というテーマに帰るような質問をしたいと思います。

僕は今31歳なんですけれど、妻がいて子供ができて、やっぱり一番大切にしたいのは身近な家族だっていうのはもちろんあるんですけど、それともう一つ仕事で実現していきたいことというのもあって、そこのバランスの取り方がすごく難しいと感じています。

それこそ美醜の話で、自分のスタイル、どういう生き方をしたいのかというところになるのかもしれませんが、そこが人それぞれ違うからこそ、僕と妻とでも違ってくるわけじゃないですか。

そこを今、現時点でどういう風にすり合わせつつ、最終的にその身近な人を幸せにしていけるのかという、そこのバランスの取り方の難しさにすごいく悩んでいます。

これまでの皆さんの経験も踏まえて、そういう悩みを持たれたことがあるかとか、そこを改善するためにどういったことをされたのか、教えて頂きたいです。

 経験談は語れるかもしれませんが、答えは出せませんね。人生の目的とは、人生の目的を探し続けることであると捉えているので、「いい悩みをしているよね」ぐらいにしか実は思わなかったりして。そうやって悩む事自体が…

水島 幸せですよね。

 そうそう。人生の目的を達成しているじゃないかぐらいに思っていて、そんなに綺麗に人生の目的は見つからないし、バランスとれないしみたいな。

そういう葛藤の中で見つけていくことそのものが、実は幸せなことであるという、まずそれを受け止めるというところからスタートした方がいんじゃないかなって本気で思っていて。バランスね。

僕はあまりそういう苦労をしたことがないので、正直よく分からないんですよね。今31歳と仰いましたっけ?

質問者 はい。

 僕が一年近く前に書いたブログに、「40歳の絶望」というテーマで書いて、友達に結構良かったよって言われたのがあります。

参考資料:「40歳の絶望」に対する雑感

僕今40歳なんですよね。30歳の不安と40歳の不安はまるで種類が違うという話で、30歳の頃の不安は、何者かになれない不安というか、まだ可能性はいろいろあるけれども、やりたいこととか夢とか何となくあって、10年後にどこで何をしているか分からない。

でも今の自分はまだまだちっぽけであると。俺は何者かのひとかどの人間になれるんだろうかみたいなのが30歳で結構不安かなと思っていて、30代みんな結構頑張るわけじゃないですか、必死で。

40歳の不安は全然質が違っていて、未来は過去の延長線上にしかないことを知ってしまう絶望なんですね。

30歳はまだどこに行くか分からないとなるんですけど、40歳を超えると、過去の延長線上でしかないんですよ。

人生がそこからパンっと跳ねることはなくて、大体積み上げてきたものが真っ直ぐ行っちゃうんですよね。

それを何で気づいたかというと、僕の友達がとある本当に大企業に勤めていて、仕事もとても順調で部下にも恵まれていて、管理職としてすごいいい仕事をしている。

家も買って、奥さんは美人。娘さんたち超いい子。本当に絵に描いたみたいな幸せ家族。そいつ、40歳の誕生日前後に会った時、泣いたんですよね。生きてて辛いと。

「仕事は最高なんだろ?」「すごく上手くいってる。」「家族は?」「めちゃめちゃ安定してる。」もうこれがずっと続くんだと思ったときに、あれ?自分の人生ってこれだけなのかな、みたいな見えちゃった感、残り折り返し地点で残り40年間が見えちゃった感で、とてつもなく自分を無力に感じてしまったようで、一気に絶望感に陥っちゃったんですよね。

じゃあ全然違う未来が待ってるかというと、待ってないんですよね。

一生懸命大学に行って、一生懸命働いて、家族も幸せそうにしているし、会社も上手くいっている。で? みたいになっちゃって。

特に中間管理職とかになっていくと、自分が何かを生み出しているというのとは若干違ってくるので、そこで何か見つけられないと40歳以降は急に辛くなるみたいなので。

僕も、家族が大事だという感覚はすごく重要だなと思っていて、そこを否定するつもりは全くないですけれど、そこだけやっていて幸せになれるかというと、今の話みたいな40代クライシスに陥る人もいるので、だからこそ生きるのは難しいなって思います。

自分を幸せにし続けなくてはいけなくて、自分を幸せにし続けられないと他人を幸せにできないので、周りの人を幸せにできたらいいとすごく大事な価値観なんだけれど、でも究極的には自分を幸せにし続けなきゃ周りの人なんか幸せにできないですよ。

友人は本当に周りを幸せにしてきたんだけれども、自分を幸せにすることをちょっと忘れていて、気がついたら友人は鬱っぽくなっちゃったんですよね。

それがまだ初期段階だからいいけど、もっとはまっていったら、多分周りが不幸になっていくと思うんですよ。

やっぱりどこか、最後の最後、それをすることで本当に自分が幸せなんだっけっていうところは、責任を持って自分を幸せにするというその感覚がないと周りの人を幸せにできないんじゃないかなって僕は思っているので、だからこそ、自分にとってクールなのかとか、わくわくするのかとかがすごい大事だし、世の中の「べき論」とかそういうものに流されないで、この道が自分は幸せで、自分を幸せにすることができて、次に周りを幸せにできるという順番で考える。

別に周りをないがしろにしろというわけではなくて、自分を幸せにし続けるのは自分の責任だと思ってるんですよ。すごくそう思いますね。

司会 今仰っていただいたような方っていうのは、30代で生きていたときに、自分は幸せではないけど周りの人が幸せだったらいいやって思って生きてきたわけではなくて、それなりに、その30代のタイミングでは、自分が今そういう風に働くのが幸せだったように感じるんですよ。

でも結果、40歳になったタイミングで振り返ってみると、今そのタイミングで考えてみると不安だ絶望だってなっている気がして、そこの違いって何なんですかね。30代で働いている時は幸せに感じているけれども、結果そういう風になってしまう人って。

 もちろん、幸せだったかっていうと、多分幸せだったと思うんですよ、ある程度。別に不幸だったかというと全然不幸じゃなかったっていう意味でいくと、不幸じゃなかったから幸せだったと言えなくもないんですけど、なんかこう、本当に自分らしさを追及して生きてきたかみたいな。

自分がどうありたいかっていう、自分視点で考えたことがあるかというと、多分ないタイプなんですよね。本当に国営企業に近いようなところで働いていて、どちらかというとパブリックマインドが旺盛で。

平栗 社会インフラ的な。

 そうそう。利他心がそれなりにある奴なんで。

自分自身がどうあったら幸せであるみたいなことは、多分あまり考えずに、ただ素直にいい仕事をして家族にもフィードバックして、上手く回ってたと思うんですけど。

だから別に彼の生き方が良かったか悪かったか、正しかったか正しくなかったかじゃないんですけど、生きるって難しいという話で、年齢とともにそういうクライシスが来たりするので。僕はまだ40歳だし、50歳の時の危機感を想像もできないから、こんな僕でも50歳で鬱病になってるかもしれないんだけれども、その可能性は否定はできないんだけれども、何となく、自分を幸せにし続けることって何だろうという発想だけを持っていれば、自分がまず幸せにできると。

それをもってして周りの人を幸せにできるんじゃないかなと。

その順番を変えると、結構辛くなるんじゃないかなと。コントロールできるものからと言ってるのはそういうことで。

質問者 主観的な幸せっていうことですね。

 何かね、すごく、発言がすぐに利他主義からくる人を見ると、いいなと思う反面、大丈夫かな、ずっとこれで生きていけるかなって不安になるんですよね。

水島 僕今34歳で、4月で35歳なので、まだ40…

平栗 僕81年です。

水島 同じ年ですね。同じ年って知りませんでした。

それで言うと、希望を込めてという感じですけれども、純粋な希望ですね。「40歳の絶望」が来た後に、「50歳の歓喜」が来るかもしれない。

40歳の今キツイっていう人も、来年実は生きててめっちゃよかったと思ってるんじゃないかっていうのがあって。

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確かに自分を突き詰めるとかっていうのって必要な作業だと思うのですがめちゃくちゃ苦痛な作業で、僕目立ちたいとかいろいろ言ってましたけど、暗黒の時代が何年か周期であるんですよね。

社会のインフラになりたいみたいなデカイこと言ってるじゃないですか。社会に返したいとか。

そんなのなかなかできるわけないじゃないですか。具体的に何をするんだっていうのが出てきてるようで全然出てきてないようなモヤモヤした時期というのが周期的に来るんですよね。

逆に仮説でも今はこれだと思ってそればかりがむしゃらにできている時は、苦しいけど気持ちいいみたいな。

そういう暗黒の時期のサイクルがあって、挫折がないかどうかっていうと自分的にはたくさん挫折があって、俺は何してるんだろうみたいな時期がたくさんあるんですよね。

その間も自分を突き詰めようとはするんですけど突きつまらないみたいなイマイチな時期があって、でもしばらくしたらちょっと光が見えた、みたいなことも経験しましたね。

 それも強い人なんですよ。今しんどくても、「またいいときが来るし」と思える人は、本当にしんどくならない。心が折れないんですよ。

でも、さっき僕が言ったようなタイプの人は、5年後幸せになるかもしれないしとか、今はわりと辛いけど、これを乗り越えたら次があるんじゃないかなって思えないから涙が出るんですよね。

平栗 悪い時はあるんですよね。

 悪い時はあるんですよ。でも、そんなもんじゃん人間って、と思えている人は、結果として大きな意味での挫折をある意味知らないというか。

ある意味心理的な挫折を実は言うほど知らないみたいな。安全地帯にいるというか、死にはしないみたいな。

肉体的、心理的、社会的に健康であれば、その中でのシクリカルなものはあるけれども死にはしないと思ってるんですよ。

やっぱり健康の定義は、体、心、社会だと思っていて、安全地帯にいれば何とかなると思うんですよね。

でもそこが安全だと思っていたものが実は安全ではなかったみたいな心理状態になってしまうと、結構辛くなってしまうこともあるのかなと思って。

でも40歳は急に中間管理職になったり、大体体のガタも急に40くらいに来るので、いろいろなものが今までと違ってきちゃうので、一時的に悪くなってても、多くの人は50歳になったらその悩みから抜けるらしいです。

40歳で絶望感が出てきたら、一応世間一般的にはすごく認められるような、みんなが経験することではないらしいですよ。ただ、乗り越えるためにそれなりの苦労をしなきゃいけない悩みでもあるらしいです。

平栗 南さんもそういう悩みから抜けられたんですか?

 分からないです。そういうのがないので。もうそろそろ声をかけなきゃなと思って。

司会 ちょうどこのセッションの2回目に、石川さんという予防医学の研究者と松田さんとが対談になっていた時に、まさに似たようなテーマであったんですけれども、結構南さんの言葉が印象的で、自分自身にとって何が幸せなのかということは、実は考えてないんじゃないかと。

その人も30何歳になって初めてその問いについて考えるようになったということを仰っていて、結構当たり前の話なのかもしれないですけれども、そういうことを自分でちゃんと持っている人は強いよなと。

多分これ、答えはないんだと思うんですよ。こうしたら幸せでしょ?みたいなのはあるわけないじゃないですか。

ただ、それを考えて、こうだろうと思って活動しているのか、そこを全部放棄して他のことのためにやるかっていうことの差はあるのかなっっていうことを感じましたけどね。

水島 難しい作業ですけどね。

平栗 しかも常に変わっていくでしょうしね。

司会 幸せがやっぱりテーマだなと。本当に年齢とともに、時間とともに変わってくるとは思うんですけれども、今40代の絶望に入っている方とか、30代の半ばで少し人生に迷いが出ている方とかいらっしゃると思うので、ちょっと皆さんの体験談を含めた励ましの言葉を最後にメッセージとするのがいいかなと思うのですが、如何でしょうか。

平栗 さっきの、自分がカッコいいかと思うかっていう判断基準の話にはすごく励まされて、今は絶賛夫婦喧嘩中なんですけれども(笑)、自分がカッコいいと思う夫と判断すると、なんでここにこんなん置いてんねん、というのを言わなくてすみそうだと思いましたね。

 励まされたという話じゃないですか(笑)。

やっぱり世の中が定義されるべき論から開放されるということが、自分を幸せにする上ですごく重要だなと思っていて、何をすべきなんだろうという「べき」という言葉を捨てる。

それから、僕がよく危ないなと思っているのは、「普通は」という言葉を捨てることがすごく大事だなと思っていて、例えば、小学生の頃から、「他人と比べちゃいけませんよ」と先生だって一応言うわけですよ。

平気で比べる人達だけど(笑)。他人と比べるってことがダメだということは、理屈では分かるじゃないですか。

相手が、「隣の旦那さんはこうなのに何であなたは?」と言うとプチッとくるじゃないですか。

「何で他人と比べるんだよ」みたいな「俺だって頑張ってるよ」とか思うじゃないですか。

でも、他人と比べてると、何で他人と比べるのかという言い返しはできるけど、もうちょっと難しいのは、普通はこうじゃないとか、普通はさあ、という「普通」という言葉は言い換えると「理想は」なんですよ。

「普通はこうじゃん」と言っている「普通」は、ほぼ「理想」で、それは他人と比べるどころか究極の生命体と比べてるでしょ? それと比べたら大体苦しくなるんで、自分自身、「普通はさあ」と言ってる時は、ものすごい無茶なものと比べている。

自分が「普通は」と言うときに自覚的にまずは自分を直すところからスタートする必要があり他人が「普通は」と言ってるときに、そこは何か世の中の作られた規範とか理想像とかにとらわれてるなと思っている。

それを素直に否定するんじゃなくて、「普通は」と言っちゃう状態はまず苦しいんだなっていう状況を理解する。

そこをとって、世の中の規範にとらわれるんじゃなくて自分らしく考えていいんだよみたいなことを相手に言えるようになったら、すごく自分の周りの人をハッピーにしていけるなというので。

まず自分が「普通は」と言うのをやめるというか、言ったときに、今何か無茶なことを言ってるっていうのに気づいて、その次に相手が「普通は」と言ったときに、まず一旦受け止めてあげてそれを直してあげるみたいにやっていくと、幸せの輪が広がっていくかなと思っています。

司会 素晴らしいお話をありがとうございます。

水島 僕自身が今悩んでる最中でもあるんですけど、明日のことはどうなるか分からないけど、逆に、自分のことは掘れば分かるところもあるんではないかというところですかね。自分の過去の積み上げは変わらないので、そこを掘り下げたら見えてくることもあるんじゃないかと。

明日はどうなるか分からない。もっとハッピーになってるかもしれないし、自分的に「これは」という攻略法が見つかるかもしれないし、いけると思っていた方法が急にダメってなるかもしれないし、わかんないですけど。良くなるかもしれないし。良くなるんじゃないかと僕は思ってやっています。

平栗 ポジティブに。

水島 はい。

 強いですね。

平栗 強いですよ。

水島 暗黒ですよ(笑)。

 今話されてたときも、明日どうなるか分からないと言った次の言葉が、明日ハッピーになるかもしれないじゃないですか。それは本当に強いと思いますよね。

水島 まあ、そう思わないとやってられない(笑)。ハッピーになることもあったじゃないですか、多分人生で。

平栗 ありますよ、あります。

水島 昨日よりも明日ハッピーだった事もあると思うんで。まあ、どっちかは分からないですけど。

司会 今回は皆様ありがとうございました!

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(完)

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編集チーム:井上真吾/小林 雅/Froese 祥子/渡辺 裕介

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