最高権力を持つ独裁官の任期は半年。フェーズによってシステムを変えていく柔軟さ | 【ICC】INDUSTRY CO-CREATION

4.最高権力を持つ独裁官の任期は半年。フェーズによってシステムを変えていく柔軟さ

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歴史好きにはたまらないセッション「歴史から学ぶ『帝国の作り方』(シーズン3)」は、お待ちかね「帝国中の帝国」ローマ帝国がテーマです。全8回シリーズの(その4)は、引き続き、その独自の体制を深堀り。貴族と市民がいて、権力者も、有事には独裁者も期限付きで登場。機能的かつ合理的なシステムを国のフェーズによって選び取り、変えていけた奇跡の帝国の変遷を、ぜひご覧ください!

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット FUKUOKA 2022は、2022年2月14日〜2月17日 福岡市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。

本セッションは、ICCサミット KYOTO 2021 ゴールド・スポンサーの住友生命保険にサポート頂きました。


【登壇者情報】
2021年9月6〜9日開催
ICCサミット KYOTO 2021
Session 5E
歴史から学ぶ「帝国の作り方」(シーズン3)
Sponsored by 住友生命保険

(スピーカー)

宇佐美 進典
株式会社CARTA HOLDINGS
代表取締役会長

北川 拓也
楽天グループ株式会社
常務執行役員 CDO(チーフデータオフィサー) グローバルデータ統括部 ディレクター

深井 龍之介
株式会社COTEN
代表取締役

山内 宏隆
株式会社HAiK
代表取締役社長

(モデレーター)

琴坂 将広
慶應義塾大学
准教授(SFC・総合政策)

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最初の記事
1. スタートアップから超大企業へ!今回のテーマは「帝国の中の帝国」ローマ帝国

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3. 合議と自由裁量、スピードが共存できたローマ帝国の仕組み

本編

ポリス支配の過程で平民の発言権が拡大

琴坂 会場から質問が届いています。

「執政官の1名が平民出身とすると、護民官を見方につけやすい分、有利なイメージですが、それは貴族側にも拒否権があったんでしょうか?」

深井 貴族側は元老院を持っていますので(※) 、基本的に貴族のほうが強いんですよ。

▶編集注:ローマ市民が参加する民会に対し、元老院は貴族のみから議員が選ばれる。いったん選出されると終身議員であった(世界史の窓より)。

琴坂 そうか、元老院と執政官と、民会と執政官があるなかで、貴族側は元老院を持っているから強くなれるのですね。

深井 これももう少し詳しく説明すると、もともとは執政官は2名とも貴族から選出されていたのです。

なぜ平民から1名選出されるようになっていくかというと、ローマがただの単独ポリス(都市国家)から他のポリスを支配していくようになるわけです。

他のポリスを支配していく過程で、貴族は絶対に平民の力を借りる必要が出てきます。

琴坂 そこでイノベーションを起こしたんですね。

写真左からCOTEN深井さん、HAiK山内さん、琴坂さん

深井 そうすると、平民の発言権が増えてきます。

これは第二次世界大戦で起こったことと同じですが、国民の力を借りた国家が国民にもう少し歩み寄って社会福祉が発達するみたいな感じで、彼らは護民官を設置したり、執政官から1人平民を選出したりしないといけなくなりました。

琴坂 そうか、だからこれは権利をあげるけれども、君たちには義務があるというディールをしたのですね。

ローマ帝国に貢献しなさい、自分たちのために死になさいというディールになっていたと。

深井 そういうことなんです。

宇佐美 改めて思うんですけれども、平民のガス抜きを絶妙に上手くしていますよね。

深井 そうなんですよ。

琴坂 しっかりとモチベーションを引き出して、それを活用して外に出て行こうという仕組みになっていますよね。

北川 共和制ができる前は、貴族がもうすでにいたんですよね?

深井 いました。もともと王政なので、王様と貴族はいました。

王政のときから元老院はあって、王様の諮問機関として存在していました。

迎え入れた王を追放して共和制へ移行

写真左から、楽天北川さん、COTEN深井さん

北川 この制度を作るときは、貴族の人たちがこれを作ろうと言って作ったんですか?

深井 そういうことです。

だから、すごいんです。

貴族の人は自らが王様(※) を追放しておいて、誰も自分たちの中から王様を出してはいけないという決断をしました。

▶編集注:タルクィニウス・スペルブス王。王政ローマ第7代にして最後の王(在位:紀元前535年~ 紀元前509年)。タルクィニウスが追放された後、ローマは共和政に移った(Wikipediaより)。

だから僕たち元老院が分散的に治めよう、僕たち元老院は行政執行権を持っていないので、政務官というポジションを用意して、しかもそれを1人に任せてしまうと権力分散ができないので、2人以上を全部設置するようにしようと考えた人たちなんです。

山内 しかも初期のローマの貴族の人たちは、僕は相当優秀だったと思います。

深井 相当優秀です。

琴坂 しかもこれをデザインした人の名前は残っていないですよね。

誰なんだろう?って(笑)。

深井 あとは、初代執政官に就任したブルータス(ルキウス・ユニウス・ブルトゥス)です。

琴坂 あっ、ブルータスなんですか?

深井 みんなが知っているブルータスじゃないブルータス。

(会場笑)

琴坂 じゃない人!(笑)

深井 同じ名前ですが、ユリウス・カエサル(紀元前100年~紀元前44年)を殺したブルータスでないブルータスが考えたりしていますね。

その人が王様を追放したのですが、「自分は王様にならない」と言うんですよ。

琴坂 これはカッコいいですね。

有事には任期半年の「ディクタトル」を設置

深井 ディクタトル(独裁官)は、「Dictator」(独裁者)という英単語の語源になっています。

本当に有事の際には元老院と執政官をも優越する軍事動員権を持った「独裁官」というものを設置してもよいとされました。

執政官が権限を渡すことができるのです。

これもすごいんですよ、任期が半年間だけなんです。

琴坂 当時の情報の流通速度からすると、半年は明らかに一瞬ですよね。

深井 はい。要は1遠征分です。

宇佐美 たぶん当時戦争は冬にしなくて、春と夏の間しか戦争をしないので、その期間だけ権限をディクタトルに与えるという意味の半年だと思います。

北川 1シーズンという意味で。

株式会社HAiK 代表取締役社長 山内 宏隆さん

山内 ローマの共和制の初期には、戦争には2種類ありました。

攻めていって敵の領地を切り取るぞみたいな戦争はコンスル(執政官)が1年かけてやるみたいな感じなんです。

独裁官(ディクタトル)が出てくるのは、ローマが攻められたときです。

北川 へえ。

山内 敵がたまに来るんですよ。

(会場笑)

実際ローマが落とされたことがあります。

そのときは、本当にこの1人に賭けるという人を選んで、全部任せて追い払いました。

▶編集注:初めての独裁官が任命されたのは紀元前501年であり、この時ローマはサビニ族の脅威にさらされていた(Wikipediaより)。

だから、非常時も何段階か置いているんですよね。

その辺も含めて、非常に巧妙にできています。

深井 無茶苦茶巧妙にできています。

独裁官は半年以上は続けられません。

その人に軍事動員権という一番すごい、拒否権に並ぶ権力を与えました。

軍事動員権があったら全部政権奪取できてしまうから、政権奪取ができる人に関しては半年間しかないし、この人はローマ市内に入ってはダメなんです。

琴坂 危ないですからね。

深井 要はさっき言ったように、戦争に行っているだけなので、ローマ市の中で軍隊を持ってはいけませんから(笑)。

北川 なるほど。

琴坂 これもしっかりと考えていますね。

深井 そうなんです。

とにかく、独裁官が権力を持たないようにしています。

疫病流行時はディクタトルに全権委任

株式会社COTEN 代表取締役 深井 龍之介さん

深井 あともう1つは、疫病のときです。

圧倒的に賢い人に、疫病のときにどうするかの全権委任をするのです。

琴坂 いや…、今、われわれはこれをしたいですか? どうしましょう?(笑)

(会場笑)

深井 でも今回コロナで似たような動きがありましたよね?

僕は世界史を見ていて、現代は国家の権力が落ちてきている時代だと思っていました。

国際機関の力のほうが強くなってきたり、例えばGoogleやFacebookなど、企業のトップの人たちが政治に口を出す時代になってきたなとつくづく思っていました。

50年前は企業のトップがあんなに表立って政治に民主主義的な発言なんてしていませんでした。

琴坂 確かに。

深井 そういうことをするようになったから、企業の力が最も大きくなっている時代だなと思っていたのですが、今回コロナのときにリーダーシップをとれたのは、結果的に国際機関であるWHOなどではなく国家でした。

琴坂 しかも強権的なことが発動できる国家のほうが速かったですね。

深井 そう。そして強いリーダーをわれわれも求めたじゃないですか。

琴坂 そうですね。

深井 一緒だなと思って。

琴坂 ある意味怖いことでもあるのですよね。

深井 そうです。

怖いことでもあるのですが、彼らは経験的にそれを知っていて、制度として落とし込んでいる状態を作っていました。

琴坂 すごい。

深井 なので、ディクタトル(独裁官)は半年しか任期がありませんでした。

権限を長期間保持しようとすると、いろいろな人とローマで合意形成を取らないといけませんでした。

例えば、ディクタトルも再任しようと思ったらできますが、任期が半年しかないので、再任し続けるように維持しようとすると、すさまじい合意形成コストがかかるようになっていて、独裁することを防いでいることになりますよね。

琴坂 そうですね。

しかもローマ市内に入れないから根回しもできないのですよね。

だから、実質的には本人がいないところで、それが決まっていく形ですものね。

深井 だから、合意形成コストをどこで肥大化させてどこを省くかを、制度上超上手く作ってあるのです。

これは、すごく社会科学的発想なんです。

琴坂 いや、本当にそうですね。

深井 はい。ローマ人が非常に社会科学的発想をしているなと、すごく感じたところですね。

琴坂 もう人間社会は進化していないんじゃないかと思いますね(笑)。

(一同笑)

属州の増加がローマを帝政へと移行させた

楽天グループ株式会社 常務執行役員 CDO(チーフデータオフィサー)
グローバルデータ統括部 ディレクター 北川 拓也さん

北川 でもこんなに賢かったローマが、帝政時代に悪帝を生みまくったわけじゃないですか。

でも、そのときに共和制に戻そうよとならなかったのは、逆にこの共和制ができたことがむしろ特異点だったという考え方なんですか?

深井 これはすごく面白くて、コンスル(執政官)2名のうち1名が平民になったのは、ローマ帝国が大きくなったからだと話しましたよね。

やっぱりどの状態に対してもベストなシステムは存在しなくて、ローマが帝政になぜ移行しないといけなかったのかというと、属州が増えたからなんです。

属州が増えてしまうと、ローマは共和制では統治できないというシステム的欠陥を抱えるに至りました。

宇佐美 それはなぜなんですか?

深井 これを説明すると長くなるので最後に説明しますね(Part.7参照)。

そのシステム的欠陥を、カエサルが、要は指摘して、帝政に移行するとそれを統治できるだろうと考えていました。

琴坂 まさにフェーズに応じて転換していったのですね。

すごくよくできていたけれども、ある一定期間のローマに合っていて、それが次のフェーズでは合っていなかったということですよね。

深井 はい。

(続)

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続きは 5. 敗戦将軍は処罰せず、システムを改善。ローマ人独特の文化 をご覧ください。

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編集チーム:小林 雅/小林 弘美/浅郷 浩子/戸田 秀成/大塚 幸

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