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信念と情熱が注ぎ込まれた7分間。「スタートアップ・カタパルト」の舞台裏に密着【ICC FUKUOKA 2022レポート】

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2月14日~17日の4日間にわたって開催されたICCサミット FUKUOKA 2022。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。今回は、コーヒー生産者から麻袋1袋からのダイレクトトレードを可能にする、TYPICAの後藤 将さんが優勝を飾った最注目プログラム、スタートアップ・カタパルトの模様をお伝えします。ぜひご覧ください。

ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回200名以上が登壇し、総勢900名以上が参加する。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に議論し、学び合うエクストリーム・カンファレンスです。 次回ICCサミット KYOTO 2022は、2022年9月5日〜9月8日 京都市での開催を予定しております。参加登録は公式ページのアップデートをお待ちください。


ICC FUKUOKA 2022では、今回初開催となったD2C・サブスクカテゴリを含め、7つのカタパルトを開催した。その中でも最もイキがよく、新たな産業や課題と向き合うフレッシュな事業、チャレンジャーに出会えるのが、このスタートアップ・カタパルトだ。

コロナ禍での直前キャンセルの可能性を鑑みて、今回は15社が登壇した。これが大勢の人前での初プレゼンテーション、初コンテストという方も多く、スライド作りも手探りという方も多い。しかし、強い課題意識を胸に、それを審査員である30人の経営者たちにぶつける。彼らは事業を成功させている先輩であり、事業の目利きであり、なかには投資家もいる。

そんな彼らにいかに自分の事業の必然性を伝えられるか。数あるピッチコンテストの1つといえど、スタートアップにとっては、1つ1つが存在意義をかけた勝負になる。7分間の人生をかけた戦いだ。

自分の事業を少しでも伝えるために

全カタパルトでのべ79社となるが、そのプレゼンリハーサルが本格化したのは、2022年に入ってから。遠隔だとオンラインとなるが、実際にICCオフィスに来た方も多い。

今回優勝したTYPICAの後藤 将さんもその一人だ。1回目はオンラインで、2回めはオフィスにやってきた。後藤さんはリハーサルが終わったあと、カタパルト当日に会場で配布する予定のコーヒーを、「僕はあまり上手じゃないんですが」と恐縮しながら、用意してきた道具一式を使ってオフィスで淹れてくださった。

過去には、プレゼンの練習に来た山西牧場の倉持さんが、オフィスのキッチンで持参した肉を焼いたり、プレゼンのワークショップだというのに、ヤマチクの山崎さんは本番さながらに審査員と見立てた参加者に現物を配布したりした。

本番でもないのに、なぜそこまでやるのか? それは自分の事業を信じ、少しでも深く理解してもらいたいと思い、支持してもらい、社会を変えていきたいからだろう。オーディエンスがたった3人だろうと、すごい経営者たちだろうと、彼らはあらゆる機会で自分を伝えようと本気だ。

この写真は、スタートアップ・カタパルトの前日、2月14日の月曜日、運営スタッフが会場設営をしているときに会場の様子を見に来た登壇者たち。彼らは本番の7分間のためにできることはすべてしたくて、そのための努力は怠らない。写真はないが、TYPICAの後藤さんも会場を訪れていた。

当日を迎えたプレゼンターたち

ICC FUKUOKA 2022初日のメイン会場に、7時には数名の登壇者が到着していた。その一人が、登壇が決まってからのイベントはすべて参加しているのではないだろうか、群を抜いた熱心さが印象的なWizWeの森谷 幸平さんだ。ステージを降りたところで、何やら位置を確認している。

「(ICCの)小林さんが、プレゼンのときに審査員に営業かけてみたらとおっしゃいまして(笑)、呼びかけさせていただきたい方の位置を確認していました。

どれだけ練習しても足りない気がしています。本当に今回のカタパルトに出られてよかったというか、目線が上がります。いらっしゃる方もすごい方ばかりで、準備しながら濃密な日々を過ごしています」

WizWeは、学習やトレーニングなどの習慣化を伴走するサービス「Smart Habit」を提供する。プレゼンで森谷さんの伝えたいこととは。

「2:6:2といって上位2割だけがやる人たちというのが定説ですが、6と2の領域の活性化ができればものすごい力を生むと思ってまして、偏差値とか健康数値が悪くても関係無く、毎日ちょっとずつやると本当に成果が上がります。熱量の高い人が仲間になって改善を加えられれば、僕はそれが可能だと信じています」

今回のカタパルトのトップバッターは、異色の2人登壇。パナリットの小川さんとトランさん。

小川さん「かなりプレゼンを練習しました。デモを中心にプロダクトの使いやすさを見せますので、アナリティクスのプロダクトなのに、こんなにわかりやすいんだ、こんなに素人でも使えそうだっていう印象を持ってもらいたいです。

あとはなぜ人的資本を今注目すべきなのか、それもぜひ聞いていただけるとうれしいです。

人的資本やピープルアナリティクスと言われる領域に関しては、講演や研修を頼まれることがあるのですが、そんなときに1回、90分のセッションを2人の掛け合いでやってみたんですね。そしたら非常に受けがよくて、これはピッチもいけるんじゃないかなと(笑)。

ただ残念ながら私たち、あんまり面白くないので、漫才ではないです。そこら辺のセンスはないんですよね(笑)」

トランさん「今日は初出場でしかもトップバッターなので、これは後付けではありますけれども、せっかくなのでまだICCの中でやったことのないスタートで出てみようと思います」

短いほうが難しいと口を揃える2人だが、「最後に経営者の皆さん、投資家の皆さん、起業家の皆さん、と呼びかけるところがあるのですが、そこで本当にこの課題を一緒に解決していきましょうというメッセージが送れればと思います」と小川さんは力を込めた。

アプリや店のタブレットではなく、自分のスマホでメニューを読み込んで注文できたり、良いサービスの店員に投げ銭したりと、新しい外食体験、飲食店SaaSを展開するのがdiniiの山田さん。

「プレゼンはずっと7分ぐらいだったんですけど、たぶん本番は緊張して30秒ぐらい増えるので、なんとか昨日の夜、6分半まで縮めました(笑)。

飲食文化というのは友達と楽しい時間を過ごしたり、恋人とドキドキする空間を味わったり、家族団らんやビジネス上の交渉の場だったり、 様々な人間の文化を支えてきた、エンタメインフラだと思っています。それをもっと楽しく面白く、われわれ一般消費者の外食体験自体を楽しくしたいという思いで創業しています。

要はスマホでQRコードを読んで注文するのですが、追加注文が多いような業態、例えば居酒屋や焼き肉など、これから働き手も減ってくるところ、消費者が呼んでもなかなか来てくれないという課題が強いところに入っていく。課題をチャンスととらえて、どれだけ人を介さずエンタメを楽しめるか」

山田さんが店員ならば、投げ銭を得られる自信はあるのだろうか?

「学生時代は飲食店でバイトしていて、全てがアナログ、人力でなんとかしろみたいな世界観でした。接客とかお客様にきちんと料理を説明するとか、『○○さん、今日もありがとうございます』みたいなコミュニケーションはやっぱり人がやるべきですけど、それ以外は、機械化していいですよね。

ちょっと変わったお店で、クローズした後に1時間ぐらい、ノートに今日来たお客様の特徴とか似顔絵とかを描かされていたんですよ。でも描いても分かるのは僕だけ(笑)。絵も下手だし、余計意味不明じゃないですか。これ全部デジタルでいいなと、すごく感じながらやってましたね。今思えばそれが原体験かもしれません。

そんなことをしていたから顔は覚えていて、投げ銭はある程度得られた気もするんですけど(笑)」

そう笑うと山田さんは、「ピッチは初めてで、すごくワクワクしてます。YouTubeでみられるのは壇上だけじゃないですか。それしか見ていなかったんで、オーディエンスが入るのか、まあまあ人いるなみたいな(笑)」と、会場を見渡した。

福島で若い感性と昔ながらの酒造りをミックスした日本酒を醸すhaccobaの佐藤さんは、初日のスタートアップと最終日のD2C&サブスク、2つのカタパルトに登壇予定だ。

「どちらかというと、長期的な文化を創っていくような挑戦をしているので、いわゆるスタートアップっぽい感じではない んです。

昔、自由にお酒を造っていた時代があって、それが無くなった今、生きた文化として日本酒が根付いていなくなっている。そのお酒造りをもう1回、生きた文化に取り戻していくということが、僕らがやっているある意味で古くて新しいように見えるお酒造りかなと思っています」

佐藤さんの前職はWantedly。そこから酒造りというのはかなり飛躍があるような気がするが。

「全然、何もないですよ。逆に、お酒を造りたいと思ったことはないですか?(笑)」

シンプルかつ楽しそうに答える。確かに、伝統製法に、味噌やラズベリー、チャイのスパイスを入れた日本酒なんて、実験みたいで楽しそう。ダンデライオン(チョコレート)やヘラルボニー(アート手ぬぐいのラッピング)とのコラボなど、新しい取り組みも意欲的だ。

「そうですね、本当にいろんな出会いもあって、醸造家の人たちの生き様とか、発酵文化自体のその美しさに惚れて、単純に憧れとして酒造りたいっていう、それでしかない…(笑)ですね。

酒蔵は事業としてお酒造って飲んでもらうという経済活動だけじゃなくて、地域文化を表現する表現者だと思っているので、僕らが今拠点を置いている町のあり方と、自分たちが今造ろうとしているお酒とか酒蔵のあり方がすごくマッチするような感じがしています」

haccobaは、福島県南相馬市小高に拠点を置いている。

「震災で原発事故があって、避難指示区域になったっていう町で、6年前まで人が住めなかった土地です。ゼロから暮らしとか文化を再構築しているようなフロンティアな町で、自分たちも日本酒のフロンティアを切り拓いていくようなイメージでお酒を造っているので、めちゃくちゃ合うなと。

材料となる米は、地元の南相馬の農家さん2つと契約させてもらって使ってます。

風評被害があったタイミングで、一般の消費者に販売するお米ではなく、加工米や飼料用などに切り換えてしまっている農家さんが多いし、ブランドとして勝負しないと選択している農家さんも多い。もう1回そこら辺を一緒にリブランディングしていって、農家さんの持続可能性に対しても取り組めるようにしたいですね」

今なお残る福島の「風評被害」 生産者の苦悩、「代理店任せ」が課題に #知り続ける(朝日新聞デジタル)

プレイベントのカタパルト必勝ワークショップのカテゴリー③で優勝した、SoVaの山本 健太郎さん。

「(ICC小林)雅さんに準備が全てとお伺いしてたんで、あれから結構準備をして、やれることはやりましたが、あとはそれが出せるかどうかというところに集中していければと思っています。サービス自体を人前で発表するのが初めてなので、今までやってきたことを伝えたい」

壇上では、TYPICAの後藤さんや、おてつたびの永岡 里菜さんがリハーサルを行っている。永岡さんは本番では緊張を感じさせないはつらつとしたプレゼンで、誰もがおてつたびに出たくなるような気持ちにさせたが、登壇前はかじりつくようにスライドに見入り、後で聞くと「緊張で吐きそうでした」と言っていた。

クアンドの下岡 純一郎さんは、地元福岡の出身。会場から近いところに住んでいるということで、6時45分ぐらいに会場入りした。

「現場、製造現場とか建設現場で働いている人たち向けのリモートツールなのですが、僕も経験があって、働く人が多いうえに、課題がたくさんある。今後ITによってそういった不便さが変わっていくといいなと思っているので、それを伝えられればなと思います。

こういったツールは最初オフィスワークから始まりましたけど、次は現場にという波がすごく来ている。現場はデバイスがないとか、そういった習慣がないというのが大きな問題だったんですけど、コロナ禍でリモートが普通になり、そういうところに関してはすごく変わってきたと思います」

Lazuliの萩原 静厳さんは、前回SaaS RISING STAR CATAPULTで入賞の成績を残したが、今回は舞台を変えて、半年前からの成長を発表したいと言う。

「前回初めて出させてもらったのですが、伝えるということに集中ができて、サービスの形も何が大事なのかをすごく考える、めちゃくちゃいい機会だったんです。結果2位になって、それでまた反響をいただいた。この機会が定期的にあると、会社としても個人としてもストレッチできると痛感しました。

小林さんに次はもう一段ステップアップをと今回も声をかけていただき、それに向けて、会社の成長した姿を見せたいなと思ったし、社内でもプロダクトをここまで持っていこうとか、お客さんにここまで価値提供していこうと頑張ってきました。もちろん優勝したいですが、登壇自体がすごく刺激的です。セッションもすごく勉強になるし、この場自体に価値がある。

前回登壇時は、サービス、プロダクトが正式に動き始めた1カ月後だったので、お客さんはまだ少なかった。この半年で新しく、特にうちは大きい会社さんがお客さんなので、あの企業と本当にいいサービスをやっているということを、ここで伝えたい。企業さんのロゴを絶対スライドに載せようと準備してきました」

Kivaの野尻 航太さんは、オンラインショッピングでの保証延長サービス「Proteger」を提供する。たとえば家電店では当然のようにあった延長サービスが、Eコマースにないということに着目し、保証期間内のユーザーのクレームを受けるところから修理品を返却するまでを受け持つ。

「家電やメーカーさんで、今いわゆるD2Cをするところが多くなってきていますが、卸先にはD2Cをするだけでも怒られるのに、価格を変えるとさらに怒られてしまう。そこを『Proteger』のオプションの保証をつけて、差別化する。そもそも高いメーカー直販サイトで買うユーザーって、ロイヤリティが高いものですよね。

Eコマースのほうが物が見えなくて、購入時も不安なので、なおさら保険という付加価値は購買に大きく寄与します。購入前の安心感もそうだし、購入後も高い物は使いますよね。メーカーさんだけなら1年しかできなかった保証を、家具や時計、アウトドア用品など、高価で趣味、嗜好性が高くてちょっと壊れるかもしれないというものにつけることができます。

ECは自然発生的なものなので、僕たちが販促することはできませんが、家電量販店が3割で、Protegerの加入率も3割。リアル店舗と変わらないんです」

アメリカで先行して成功している同様のサービスを見て、保険大国の日本に必ずニーズはあるとして始めたビジネス。「出るからには優勝を、牙を残したい」と野尻さんは言った。

DROBEは、プロが選ぶコーディネートを自宅で試着して、気に入ったものを購入できるサブスク型女性向けファッションサービス。パーソナルスタイリストに体型の悩みや着るシチュエーション、顔写真を送ったりして双方向の相談もできる。登壇する山敷 守さん自身もおしゃれな出で立ちだ。

「スニーカーに気づいてもらえてうれしいです。これは全部一点もので、描いてあるものが手描きで全部違うんです。今日はネイルもしています」

足元はメゾンマルジェラの手書きのジャーマントレーナー、ネイルはピンク色の髪にマッチしたマーブル柄だ。

「優勝することが目的であるので、きれいなプレゼンテーションよりも、今までやってきたビジネスをしっかり伝えたいと思っています。

女性向けのサービスではありますが、これいいサービスですと言っても、男性の審査員に対してはなかなか伝わらない。性別も違えばニーズもずれているので、そこは審査員側の慣れている言葉に翻訳して、ビジネスとして面白いということが伝えられたらいいなと思っています」

ファッションが好きだけれど、どうやって選んだらいいかわからない人をターゲットとしたサービス。自分の選べなかった似合う服との出会いに喜ぶというコアニーズを、そのまま男性に転用できるかには懐疑的で、男性向けを展開するときはやり方を考えたいという。

「年齢を重ねていくとその傾向って顕著になるんですけど、どんどんシンプルになって無難になったりとか、同じような服になってしまう。それ自体は悪いことではないんですけど、なんか楽しくないと思ってる方が多くて、そういったときにDROBEを使っていただけると、一つ背中を押してあげられるのかなと思っています。

ファッションテックやファッションベンチャーって、こういうとこでなかなか脚光が当たらないことが多いので、なるべく多くの方に気づいていただけるようにしたいです」

ステージでのリハーサルも済んだTYPICAの後藤さんは、コーヒーを片手にゆらりとやってきた。コーヒー豆の産地の麻袋1つからダイレクトトレーディングで買えるプラットフォームを構築する後藤さん、今回はベースとしているオランダから来日しての登壇だ。

今回会場で提供されるコーヒーの豆はTYPICAの提供で、前回クラフテッド・カタパルトで登壇した大槻 洋三さん率いるKurasu Kyotoが焙煎を行い、ICCのバリスタチームが提供している。まずは自分のコーヒーでリラックス、というところか。

「味をチェックするという大義名分をもって飲ませていただいています(笑)。

今回デライト・ベンチャーズさんのご紹介で、ちょっとこういうイベントに出てみては?とご紹介をいただいて、私自身は事業に集中したいっていうのがあるので、こういうコンテストは準備が大変だなとかというイメージがあって、出ていなかったんです。

それでICCのYouTubeの過去のアーカイブをすべて見せてもらったんですけど、コンセプトとやっている内容が一貫してて、スタートアップの登竜門として、ほんと素晴らしいなと感動した。熱量とか本気度のある方々に向けて、自分もここでプレゼンテーションをしっかり準備してみようと思いました。

今日のために全部隔離とかもして準備して帰国してるので、もう今の気持ちとしてはめちゃくちゃ楽しみです。アハハ(笑)。

僕たちが普通に事業をやってるとつながらないような方々、とくに普段日本にいることもないので、そういう意味でほんと多種多様な方がTYPICAっていう世界観を知ったときにつながるCo-Creationとか、自分の想像の範囲を超えてくる何かがあるんだろうなというのを楽しみにしてます」

大槻さんからは、カタパルトの先輩として何か聞いたりしたのだろうか?

「先輩として何か教えてあげようというよりは、今回のコーヒーの提供に関してすごく積極的に協力してくれたりだとか、同じ業界として創業前からよく知っているので、純粋に応援していただいたのはすごくありがたかったですね。

もうやるだけなんで、楽しみです。何よりもほんとにこんなに多くの人にお伝えできることが楽しみですね」

後藤さんには独特のムードというか、カリスマ性のようなものがあり、余裕たっぷりに見えるが、さすがにオフィスでお会いしたときよりは少し張り詰めて見える。この頃にはバックステージで、プレゼン中に審査員に配られるコーヒーの準備が着々と進んでいた。

前回優勝者estie平井さんに聞く

前回のICC KYOTO 2021で優勝を飾ったestie平井 瑛さんが会場にやってきた。今回は登壇がないせいかリラックスした笑顔で、優勝賞品として獲得したFABRIC TOKYOのスーツを着ている。

オフィス不動産ポートフォリオ経営戦略のDXを推進し、日本の都市の価値向上を目指す「estie(エスティ)」(ICC KYOTO 2021)【文字起こし版】

「優勝したら、採用の内定承諾率がかなり100%近くなりまして、本当に候補者さん、特にエンジニアやデザイナーで、estieってなんか聞いたことがある、ピッチ見たことがあるみたいな方が増えたのが一番大きな変化でした。

ICCのYouTubeで動画がアップされるじゃないですか、そして優勝の記事を見て、じゃあちょっとピッチ見てみようかということで、プレゼン動画を見てくださる方がすごく増えて、認知度の向上というのにはものすごい効果がありました。

先日10億円の資金調達を発表させていただいています。優勝するといいことずくめなのでチャレンジャーの皆さんには頑張ってほしいです。

estie(エスティ)、シリーズAで10億円の資金調達を実施。事業・組織拡大のため、採用強化へ(PR TIMES)

ここで会った、同じ場で登壇した社長さんだったり、あとは先輩経営者の方々、ICCが終わった後も東京で何度か会ったりとか、アドバイスいただいたりをできているので、その場限りで終わらない関係性を築けているかなと思っていて、とてもありがたいです。

優勝商品で作らせていただいたスーツも、お客さんが不動産会社なので、すごくよく使わせていただいてます」

スタートアップ・カタパルト開幕

今回のメイン会場の司会は、当初別のスタッフがアサインされていたが、搭乗前の検温で発熱が判明したため、急遽A会場の統括でもある三輪 開人さんがピンチヒッターとなった。三輪さんは前日にそれが決まったとは微塵も感じさせない司会で、チャレンジャーをステージ袖から支えた。

福岡市条例に則って、隣席と一定の距離を保つために2席が1人分となっているが、会場は、久しぶりに見る満席で、立ち見の人たちもいる。

15組のプレゼンは、11分ごろから始まる。何を説明するよりもぜひご覧いただきたい。

登壇前後にゆっくりお話をうかがう時間がなかったものの、AironWorks寺田 彼日さんは、100%成功するサイバー攻撃から企業を守るソリューションをスリリングにプレゼンし、Rsmile富治林 希宇さんは、現場作業者と管理者をフラットに結ぶ新しい不動産管理を提案した。

LOOFの丸谷 篤史さんは地域に根ざした文化のある宿を全国に作る構想を語って過疎地域への投資を訴え、ゲシピの真鍋 拓也さんはコロナ禍で在宅学習が増えた子どもたちへの新しい英会話学習を紹介した。

プレゼン中にはTYPICAのコーヒー、haccobaの日本酒などが審査員に振る舞われた。

審査員たちからのエール

すべてのプレゼンターの発表が終了した。さて、審査員たちはどんな感想だろうか?

ユーグレナ 永田 暁彦さん「今回も本当に素晴らしいプレゼンテーション、ありがとうございました。僕、(haccobaのプレゼンで配布された)お酒を飲んじゃって、普段言わないことを言ってしまうかもしれないです。

心が震えるのは、サービスや話を聞いた瞬間に、人の笑顔が見えるものなんですよね。でもその人たちが言う同じセリフがあって、『グロースしなさそうと思うかもしれませんが』とか、『儲からなそうと思うかもしれませんが』と言うんです。

それを言わせるこの社会にムカついてしまって、イライラしながら話を聞いていました。少なくとも僕はそういう人たちを肯定したい。僕は肯定します。なので、そういう人たちに票を入れました」

じげん平尾 丈さん「最近人生初の本を書きまして、『起業家の思考法』というのですが、皆さんの”別の視点”というのが素晴らしいなと思っています。学生時代からいろんな社長さんや経営者の先輩にお会いして勉強させてもらっていますが、僕はその起業家の力、優秀な起業家の定義とは、『別解力』が高い起業家だと思っています。

既存のやり方ではなくて、皆さんのオリジナルのやり方で取り組み、そして優れている。皆さんいろんな社会課題に対して、それぞれの別解に取り組まれていて、非常に面白いなと思いました。

リクルート同期の(Lazuli)萩原さん、お久しぶりです! でも同期だからと贔屓せず、全員本当に良かったんですけど、僕はこの中だったらdinii、もう横で(ディー・エヌ・エー)原田(明典)さんがピクピクされてて、これもう投資いくんじゃないかなとか思いながら(笑)、僕は推させていただきました」

ココナラ南 章行さん「僕がカタパルトに登壇したときは、『儲かる可能性があんの?』と、かなり散々ボロボロに言われたんですけど、蓋を開けてみたら意外となんとかなりました。突き抜けるベンチャーって一部はあるけど、ほとんどのベンチャーは、うまくいく・いかないを、もがきながら頑張るんだろうなと思っています。

今回初めて審査員をさせてもらったんですが、実は先週発表した通り、とうとう職業としてベンチャーキャピタルを始めることになりまして、いつもだと単に好きだなとか、いいなこのサービス、という見方ばかりなんですけど、今回初めて、事前に真面目にどれくらい調達してるのかを調べました。

ココナラ、起業家と専門家をつなぐVC「ココナラスキルパートナーズ」を設立(CNETt Japan)

調達が進んでるところがいいサービスなのは当たり前なので、バランスを見ながら、今のステージでここまで来てるのはすごいというところに投票しました。

でも結局一番のところはシンプルに一番好きだなってところに入れました(笑)。僕はTYPICA が一番胸を打たれました。前職時代にコメダやポッカの買収をして、役員をやっていたことがあるのでコーヒービジネスに思い入れがあり、ビジネスのスケールだけではなく、生産者のところまで改善していく、その先にある未来まで感じられた」

結果発表

結果は既報の通り、優勝はTYPICA、第2位はdinii、3位はクアンド、4位はRsmile、5位はおてつたび、6位がDROBEとなった。

【速報】コーヒー生産者と価格の透明性を確保した小ロットからのダイレクトトレードを実現する「TYPICA」がスタートアップ・カタパルト優勝!(ICC FUKUOKA 2022)

上のリンクを見ていただくとわかるが、今回から得票数が開示されるようになり、TYPICAは2位に6点差をつけて優勝に輝いた。

「ありがとうございます。今3年目なんですが、本当に多くの生産者の方々とロースターの皆さん、あとスタッフと、応援してくださる皆さんと事業を作ってきました。このような日本で最先端の産業を創られている方々にご評価いただけたことは本当に嬉しく思います。ありがとうございます」

優勝となったTYPICA後藤 将さんは、笑顔で「旋風皿」を受け取り、高々と頭上にかざして見せた。王者の風格を持った人がカタパルトで優勝を飾るときがある。後藤さんはまさに堂々としており、勝つべくして勝った雰囲気があったが、そこに少しだけほっとした表情が見えた。

ふと我に返って、これは大変なことになると思った。優勝となったら、TYPICAのコーヒーを提供しているバリスタブースはきっと混雑する。運営スタッフチームのコミュニケーションツールとして使っているSlackのバリスタチャンネルで「TYPICAが優勝した、飲みに行く人が殺到する」と急ぎメッセージを送った。

「生産者の努力要素をITの力で売上につなげている」

すべての優勝セレモニーが終わり、1年ぶりにカタパルトの審査員を務めてくださった千葉 功太郎さんに感想を伺った。千葉さんは、カタパルト中もコメントを求められ、TYPICAとDROBEに投票したとのことだった。

千葉 功太郎さん(千葉道場代表パートナー/DRONE FUND代表パートナー/慶應義塾大学特別招聘教授)

「久しぶりの審査員でしたが、レベルが変わっていました。今までどちらかというと、儲かるぞというインターネットビジネスを前に出す会社が多かったんですが、世界や日本の地域の課題、あるいは弱者の課題を解決する、そういった社会性が豊かで、多様になっているのが感動的なポイントでした。

個人的に最初から気に入ってしまったのがコーヒーで、世界中の根本的な課題をサービスを通じて解決していく、そしてそれをインターネットやテクノロジーの力を使っていく。これ、非常にICCぽいなあと思って、今日登壇された会社、どこも驚いたんですが、本当にこういうサービスが世界中で広がっていくといいなとつくづく思いました。

ICCという場が、他のいわゆるインターネットのピッチコンテストと全然文化とか考え方が違うというのも感じました。

試飲した2種類のコーヒーは、すごく味の違いがありました。味が美味しいというのはある意味当然かもしれませんが、プレゼンを聞いていてその通りだなと思ったのは、生産者がこれだけ多種多様なはずなのに、全部1トンあたりとか1キロあたり一律で扱われるわけじゃないですか。

これは日本の農家も一緒で、同じ地域の同じ生産物は同じ価格で仕入れられて最終的に1つになって出てしまう。非常に大きな問題で、せっかく努力しても努力要素が売上にならない。コーヒーの世界でフェアトレードとかっていう言葉がありましたけど、TYPICAはもっと根本的に解決するんじゃないかなと思って、いいなあと思いました。

やっぱりファンを作るってすごく大切です。別にコーヒーだけに限った話ではないですが、こだわって作っている農家さんにとっては、自分たちのものは10倍の値段を払ってでも買うというファンに、お届けしたいという気持ちがあると思うんですね。そのルートがなかったのを作ってくれる。

これはコーヒーに限らず、全生産物において言えることだと思っているので、ITの力でこういうサービスが広がっていくといいなと思ってます」

3位に入賞したクアンドの下岡さん

登壇を終えたプレゼンターたちの周りには、人だかりができている。惜しくも入賞を逃したWizWeの森谷さんと話していたのは、CARTA HOLDINGSの宇佐美 進典さんだ。

「プレゼンの熱さが印象に残りました。営業力もあるなと(笑)。習慣化サポートサービスですが、ある意味ロジックは非常に分かりやすいので、たぶん特定の業界にとっては、やらない理由がたぶんないサービスになるんじゃないかなと思いますね」

優勝した後藤さんは、映像コメントに答えたり、押し寄せる名刺交換の列に忙しそうだ。翌日、会場を歩いていた後藤さんに声をかけた。

「ステージやお客さんを考えている余裕がなくて、自分自身が全力でやるだけだと思っていた。練習では何回やっても7分超えてたので、最初からあせっていて、その状態をもう少し改善しといたらよかったなと、本番て長くなるもんやなと思いました。

本番前夜は1時間しか寝ていなくて1時間で目が覚めました。眠っていなかったから失敗したのかと」

と謙遜している。充分伝わったからこその優勝だと思うが、後藤さんは向上心が強い。初参加のCo-Creation Nightは「初めてだったので、ホスト役が難しかったのと、テーマに対しての主題をもっとファシリテーションできたらよかった。もっとできる」と、再び改善を口にした。

TYPICAは今、世界中にスタッフを抱えているが、優勝を伝えると皆非常に喜んでいたそうである。今回のコーヒー提供をCo-CreationいただいたKurasu Kyotoの大槻さんにも話を聞いた。後藤さんがTYPICAの前職のシェアロースタリーをしていた頃からの知り合いという。

「全世界平均、1日3杯飲むと言われていてタッチポイントはすごく多いのに、後藤さんのプレゼンでも言われていたように、中でどういったことが行われているのかは見えにくかったりします。僕らは違う形でやっているわけですが、コーヒー自体の可能性を感じる優勝で、めっちゃうれしかったです」

登壇をサポートしたバリスタチームのカタパルト

さて、当日の会場に時を戻すと、優勝からしばらくたった後でも案の定、バリスタブースには長蛇の列ができていた。

送ったメッセージの48分後に、バリスタチームからようやく返信がついた。「戦場でした、、、」とのことだった。

とびきり美味しかったコーヒーについて、ICCバリスタチームを率いたモカさんこと下川 泰弘さんに今回のCo-Creationコーヒー提供の裏話を聞いた。普段は会場外のホワイエに位置していたバリスタチームが、会場内、しかもカタパルト中に配布するコーヒーを淹れるということで燃えたという。

TYPICA×Kurasu Kyoto×ICCバリスタチームのコーヒーを飲む審査員たち

「コーヒーはすぐに香りが落ちてしまうので、あらかじめ淹れておくわけにはいきません。しかも30人近い審査員がいる。カタパルト当日はどうオペレーションするかを考えました。

カタパルトの開始が9時。8時45分には本番用のコーヒーをひたすらドリップして、9時5分には保温ポットがバックヤードに到着、後藤さんの登壇は9時15分です。配布をする誘導チームも初日の最初のセッションだから緊張でガチガチ。しかも2種類2杯を、混ざらないようにして配布しなければいけない。でも、オンタイムでお出しすることができました」

 

バックヤードで配布の準備。3日間で2028杯のコーヒーを淹れ続けたバリスタチーム

後藤さんは会期中、ブースに立ち寄ってはコーヒーを飲み、何回も優勝はバリスタチームのおかげだと言ったという。「僕らのおかげではないと思うけれども、多少は力になれたかなと嬉しかったです」と下川さん。大槻さんもよく立ち寄って、ふたりとも機材を快く貸してくださったという。(そのたびにコーヒーを淹れるスタッフは、味が大丈夫かドキドキしたそうだ)

「飲んでいただいた方はわかるかと思いますが、すごく個性的なコーヒーだったので、味、香りをいかに引き出すか、淹れ方を設計しました。後藤さんとは準備日に初めて実際にお会いして、1発でうまい! 勝った! もらった!と言ってもらえました。

3日間ずっと淹れ続けていて、休む間もありませんでした。バリスタブースはいつもどおりに見えたかもしれませんが、カタパルトに関われた興奮と幸福感と疲労感がありました」

TYPICAは生豆ビジネスのため、Kurasu Kyotoの大槻さんが焙煎で協力となり、最初は下川さんと3人ででビデオ会議。打ち合わせを重ねるうちに、ICCのチームやKurasu、TYPICAのメンバーも入ってきて最終的には10人ぐらいにまでなったという。この場にはいなかった大勢が、後藤さんのプレゼンを支えていた。

ラテはアワードに参加した十勝しんむら牧場の牛乳とのCo-Creation

後藤さんはリハーサルで事業を紹介したときに「小林さんに『それは世界はTYIPICAを待っている、TYPICAが世界を変えるという話では?』と言われて、ほんまにその気になってきました」と照れ笑いをしていたが、使命を再認識して、信念と情熱が注ぎ込まれた7分間のプレゼンに、審査員たちは応援の票を投じた。

自分たちが成そうとしていることがいかに尊い目標を持ち、課題を解決して、社会にどんなインパクトを与えるのかを、一時的であっても見れなくなっている起業家は多い。事業に夢中なあまりかもしれないが、プレゼンのリハーサルでそれを指摘されるのを何度も聞いている。

早い人は、登壇が決定してからすぐにプレゼンの準備に取り掛かる。それはわかりやすく事業を伝えるための準備だけではなく、取り組んでいる大切な事業の価値を見つめ直し、原体験を掘り起こし、事業を作る中での葛藤や出来事を思い出し、実現したい世界を伝えるための最高の形を作り上げていくことでもある。

7分間のプレゼンには、その人の人生も投影される。事業や想いが本物であると伝われば、ICCサミットに集まる人たちは必ず耳を傾け、話しかけてくれる。それだけでも登壇する価値は大きく、そういう人たちの周りでCo-Creationが生まれる場面を多数目撃した今回のスタートアップ・カタパルトであった。

(終)

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編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/小林 弘美/戸田 秀成

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