俺たちのHARD THINGS① やる気があるのは創業者だけ【K17-1C #2】 – 【ICC】INDUSTRY CO-CREATION

俺たちのHARD THINGS① やる気があるのは創業者だけ【K17-1C #2】

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「俺たちのHARD THINGS – 数々の苦難を乗り越えて「今」がある」【K17-1C】セッションの書き起し記事をいよいよ公開!10回シリーズ(その2)では、登壇者の皆様が創業時のHARD THINGSを振り返りました。共同創業者との決別、家族を巻き込んだ経営など話題が盛りだくさんです。ぜひ御覧ください。

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【登壇者情報】
2017年9月5-7日開催
ICCカンファレンス KYOTO 2017
Session 1C
俺たちのHARD THINGS – 数々の苦難を乗り越えて「今」がある

(スピーカー)
秋好 陽介
ランサーズ株式会社
代表取締役社長

内山 幸樹
株式会社ホットリンク
代表取締役社長

松嶋 啓介
株式会社Accelaire 代表取締役
KEISUKE MATSUSHIMA 総料理長

横山 佳幸
株式会社Nagisa
代表取締役社長

(モデレーター)
井上 真吾
ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン
プリンシパル

「俺たちのHARD THINGS-v3」の配信済み記事一覧

連載を最初から読みたい方はこちら

最初の記事
【新】俺たちのHARD THINGS – 数々の苦難を乗り越えて「今」がある【K17-1C #1】

本編

井上 最初は創業編というところで、創業時あるいはそれに至る過程の中でどのような困難に直面したのか、というテーマです。

まずはランサーズの秋好さんに口火を切って頂きたいと思います。

秋好 最初の3年は絶対に戻りたくない時期です。基本的に、創業前後に人に逃げられ続けました。

ランサーズ株式会社 代表取締役社長 秋好 陽介氏

秋好 まずは一緒に創業する予定だった人に創業2週間前に逃げられました。3人で創業予定だったのに1人になりました。

当時、出身地の大阪に住んでいました。まだ会社すらできていない時に共同創業予定者から「やりたくない」という電話を貰いました。

さすがに1人でやるのは大変なので、実家にいた弟を巻き込み、弟と一緒に創業しました。

弟はエンジニアでもなく、バイクが大阪にあるから東京にも行けないと言っていましたが、勝手にバイク屋にバイクを売って無理やり東京に連れていきました。

ランサーズというサービスを早くリリースしようと思い、最初は外の会社にアウトソースしていました。

しかし、ある暑い夏の朝に電話を受け「秋好さん、作っていたマッチングサイトのエンジニアが飛びました」と言われました。

発注先の会社に逃げられたので自分たちでやった

井上 「飛んだ」というのは。

秋好 多分その会社が更に発注していたのだと思います。その発注していた先の会社がいなくなってしまい、ソースコードも何もない状態だと言われました。

「どうするのか」と聞いたら「どうしましょう」と言われました。

弟まで巻き込んで起業しているのに、ソースコードもなくなってしまい、どうしようかと思いました。

しかし、やるしかないと思い、アマゾンでPHPの本を3冊買って2人で必死に勉強してそこから開発してなんとかリリースしました。

基本的には逃げられては(笑)、自分たちでやるということをしていました。

家族も巻き込んでやるというのが最初でした。

井上 大変でしたね。弟さんはその後なんとおっしゃっていましたか。

ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン プリンシパル 井上 真吾氏

秋好 最初は総務などの雑用をしてもらうために3ヶ月だけ手伝ってもらう予定でした。

しかし実は今も引き続き働いてくれていて人事部長をやっています。今ではいい思い出と思っているとは思います。

なかなか良い人材が集まらなかった

内山 弟を巻き込んだという話もありましたが、創業当時に人を巻き込むということは最初の1つのハードルです。

僕は今の会社を僕と学生10人くらいで一緒に作りました。

インターンシップという概念がまだなかった当時、学生技術者派遣センターというものを1996年くらいに作って、大企業にプログラミングができる学生を送り込んでいました。日本中でインターネットを分かっている人が大学生くらいしかいない頃でしたね。

そういった学生が2,000人くらいいたので、その中で優秀な人と一緒にエージェント研究会というものをつくり、世界をあっと言わせるソフトウェアを作ろうということで創業しました。

株式会社ホットリンク 代表取締役社長 内山 幸樹氏

内山 しかし、一緒に世界を目指そうといっても、学生はベンチャーで働く事で勉強したいという意識がとても強かったし、夏休みになると彼女と旅行に行くとか、あるタイミングになると研究室に戻るとか、ソフトウェアのリリース前になってもなかなか一体という感じにはなれませんでした。

そのため、創業した時の資本金は1000万円でしたが、サービスリリースの一ヶ月前にこれではサービスが完成しないと思い、その内の500万円を使って全員をシリコンバレーに連れて行き、インキュベーションオフィスに缶詰にしました。

行く時は、「世界を目指すために世界を見に行こう」と言って連れて行きました。

そして連れて行った先ではインキュベーションオフィスに缶詰で寝泊まりして、サービスが完成するまで日本に帰さないということをしました。

しかし帰って来ると皆それぞれの場所に帰っていき、命をかけてやっているのは自分だけかと思いました。

そこで、コミットしてくれる社会人を雇わなければと思いましたが、2000年当時はベンチャーに入る人は変な人ばかりでした。

良い人が全然入ってくれませんでした。

創業当初の社員は、外国人とインターンシップ

内山 唯一入ってくれたのはインド人の技術者で、東芝等のプラント開発のために日本に来ていた人に派遣で来てもらい、その後、CTOにしました。

そのCTOが他のインド人をインドから呼び寄せ始めました。

更にアイセック(AIESEC)という交換留学生のデータベースがありました。そのデータベースでCTOのインド人が検索して、例えばヨーロッパでマイクロソフトに務めた後、大学で博士課程に在籍しているような人を探し出し、日本にインターンシップに来るよう誘いました。

そしてインターンシップ期間は半年以上と定め、半年以上のインターンシップ生を世界中から集めていました。

創業当時は7カ国くらいから人が集まりましたが日本人が全然いませんでした。

井上 いきなりグローバルな会社になったのですね。

内山 そうです。当時は公用語が英語でした。

それが2000年のことです。

そのように創業当初は外国人とインターンシップの方々とでスタートしました。

井上 コミュニケーションや定着性についてはうまくいったのですか。

内山 そのCTOのインド人が非常にうまくやってくれました。

彼らを育てて、半年から1年の予定のインターンシップを2年にしたり、そのまま入社させたりしていました。

そうするとインターンシップで日本に来た後に日本で勤める外国人が多くなってしまったので、ある時自分の会社を検索してみたらあるドイツ人のブログが出てきました。

何かと思って見てみると、日本にインターンシップに行くつもりだったのに、自分が内定していたホットリンクという会社が不法入国させているようでビザが下りなかったと書いてありました。

弊社は公安に目をつけられているのではないかという事態が2000年頃起こりました。

井上 それをどうやって解決されたのですか。

内山 結局その後許可が下りなくなりました…(笑)。

井上 (笑)、ありがとうございます。

では横山さん、創業者との決別というお話がありましたが、それはどういうお話だったのでしょうか。

友達と方向性の違いから決別した

横山 秋好さんはご家族という話をされていましたが、僕の場合は友達でした。

今でいうとカヤックさんとかは大学の同級生とやられているのですが、僕も大学のゼミの時の親友で、サイバーエージェントにいた同級生と創業しました。

最初はスマホ・アプリではなく広告代理店をやっていてキャッシュ(現金)を貯めて、その後メディア事業をやるという夢を2人でずっと話していました。

しかし、やっていけばやっていくほど方向性の違いが出てきてしまいました。

僕はずっとメディアがやりたかったのですが、彼は広告代理店がやりたいという気持ちでした。

お互いのやりたいことがあったのに、友達なので気を使って腹を割って話せず、一年後、結局全然違う方向を向いていたということがあったと思います。

決別し、一年経って1人になってしまいました。

Twitterでエンジニア探し

横山 そこからどうするかというところでまた組織を作り始めましたが、今おっしゃっていた組織作りの話で言うと、僕は変わった組織作りをしています。

株式会社Nagisa 代表取締役社長 横山 佳幸氏

横山 資金調達をした後の話ですが、現在でいうLINEのようなチャットアプリがまだ日本にありませんでした。そういったサービスを作りたかったのでエンジニアが欲しかったのです。

当時はスマートフォンアプリを作れる人はあまりいなかったので、作った人は大体Twitterなどで自慢していました。

そこでTwitterを徹底的にプロフィール検索してアプリを個人で作っている人をリスト化してTwitterで採用活動をするということをしていました。

今はできませんが、何が何でもエンジニアを採用して組織を作っていくためには社長自らそういった細かいことまでしていました。

Twitterで採用活動した社員は実際に4年経った今でも働いてくれているので、しっかりとビジョンやミッションを理解してもらった良い採用だったのかと思います。本当にありがたいですね。

井上 創業パートナーとは喧嘩別れだったのですか?

気まずくなったのでしょうか。

横山 正直な話、気まずくなりました。

大学の頃はとても仲がよく一緒に遊んでいたのですが、創業して一年経って喧嘩まではいきませんが、気まずくなってしばらく連絡を取りませんでした。

今はもう大丈夫ですが。

秋好さんは、今は弟さんが人事部長になられたということで、それは凄いなと思って話を聞いていました。

家族を採用するのはお薦め!?

秋好 家族なので喧嘩別れはできません。どこまでいっても逃げきれないものです。

横山 そうですよね。

井上 家族がいらっしゃる方は是非採用されてはいかがでしょうか。

秋好 家族を社員にするのは家族経営のようにも見られますが、絶対逃げない社員になるので意外とお勧めです。

内山 僕は結婚した直後に今の会社を作りました。

妻は野村證券に13年間勤めた経験があったのですが、「あなたは会社組織を分かっていない。見ていられない」と言って、会社に入ってきて管理本部長になってしまいました。

秋好 今もいらっしゃるのですか。

内山 さすがにもういませんが、5年間は一緒に夜中まで仕事をしていました。

そうすると家に帰っても仕事の話で喧嘩になります。それで家庭が殺伐とした辛い時期がありました。

オプトが出資してくれたタイミングで辞めてもらいました。大変でしたよ。

井上 同じ家族でも奥さんはやめた方が良いということですね。(笑)

人や組織周りのお聞きしました。これはHARD THINGSの中でも大きなところだと思います。

横山さんのようにハードだったというお話があれば聞きたいなと思いますが。

(続)

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続きは 俺たちのHARD THINGS② ビザ取得が困難だったフランス修行(松嶋啓介) をご覧ください。

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編集チーム:小林 雅/榎戸 貴史/戸田 秀成/横井 一隆/立花 美幸/本田 隼輝

【編集部コメント】

内山さんのお話はスケールが大きいのやら「ズルい」ことをしているのやら…よく分からず、だからこそ面白かったです。(横井)

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