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「美食」は決してぜいたくなものではない、と語る浜田さん。ギリシャ語由来の”ガストロノミー”の本来の意味から説き起こし、「うまい」と「美味しい」の違いを茶道や服にたとえてわかりやすく解説。「好き嫌い」と「良い悪い」を混同しない評価軸、食材のクオリティに頼り過ぎる危うさなど、7年連続世界1位フーディーの”ぶれない物差し”がついに明かされます。
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。毎回500名以上が登壇し、1,200名以上が参加する。そして参加者同士が真剣に議論し、学び合うためのカンファレンスです。次回ICCサミット KYOTO 2026は、2026年8月31日〜9月3日 京都市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。
本セッションのオフィシャルサポーターは EVeM です。
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【登壇者情報】
2026年3月2〜5日開催
ICC FUKUOKA 2026
Session 9F
-世界No1フーディー登壇- 大人の教養シリーズ「美食」について語りつくす(シーズン12)
Supported by EVeM
(スピーカー)
大野 尚斗
Syn
オーナーシェフ
長谷川 誠
NTTドコモ
コンシューママーケティング推進担当部長/シニアプロフェッショナル
浜田 岳文
アクセス・オール・エリア
代表取締役
山本 典正
平和酒造
代表取締役社長
(モデレーター)
榊 淳
一休
代表取締役社長
西井 敏恭
シンクロ
代表取締役
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▶『-世界No1フーディー登壇- 大人の教養シリーズ「美食」について語りつくす(シーズン12)』の配信済み記事一覧
榊 今日はこの素敵な美食家プラス西井さんと、毎回恒例の、最近気になっている「美食」の面白いテーマについて語ってくださいということで、進めていきます。
まず1つ目が「美食とは?」を浜田さん、「美食道シーズン12」がハセマコさん、それから「シェフへの道とは」、これは大野さんによる作り手からの視点ですね。
最後に、酒造りの視点から、「ペアリングで真価をさらに発揮する店」を、山本さんに語っていただきます。

どこまで時間があるかで、どのトピックまでいけるかが変わります。
早速、浜田さんから「美食とは?」をお願いします。
「美食」は、ぜいたくなものではない
浜田 「美食」とは、そもそも何を言うのか、これはあくまでも僕の定義ですが、「ガストロノミー」と定義しています。

僕の本『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』も、本当は『ガストロノミーの教養』というタイトルにしたかったのですが、長いし、硬いし、わかりづらいので、『美食の教養』としました。
「美食」と言ってしまうと、何かぜいたくなものみたいなイメージがどうしてもあると思いますが、もともと僕が意図するガストロノミーという言葉には、そういう意味はありません。
もともと、これはギリシャ語です。
「ガストロノモス」と読むのですが、「ガストロ」が胃、「ノモス」が規範とか、英語だと「Norm」と言ったりしますが、それが合体した言葉が「ガストロノミー」です。
つまり、「食事」に「文化」が関わることが、ガストロノミーです。
「文化的でない食事はガストロノミーではない」というところです。
これが本来の定義になります。
僕の場合、単純に料理に興味があるのではなく、料理が文化と関わる、交差する場所に興味があるし、それが実際に起きる「レストラン」という場所に関心を持っています。
ガストロノミーについて語るのは、すごく難しいのですよね。
先ほど言ったように、ぜいたくと受け取られたり、金持ちの道楽と思われることが非常に多いです。
それにはおそらく色々な理由があると思いますが、ガストロノミーについて話しているとよく言われるのは、「そんなことよりも、貧しい人が食べていけないという問題のほうが大事だ」ということで、そういう方がいらっしゃるわけです。
僕は正直、これはレイヤーが違う話をしているのだと思っています。
どちらも重要ですよねとしか言いようがない、比べられない話だと思っているのです。
「うまい」と「美味しい」の違い
浜田 僕の言いたいことを図解したのが、次のスライドです。

これはあくまで僕の便宜的な分け方で、食を3つに分けています。
まずベースにあるのが、「生存のための栄養摂取」です。
これは生きていくために誰もがしなければいけないことで、これに関わりのない人間は存在しないですね。
栄養摂取としての食の上に、「うまい」と「美味しい」を分けています。
これが本来の定義であるということではなくて、あくまでも僕の便宜的な分け方です。
僕自身もこれを混同して使うことはよくあるのですが、あくまで分けるとすると、「うまい」「美味しい」で分けています。
「うまい」は、どちらかというと、生理的な快感やエンターテイメントとしての「うまい」です。
「美味しい」は、文化体験としての喜びです。
なので、どちらかというと、「うまい」が胃袋で、「美味しい」が頭も使って、というところになるかもしれません。
3つがそれぞれ別々に存在しているわけではなくて、当然何かを口に入れると栄養摂取になることがほとんどなので、これが積み重なっていることになります。
「うまい」より「美味しい」が上にあるのは、なかなか「うまい」を除いた「美味しい」が存在するのが難しい状況にあるので、この三角形になっています。
この「美味しい」と「うまい」の違いを、今日ぜひ覚えて帰っていただけたらありがたいですが、もう少しわかりやすく解説してみます。

食でいう、一番ベースにある「生存のための栄養摂取」は、お茶でいうと「生存のための水分摂取」です。
水を飲まないと死ぬので、摂取するという話です。
次にあるのが、「うまい」お茶です。
一番上にあるのが、僕は「茶道」ではないかと思います。
つまり、茶道はお茶が「うまい」から飲んでいるわけではないんですね。
単純に、文化的な楽しみとして楽しんでいます。
食でいうと「うまい」と「美味しい」の違いはわかりづらいですが、茶でいうと、明らかに茶道をやる方が、別にうまいから飲むわけではないし、うまいお茶を飲むというのは全然茶道とは関係ないということになります。
この違いだと、よりわかりやすいかなと思います。

さらにわかりやすく服でいうと、「心地良い服」と「自己表現としての服」があります。
例えば後者は、かっこいい服を着ることが、自分自身のステートメントなんだというものです。

何なら心地良くなくても、自己表現としてこの服を選ぶということはあると思いますので、ここの違いは服だとより明確になるし、これは衣食住でいう住でも一緒ですね。
居住性や快適性を重要視するのか、メッセージ性を重要視するのか。
例えば、有名建築家が思いを込めて作ってくれた、その作品に住むことに意義を感じるということがあります。
居住性や快適性と、メッセージ性は、必ずしも一緒ではありません。
有名建築家による素晴らしい作品は、ちょっと使いづらいとか住みづらいとか、居住性が低いこともあるからです。
それでも、そこに住むことに意味があるから頑張って住むので、この2つは別だと思います。
そういう意味でいうと、今日はこれだけお伝えしたくて来たのですが、僕自身はこの「美味しい」を追求していますが、世界中の人がここを追求すればいいという風に言っているわけでは全くないです。

自分は、食とどう向き合うのか。
食に向き合う中で、自分にとって食は栄養補給であればいいと思っているのであれば、それはそれで僕は全然いいと思うのですよね。
高級食材を食べた時に、アドレナリンが出る感じ、あの喜びを自分は味わいたいんだという人がいるとしたら、それはそれでいいと思っています。
僕は個人的に「ガストロノミー」という脳を使った好奇心を満たす食を追求しているということですね。
「うまい」と「美味しい」、どちらを求めるのか
浜田 「うまい」と「美味しい」が混同されるので、色々ややこしいことになります。
僕が一番困る質問は、まだそんなによく知らない人から言われる、「浜田さん、色々世界中を食べ歩いていらっしゃるんですね。おすすめのお店を教えてください」という質問です。
聞いてくるということは、生存のための栄養摂取を求めているわけではないことはわかります。
ただ、「うまい」を求めているのか、「美味しい」を求めているのかによって、選ぶ店が全く変わってくるのです。
ここがわからない限り、アドバイスなんかできないわけです。
おいしいものが好きと思っている方は、このセッションに多くいらっしゃると思いますが、「うまい」と「美味しい」のどちらが本当に好きなのかを意識すると、より自分と共感できる人も見つかるし、意見交換もしやすくなると思います。
西井 ちなみに、「うまくなくて美味しい」はあり得るという理解で合っていますか?
浜田 レストランは最終的には商売なので、「うまくなくて美味しい」というのは、なかなか成り立たないのが現状です。
世界で唯一それを見事に成功させているのが、スペインにあるMugaritz(ムガリッツ)というお店です。
西井 うまくないお店。
大野 前回、僕がそのお話をさせていただいて、「おいおいおい」って(笑)。

ハセマコ 全文書き起こし記事になるのに、「まずいけど行ってみてください」という風に大野さんが言っていました(笑)。

(一同笑)
▶3. 世界を食べ歩くSyn大野さんが語る、美食新興国のマーケット
好奇心を刺激し記憶に残るものを作るMugaritz
浜田 Mugaritzは、料理人のアーティスト性を突き詰めたお店です。
シェフのアンドニ(・ルイス・アドゥリス)自身は大御所なので料理を作りませんが、若いシェフたちにお題を与えて、好きにやらせています。
もちろん自分で試食はしますが、若い人間がクリエイティビティを自由に発揮して面白いものを作ります。
昨年、『ムガリッツ(原題:MUGARITZ. NO BREAD NO DESSERT)』(GAGA) というドキュメンタリー映画が公開されました。
▶異端のガストロノミー「ムガリッツ」の映画が公開。監督にインタビュー(ELLE)
映画のパンフレット用に僕がインタビューをしたので、本人に聞いたのですが、レストランでのガストロノミー、Mugaritzにおける食事はうまい必要があるのかと聞きました。
そうしたら、端的に言うと、「ない」というのが彼の答えでした。
なぜかというと、彼の90歳ぐらいの母親が日本に行って生魚を食べたら、うまいとは絶対に思えないはずだと。
つまり、うまいというのは、非常にサブジェクティブ(主観的)な価値観なので、自分が追求するのは好奇心を刺激して、記憶に残るものを作りたいという風に言っているのですね。
これがもちろん唯一の考え方ではないですが、そういうお店もあるし、世界でそこまで振り切っているのは1店だけですが、成り立っている現状があります。
西井 うまくて美味しいものが一番上というわけでもないですね。
上下がない?
浜田 そうですね。
そこは別カテゴリーで、多くの店はあくまで商売であるという必要最低条件があるので、両方を満たしています。
ただ、本当に突き抜けると、Mugaritzのように「美味しい」だけで成り立ちます。
Mugaritzに行って何か食べた後に、サービスの人に、「これ美味しくないね」と言うと、「でしょ?」と、言われるのですよね。
(会場笑)
西井 そうなのですね。
日本とヨーロッパの大きな違い
浜田 ヨーロッパの料理人の多くは、「美味しい」の部分を大事にしています。
これは非常にざっくりした話ですけれども、日本よりもアーティスト性が強い料理人が多いと思います。
うまいものだけを提供していればいいと思っている人が少ない。
これは、日本との大きな違いだと思っています。
日本の食べログで点数が高いお店を見てもそうですが、多くは「うまい」に特化したお店です。
そこに何か自分なりのオリジナリティを加えたり、何らかの社会的メッセージを送ることを考えたりするお店がほとんどないという意味において、日本はヨーロッパとは違うマーケットになっていると言えるかと思います。
ヨーロッパの料理人の多くは、お客さんが必ず喜ぶであろう料理を出すことが仕事だと思っていません。
喜ばせるのは、もちろん「うまい」がないと来てくれないので全然ありますが、その中で一皿でも何かお客さんを驚かせるものや予期していなかったもの、考えさせるものを盛り込みたいという風に、ファインダイニングをやっている方の9割ぐらいは思っていると思います。
西井 わかりやすいですね。
ありがとうございます。

世界No.1フーディーのぶれない評価軸
浜田 僕自身、食を論ずることが多いですが、僕の中でどのように評価しているかというと、僕は文化的価値があるものを評価しようと思っています。

その上で大事なのが、「好き嫌い」と「良い悪い」を混同しないということです。
僕の中では、これを大事にしています。
言ってしまえば、食だけでなく全てのことでも一緒だと思います。
人間関係でも一緒ですが、好き嫌いと良い悪いを、日本人は結構混同しがちだと思っています。
意見が対立したら、その人は嫌いになるみたいな。
僕自身はそう思っていなくて、意見が違っても人間的には好きなことはありうると思うし、食に関しても一緒で、人間はやはり自分の好みがあるのですよね。
好みがあるけれども、好みで論じてしまったら、共通言語ではなくなってしまいます。
その人の固有の好みだからです。
そういうことを言い始めると、「マンマの料理が世界一」みたいな話になってしまうわけで、イタリア人が「マンマの料理が世界一」と言っても、そのマンマの料理を食べに行こうとはならないですよね。
それは、その人のノスタルジーに依存しているコメントだからということがわかっているからです。
そういうノスタルジーや、個人的な思いを、私はこうですと言うことはもちろんいいのですが、だからこの店は良いとかだめとかという意見にはなりません。
好き嫌いや自分の個人的な思い、良い悪いを混同しないという風に、僕はしています。
実際海外に行って、自分的に好みの料理かと言われればそうではないけれども、客観的に見て、これは素晴らしい料理だなという店に関しては、僕は高い評価をつけています。
そこは切り分けないと、僕が何を言ったとしても、文化の壁を超えられないことになってしまいます。
結局、日本で店の良い悪いという話をしたとしても、その話が好き嫌いに根付いているものだとしたら、多分海外の人からしたら全く共感できないとなるので、できるだけ普遍性のある形で論じようと思っています。
食材のクオリティに頼り過ぎるのが危険な理由
浜田 「うまい」と「美味しい」という意味でいうと、先ほど言った通り、日本は「うまい」に特化したお店が非常に大人気で、予約困難なこぢんまりとやっているお店のほとんどがそうです。
これを突き詰めていくと、僕は危険なこともあるのではないかと思っています。
それは何かというと、例えば食材のクオリティに料理のクオリティが左右されてしまいます。
つまり仕入れが難しくなったら、料理自体のクオリティも下がってしまいます。
これは、最近、料理人と話していても、すごく懸念しているところではあります。
例えば、この5年ぐらい定期的に鮨屋に行かれている方だったら、どんな新聞や色々な難しい論文を読むよりも手に取るようにわかるように、日本の魚介は本当に危機的状況です。
5年前に食べられたものが食べられなくなっていることは普通にあるし、築地、今でいう豊洲に生の本マグロが上がらない日が、2〜3年ぐらい前から出てきています。
そういうことは、5年前にはなかったのです。
それが今実際に起きているので、結構深刻な問題だと思っています。
そうすると結局、今まで手に入った良いものが使えません。
今までより良くない素材を使うとなった時に、それが料理の限界になってしまうのではないかという危惧があるので、「うまい」だけではなく、そこに技術、特に職人の技術、あとは思考、哲学が込められた料理というのが大事になってくるのではないかと個人的には思っています。
考え抜くこと、それを形に落とし込む技術が必要
浜田 もう一つ、評価軸ですけれども、自分が好みでない料理でも評価すると先ほど言いました。

では、どうやって評価するかというと、「料理がどれだけ考え抜かれているか」、そして「その考えをどこまで体現できているか」、この2点で評価しています。
考え抜かれているかというのは、これは単純な話、「なんでこれをこうしたの?」と料理人に聞いたら、答えが返ってくるということです。
考えられる可能性を全部潰しているので、何を聞いてもサクサク返ってくるというのが、一番考え抜いている状態だと思います。
その対極にあるのが、何も考えていない料理です。
例えば、師匠からこう言われたからやっていますみたいな料理は、何も考えていない料理で、こういうものは評価しません。
もちろん考えているだけではだめで、それをちゃんと形に落とし込むだけの技術も必要です。
これはあくまで僕のスタンスですけれども、この2点で基本的には評価しています。
榊 ありがとうございます。
浜田さんによる「美食とは?」でしたが、皆さん、いかがでしたか?
大野 すごくおこがましいのですが、本を読ませていただいた時に、勝手にすごくシンパシーを感じました。
僕は作り手として、食べ手として、浜田さんと同じように19歳の頃から食べ歩きをしていました。
味というのは、基本的にみんなそれぞれ好みがある中で、細かい部分は1万人に1人しかわからないと思って、僕は料理を出しています。
でも、1万人に1人のためだけに料理を続ければ、そのうち誰か気づいてくれるかもしれません。
評価を下げることは簡単ですが、浜田さんのような考えを持って食べようという意識が皆さんの中に芽生えると、作っている身としてはすごく嬉しいです。

(浜田さんに)いつか食べに来ていただきたいです。
山本 今、浜田さんのお話を聞いてすごくしっくりきたのが、食材に依存しているというお話です。
水産資源が枯渇してきたり、世界中で日本の水産資源を取り合ったりしている状況があって、そこに依存しない美食の道というか、職人が提供していく道のヒントが少し隠れていたのかなと感じました。
榊 ハセマコさん、いかがですか?
ハセマコ 水産資源の話で、浜田さんが無言でダメ出ししたお店があったような気がして、いくつかのお店を連想しました。
「うまい」と「美味しい」がわからないとおすすめの店が答えられないというのも、僕も同じことを思っていました。
僕自身もすごく聞かれることが多いので、「おすすめの店ない?」と聞かれたら、「ちなみに好きなお店を教えてください」と聞いてから返すようにしているので、同じだなと思いました。
榊 ありがとうございます。
(続)
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編集チーム:小林 雅/星野 由香里/浅郷 浩子/戸田 秀成/小林 弘美


