2月19日〜22日の4日間にわたって開催されたICC FUKUOKA 2024。その開催レポートを連続シリーズでお届けします。このレポートでは、DigitalArchi松岡 康友さんが優勝を飾った「リアルテック・カタパルト」の模様をお伝えします。ぜひご覧ください。
ICCサミットは「ともに学び、ともに産業を創る。」ための場です。そして参加者同士が朝から晩まで真剣に学び合い、交流します。次回ICCサミット KYOTO 2024は、2024年9月2日〜9月5日 京都市での開催を予定しております。参加登録は公式ページをご覧ください。
ICCサミットに参加するなら、リアルテック・カタパルトは、定期的に見ることをおすすめしたいカタパルトである。
なぜならこのカタパルトこそ、日本のディープテックの日進月歩の進捗を目の当たりにできる場であり、プレゼン本番を前に緊張してはいるものの、登壇者たちは基本的に自分たちの技術に自信満々、自分たちこそ世界の課題を解決できると説明してくれる。私たち見る側は、そもそもそんな課題があったことに驚き、続いて技術に驚かされる。
カタパルト・グランプリに続いてDAY2のメイン会場で開催されるが、グランプリが終わると魅力的な”裏番組”に流れる観客も多い。ICCサミットはそういうプログラムの作りになっているのだが、
最近のリアルテック・カタパルトは、少し雰囲気が変わってきている。より開かれ、力強さを増しているように思われ、以前よりも観客が増えているように思われる。
前回優勝者のEF Polymer下地 邦拓さんは、これから登壇する7人にエールを送った。
▶️農作物残渣のアップサイクルで、干ばつに苦しむ世界の農地を潤す「EF Polymer」(ICC KYOTO 2023)
優勝すれば、一休、三栄商事、そして今回からこのカタパルトをスポンサーいただく慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)の3社から賞品が総取りで提供される。今回はそれに加えてICCパートナーズからも賞品として4月4日開催「ジャパンハート設立20周年チャリティーディナー無料招待」を提供。優勝賞品もだんだんと増えてきている。
ここからは、登壇した7社の内容をダイジェストでお伝えするが、もし興味を持ったら、映像や書き起こしで詳細をぜひご覧いただきたい。
リアルテック・カタパルトの中継映像はこちら
登壇者①人機一体(3位入賞)
「人機一体」の金岡博士は、ロボット研究者だった自分が、東日本大震災の原発事故の当時、使えるロボットが1つもなかったという研究者として屈辱的な経験を語り、非常時だけでなく、平時に役に立つ汎用ロボットで、人間を苦役(負担の大きい肉体労働)から解放することを訴えた。
プレゼンを見ていただくとわかるが、数10kgのものを「憑依した感覚で強大な力を操る」「ロボットが感じる力も人にフィードバックされる」人型重機は、JR西日本の訓練戦ですでに実証実験も始まっている。汎用性の高いこんなロボットがもっと身近になれば、苦役の他にも建築や工事の現場での人が巻き込まれる事故など、未来になくなるかもしれない。
登壇者②Closer
小学生の頃からロボット開発に取り組み、国際大会で世界一になったCloser樋口 翔太さんが目をつけたのは、食品工場。とっくの昔にオートメーション化が終わっていそうな領域だが、スーパーやコンビニでよく見るような商品の多くが今も手作業に依存しているそうで、人手不足にあえいでいる。
中小規模の生産ライン向けに、既存の生産ラインに組み込めて多品種への対応が可能な調味料などの小袋包装のロボットや、出荷前の段ボールを積み上げるロボットの2種類を展開する。いずれも小型で、ソフトウェアが内製のため、導入コストも数年で回収できる。大型導入が難しい中小企業に徹底的に寄り添った作りだ。
まだそんなことまで人間の作業だったのか、という驚きもありつつ、人手不足で立ち行かなくなる工場現場を助けるロボットを作る樋口さんの夢は、日本を再びロボット大国にすること。現在でも日本の産業ロボット世界シェアは50%だが、1980年代は88%の圧倒的1位だったという。
登壇者③F.MED
F.MED下村 景太さんは、マイクロサージャリー支援用ロボットで、がんや脳血管のバイパス手術などといった予後の患者のQOL向上に取り組む。マイクロサージャリーとは顕微鏡を使用するような直径1mmの血管を縫って繋ぐような手術で、医師の高い技術を要求するものだが、それをロボットが代替する。
マイクロサージャリーの技術を取得しているのは医師全体で0.1%、身体的にも負担を要するため、その8割近くの医師が筋・骨格系の疾患を抱えているというから、これは医師や医師不足を救うテクノロジーでもある。
プレゼン書き起こし記事内にある、ロボットが繋ぎ合わせを行う動画をぜひご覧いただきたい。将来の展望としては、3本目の腕を付けて、助手なしで手術を行えるようにしたり、遠隔手術も視野に入れているという。
登壇者④センシング
センシング 金 一石さんが開発しているのは、スマホを10秒間、顔にかざして読み取る血流情報で、自律神経の状態を読み取る技術。交感神経や副交感神経の状態からストレスや緊張状態を見て、たとえば従業員の不調を早期発見することができる。
1カ月間就業中の従業員を計測した事例では、平常値を外れた人を対象にヒアリングしてみると、疲労や不眠などの慢性的な症状に悩まされていることが判明したという。それが進んでさらに心身に異常が出てしまう前に、データをもとに専門家が改善をレコメンドするサービスも提供している。
金さんがICCオフィスに来社したときにICC一同も体験したが、リラックス状態、少し緊張がある状態などがわかり、自己回答式のストレスチェックより、嘘がつけない血流データのほうがより信頼できるように思われた。従業員を守る転ばぬ先のメンタルの杖、といった活用が容易に想像できた。
登壇者⑤ iXgene(2位入賞)
iXgene 水野 篤志さんは、現在解決手段のない疾患の治療を、医療の進化を推し進めながら挑んでいる。過去の医療者がずっと挑戦を続けてきた高い山に、ゲノム編集とiPS細胞をもって登ろうとしている。
その仕組みを水野さんは、素人にもわかるようにプレゼンした。再発度が高い難治性のがんを、いかに脳内のバリアを突破して抗がん剤を届けるかが肝で、「治療用遺伝子」を導入した治療用細胞を切除した患部に投与し、その腫瘍に集まる性質を利用して、取りきれなかった腫瘍を死滅させる。
詳しくはぜひプレゼンを見ていただきたいのだが、こんなすごいことができるのか、少しでも早く実用化してほしいと思わずにはいられない最新技術で、審査員たちのその願いが2位という結果に結実した。
登壇者⑥Vetanic
Vetanic(ヴェタニック)望月 昭典さんは、日本ではすでに子どもの数を超えた家族の一員であるペットの医療に向き合っている。動物に対しても再生医療など治療技術の高度化は進んでいるが、この“ちいさな家族”の医療の実現のために、犠牲となるドナー動物にも目を向ける。
”家族”の病気を治すために犠牲となるのは健全な動物。人間のように彼らの意思を確認することはできない。
そこで望月さんたちが活用するのが、無限に増やすことができるiPS細胞だ。彼らは獣医療分野のiPS細胞製品のパイオニアであり、世界で唯一実用化を目指しているという。iPS細胞が生まれた日本から、こんなスタートアップが生まれているということが誇らしくなるプレゼンであった。
登壇者⑦DigitalArchi(優勝)
DigitalArchi松岡 康友さんは、かつてVC側の人間として、こういったテックベンチャーを見てきたという。この登壇では自分がベンチャー企業側になって、自分たちの技術を訴えた。
3Dプリンタを手がける企業は過去にもいくつか登壇しており、リサイクルの素材を活用しているところもあった。では何が新しいかというと、松岡さんたちは建築のための「型枠」を3Dプリンタで製造している。
生成AIで設計領域は新しい建築のデザインが進む一方、従来の施工方式では実現不可能なものもある。そこで登場するのが松岡さんたちの3Dプリンタ型枠だ。型枠は捨てられずにそのまま構造物として活かせるものもある。近い未来に「こんな建造物、どうやって作ったの?」と思うようなものが、生まれてくると予感させるプレゼンだった。
日本に強みのあるリアルテックで世界を目指す
プレゼン終了後は、スポンサーである慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)の山岸 広太郎さんがスピーチ。数多くの研究開発が進められている現場、大学発のVCで、2号ファンドからは慶應義塾大学外でも投資を行っている。その目的は日本のディープテックに資することで、有意義なイノベーションを社会実装していくことだ。
今回優勝したDigitalArchiや2位のiXgene、Vetanic、過去に優勝したエイターリンク、登壇したメタジェン、インスタリム、グレースイメージング、Cuebusは支援先で、このカタパルトともすでに深い関係を築いている。
山岸さんのスピーチが終わると、再び壇上に呼び集められた登壇者たちは、投票の集計が行われている間、審査員の講評コメントを聞いた。
今回ICC初参加のピクシーダストテクノロジーズ村上 泰一郎さんは、「ものすごくチャレンジングなディープテック領域。これで世界を変えるという熱量を感じて、我々も改めて頑張っていきたい」と語り、グロービス・キャピタル・パートナーズ高宮 慎一さんは「日本に強みのある領域。これから非常に楽しみ!」期待を込めたエールを登壇者たちに送った。
チューリング青木さんは「領域は違いますがF.MEDさんのなぜ自分たちがやるのか、というところが心に刺さりました」、Dioseve岸田 和真さんは「1年前に登壇したときの熱量を思い出した。動物の医療が見過ごされていて、IPS細胞もなかなか進まなかったが、それを進めているところが素晴らしい」と、自分の分野以外にも関心を見せた。
海外の状況を知るブラジル・ベンチャー・キャピタル中山 充さんは「ビジュアル的にもインパクトがあり、ワクワクするとともに、どの登壇者も非常に具体的なユースケースが想定されている」と、総合的なレベルの高さに感嘆。
同じく世界のディープテックを見ているホンダ・イノベーションズ杉本 直樹さんは「ディープテックはまず技術を確立しないといけない。そのハードルが高いが、それを超えればグローバルのマーケットが待っている。ここからそんな日本発のベンチャーが出てくるのを期待している」と、仲間たちを鼓舞した。
より存在感を増すリアルテック・カタパルト
優勝は既報のとおりDigitalArchi、2位はiXgene、3位は人機一体となった。
一際盛り上がっているのは、1位2位に入賞した起業を支援している慶應イノベーション・イニシアティブの皆さんで、自分のことのように喜んでいる。DigitalArchi松岡さんに挨拶をする長蛇の人々が終わったあと、笑顔で記念撮影となった。
その後、審査員を務めていたエイターリンクの岩佐さんと親しげに話していたので、何を話していたのか聞くと、松岡さんは「エイターリンクを支援していたんです!」と言った。
松岡さんは異例の経歴で、東京芸大の建築科に続いて東大の大学院で情報技術を学び、工務店でIoTの研究開発をして慶大と3Dプリンタを共同開発、その後社命留学でシリコンバレー、帰国後はオープンイノベーションの部署を立ち上げた後、スタートアップを支援する側に回り、現在は自らの開発技術でスタートアップを創業した。
「スタートアップを支援する側として、こういうイベントのことは色々と調べて参加してきていました。ICCのことは4年半ぐらいずっと知っていたけれど、コンテンツを見るばかりで参加できていなかったんです。
そうしたら支援先1件目のエイターリンクの岩佐さんが優勝して、すごい!と思っていたんです。そうしたらその次の年にICCの登壇どうですか?とお声がけいただいて、(小林)雅さんに会ったら、アワードと展示もどう?と言われて即答しました。
他のピッチコンテストとは違うのは知っていたから、プレゼン資料もずっとチームで作っていて、今朝も朝、2時間前まで調整していたんです」
ほんの数年前まで、リアルテック・カタパルトの登壇者たちのプレゼンは専門性が高く、分かる人だけが分かればという雰囲気があった。しかし最近の変化はどうだ、伝え方に考えを凝らし、アカデミアとビジネス、スタートアップとVC、実力ある挑戦者と支援者たちが、よりよい未来を新しい技術で創ろうとする活況は頼もしい。
ICCでもアワード会場で実際に見て、触れられる場ができたこともあり、リアルテック・カタパルトは回を重ねていく度に少しずつ、より開かれた場になりつつある。世の中の流れもあるが、何よりディープテックに挑む彼らの課題意識が、技術が、自信が、その変化をもたらしているのである。
(終)
編集チーム:小林 雅/浅郷 浩子/戸田 秀成